ミッドウェー海戦がいろいろな意味で残念な件

連合艦隊の山本五十六長官は、真珠湾攻撃に成功した後、はて…と困ってしまいます。その後のプランをあまりよく考えていなかったからです。

まずはっきりしていることはハワイの真珠湾基地は生きているということ、そしてアメリカの空母艦隊も無傷だということでした。

もしアメリカの空母艦隊を殲滅し、ハワイも獲ることができれば、太平洋全域の制海権を握ることができるようになり、長期的にはアメリカが盛り返してくることは分かっているとしても、その後の緒戦で勝利を重ねやすくなりますから、アメリカの戦意を挫くいい一手になる可能性があります。

とにかく押せるだけ押しまくって、講和に持ち込むしかありませんので、よしハワイを獲ろうと、アメリカの空母艦隊も今度はおびきよせて一機に叩いてしまおうということになり、見方によっては真珠湾攻撃以上に皇国の荒廃この一戦にありとも言えるミッドウェー作戦を立案します。

作戦の内容はまず第一波がミッドウェーを空爆し、続いて上陸部隊が同島を占拠。そのうちアメリカの空母艦隊が出てくるので見つけ次第に殲滅し、裸の同然のハワイまで駒を進めるというものでした。

ところが、机上演習をやってみると、アメリカ空母艦隊が想定よりもかなり速くミッドウェー海域まで出てくることがわかってきます。本来であれば、ミッドウェーのようなあってもなくてもいいような小島を叩くよりも、ほいほいと出てきてくれたアメリカ空母を先に撃つということに作戦の順番を変えなくてはいけませんが、動かす艦船が多すぎることで負担に感じたのか、机上演習ではアメリカの空母はもっと後からやってくるという風に設定を変更し、演習が続けられます。敵の弾が自分の艦船に当たるかどうか、当たっても沈没か大破か小破か無傷かということは時の運ですので、演習でも設定のしようがなく、そういう時はサイコロを振り賽の目で受ける被害の程度を決めていきます。その時も、演習中に甚大な被害が出る目が出たときは、違う目が出たことにして、沈没する目が出たとしても大破だったことにするみたいな感じで演習の内容が操作されたといます。要するに予め策定した作戦が望む結果が出せるように、演習の内容を改ざんしていたと言えますので、もはやこれは演習でもなんでもなく、官僚的な辻褄合わせをしているだけだったと言うしかありません。

実際の戦闘では、敵空母艦隊を発見するために飛ばした哨戒機が、敵の真上を飛んでおきながら雲の厚みに阻まれて視認することができず、敵の空母は来ていないと報告を上げています。また敵に発見され敵空母が近いということが分かってから、当初ミッドウェー爆撃用に搭載されていた爆弾を外して空母を狙うための魚雷に交換するの90分かかっており、その時間的なロスによって敵から先制攻撃を受けるという悲しい結果を迎えています。机上の演習の方が正しかったのです。敵空母の動きは速かったのです。こういう場合はまずは第一波を飛ばして敵空母の甲板に爆弾を落として穴を開けて、使い物にならないようにしてから第二派が魚雷で沈めるのがいいのですが、司令官がテンパってしまい、そういう判断ができなかったのです。

更に不可解としか言いようがありませんが、戦艦大和が最新鋭の傍受システムで敵空母の居場所を知っておきながら、敵に大和の実力を知られることを恐れて最前線の艦隊にその事実を知らせなかったという話も残されています。「何のための大和なんじゃい」と突っ込む気力もないほどに残念な要素に溢れています。

そのような劣勢でも敵空母を二隻沈め、日本空母を二隻守った現場のパイロットの優秀さに驚くしかありません。凄い、訓練って凄い。と思います。ですが、作戦を立案する人たちが全体にゆるんでしまっていた、日本海海戦の時のような絶体絶命一発勝負のような緊張感を失っており、ついでに言うとあまりに強い不安や恐怖に押しつぶされて判断を間違えていたように思え、返す返す残念でこの時代のことはとにかくガックリするしかありません。

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真珠湾攻撃がいろいろな意味で残念な件

真珠湾攻撃を「政治」「戦略」「戦術」の三つのフェーズに分けて考えてみたいと思います。

まず、政治的な意味で言えば、かくも大失敗な攻撃はありません。連合艦隊の山本五十六はアメリカに痛打を与えてその戦意を挫くとという方針を持っていたと言われていますが、あまりにも唐突な攻撃を受けたためにアメリカではむしろ戦意が高揚し、逆の結果を招いています。フィリピンあたりで小競り合いをしてアメリカの太平洋艦隊をおびき出し、当時であれば圧倒的に連合艦隊の方が強かったですから、そこで艦隊決戦で全滅させていればアメリカも戦意を喪失するというシナリオがあり得ましたが、そういう順序をいくつか飛ばしてしまっているので、政治的には全くの大失敗。狙いを外しまくりというしかありません。

次に、戦略という点から見ればどうでしょうか。戦略的には真珠湾攻撃はアメリカが当面、太平洋で動きが取れなくなることを目指すものです。そういう意味では何といってもハルゼーの空母艦隊を討ち漏らしており、ぶっちゃけ戦略的にはもはやどうでもいい戦艦とか巡洋艦とか沈めまくったわけですが、その無用の長物と化していた戦艦も真珠湾は太平洋の海に比べれば全然浅いのでその多くが引き揚げられて修繕されていますので、真珠湾攻撃の戦果事態が無意味であったと言っても言い過ぎではないかも知れません。当時はシンガポールですら占領できるだけの力があったわけですので、ハワイのそのものの占領も充分に可能だったと言え、やはり、どうせやるのであればハワイ占領を企図しておくべきでした。半年後に「やっぱりハワイをとっておけばよかった」という後悔の念からミッドウェー海戦という更に残念な結果を招くことになってしまいますが、そういう意味では思い切りが悪かった一発殴って逃げ帰るという戦略そのものに欠陥があったと思わざるを得ません。全く残念というか、orzとしか言いようがありません。

では、戦術的にはどうでしょうか。こっそりと太平洋の北側からハワイに迫り、攻めること火の如し、走ること風の如しですので、見事と言わざるを得ず、そのために費やした訓練の成果であり、現場のパイロットの人たちへは敬意の念を抱かないわけにはいきません。ミッドウェー海戦では司令官の判断ミスが大きく影響しますが、それでもそこから反撃してアメリカの空母を二隻沈めていますので、やはり現場が如何に優秀であったかについて思いを致さざるを得ないと思います。

そのように思うと、もしあの時にハワイを占領しておけば、太平洋は西海岸に至るまで日本が制海権をとることができ、相当有利に戦局が推移した可能性を考えると悔やまれてなりません。とはいえ、戦争が長引けば必ずアメリカ有利の展開になることは間違いなかったでしょうから、東条英機が早期講和を全然考えていなかった以上、最終的な結果にはあまり違いはなかったかも知れません。当時のことは知れば知るほどorzです…。

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