河井案里議員の記者会見を論じる

昨年から、河合案里議員がウグイス嬢に多めの報酬を支払ったことが法律違反の疑惑を招いている。ウグイス嬢にちょっと多めに報酬を支払ったというだけで、議員辞職しろとか言われるのは、過酷すぎるようにも思えるので、そのあたりは気の毒だとも思う。他ではもっとうまくやっているのに、要するにやり方が下手だったということでしかない。自民党内のしがらみが見え隠れするので、河合夫妻を敢えて窮地に落とし込んでやろうという人々がいそうにも思えるし、こういったことは、そのあたりに黒幕がいそうな気もする。証拠はなくて気がするだけだが、ウグイス嬢に報酬多めというのは、巨悪にしては話が小さすぎるので、なんか陰謀のにおいがしないわけでもないのである。

そういうわけで、同情すべき点が多々あるようには思うのだが、その後の河合陣営の動きは非常にまずいものではあった。全然巨悪とかじゃないので、早い段階で謝罪会見とかしていればけっこう生き延びるチャンスはあったようにも思えるが、河合議員は貝の如くに押し黙り、結果として世論を敵に回すことになってしまった。貝のように押し黙ってしまったのは、どうすればいいか分からないからで、それだけ本来の性格は素朴なのだと見ることもできるだろう。様々な傍若無人伝説があるが、そんな風にしかできない不思議系なのであるということで、だいたい説明がつきそうにも思う。繰り返すが、ウグイス嬢への給料多めだったというだけだったので、巨悪でもなんでもないのに、下手を売ってしまった。一番まずかったのは、記者会見というか、記者との立ったままのブリーフィングがいろいろな意味で残念な感じになってしまっていたのである。

まず、年末年始、記者はきわめて悪い感情を河合夫妻に対して持つようになっていたことは容易に察することができる。真冬である。にもかかわらず、河合事務所の近くでひたすら記者たちは張り込みを続けていたらしい。となれば、体力的にも精神的にも記者たちは追い込まれる。私も張り込み取材の経験はあるが、あれは結構堪えるものだ。なぜ、こんなことをしなければならないのかと記者は考えるようになり、冬の冷たい風が吹きすさぶ中、暖かい部屋で休息しているであろう河合議員への憎悪は増幅されやすくなる。しかし、上司の命令があるので記者は帰るわけにもいかない。早く記者会見をしてくれよとの不満が湧いてくる。そしてようやく河合議員が登場したのだが、警察の捜査に協力しますを繰り返すだけで、何を考えているのか、どうしたいと思っているのか、本人の主張はなんなのか、とうとう、全く案里氏の声が届かない記者会見になってしまった。これでは文字にすることができない。従って、河合議員の立ち会見は空虚なものであったとする内容のことしか書けない。記者は何日も待たされた挙句に空虚なブリーフィングに立ち会わされたので、報道に悪意がどうしても滲んでしまうことになった。ブリーフィングを終えて、河合議員が屋内へと入っていったあとの満面の笑顔を撮影されてしまい、しっかり報道されてしまったのも、記者が悪意を持ったことの帰結である。

では、どうすれば良かったのかということになるのだが、窮地に立たされた際、生き延びよう、有利に物事を運ぼうとすると、人は欲が出てしまい、あれもこれもとなってしまう。結果、失敗する。そうではなく、一点に絞らなくてはならない。記者会見は単に追求を交わすためだけにやるものではない。開く側の言いたいことを存分に主張して、世の中に訴えるという場でもある。案里議員は、自分の言いたいことを言うべきだった。言いたいことというのは、ウグイス嬢に多めにお金を払ったことがそんなに悪いのか?ということに違いない。普通に考えてもそこまで悪いとは思えない。巨悪とは全然違うわきの甘さ故の違反に過ぎない。そう主張すればよかった。多くの怒りたいだけの人は反発するだろう。金額の問題ではない、違反したことが悪いのだと。だが、確かにそれもそうだなと思う人もいるはずだ。味方は現状よりは増える。好意的中立の人も増やせたかも知れない。記者会見はそんなに何度も開けるものではないから、案里議員は貴重な好機を逃してしまったことになる。いいブレーンがいないのかも知れない。今から巻き返すとすれば、記者会見はやらない方がいい。今度記者会見があれば、議員辞職する・しないの話になるだろう。そうではなく、どこか一社を選び、独占インタビューに持ち込むのがいい。そこで主張したいことを主張すれば、案里担当の記者たちは驚き、記事を熟読し、自分も同じコメントをもらいたいとそれぞれに動き出す可能性はある。記者はそんなに考えて行動しているわけではないし、上司は特落ちを怖がっているだけで動きがあれば、「とりあえず行ってこい」しか言わないので、上のようなやり方でも充分に釣れるはずである。

ただ、懸念材料としては、1億5000万円の話がある。普通は1500万くらい党から受け取れるらしいのが、案里議員は15000万円もらっていたというものだ。あの話が出てから、自民党議員が公然と批判するという場面も見られた。別に自民党の中のお金を自民党員が受け取ったという話なので、犯罪ではないが、もうここまで来ると、党内で守ってもらえなくなってしまい、居続けることができなくなるという恐れはある。

そうはいっても、安倍首相は案里議員の辞職は話がややこしくなるのであんまり辞職してほしくないらしいし、どうも自民党内の政争という観点からも案里議員を残したいとの思惑もあるとかないとか、といったところらしい。ならば、安倍内閣が存続する限りは大丈夫かも知れない。今は有権者もそっぽを向いているが、案里議員の任期は、あと5年あるのだ。有権者が忘れてくれる可能性はあるし、がんばって仕事をしたら赦してくれる人も出てくるはずだ。私は別に案里議員を助けたいとも応援したいとも思わないが、ウグイス嬢に多めにお金を払っただけでキャリアが台無しにされるのは人間の情としてちょっとどうかと思うので、ちょっと書いてみました。





イオンのミスタードーナツで、イオンについて考えた

イオンは全国に500店舗くらいあるらしい。47歳都道府県全てを網羅していると言っても過言ではない。3000市町村を完全カバーというわけにはいかないようだが、銀座のような超都心にはなく、限界集落のような地域にもないので、「中流=生活圏にイオン」という理解でさほど外れてもいないような気がする。イオンは消費者フレンドリーで物価も割安であり、ミスタードーナツやサイゼリヤのようなお店もあって言うことはないはずなのだが、最近、やや雲行きが怪しいらしい。イオンは現在、減益が話題になっている。やや衝撃的だったのは、私が今回、ちょっと休憩のつもりで入店したミスタードーナツがイオンの当該店舗から撤退する旨の張り紙がされていたことだった。もうイオンでは商売にならないということなのだろうか。イオンは割安、リーズナブル戦略を用いているため、客単価は低い。ミスタードーナツですら、やや高額に感じられるほど、イオンの食料品売り場は価格が安く設定されている。ミスタードーナツのような歴史ある市民の味方をも敬遠するほどに、人々の財布が硬くなっているということなのかも知れない。尤も、近隣のマクドナルドは堅調に見えるため、消費増税の影響かどうかは測りがたいとも思えた。まあ、関係ないはずもないのだが。

イオンの発展は自民党が無理押しした大型店舗法の改正と関係がある。大型店舗法はそもそも商店街などの個人商店を守ることを目的とした法律で、アメリカのJCpennyみたいなモールが進出して個人商店を圧迫することを防ぐことを目指していた。ちなみにJCpennyはバックトゥザフューチャーでマーフィーとドクが犬を使ってタイムマシーンの実験をする場所である。どうでもいいと言えばどうでもいいが。

自民党は資本家+農家の支持によって成り立っている政党であるため、個人商店の票を失うのは痛い。しかし一方で、アメリカからの要求は厳しかった。JCpennyみたいな大型店舗が世界一豊かな日本で商売できるように法律改正せよとねじ込み、自民党は応じざるを得なかった。ここは自民党のもろさやぶれを露呈したものだと言えなくもないだろう。一方に於いて個人商店主の利益を守る政党でありながら、一方に於いてはアメリカの利権も守らなくてはならず、常にではないが時として利益が相反し、自民党はそのバランスをとるために苦悩せざるを得なかった。批判というよりは、同情したい。結果、大型店舗法に関しては、自民党は妥協し、改正して大型ショッピングセンターやモールが国内で作れるようになった。

では、JCpennyがあちこちにできたかと言えば、そのようなことは起きなかった。繊細な日本の消費者が喜んで財布のひもを開けるような商品を大味なアメリカの大型店舗が提供できるわけではなかった。フランスカルフールも、日本の市場に於いては同じだった。大型店舗法の改正によって最も大きな利益を得たのは、間違いなく日本資本のイオンである。日本の消費者という手ごわい客層を相手に心の機微をつかむ商売ができ、かつニチイなどの積み重ねて資本力のある企業は限られていた。一時期、大型店舗はイオンの独壇場のようにすら見えたほどだ。

イオンが伸長した結果、各地の商店街がシャッター通りとなり、個人商店は店じまいし、人々は自動車に乗ってイオンへ行き、必要なものをまとめ買いするようになった。消費生活がある程度アメリカ的になったということもできるだろう。だが、これをして日本の商店街をつぶしたのはイオンだとか、法律を改正した自民党の陰謀だとか、或いはアメリカの陰謀だなどと言うのは早計である。確かにJCpennyみたいな店舗が出せるように法律を変えたのは自民党であり、変えさせたのはアメリカであり、漁夫の利を得たのはイオンである。だが、人々がイオンを選ぶにあたって、なんらの強制も働いてはいない。政府や国家、政権政党がプロパガンダをして、或いはイオンで買わなければペナルティなどの暴政を行うことによって消費者をイオンに集中させたわけではない。人々は自発的にイオンを選んだという事実を忘れてはいけないだろう。消費者は自発的にイオンを選び、個人商店を見捨てた。イオンの発展は国民の意思の帰結であるとすら言えるだろう。従って、シャッター通りが生まれた責任をイオンに問いかけるのは間違っている。責任を負うべきなのは、消費者だ。

さて、イオンがあんまり盛り上がっていないことに話を戻したい。或いは人々の生活が脱自動車化したことにより、イオンまで行くのが大変なので、結果としてイオンに人が集まらなくなったのかも知れない。または、日本人の消費のスケールのようなものがいよいよ本格的に縮小し、イオンの創意工夫では対応しきれないところまで来たのかも知れず、案外便利なアマゾンプライムが日本市場のイオンに対する挑戦者として登場したことが大きいのかも知れない。ローソンもネットスーパーをやっているし、ネットでスーパーマーケットということになれば、市民はあらゆる商品の値段を徹底的に比較することができるし、手間をかけずにあちこちに注文できるため、イオンの充実した品揃えはあんまり意味をなさなくなってきたのかも知れない。イオンに行けばなんでも揃う時代が終わりを告げようとしており、今後はスマートフォンさえあればなんでも買えるので、店舗とかいらなくない?という時代に突入することもあり得る。今日はイオンへちょっと足へ向けただけで、いろいろと感じたので、ここに備忘として書き残すことにした。

さっきイオンの株価を検索してみたが、こちらもあまり盛り上がってはいない。イオンの株主になれば、買い物のたびに割引があり、本当かどうかは知らないが毎日ミネラルウオーターがもらえるらしい。お得なのだが、リーマンショックで一度残酷な感じになっていて、アベノミクスの大相場で大いに盛り上がり、今、アベノミクスの終焉が明らかな中、消長気味である。

ネットでの消費が主役になった場合、趣味はショッピングとか、趣味はウインドウショッピングの人はどうすればいいのだろうか。あ、ネットサーフィン…。

令和になったら総選挙。多分。‐令和になる前に

首相、内閣が絶対にこなさなければならないのは予算を通過させることで、これは最も重要な義務だと言えると思います。で、予算が通れば首相は身軽になり、自分のやりたいことの追求について考える余裕がうまれます。それは例えば外交かも知れません、経済かも知れませんし、法律を変えることもかもしれません。或いは総選挙のような政局をやって、政権の延命ができるかどうかの賭けに出たり、勝つ自信がある場合はほくそ笑みながらドヤ顔で選挙で300議席獲ったりする一方、これは勝てないと判断すれば、総辞職でなるべく立つ鳥跡を濁さず的に花道を用意してもらって引退生活へ入って行くという選択もできます。要するに予算が通れば首相は身軽になり、選択肢の幅も広がるというわけですね。

しかし、今年に限って言えば事情が少し違います。予算が通った後、今度は時代が滞りなく、穏やかに、できればお祝いムードとともに令和に始まってもらわなければなりません。令和が始まる前にスキャンダルだの政局だのというのは絶対に避けたいはずです。それまではひたすらことなかれ主義で物事が進められているように見えます。言葉の選び方を間違えた大臣は更迭です。更迭すれば話は早く、その話題は終了ですから、安倍さんの令和を穏やかに迎えるために隠忍自重みたいな感じがよく伝わってくるようにも思えます。

さて、令和になったら首相は自由です。そして、現状では、夏の参議院選挙は自民にやや不利との見方が出ています。安倍首相は憲法改正を究極の政治目標に掲げていますから、残された任期でラストスパートをかけていきたいのなら、夏の参議院選挙でも勝つ必要があります。私は個人的には憲法改正には関心がありません。憲法の内容を現状に合わせましょうというだけのことですから、要するに私たちの生活にも、日本の世界政治の中でのアクターとしての位置も今まで通りというわけです。そのようなことのために口角泡を飛ばして議論することにあまり価値は感じません。憲法はやや曖昧でちょうどいいくらいにも思っています。明治憲法では憲法を細部に至る神学論争が行われ、統帥権の名のもとに首相が陸海軍に命令できないという意味不明な現象が生じてしまい、条文を読んで現実を見ない日本帝国は滅亡していきました。というようなわけで、憲法改正には関心はないんですが、一応、いろいろウオッチしている身としては、令和になったら解散風が吹くかもなあと思って眺めております。




小池百合子と石破茂と小沢一郎と渡辺美智雄と加藤紘一

2017年秋の選挙期間に突入しましたから、選挙で苦労している人に対して申し訳ないので、揶揄するでもなく、嘲笑するでもなく、真面目に小池百合子と石破茂と小沢一郎と渡辺美智雄と加藤紘一という題で考えたいと思います。

小池百合子さんは選挙後に石破茂さんの首班指名を模索したとの話が飛び交っています。私がもし石破茂さんと親しい関係であれば、断るように進言すると思いますし、多分、石破さんサイドは断っていると思います。自民党でもうあとひきなんだけれど首相になれないという人を引き抜こうとした例としてぱっと思い出すのが小沢一郎さんが渡辺美智雄さんを引き抜こうとした時のことです。一時期、渡辺美智雄さんは乗り気だったようなのですが、小沢さんとの会談予定の前日、眠れないために睡眠薬を使用した渡辺さんが朝起きれずに会談に遅刻。小沢一郎さんは予定通りに現れないのならそれまでよとピーターパンのステージを見に行ったということがありました。

小沢一郎としては渡辺派の人数が欲しかったし、渡辺美智雄さんとしては、自民党を割って出てでも首相になりたい、健康状態がよくないので今しかないという追い詰められた状態でしたが、互いに利害は一致していたとも言えます。しかし、小沢一郎がピーターパンを優先したことや、渡辺派からついてくる議員があまり多くないということで、相互の関係がぎくしゃくし始め、渡辺さんも意欲をなくし、この話はお流れになったと記憶しています。

小池百合子さんは石破茂さんに同じ手口で仕掛けたということになりますが、最近の小池さんは策士策に溺れる感が強く、今回の選挙では希望の党は必ずしも有利とも言えないようです。

さて、首相になりたくて反乱を起こした人物と言えば加藤紘一さんです。森喜朗首相の不信任決議案に賛成する構えを見せ、加藤紘一待望論が出たらそこに乗るようにして首相になるつもりだったのが、果たせませんでした。涙を拭おうともせずに自派の議員たちに敗北を告げる場面は今も鮮やかに脳裡に浮かびます。この時、「あんたが大将なんだから、あんたが行けと行けばみんな行くんだ」と励ましたのが谷垣禎一さんでした。

日本の議会制民主主義でやっかいなところは、建前では政策を同じくするものが集まって政党を作ることになっていながら、現実には権力を得るための合従連衡、個利個略が優先されてしまうことです。加藤紘一さん、渡辺美智雄さんにはある種の悲劇性がありましたが、それも政策よりも権力を優先しようとしたからとも言えます。いっそのこと党議拘束というのをなくしてしまえば、そのような悲劇も少しは減るのではないかという気がします。

安倍首相は現段階で解散を打ちたくても打てないように見える件

政治的なイベント、または外交的なイベントがあれば、すぐに解散説が出てきます。たとえば、森友学園問題では、証人喚問の終わり、出るべき話はだいたい出尽くした感があり、これを境に解散か?というような観測もなかったわけではありません。内閣支持率は概ね好調で、森友学園問題で騒ぎになってからは少しは下がりましたが、現状では回復が見られます。尤も、森友以前までほどには回復していませんから、同じやるなら今の時期は外してもう少し様子が見たいというところはあるはずです。

外交で得点して解散への流れを作りたいと安倍首相が考えていたことはまず間違いないと思いますが、プーチン訪日は実際的には空振りみたいなもので、北方領土で一機にという感じではなくなってきました。また、北朝鮮で開戦前夜(?)の空気が漂う現在、邦人保護の観点からみても米韓合同軍事演習が終わるまではとても解散している場合ではありません。外交的にはこつこつと小さく積み重ねてきた点は正当に評価されるべきと思いますから、概ね高い支持率はそのことも反映しているかも知れないですが、前回のように大きく勝てるという見込みが立つほどの感じでもなし…。というところではないかと思えます。

経済に関しては、金融緩和がそれなりに効果を上げていると思える一方で、日銀頼みの感が強く、もう一歩、抜け切れていない様子であり、失業率が史上最低レベルにまで下がったという事実は正当に評価されるべきと思いますが、21世紀バブル、21世紀元禄という感じにはほど遠く、長い目で見ると悲観したくなる材料が山積みですので、選挙で大勝利の確信を立てられるところまで来ているとも言い難いところがあります。個人消費は伸びておらず、明らかに消費税の増税の影響を引きずっていると思えますから、長い目で見るとずるずると衰退していきそうにも思えてしまい、なんとかしてくれ…。とついつい思ってしまいます。せめて東芝が救済されれば、ちょっとは明るいニュースになるようにも思うのですが、外資に買われる可能性の方が高いように思え、どうしてもぱっとした感じにはなりません。リフレ派の論客の片岡剛士さんが日銀の審査委員に就任する見込みですので、黒田総裁就任以降のリフレ政策は維持される、或いは更に深堀りしていくことが予想できますが、日銀頼みになってしまっているところが軛のようになっているとも思えますから、もう少し明るい材料がほしいところです。

しかし、安倍さんが憂慮する最大の要因は自民党の若手の議員の人たちが枕を並べて討ち死にする可能性が高いというところにあるそうです。確かに育児休暇をとると言っておきながら、不倫をしていた国会議員、重婚疑惑の国会議員など、たるんだ感じのスキャンダルが多く、20世紀型の大金を集めていたとかの話に比べれば小粒なスキャンダルとも言えますが、小粒なのに品がないという関係者であれば絶望したくなるような話題が目立っており、党の執行部であれば「このメンバーでは戦えない。外交で得点して何とか、粗を隠せないか…」という心境になるのではないかと想像できます。

2017年秋の解散説がありましたが、最近では2018年解散説まで出ています。勝てる目算が立つまではぎりぎりまで待つというわけです。追い込まれ解散になる可能性もあるけれど、それまでにいいニュースを発信できるかどうかということに賭るということらしいです。

自民党の支持率は4割近くあり、小選挙区中心の日本の選挙制度から考えれば上々と言えますし、民進党の支持率は全く上がらないというか、下がり気味であり、通常であれば自民党は楽勝とも言えますが、最近は当日になって誰に投票するかを決める人も多く、そのあたりの有権者の気まぐれの恐ろしさをよく知っているからこそ、メンバーのたるみを危惧していると言えそうです。小池百合子さんが手駒をどれくらい揃えてくるかによって今後の流れは変わってきますから、そういう意味では東京都議会選挙には注目せざるを得ません。ただし、小池さんは最終的には自民党と組む形で、細川護熙さんの時のように、少数与党ながら首班指名を勝ち取るというあたりを狙っていると思われるものの、自民党は正解遊泳型の政治家を絶対に認めないという空気も持っていますので、そのようなある種の伝統を小池さんが打ち破るかどうかは見届けたいところです。豊洲移転問題のもたつき、東京オリンピックの準備のもたつきが指摘される中、小池さんの演説力で乗り越えるのかどうかは日本の政治の将来を占う重要な材料になるように思えます。

最後に、安倍さんにとって恐るべしは小沢一郎さんかも知れません。前回の衆議院選挙でも、東北地方では自民圧勝という結果を得ることができず、小沢一郎王国が奥州藤原氏の如き強靭さを持っていることをうかがい知ることができましたが、解散時期が遅くなればなるほど、小沢さんに合従連衡の時間を与えることになります。小沢さんは党名を自由党というかつての政党名に戻しており、そこに心境の変化、心構えを見ることができます。

安倍さんとしては憲法改正可能な議席を維持したいという思いがあるでしょうけれど、上に述べたような各種不安要素を並べてみると、次も前回と同じだけの議席を確保できる見通しは必ずしも高いわけではなく、仮に現状に大きな変化が生まれないまま解散総選挙ということになれば、憲法改正はあきらめざるを得ないという結論にも至りかねません。私個人は無理をして憲法改正をする必要はないと思っていますから、3分の2以上の議席をとれるかどうかにはあまり関心はないのですが、憲法よりもまずは経済で、消費税の据え置き、できれば減税、可能なら撤廃(日本は一挙にバブル期なみの好況に恵まれることになると思います)で選挙をやってもらえないものだろうかと願う次第です。

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麻生太郎内閣‐リーマンショック

福田康夫内閣の総辞職を受け、衆議院解散の次期が迫る中、火中の栗を拾わされる形で首相の座についたのが麻生太郎でした。既にいつ衆議院選挙をやってもいい時期に入っており、麻生内閣も発足直後から解散の次期を探り始めます。ただ、運の良くないことにリーマンショックが世界に影響を及ぼしており、日本でも不景気の波が押し寄せ、政権党人気凋落は必至という巡りあわせになってしまいます。

100年に一度の金融危機ですので、これは小手先でなんとかできる範囲のものではなかったかも知れません。国民に商品券を一律一万いくらだかを配るという策にも出ましたが、空気を変えるほどの効果を挙げることはできませんでした。消費税を3パーセントに下げるくらいのものをぶち上げれば風向きが変わったかも知れないですが、さすがにそれは財政再建派の反対強すぎて手を付けられなかったかも知れません。小泉純一郎は麻生さんに「二院制廃止くらいの派手なのを打ち上げた方がいい」とアドバイスしたというのを聞いたことがあります。

民主党が参議院を抑えているため、そもそも内閣でできる仕事にも限界があり、不景気で、いろいろ意味で発足当初から窮している感が強かったですが、そこに麻生さん本人への非難めいた報道がいろいろと湧き上がってきます。人相が悪いとか、親から受け継いだ資産で贅沢しているとか、口が悪いとか、そういうのが噴出します。

おそらくは麻生さん本人もそういった報道にプレッシャーを感じていたのでしょう、どんどん人相が悪くなり、過度なストレスに悩んでいるけど首相として快活そうに振る舞わなくてはならないという気の毒な立場に立たされてしまいます。

このままいけば次の衆議院選挙で民主党が勝利して小沢一郎首相の誕生という流れになりそうでしたが、小沢一郎の政治資金団体の土地取得問題がやり玉に挙げられ、小沢一郎が代表から退き、鳩山由紀夫が後継代表となり、続く衆議院選挙で民主党が圧勝して鳩山由紀夫首相、民主党政権時代が始まることになります。

屈辱的な形で退陣することになった麻生さんですが、今の方が生き生きしている感じに見えますから、まあ、これも人生くらいに思っていいのかも知れません。


福田康夫内閣‐大連立構想

第一次安倍晋三内閣が総辞職すると、自民党の後継総裁に福田康夫が勝利し、福田康夫内閣が登場します。福田康夫さんは元々政治家になるつもりのなかった人で、50歳を過ぎてから突如福田赴夫の後継者として政治家になった人ですが、小泉純一郎政権で官房長官を担当し、突如辞任したことから、総理大臣候補として取り沙汰されるようになっていきます。

安倍晋三さんが首相になる際にも福田待望論は起きたのか起こしたのか何とも言えませんが、いずれにせよそれまでとは違った路線を打ち出そうとしていたように見受けられます。自身の任期中に衆議院選挙もあり得るという状況だったため、その辺りのプレッシャーは強かったかも知れません。

参議院では民主党が圧倒的だったため、ねじれを解消する目的で民主党党首の小沢一郎と大連立構想をまとめようとします。一旦話はまとまったものの、民主党内部から猛反発が起き、小沢一郎は大連立を断念。電話で福田さんに断念する旨を伝えたと言われています。

小沢一郎は民主党内部が自民党との連立に大反対だったことを受け「自分への不信任だとみなす」として代表辞任を表明しますが、鳩山由紀夫らの懸命な説得で留任を表明します。徳川慶喜ばりの瀬戸際交渉とも言えますが、過去に竹下金丸が小沢一郎をさんざん説得しても首相を受けなかったことを考えると、鳩山由紀夫の説得を受け入れた分、小沢一郎は丸くなったということもできるかも知れません。

福田康夫は内閣を改造し、この改造内閣で総選挙に臨む可能性もありましたが、改造後一か月ほどで総辞職を表明します。果たして福田内閣は何だったのかという疑問は残らなくもありませんが、小泉政権でかくも強さを見せつけていた自民党が小沢民主党にかなり圧迫されるようになり、自分の手では解散総選挙は打てないという考えが福田さんにはあったのかも知れません。

衆議院の任期満了が近づく中、政権は麻生太郎に譲られます。麻生太郎は選挙をさせられた首相みたいに言えるかも知れません。


第一次安倍晋三内閣‐窮する

賛否両論ある小泉純一郎の長い時代が終わり、第一次安倍晋三内閣が登場します。安倍氏は保守色が強いことで知られていたため、強い拒否反応を示すメディアもありましたが、当時の安倍氏には批判を恐れずに信念を貫くという意識がおそらくは強かったのではないかと推察できます。

北朝鮮の核実験に対する経済制裁の方針を打ち出し、国連北朝鮮制裁決議を引き出したり、韓国の廬武鉉大統領との会談や中国の胡錦涛主席との会談するなどして、北朝鮮封じ込めの戦略をとっていたようです。

一方で国内政治では、小泉改革への反動の機運のようなものが生じており、安倍氏は小泉氏によく仕えた人で、路線的にも継承していますので、そういう意味での風当たりは強かったかも知れません。大臣の不祥事の続発も安倍政権に打撃を与えていました。また、小沢一郎さんが民主党党首に迎え入れられ、選挙で安倍氏を苦しめることになっていきます。

小沢一郎は小渕恵三首相が倒れた後は、ただただ黙して選挙で手勢を増やして行くということに徹しており、それが自民党の議席ではなく民主党の議席を奪っていくという形で進んだため、当初非小沢野党として結党した民主党としてはこのままでは小沢氏の党に野党第一党のポジションを奪われるという危機感があり、小沢一郎を民主党に取り込むことで、小沢に食われるという現象を食い止めたという面があったように思えます。参議院選挙で民主党が大躍進を果たし、自民党としては小沢一郎の選挙の強さに改めて舌を巻かざるを得なかったわけですが、これを受けて、自民党内では安倍おろしが表面化し、福田康夫首班が取り沙汰されるようになります。

安倍晋三さんはこの難局を内閣改造で乗り切るつもりだったようですが、改造後一か月ほどで体調不良を理由に総辞職を表明します。安倍さんが若いころ胃腸がよくないという話は流れていましたが、それを理由に総辞職するというのは多くの人に衝撃を与えたようです。強いプレッシャーによる健康不安は普通の人でもあることですから、そういった諸事情で心が折れてしまったのかも知れません。

安倍晋三さんは後に、55年体制以来初となる首相再登板を果たしますが、人間修行を積み、より柔よく剛を制す感じになっており、長期政権になっています。安倍さんを支持するか支持しないかは別の問題として、失言、失態、凡ミスが少ないという点に、過去の失敗からよく学んだのだという印象を受けます。


小泉純一郎‐功罪

森喜朗首相時代、加藤の乱で加藤紘一さんが失脚し、森喜朗内閣総辞職後にYKKで末席だったはずの小泉純一郎が自民党総裁に当選します。賛否両論ある小泉・竹中改革の始まりです。

細かいことはいろいろ省いて本質的なことを考えてみるとすれば、小泉改革の基本スタンスは小さな政府を理念としており、その理念通りにできるだけ政府のプレゼンスを小さくし、民間に任せられることはこれも可能な限り民間に任せるということに尽きると思います。なぜ民間の方が効率が良くなるのかと言えば、民間では多くの企業が試行錯誤をして最も良いパフォーマンスを出したところが生き残るという「適者生存」の法則みたいなものが働くためで、必然的に大競争社会となり、能力主義となり、勝ち組と負け組の違いがよりはっきりと目に見えるようになります。一方で、能力さえあれば面倒な手続きや前提や前例がいろいろ取っ払われる状態であるために敗者復活がしやすく、失敗から学んで立ち直るというところに人生が期待できるようになるとも言えるのではないかと思います。

不良債権処理が強行されたのも、そもそもパフォーマンスの悪いことをしている企業がお金を還せないのなら、仕方がない。むしろ早く整理して銀行のバランスシートを健全化させた方が広い意味で世の中にためになるとする新自由主義的な発想で行われたものであり、郵政民営化も、上述のような経済原理が働くために結果としては広い意味で国民のためになるという判断が働いたと私には思えます。郵政民営化に関しては小泉純一郎の父親からの因縁も囁かれていますが、個人的な彼の思いがあるにせよ、上のような理論化がなされていることは疑いの余地のないことのようにも思えます。

このあたり、賛否両論あり、どちらが正しいということは簡単には結論できませんが、小さい政府という理念を理解していない、またはその理念を拒否したいという人にとっては小泉改革は単なる弱い者いじめに見えるかも知れません。一方で、小さい政府論者からすれば、その素朴なまでの理念一直の姿勢にある程度の評価を与えることができるということになるのではとも思えます。

大きい政府がいいのか小さい政府がいいのかは、人それぞれの価値観の違いが含まれてくるので、なかなか難しいところというか、議論が埋まって行かない、永遠に議論が尽くされることのない深い溝を感じます。小泉時代の前半では不良債権処理のために多くの人が「情け容赦ない」という目に遭わされ、後半では構造改革と銀行のバランスシートの健全化の効果が表れて好景気に沸きます。ここはもう、どこのポイントをとって議論するかで小泉・竹中改革に対する評価は二分するとしか言えません。小泉純一郎の小さい政府路線はそもそも小沢一郎が日本改造計画で提唱していたものでもあり、小沢一郎からすれば自分がやろうと思っていたことを小泉純一郎がやってしまったという面もあり、この辺りから小沢一郎の政策に関する主張が変節していきます。

外交ではブッシュジュニアに平身低頭していたとも言え、「ポチ保守」とも揶揄されましたが、現実主義だとすれば確かに筋が通っているとも言えます。

印象深いのは日朝平壌宣言で、拉致被害者の人が帰ってきたことで、それまでなんとなく半信半疑でもあった北朝鮮による日本人拉致事件が本当だったということが証明されたことの衝撃は大きかったですが、同時に横田めぐみさんがお亡くなりになったということで話をつけたことなどが批判の対象にもなっています。

政局家として小泉純一郎氏を見るのであれば、奇人変人と言われつつも、実は大事なところはしっかり見極めているということに気づきます。即ち、YKKのメンバーである前に福田系清和会の政治家であるという自覚は常に揺らいでおらず、森政権時代にYKKと清和会が利害相反した時には清和会の政治家としての立場を優先しています。結果としては清和会の支持なくして小泉政権はあり得ませんでしたので、押さえるべきところは押さえておけば後は適当でいいという勘所を知っていたとも言えるかも知れません。小沢一郎の離党騒ぎで主要メンバーの人間関係がズタズタになってしまった田中系政治家との違いが際立っているようにも思えなくもありません。

優勢解散で圧倒的に勝利し、5年の長い政権を終えた後、小泉純一郎は安倍晋三に禅譲し、自民党は麻生・谷垣・福田・安倍の時代に入ります。さらにその後、リーマンショックでいろいろめちゃくちゃになって、民主党時代を迎えることになります。

森喜朗内閣‐加藤の乱

小渕恵三首相が小沢一郎との会談の直後に倒れて意識不明となり、あたふたとしたドサクサの中で、とりあえず、森喜朗が自民党総裁ということに決まり、森喜朗内閣が登場します。

森喜朗首相はおそらく史上最もマスコミとの関係が良くなかった内閣ではなかったかと思えますが、パフォーマンスではなく官邸とメディアはがちで雰囲気が悪かったようです。元々失言の多そうな人ではありますが、更にメディアが悪意の編集を加えて放送することもあり、国民の支持は非常に低く、誰もがストレスフルに感じていたに違いありません。

更に森喜朗内閣不信任決議案の話が持ち上がり、ここでいわゆる加藤の乱が起こります。野党が不信任決議案を出せば加藤・山崎のいわゆるYKKで反乱を起こして野党につき、森内閣を潰すことも辞さないと宣言します。

森喜朗内閣ができあがったことで、恐らく最も悔しい思いをしたのが加藤紘一さんで、このままいけば加藤抜きで政権がバトンタッチされて行き、自分の出番はなくなるという焦りもおそらくは働き、自分にはYKKというある種の超派閥的派閥があるから、その手勢をここで使おうというわけです。

ただし、小泉純一郎はわりと早い段階で福田系の政治家として振る舞い始め、加藤系の議員たちは次々と野中広務によって切り崩されていくという事態に陥ります。

当時の加藤紘一さんのテレビなどでの発言を振り返ってみると、1、森喜朗内閣は倒す 2、自民党は離党しない 3、自分から「自分が首相になる」とはいわない 4、加藤待望論が起きて来るのを待つ という感じだったと思います。あくまでも行間を読むくらいな感じで、忖度、斟酌含みますが、特に4の加藤待望論を待つというのは自分からは絶対言えないですし、同時にそれ以外に加藤の乱を敢えてやる理由も見つかりませんので、この点は異論も出ないと思います。

実際には2の自民党を離党しないが有権者からは分かりにくく、少なくともマスメディアの方から積極的な加藤待望論は起きては来ませんでした。自民党内部からも加藤待望論は出ませんでしたが、これは権力維持を絶対の原則としている自民党にとって、内閣不信任決議案を盾に取るというゲームは危険すぎて絶対に容認しないはずですから、加藤待望論が出て来なくて当然と言えば当然と言えます。

通常なら小沢一郎が手を突っ込んできて何もかもぶち壊しにすることも考えられるのですが、加藤の乱に関する小沢一郎の目立った動きは特にありませんでした。加藤は小沢を危険視していた部分がありますので、小沢の誘いには乗らなかったでしょうし、小沢もあまり加藤紘一のことは好きじゃなかったんじゃないかなあという気もしなくもありません。また、加藤が自民党は離党しないということを大前提としている以上、小沢からの切り崩しは最初から拒絶しているということにも受け取れます。

加藤紘一が自民党を離党しないという原則を打ち出したのは、一つには河野洋平が新自由クラブを作って離党した結果、中曽根内閣に入閣し、結果としてオルタナティブとしての魅力を失って無残な出戻りをしていること、小沢一郎がなんだかんだとかっこいいことを言って飛び出した結果、野党を作っては壊すというある種の無軌道状態に陥ったことを目の当たりにしていることがあったと思います。そういう意味で、自民党を出ないというのは確かに正しいのですが、反逆を宣言した以上、離党しないということが分かりにくく、世論を引っ張り込むことができませんでした。マスメディアは小沢・羽田以来の政局劇場になれば、もてはやしたかも知れませんが、その辺りに加藤紘一の誤算・甘さがあったのではないかとも思えます。

主筋とも言える宮澤喜一が河野洋平の方を自分の後継者として考えており、加藤紘一を引きずりおろすことを狙い、敢えて加藤を引き止めなかったという説もあるようですが、私にはそこは何とも判断がつきません。

森喜朗内閣のことを書くつもりがほとんど加藤紘一さんの話になってしまいましたが、加藤さんは最近故人になられたばかりですので、お悔やみの気持ちも込めて、加藤さんメインで書かせていただきました。

森喜朗内閣が退陣すると、いよいよ賛否両論ある小泉純一郎内閣の時代に入ります。