歴史を学ぶのが苦手な子供が歴史好きになる良い方法はありますか?

「歴史を学ぶのが苦手な子供が歴史好きになる良い方法はありますか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

私が姪と話し合った経験からすると、歴史が苦手な子は年号を覚えるのが辛いようなのです。で、年号って一番後回しでいいので、もったいなあと感じました。ストーリーを覚えるとわかりやすいし、おもしろいと思うんですね。たとえば「信長は性格が悪かったので明智光秀は殺したいほど憎んだから、本能寺の変が起きた」であれば、普通に人間関係のストーリーとして覚えられます。他にも「頼朝は父親があれな人だったので島流しにされたが、現地でナンパした女の子の実家が助けてくれたので平家に勝てた」でもストーリーとして覚えるのであれば、勉強でもなんでもない、映画の断片みたいなものですから、理解しやすいと思うんですね。そういう感じのとっかかりをたくさん与えてあげれば、歴史を好きになるんじゃないでしょうか。ぶっちゃけ年号なんて覚えなくても大丈夫で、ストーリーが頭の中に入っていれば、穴埋め問題でも文の前後関係から答えを導き出すことは充分可能です。



日本語×こどもプロジェクトに少額の募金をした話

2018年の大晦日、私は何か善行を積みたいという心境になり、最もらくちんに善行を積んだ心境になれることをやろうと考えつき、インターネットを通じて募金することにした。少額であり何かをなすにはほとんど役に立たない程度の金額だが、募金すると良いことをした気持ちにはなれるので、考え方によっては費用対効果は高いと言える。

で、どこに募金するかを私はYahoo Japanの募金関連のサイトを見ながら検討し、ほんの僅かな金額であるにもかかわらず、私がその趣旨に賛同できるものでなければならないなどというえらそうなことを考え、「日本語×こどもプロジェクト」(Nico Projectと言うらしい)を選んだ。

近年、日本語母語者ではない日本在住の子どもたちが増えているそうだ。個人的に数えるようなチャンスはないが少し考えれば理解できる。東京には日本語母語者ではない在住者が大勢いる。そのような人たちの子どもたちに日本語を学ぶ機会を与えることは社会にとってプラスになる。日本は既にかなりの移民社会になっていることが指摘されて久しい。これも考えてみれば自然なことで、日本は東洋で唯一のG7加盟国なのだから21世紀に入っていろいろな人が集まって来ることは、やはり自然なことなのだ。内海文三先生が小説で予言した近未来日本は既に現実になっているのである。

それがいいことか悪いことかは別にして、そういう人たちの子弟子女に日本語を学ぶ機会は与えられることは社会正義に資すると私は思う。逆に日本語を覚えないまま成人する方がよほど心配だし本人にとっても不便に違いない。少額の寄付なので大したことを言える義理ではないのだが、日本語教育の普及は長い目で見て日本に益すると言えるだろう。日本語教育の機会が増えるということはノウハウの蓄積が進むということであり、学びやすい環境が整えば結果として日本語を勉強してくれる人が増える。そしてそれは日本関連が世界のマーケットから求められやすくなることが期待できる。若い人への投資は社会へのリターンは大きいはずだ。