太平洋戦争がいよいよ終わる少し前、鈴木貫太郎内閣で陸軍大臣になった阿南惟幾の言動は二律背反するところがあり、相当に苦しんだと思います。
閣議では、陸軍の立場を代表して強硬論を唱えます。強硬論と言っても「絶対戦争続行、一億玉砕ある可し」みたいな感じではないです。ただ、ポツダム宣言の内容に異を唱えます。武装解除と戦争犯罪人の処罰は日本人の手で行う、天皇の地位の保全をもっと確実にしてほしいというものです。
鈴木首相が終戦への決心を固めていて、閣内がポツダム宣言受諾に傾く一方、陸軍省の部下たちに対しては「大丈夫、戦争は継続だ」みたいなことを言っています。確信犯的に使い分けをしているのが分かります。
阿南陸相がポツダム宣言受諾に絶対反対を貫けば、閣内不一致で内閣総辞職です。今なら首相が意見の合わない大臣を辞めさせて、他になり手がいなかったら首相がその大臣も兼任するという荒ワザもできます(海部首相は衆議院の解散を本気で考えた時にその手を使おうかと本気で考えたそうですが、竹下・金丸が解散させてくれなかったという話がありますが、「憲政」の建前で行けば、海部首相が筋が通っていると思います)。
戦前は首相の人事権は現代ほど強くないです。阿南陸相が「辞める」と言ったら内閣総辞職です。ソビエト連邦が北から攻めて来ています。アメリカが三発目を落してくるかも知れません。一刻を争います。広田弘毅さんの時代に陸海軍大臣現役軍人制が復活していますから、内閣は軍に好きに弄ばれる恐れもあります。なので、関係者は阿南陸相が辞めたりしないだろうかとびびっていましたが、そういうことにはなりませんでした。
ポツダム宣言の受諾が決まり、阿南陸相も同意して、これでようやく戦争が終わるわけですが、陸軍の一部がクーデターを起こして終戦阻止を図ります。もちろん、失敗したことは誰でも知っていることです。
阿南陸相は8月15日の早朝、終戦の詔勅が放送される前に自決します。阿南さんは陸相に就任した時から、これは自分が死ぬしかないと思っていたかも知れません。敗軍の将になること必至ですし、終戦の経緯では部下にも嘘をついて話をまとめようとしています。いろいろ不本意なことをやって、最後は死ぬのですから、辛いと思います。そういう意味では武士社会の自分で死んだら名誉回復というのは凄い仕組みです。今の価値観とは合いません。ただ、生きているといろいろ恥ずかしい思いもします。死にたくなることもあります。死んだら名誉回復できる社会なら、死んじゃおうかと思って、それを選んでしまうかも知れません。阿南さんのことはわりといい感じで語られることが多いです。早々に自決したからです。一方、くずくずと引き伸ばしてから自決した軍の偉い人の中には悪く言われている人もいます。そういう意味では安易に人を死に追いやる仕組みです。しかし、死ぬことで自分を通せる、名誉だけはなんとかなるという所に情けを感じなくもないです。余談になりますが、「死ぬ気になったらできる」という精神論や根性論がありますが、あれはいざいよいよとなったら切腹しなさいという意味ですので、部活とかで安易に言ってはいけません。
原田眞人監督はこれまでにいろいろな作品を通じて「戦後」を考え続けてきた人です。私には『日本のいちばん長い日』は、過去の作品の集大成のように見えます。その作品が阿南さんの切腹というのが意味深な気がします。
この映画ではもっくんが昭和天皇をしています。上品で、物静かで、ロイヤルな感じで、かっこいいです。やさしくて、おだやかで、周囲への思いやりがあり、知識人です。発言に重みがあるのに、わざとらしくありません。いろいろな人が映画で昭和天皇の役をしていますが、本木さんの昭和天皇は群を抜いて「神々しい」と思います。本木さんの声で録音された終戦の詔勅は、実際の放送と同じところで言葉が詰まったりしています。声の感じやそのつまり方から昭和天皇の心境が読み取っているように思えます。
実際の昭和天皇は多弁な人だったのではないかという印象が私の内面に勝手にあります。『昭和天皇独白録』で「〇〇という人物は〇〇だ」みたいなことをたくさん話しているので、そういう印象がついてしまったのかも知れません。『昭和天皇独白録』は天皇の戦争犯罪人指名を防止するための、ある種の弁明のために終戦直後にインタビュー形式で録取されたものですから、普段の昭和天皇の言動と同じではないかも知れません。
あと、この映画では建物が美しいです。阿南陸相の官邸とか、首相官邸とか、皇居(多分、京都御所で撮影した)とか、とても美しいです。どこで見つけたんだろうと思います。原田眞人監督は建物を非常にエネルギーを使って選んでいるのだと思います。『自由恋愛』でも建物がきれいだなあと思いました。『魍魎の匣』や『クライマーズハイ』でも建物がとても雰囲気に合っています。
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