沖縄返還時の機密文書漏洩裁判の西山大吉氏が亡くなりました。「外交や軍事などの機密保持」と「ジャーナリズムや国民の知る権利」のせめぎ合いについて、どう考えるのが良いでしょう?

実は西山記者は何も悪くありません。私の西山記者に対する印象は非常に悪いですが、何が悪いのかということを考えても、「これが悪い」というのが思い浮かびません。

新聞記者・ジャーナリストには取材の自由が大幅に認められています。それこそ盗撮・盗聴ですら赦される仕事です。問題は西山記者が情報を新聞記事にすることよりも野党の政争の道具に提供することを優先したことと、情報入手の方法が外務省事務官の女性との不倫行為によるものであったということでした。

まず情報を政争の道具にしたことについてですが、これにより、ジャーナリズムの仕事のために情報を手に入れたとする大義名分が崩れてしまいました。ですがそれは業界の論理であって、国民の知ったことではありません。国民の知る権利という観点から言えば、ジャーナリストが知らしめようと政治家が知らしめようと違いはありません。政治家の言論活動はジャーナリストと同様に、幅広く認められ、しかも国会内での言動は国会外で責任を追及されないという部分的な免責特権も持っていますから、当然、当時の社会党の横路議員が西山記者からもらった情報をどんな風に国会内で利用しようと問題はありません。西山記者が個人的な思想信条から横路議員に情報を託したことも全く悪くありません。

次にですが、女性事務官と「密かに情を通じ」て情報を手に入れた、その方法はどうでしょうか。これは感情的な問題として嫌な話ですし、他人の貞操権を侵害したわけですから民事上の問題があります。ですが、戦後は姦通罪がありませんから、刑事責任はありません。単に気持ち悪い、嫌悪感を抱かせるという類のことでしかありません。

また、彼が手に入れた情報は、なにしろ女性事務官から本物の書類を持って来させて得たものですから、偽情報であろうはずもないわけですね。

ということはつまり、国民的な批判が巻き起こり、毎日新聞が倒産するきっかけを作るところまで行った西山記者事件は、どこにも悪いところがないにも関わらず、国民が気持ち悪いと思ったから記憶に残る事案であったと言える、誠に不思議なケースであると思えます。

国民には実害がなかったどころか、日米の密約について知ることができ、それだけ利益があったはずなのに、みんなが拒否感情を抱いたというわけですから、本当に不思議な事案です。

ちなみに現場の記者同士、或いは記者と取材対象がそんな風になるなんて話は何度も聞いたことがありますし、記者が女性警察官と交際して公安が尾行したみたいな話もありますけど、倫理上良くないですが、そんなのいちいち問題にしていたら全ての報道機関が倒産してしまいます。

ついでに言うと私は西山記者の顔が嫌いです。