菅直人内閣‐…..

沖縄の米軍基地辺野古移設問題で進退窮まった鳩山由紀夫首相が退陣し、民主党トロイカ体制で無傷だった菅直人氏が首相に選任されます。菅直人首相は就任直後から反小沢色を鮮明に打ち出しており、その様子を見る私の頭の中には「内ゲバ…」という言葉が何度となく去来しました。

小沢一郎は民主党が非自民の最後の牙城と認識していたため、菅直人の攻撃に対して当面はじっと我慢を続ける腹でしたが、途中でとうとう我慢できなくなり、菅直人内閣不信任決議案を自民党に持ちかけ、自民党+民主党小沢系議員+鳩山系議員で不信任決議案を通過させるというシナリオを描きます。ところが菅直人氏が「近いうちに」後継に譲るとの声明を出し、近いうちにとはどれくらいの長さなのかという曖昧さを残しつつも、それを理由に小沢は兵を引きます。微妙な駆け引きですが、当時、鳩山系が必ずしもまとまっておらず、ほとんど有効な票として期待できなかった他、小沢系だけでは自民党と共同しても過半数には届かなかったように見えますので、小沢一郎としても本当にやって失敗してしまうよりは、菅直人と妥協して民主党政権を存続させたというストーリーに切り替えざるを得なかったのではないかという気がします。不信任案が可決されれば民主党を潰す覚悟で菅直人が解散に出るであろうことも、民主党議員の中で不安を生んだという面もあるように思えます。みんなで心中するよりは…という感じだったのでしょう。

結果、菅直人不信任決議案は緊張感のないまま投票が行われ、賛成が過半数に届かず否決されることになります。森喜朗は「小沢さんと何かをやると必ずおかしなことになるから、私は気が進まなかったんだ」という主旨のことを述べています。

菅直人の不人気の要因としては尖閣海域で日本と中国の船が衝突した件について動画を隠しておきながら、後から海上保安庁の職員の人が動画をyoutubeにアップロードしたことにより真相が国民に伝わり民主党が訴えていた「情報公開」が全然逆のベクトルに向いていたことがわかってしまったというこがあったかも知れません。仙石官房長官が「動画が流出した件について中国に説明しなければならない」と発言したことも、当該の動画については外に出さないという密約があったことを想像させるもので、こういうことも不人気の要因になった可能性もあります。

更に大きいのは東日本大震災での対応が後手後手に回り、どうもいろいろ隠しているらしいという雰囲気になってしまい、それも不人気に輪をかけたように思えます。

菅直人首相は「近いうちに」と言葉を濁して延命するつもりだったようですが、「発言通りに早く辞めろ」という圧力が強まり、菅直人内閣は総辞職し、仙石さんにかわいがられていたと言われる野田佳彦氏が後継首相に指名されることになります。