新藤兼人監督『北斎漫画』の情熱の人生

緒方拳さんが主人公の葛飾北斎をやっています。まだ若くて力強くて男臭い緒方拳です。元々は名のある富裕な職人の養子でしたが絵をやりたいという一心で家を飛び出し、貧乏暮らしです。娘のお栄(田中裕子)と二人で暮らしていて、とんがらし売りなどをやって歩いたりするものの、生活はよくなりません。葛飾北斎みたいなタイプは絵を描く以外に何もできないので、それを貫くしかないのです。

そのうち評判があがり、極端に大きな絵を描いたり、逆に米粒に絵を描いてみせたりして派手なこともやりますが、気の強い性格が災いし、友人の十返舎一九も鶴屋南北も北斎から離れて行きます。

前半は若いころの情熱的で引っ込みのつかない、走り出したら止まらない様子が描かれますが、後半では老境に入った北斎の姿が描かれます。緒方拳もとんでもなく老けた役をしています。地方から口利き屋を通してアシスタントを雇ったりしますが、もう、そのアシスタントの女性を口説くエネルギーもありません。ただ、女性の裸体画をたくさん書いた北斎はこの女性をモデルに絵を描くことを思いつき、女性も描かれることによって内面の何かが芽生えるという、人間の深淵に迫ろうとする場面もあります。

個人的には老境に達した北斎もお栄も一緒に童謡を歌う場面が好きで、人間愛に満ちていて、みんな幸せそうで、あの場面のことだけは何度となく思い出します。忘れることができません。人の幸せはそういう一瞬に現れ出てくるものかも知れません。

時代は既に幕末直前、ほぼ幕末で、江戸後期は江戸文化が爛熟を迎える時期ですから、もしあの当時、江戸に生まれていたら結構、おもしろかったかも知れません。金持ちに生まれるか貧乏に生まれるかで違いが出そうですが、とても興味深い時代のように思います。

お栄の作とされる絵が原宿の太田記念美術館に保存されていて、明暗を意識した洋画みたいなおもしろい絵なのですが、ゴッホとの関連性を指摘する人もいます。日本は日本で西洋の影響を受けるようになり、ヨーロッパはヨーロッパでジャポニズムの波が始まろうとしている時代だと思うと、更に好奇心が刺激され、ああ、あの時代にちょっと行ってみたいと思ってみることもあります。

葛飾北斎の絵は世界で高く評価され、ハワイの美術館にも神奈川沖波裏が展示されているのを見たことがあります。当時の日本人にとって浮世絵は珍しくもなんともない、今で言えばカレンダーかチラシくらいの扱いだったみたいな感じで、輸出する漆器の包み紙に使われていたところ、西洋人は漆器よりも包み紙に興味を持ち、今となっては海外の美術館で展示されるのですから、時代が変わればいろいろなことが変わるものです。

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鈴木清順監督『カポネ大いに泣く』の日本とアメリカ

鈴木清順監督の作品の中で、最も有名なのは『ツィゴイネルワイゼン』だと思いますが、個人的なベストは『カポネ大いに泣く』です。田中裕子が美しいです。ショーケンが若くてたくましいです。

映画のオープニングでは20世紀初めごろのアメリカの映像が使われています。遊園地で遊んでいる人々や飛行機に乗って楽しんでいる人々が映っています。日本人にとってアメリカとはこういうものだということを表現しているのだと思います。不思議な道具を使って楽しく人生を謳歌する人々が昔の日本人にとってのアメリカ人です。眩しき別世界です。

田中裕子とショーケンが夫婦でサンフランシスコに渡ります。悪いやつに騙されて田中裕子は娼婦になり、ショーケンはアメリカで浪花節をやります。歌舞伎でも能でもなく浪花節というところが渋いように思います。沢田研二がショーケンと田中裕子を助けます。阿藤海が広東語をしゃべっています。今見れば、阿藤海さんが出ているだけで泣けます。たこ八郎さんが出ています。泣けます。

ショーケンは世間知らずです。夜の大統領と昼の大統領の違いが理解できません。アメリカで一番偉い人の前で浪花節がやりたいと思い、夜の大統領のアルカポネの前で浪花節をやります。細かいことを計算をせず、真っすぐに、純粋な天真爛漫さだけで突き進みます。それがこの人物の魅力なのです。禁酒法の時代に酒の利権をめぐってアルカポネと日本系マフィアが抗争します。日本系マフィアはほぼ皆殺しです。アメリカの大ボスには勝てないのです。アルカポネはチャックウイルソンがやっています。懐かしいです。

田中裕子が事故で死にます。ショーケンはアメリカ人の愛人と暮らします。戦争が始まり、日本人と日系人は収容所に入れられます。愛人の手引きでショーケンは脱走します。そして最後に切腹してあの世の入り口で田中裕子と再会します。切腹は痛すぎてショーケンは悶絶します。「こんなはずでは」と口走ります。切腹に興味津々だったアメリカ人の愛人は驚いてどこかへ逃げてしまいます。なぜ切腹しなければいけないのかという謎が残ります。映画に謎解きはありません。何度も観て考えなくてはいけません。全てにおいて勝るアメリカ人に日本人が自己表現を挑むとすれば、切腹しかなかったのかも知れません。或いは切腹は外せないのかも知れません。『戦場のメリークリスマス』と同じです。

アメリカロケは一切しなかったそうです。横浜で撮影しています。あ、京浜東北とか思います。日本で十分にアメリカを見つけることができる、日本の近代とはどういうものかを考える材料にしてほしいと言っているように思えます。

玉乗りが素晴らしいです。田中裕子の三味線も本当に弾いています(と思います。撮影の時に本当に弾いていると思うのですが、音と手が時々合っていない箇所があるので、三味線の音はアフレコとかなとも思います)。浪花節とジャズのセッションがあります。様になっていて渋いです。細部にエネルギーが使われているので何度観ても新しい発見がある映画です。