ジュリアン・アサンジ氏は今、どうしているのか

共和党の黒幕的人物であるロジャー・ストーン氏が逮捕されたことで、ロシアゲートがあるいは大きく動く可能性が出てきており、俄然、注目したくなるのがジュリアン・アサンジ氏だ。ロジャー・ストーン氏とは面識があるのではないかとの憶測は以前からあり、実際、ロジャー・ストーン氏は「アサンジ氏と食事したことがある」と発言した後、「あれはジョークだ」と訂正している。

アサンジ氏は近年、全く姿を見せておらず、現在もロンドンのエクアドル大使館に引きこもって生活しているはずだが、極端に言うと果たして生きているのかどうかということにすら疑問を抱かざるを得ないほど、全く何かをしている形跡を見せていない。今でもいるかどうかは分からないが、エクアドル大使館の周囲には支持者やファンがアサンジ氏が顔を出すのではないかと見守り続けて来たはずだし、英国の警察は24時間の監視を続けている。エクアドル大使館からもし一歩でも外へ出れば逮捕する構えを崩してはいない。

アサンジ氏は以前はインターネットを利用してエクアドル大使館の一室から動画の配信をしたり、ツイッターでつぶやいたりしており、ネット時代には引きこもっていても情報発信できるという彼らしい対抗策を続けていたが、そういう活動も行われなくなって久しい。エクアドル大使館の窓から顔を出すこともない。そのため、既に生きていないのではないかとの憶測も流れており、簡単に判断することはできないが、確かに生きていないとしても不思議ではないような気がしてこないわけではない。

さて、ロジャー・ストーン氏に対する逮捕事実は、大統領選挙の時にアサンジ氏がロシアが民主党にハッキングをかけて入手した情報を受け取っていることを知っていたのに議会で偽証したというものなのだが、FBIもそれなりに裏を取って満を持して逮捕に臨んだのだろうからアサンジ氏をどうするかも視野に入れていると考えていいはずだ。取引してアサンジ氏に証言させようと考える可能性もある。だとすれば、アサンジ氏が生きている可能性はやや上がったのではないかという気がする。生きているか死んでいるかくらいのことは、シークレットサービスは知っているだろう。トルコのサウジアラビアの領事館の中で何が起きたかもCIAは知っているのだから、アサンジがどうしているかも分かっているはずだ。




野田佳彦内閣‐消費増税

菅直人首相が「早く辞めろよ」圧力で総辞職すると、仙石さん辺りから野田佳彦氏の擁立の動きがあり、海江田万里と競り合いますが、野田佳彦氏が民主党の後継党首に決まり、後継首相を務めることになります。

野田政権時代にあったこととしては、南スーダンに自衛隊を派遣することを決めた他、何と言っても消費税の増税を決めたことが際立っています。消費税は絶対上げないという公約で総選挙に勝利した民主党だったはずですが、いけしゃあしゃあと増税の必要を説き、自民党も火中の栗を民主党が拾ってくれるのならちょうどよいと言わんばかりにそれに乗っかります。

国会中継で民主・自民の双方の議員が消費税の増税に賛成する票を投じている様子を見た人の多くは「なんだこれは、なぜこうなる?」「村山かよっ」など、不可思議な心境になったに違いありません。

衆議院の任期も押し迫り、野田佳彦首相か、または選挙管理のためだけの別の首相かあたりで解散しなくてはならないという時期になっていき、国会で開かれた安倍自民党総裁と野田首相との党首討論で野田首相は「国会議員の定数と歳費を削減するのなら、私はすぐにでも解散していいと思っていると」発言。安倍氏は驚いた表情をしましたが、そこで引くわけにはいかないので「ええ、もちろん、それでいいでしょう」ということになり、国会での話し合い解散みたいな感じで野田首相は衆議院を解散します。

この段階で衆議院の任期はまだ半年ほど残っており、民主党の不人気は決定的になっていましたから、解散すれば民主党が敗けることは分かっていましたが、完全に任期ぎりぎりで追い込まれ解散を言われるよりは、まだ辛うじて時期を選べる段階で解散した方が多少なりとも民主党に有利と判断したのかも知れません。選挙結果は自民党が三百議席に迫る圧倒的勝利で第二次安倍政権が登場することになり、今日に至ります。長かった首相シリーズはこれで終わりです。また気が向いたら政治家列伝をやりたいですが、次は台湾の近現代史に取り組んでみるつもりです。


菅直人内閣‐…..

沖縄の米軍基地辺野古移設問題で進退窮まった鳩山由紀夫首相が退陣し、民主党トロイカ体制で無傷だった菅直人氏が首相に選任されます。菅直人首相は就任直後から反小沢色を鮮明に打ち出しており、その様子を見る私の頭の中には「内ゲバ…」という言葉が何度となく去来しました。

小沢一郎は民主党が非自民の最後の牙城と認識していたため、菅直人の攻撃に対して当面はじっと我慢を続ける腹でしたが、途中でとうとう我慢できなくなり、菅直人内閣不信任決議案を自民党に持ちかけ、自民党+民主党小沢系議員+鳩山系議員で不信任決議案を通過させるというシナリオを描きます。ところが菅直人氏が「近いうちに」後継に譲るとの声明を出し、近いうちにとはどれくらいの長さなのかという曖昧さを残しつつも、それを理由に小沢は兵を引きます。微妙な駆け引きですが、当時、鳩山系が必ずしもまとまっておらず、ほとんど有効な票として期待できなかった他、小沢系だけでは自民党と共同しても過半数には届かなかったように見えますので、小沢一郎としても本当にやって失敗してしまうよりは、菅直人と妥協して民主党政権を存続させたというストーリーに切り替えざるを得なかったのではないかという気がします。不信任案が可決されれば民主党を潰す覚悟で菅直人が解散に出るであろうことも、民主党議員の中で不安を生んだという面もあるように思えます。みんなで心中するよりは…という感じだったのでしょう。

結果、菅直人不信任決議案は緊張感のないまま投票が行われ、賛成が過半数に届かず否決されることになります。森喜朗は「小沢さんと何かをやると必ずおかしなことになるから、私は気が進まなかったんだ」という主旨のことを述べています。

菅直人の不人気の要因としては尖閣海域で日本と中国の船が衝突した件について動画を隠しておきながら、後から海上保安庁の職員の人が動画をyoutubeにアップロードしたことにより真相が国民に伝わり民主党が訴えていた「情報公開」が全然逆のベクトルに向いていたことがわかってしまったというこがあったかも知れません。仙石官房長官が「動画が流出した件について中国に説明しなければならない」と発言したことも、当該の動画については外に出さないという密約があったことを想像させるもので、こういうことも不人気の要因になった可能性もあります。

更に大きいのは東日本大震災での対応が後手後手に回り、どうもいろいろ隠しているらしいという雰囲気になってしまい、それも不人気に輪をかけたように思えます。

菅直人首相は「近いうちに」と言葉を濁して延命するつもりだったようですが、「発言通りに早く辞めろ」という圧力が強まり、菅直人内閣は総辞職し、仙石さんにかわいがられていたと言われる野田佳彦氏が後継首相に指名されることになります。


鳩山由紀夫内閣‐善意の人ではあったと言える

麻生太郎首相の行った衆議院選挙で民主党が圧勝し、鳩山由紀夫内閣が登場します。発足当初、国民からは熱狂的に歓迎され、国際社会からも大いに注目され、アメリカのオバマ大統領も鳩山さんにはとても友好的な感じでした。

地球温暖化対策の二酸化炭素の排出削減に対して積極的で、リベラルのいい面が出ているようにも思え、私も鳩山由紀夫さんには肯定的な意見を持っていました。

小沢一郎さんへの非難が大きくなる中、小沢さんに対しては「首相にしていただいた」という恩義を感じているという主旨の発言をして、簡単に人を見捨てないというようにも見えて、個人的にはそこも好印象です。

しかし、沖縄の米軍基地辺野古移設問題に対して「最低でも県外」と発言したことが基でいろいろなことが空転していきます。別の基地の予定地を何とかしなくてはいけないのですが、別の土地がさっぱり決まらず、見つからず、周囲も天手古舞のききりまいで鳩山由紀夫首相は総辞職を表明することになります。オバマ大統領の周辺からも「鳩山はルーピーだ」という言葉も日本に漏れ伝わるようになり、政権末期はかなり無惨です。一年持たなかった政権ですから、熱狂から辞職まではあれよあれよという間の急転直下な印象すら与えます。

民主党は小沢一郎、菅直人、鳩山由紀夫の「トロイカ」体制で引っ張って来られた政党ですので、小沢一郎が資金問題で前に出られない、鳩山由紀夫が「一丁あがり」で、順当に菅直人政権が登場し、民主党は内ゲバの時代へと入っていくことになります。


第一次安倍晋三内閣‐窮する

賛否両論ある小泉純一郎の長い時代が終わり、第一次安倍晋三内閣が登場します。安倍氏は保守色が強いことで知られていたため、強い拒否反応を示すメディアもありましたが、当時の安倍氏には批判を恐れずに信念を貫くという意識がおそらくは強かったのではないかと推察できます。

北朝鮮の核実験に対する経済制裁の方針を打ち出し、国連北朝鮮制裁決議を引き出したり、韓国の廬武鉉大統領との会談や中国の胡錦涛主席との会談するなどして、北朝鮮封じ込めの戦略をとっていたようです。

一方で国内政治では、小泉改革への反動の機運のようなものが生じており、安倍氏は小泉氏によく仕えた人で、路線的にも継承していますので、そういう意味での風当たりは強かったかも知れません。大臣の不祥事の続発も安倍政権に打撃を与えていました。また、小沢一郎さんが民主党党首に迎え入れられ、選挙で安倍氏を苦しめることになっていきます。

小沢一郎は小渕恵三首相が倒れた後は、ただただ黙して選挙で手勢を増やして行くということに徹しており、それが自民党の議席ではなく民主党の議席を奪っていくという形で進んだため、当初非小沢野党として結党した民主党としてはこのままでは小沢氏の党に野党第一党のポジションを奪われるという危機感があり、小沢一郎を民主党に取り込むことで、小沢に食われるという現象を食い止めたという面があったように思えます。参議院選挙で民主党が大躍進を果たし、自民党としては小沢一郎の選挙の強さに改めて舌を巻かざるを得なかったわけですが、これを受けて、自民党内では安倍おろしが表面化し、福田康夫首班が取り沙汰されるようになります。

安倍晋三さんはこの難局を内閣改造で乗り切るつもりだったようですが、改造後一か月ほどで体調不良を理由に総辞職を表明します。安倍さんが若いころ胃腸がよくないという話は流れていましたが、それを理由に総辞職するというのは多くの人に衝撃を与えたようです。強いプレッシャーによる健康不安は普通の人でもあることですから、そういった諸事情で心が折れてしまったのかも知れません。

安倍晋三さんは後に、55年体制以来初となる首相再登板を果たしますが、人間修行を積み、より柔よく剛を制す感じになっており、長期政権になっています。安倍さんを支持するか支持しないかは別の問題として、失言、失態、凡ミスが少ないという点に、過去の失敗からよく学んだのだという印象を受けます。