大阪市役所が淀屋橋にあるわけですけど、そのすぐ近くに適塾跡があるんですね。で、淀屋橋ってどういうところかというと、江戸時代は日本中の諸藩の蔵屋敷がひしめき合い、諸藩の御用を請けるための商人がひしめき合い、流通のために舟がぎっしりとひしめき合う日本経済の中心であったわけですよね。福沢諭吉の父親も蔵屋敷で働くお侍さんで、諭吉はその空気を吸って育ち、すぐ近くの適塾で学んだということになります。戦前は大阪の方が東京よりもモダンでおしゃれで発展していたと言われていますが、それは江戸時代からの経済的な基礎があったからで、しかも適塾はまさしく日本近代を支える人材を育てた場所だったわけですから、私は先日適塾跡を歩き、ふと「全てはここから始まった」とつぶやいてしまいました。
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岡田斗司夫と宮崎哲弥と藤井聡
大阪の朝日放送が制作している『正義のミカタ』という国際で派報道バラエティ番組があり、多分、東京以外では全国ネットで放送されていると思いますから、この番組を知っているという人も多いのではないかと思います。
東野幸治さんが司会でほぼ中央やや向かって右寄りに立っており、画面右側にはほんこんさんなどのタレントの人たちが市井の声の代弁者みたいな立場で、画面左側には様々な分野の専門家が座り、その専門家の人たちから毎回3,4人が画面中央に出てきて、それぞれの分野の関連するニュースを解説するわけですが、「専門家」にとっては公開処刑とまでは言わないまでも、話し方が下手だとほんこんさんにヤジられ、内容が甘ければ宮崎哲弥さんに鋭く指摘され、行儀が悪ければ東野幸治さんに怒られる、それがほぼ全国ネットで生放送で流されるという、かなり緊張を強いられるであろう構成になっています。
大体、宮崎哲弥さんの鋭い指摘とほんこんさんの市井を代表するヤジで番組が回っているという感のある番組なのですが、更に京都大学大学院教授というとてつもない肩書を持つ藤井聡さんが宮崎さんの隣に座り、ご意見番的な立ち位置にいて、ちょっと前までは岡田斗司夫さんが専門家よりも詳しいのではないかと思えるほどのミリオタぶりを発揮し、実に細かい説明をする上に、イギリスのEU離脱を予言し、トランプ大統領の当選まで予言するというツワモノで、本来なら脇役、またはちょい役的なスパイス的な感じで番組に来ているはずの岡田斗司夫さんの発言に興味がそそられるというおそらくは番組の制作サイドでも想定していなかったであろう、おもしろい状況が生まれていたのですが、その岡田斗司夫さんが番組に登場しなくなりました。岡田さんの定位置には元オール巨人の弟子で今は弁護士という、特殊な経歴を持つ方が座るようになっています。
当初は、まあ、岡田斗司夫さんが出ない日もあるでしょうよという程度に思っていたのですが、全く出てこなくなった、ああ、外されたのか…ということが分かってきたというか、私の分析力が甘くて、今まで外されたことにも気づかなかったわけですが、まず間違いなく外されたのだろうと現状では言えるわけです。あんなにコメントがうまい人がなぜ外されるのだろう、前の方がおもしろかった…と私は思ったのですが、藤井聡教授が岡田斗司夫さんのことを腹の底から嫌いらしいことには私は気づいており、それは岡田斗司夫さんがプレゼンターとして中央で話した回で岡田さんが藤井教授に話を振っても一切無視するという分かりやすい態度をしていたから、そう思えるのですが、そういった人間関係が作用したのではないかという気がしないでもありません。
岡田斗司夫さんは、派手な異性関係がネットで暴露され、そのことについては宮崎哲弥さんは、宮崎さん自身がそもそもサブカル的な方面にも詳しい人ですから岡田斗司夫さんに対する理解はあったように思え「まあ、それはそれ」みたいな感じの反応をしているように見えたこともあったのですが、藤井教授としては、そういった浮ついた感じが赦せないと思ったのかも知れません。或いは異性関係のことはなくても、サブカルで飯を食ってる雰囲気が最初から気に入らないとかそいうこともあったのかも知れません。想像するしかないですが。
私が岡田斗司夫さんのことを心配する必要はないのですが、痩せればかっこいいので、前みたいにもう一回ダイエットしたほうがいいのではないかと思えてなりません。
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大阪は東洋一の工業都市だった
谷崎潤一郎は『春琴抄』で、大阪の街を「東洋一の工業都市」と表現しています。『春琴抄』は昭和初期に書かれた作品で、確かに当時の大阪は工業力に於いては東京に勝っており、他の東洋のどの都市よりも工業化が進んでいたことを疑う必要はなさそうに思います。
東京が経済力で大阪を追い抜いたのは1970年代のことであり、そのため20世紀は東の東京、西の大阪がそれぞれ中心地だという人々は認識していたに違いありません。
ただ、どうもバブル経済崩壊後は東京が一進一退で、文化芸術面ではある種の昇華を見せたとも言える一方で大阪はそのまま音を立てて崩れてしまったように見えなくもありません。
私は東京と大阪が混じっていますのでどちらのこともよく知っている反面、どちらのことも中途半端にしか知らないのですが、大阪が勢いを失ったことは大阪を訪問する度にじわっじわっと感じないわけにはいきません。
大阪は世界的な都市として勝負できるだけの潜在力を十分に持っているはずですので東京人がどうとか大阪人がどうとか言う前に日本人としてそういう力を十全に発揮できないことに対して「ああ、もったいない」という気持ちをどうしても持ってしまいます。
大阪復活策として掲げられた都構想ですが、なんだかんだとこねくり回したからか回されたからなのか話が単なる行政の統廃合の話になってしまい、迫力をなくしてまった感じがしなくもありません。
リニア新幹線が大阪に開通するのが2047年(最近少し早まったようですが)で、しかもぶっちゃけ京都に通すか奈良に通すかも決まらないらしいので、これからは名古屋という意見が強いのも頷けます。実際、名古屋駅前の発展ぶりは目覚ましいものがあります。
大阪は歴史もあり、京都奈良にも近く、その存在意義は計り知れない都市です。何か良い方法はないもんかいな?とちょくちょく一人考えるのですが、なかなかうまい方法というのは思いつきません….