クラシック音楽の聴き方

今年の夏休みはショッキングなことが幾つか続いたので、映画をじっくり観たり、本をゆっくり読んだりということに時間を使うことができず、やむを得ず心境が回復するまでクラシック音楽を聴くことにした。随分時間がかかったが、現状は大体立ち直っている。

で、なぜクラシック音楽ばかりを聴いたのかと言えば、J-POPもK-POPも聴きたいような心境になれず、ロックはおろかジャズですら明るすぎて聴く気になれずに、自分の心境に合うものが聴きたいと思うと、クラシックの静かなやつを選んで聴くようになってしまった。言うまでもなくショパンである。ショパンのピアノばかり何週間も聴いていた。クラシックでショパンのピアノに浸るというのは随分ときざったい気もするが、私はピアノはもちろん弾けないし、音符も何となくしか分からない、俄かクラシックリスナーである。

で、とにかくクラシックしか聴きたくなかったのだが、心境の変化とともに、聴きたいものに変化が現れ、結果としてクラシック音楽に対してちょっとだけ理解が深まった気がするので、ここで書いておきたいと思う。

まず、繰り返しになるが、心境が思いっきり落ち込んでいる時はショパンのソフトなピアノ以外は受け入れることができない。で、少し回復して私がよく選ぶようになったのがショスタコービッチである。なんとなく暗いのだがなんとなく明るいという、どんな心境で聴いていいのか分からないのがショスタコービッチの良さである。回復期にあって、ちょっと回復したかも知れないけど、まだ自信ないという私の心境にぴったりと合った。それからしばらくして、私はラフマニノフに手を出した。ラフマニノフのピアノはわりとシンプルだが迫力がある。迫力のあるものに私が耐えられるようになったということに私は気づくことができた。

さて、クラシック音楽と言えば、普通、ベートーベンとかモーツアルトあたりが一般的且つ定番ではなかろうか。小林秀雄がモーツアルトを絶賛しているので、モーツアルトは最高に決まっているという先入観が私にあったが、モーツアルトは明るすぎることに気づいた。『アマデウス』という映画でも明るく無邪気で天才のモーツアルトが登場するが、テンションが上がっている時か、無理にでも上げたい時でないととても聴いていられない。そして、ドンジョバンニとか聴いたらなんとなく「音楽ってこんな風にデザインできるんだぜ」と彼が言っているような気がしてしまい、久石譲さんが音楽に才能は必要ないという言葉を読んだことがあるのを思い出し、「あー、音楽って基本のデザインのパターンを知っているかどうかで違って捉えられるんだろうな」という素朴だが私にとっては新しく、芸術とは才能ではなくパターンであるという個人的には革命的な格言を思いついてしまったのである。

今は充分に元気なので、ベートーベンの第九をちょうど聴きながらこれを書いている。ベートーベンは映画でモーツアルトみたいになれと教育されて、そこまで辿り着けない悩みみたいな描かれ方をしていたのだが、突き詰めるとパターン+ちょっとだけ個性なのだとすれば、別に迷ったり悩んだりする必要はないのではないかという気がした。芸術はパターンなのである。第九だって、「な、お前ら、こういうの好きなんだろ」のパターンに従っているように私には思える。

以上、素人の音楽談義でございました。



イタリア詩人、ジャコモ・レオパルディの近代

19世紀イタリアにジャコモ・レオパルディなる詩人が存在したことについて、東洋人の我々の中で知っている人はほとんど居ないだろう。私も最近になって知ったのである。イタリア語、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語に通じていた彼はそれら古典の教養を存分に生かしながら、新しい時代のための詩を書いた人物であるらしい。その作風は悲観的だが、ある程度無視論的な響きを持ち、それだけある程度自由主義的な響きを持っていたそうだ。当然、ナポレオン戦争と関係があるし、長い目で見れば社会主義とも関係があると言えるだろう。

ナポレオン戦争に影響を受けた芸術家として個人的にぱっと思い当たるのはベートーベンだ。第九交響曲の『歓喜の歌』は王侯貴族のためではなく一般のドイツ人のために書かれたもので歌詞もイタリア語ではなくドイツ語で書かれている。ちょっと前の世代のモーツアルトがドイツ語で戯曲を書くことについては相当揉めたらしいのだが、ベートーベンがドイツ語の楽曲を作るということで揉めた話というのは聞いたことがない。もしかするとちょっとはあったのかも知れないが、ベートーベンのドイツ語歌曲はわりとすんなりと受け入れられた。

モーツアルトとベートーベンの違いは生まれた時代の違いに拠る。モーツアルトはフランス革命とナポレオン戦争の最中に活躍したが、ベートーベンの時代にはナポレオン戦争は一応だいたい終わっていて、タレーランが戦争に敗けても外交で勝つという巧みな政治活動を行った時期と大体重なる。

さて、ベートーベンはともかく、レオパルディである。レオパルディは神なき時代の救いなき悲観主義を描いたらしいのだが、もう一つ重要な点として国民を描こうとしたという点は見落とされるべきではない。ナポレオン戦争は各地で国民意識を覚醒させるという効果をもたらした。フランス軍はもちろん自由平等博愛の普遍的理念で押しまくったわけだが、たとえばドイツのフィヒテが『ドイツ国民に告ぐ』という演説で民族主義を説いて歩いたように、ナポレオンに対する反作用としてヨーロッパ各地で民族と国家というものが強く認識された時代でもある。

ここで注意しなければいけないのは王侯による支配と国民国家は全く別のものであるということだ。たとえばドイツ語圏で乱立した王侯国家は国王の私有物であり、軍は国王の私有財産によって傭兵が雇われて機能した。それに対して国民国家では、国民はその国の人間だというだけで国家の戦争に対して責任を負う。21世紀の現代人の我々にとって、それは必ずしも正しいこととは言えなくなっているが、当時は王侯貴族の支配から脱却し、国民または市民による共和政治の理想がヨーロッパ社会に広がり、その旗頭がナポレオンだった。

レオパルディはそのような時代の空気を思いっきり感じて生きたイタリア人詩人であったため、国民という言葉にロマンを与えたと言われている。レオパルディ流の国民国家という近代との接点であると言えるだろう。私はイタリア語もラテン語もギリシャ語もできないので、一般的な解説に+して私の個人的な見解を述べることしかできないのだが、ナポレオン戦争を境にロマン主義的国家主義がヨーロッパに広がったことは事実であり、レオパルディはその新しい思潮を胸いっぱいに吸い込んだに違いないことは想像できる。彼は古典的なローマカトリックや王侯支配に対するアンチテーゼとして「国民」を重視し、国民を中心とした社会づくりを夢見た。残念なことに30代半ばで病死してしまったため、彼は国民という概念の行くつく先に普仏戦争が起きたことを見ることはできなかったし、それがエスカレートした結果としての第一次世界大戦を見ることもなかった。古典的な支配体制を崩すために国民という概念を創造することに彼は役立ったかも知れないが、その結果を見ることはなかったことが良かったのか悪かったのか。

ただ、彼個人は潔癖で真面目で勤勉で生き方ば不器用だったらしい。ちょっと私に似ている。どこが似ているのかというと、勤勉であるにもかかわらず、それがすぐにお金に直結しないところである。お金に関するセンスさえあれば、レオパルディも私も勤勉にお金を儲けていたのではないかと思わなくもない。フランスのロートレックみたいに…一応付け足すが、ゴーギャンは遊びたいだけなので、勤勉でもなければお金のセンスも持ち合わせていない。ただの付言になってしまいましたが….あ、ゴッホもか…