昭和史57‐南進論とフィリピン

フィリピンは長年スペインの植民地下にありましたが、米西戦争の結果、アメリカ領になります。ただ、フィリピンではスペイン時代から独立運動、抵抗運動が根強く、アメリカ領になってからもその抵抗は続き、しかも宮崎滔天のようなアジア主義者がフィリピン独立運動に協力する動きも見せていましたから、アメリカも相当に手を焼いたようです。結果としては、アメリカの議会でもフィリピン分離論が盛り上がり、フランクリン・ルーズベルト大統領の時代にフィリピン独立法が成立し、第二次世界大戦後の1946年に既定路線通りにフィリピンは独立を果たします。

日清戦争の結果、日本が台湾を領有して以降、西洋列強は日本が更に南に位置するフィリピンに対して領土的野心を持っているのではないかと警戒していたようですが、1905年に桂・タフト協約でアメリカのフィリピンに対する権益を日本が犯さないと約束し、日本が朝鮮半島に対する権益をアメリカは認めるという交換協定のようなものが結ばれ、双方、手出しをしないという状況が続きます(上述したように、宮崎滔天のような民間人はいろいろ動いていたようですが…)。1908年には高平・ルート協定というものが結ばれ、日本はアメリカのハワイ・フィリピンに対する権益を犯さないと約束し、アメリカは日本の朝鮮半島及び南満州の権益を黙認するという協定が結ばれます。アジア太平洋地域に於ける勢力図の再確認のようなものだったと言っていいかも知れません。

ですが、日本国内では南進論が根強く、第一次世界大戦の結果、フィリピン東方の南洋諸島が日本の委任統治領になったことから、フィリピンは日本の領域に囲い込まれたアメリカ領という、ちょっと難しい位置になってしまうことになりました。

さて、先にも述べたように、フィリピンが1946年に独立することは30年代から既定路線になっていたわけですが、日本側が不安に感じたのはフィリピンに米海軍基地が存続するかどうかということだったようです。私が追いかけているとある情報機関の発行していた機関紙の昭和14年1月11日発行の号では、フィリピン独立法について述べられており、しかしその後もアメリカ海軍基地が存続するかどうかについての懸念が述べられています。当該記事では「比律賓の永久中立の問題」と「米軍海軍根拠地の問題」があると指摘しています。当時、この記事が出た段階では、日本帝国は広田弘毅首相の時代に五相会議で南進が決定された後なわけですが、それは云わばこっそり五人の大臣でそういうことにしようと相談して決めた程度のもので、具体的に南進論が閣議で正式に決定されるのは1940年7月、近衛文麿内閣でのことです。当該記事は同じ年の1月という微妙な時期に出されたことになるわけですが、独立後のフィリピンの「永久中立」を求めるというのは、日本の南進にアメリカ海軍が脅威になるという認識があったからに相違なく、もうちょっと踏み込んで言えば、南進論が国策になっている以上、そのうちフィリピンも獲りたい、控えめに言っても「大東亜共栄圏」構想にフィリピンを取り込みたいという狙いが背景にあったことは間違いないように思えます。欧米列強が自国の植民地が日本に獲られるのではないかと警戒したのは、読みとしては正しかったとも言えますし、結果的にこの国策が日本帝国を滅ぼすことになったとも言えるため、何もわざわざ遠い南国を獲りに行かなくても良いものを…という残念な心境になってしまいます。

日本の南進論が具体的に発動するのは北部仏印進駐からで、その後アメリカ側からは日本に対し、もし日本帝国が南部仏印にまで手を出したら経済制裁をすると警告を出していたにもかかわらず、南進の国策通り、日本帝国は南部仏印にまで進駐を始めます。フランス本国がナチスドイツに降伏した後なので、おそらくは渋々ではあったではあろうものの、日本のインドシナ進駐は平和的に行われました。ナチスドイツがフランス本国を抑えてくれていたおかげで楽にインドシナを獲れたという意味ではラッキーだったわけです。ただし、それが結果としては太平洋戦争への引き金へと発展していくわけですから人間の運勢と同じく、国運という言葉がついつい頭をよぎります。当時は、自国のブロック経済圏を持たなければやられてしまうという強迫観念のようなものがあったのではないかとも思えてきます。

太平洋戦争で山本五十六が真珠湾攻撃に出たのも、帝国海軍が如何にアメリカ海軍を脅威に感じていたかを示すもので、フィリピンにアメリカ海軍基地が存続するかどうかは当局者にとっては重大な関心事であったに違いありません。アメリカ軍は蛙飛び作戦で重要な島だけを獲って日本本土へ迫る方針で臨みますが、当初フィリピンは無視していいのではないかとの議論があったのに対し、マッカーサーが良心の観点からフィリピンは奪還しなければならないと主張した背景には、アメリカがフィリピン独立を約束していたということでより説得力を持ったのかも知れません。フィリピンでの戦いでは関東軍の主力が投入され、ほぼ全滅という悲惨な結果になりますが、更には関東軍の主力が不在になっていたために終戦直前になってソビエト連邦の侵攻がより容易になったと思うと、日本帝国がひたすら負のスパイラルへと落ち込んで行ったことが分かります。

フィリピンもインドシナも満州も日本から遠く離れた土地で、それらの地域が誰の主権に収まろうと日本人としては知ったことではないとも言えますが、その遠い土地を巡って何百万人もの日本人が命を落としたと思うと、いったいあの戦争はなんなのだと首をかしげざるを得なくなってしまいます。

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昭和史9‐日中戦争とフィリピン

日本帝国時代のとある情報機関の発行した機関紙の昭和12年12月11日付の号ではフィリピンの情勢に触れられています。主たる内容としては、フィリピンに於ける中国人と日本人との関係性、及びフィリピン人の日中戦争に関する意見のようなものが紹介されています。曰く、日本人と中国人は敵国同士なので、互いに警戒はしているし、相互の商取引に減額はみられるけれども必ずしも顕著なものとは言えないとしています。一方で、フィリピン人は日中戦争についてどう思っているのかというと、

比島人の中には今次事変の真の原因を理解せず「他国の領土内に於て戦争行為を為すことが正常ではない」との観念が支配的であって、従って比島人には「日本恐るべし」「支那には同情される」との意見を有してゐる者が多いやうに見受けられる

としています。現代人の感覚から言えば、そりゃそうだと思えなくもありません。個人的には日本がわざわざ中国大陸の奥地まで戦争に行かなくてはならない理由があったとは思えないからです。しかし、当該記事では近く「南京陥落のビッグ・ニュースがもたらされる」だろうから、フィリピン人も驚くに違いないというようなことが書かれてあり、大変に強気であることがわかります。一方で、フィリピン人の対日感情を気にする程度に、やはり当局者が不安を感じていたということも言えるかも知れません。

もう一つ興味深いと思ったのは、当該の号で植民地の「青年総動員」の必要を訴えていることで、そこでは1、尊皇愛国精神の協調、2、皇民化運動の徹底、3、時局認識の正確徹底、4、愛国奉公精神の強化 5、銃後守護の充実並軍需物資の生産拡充、6、非国民的言動の徹底排斥の方針が示されています。皇民化をよほど焦っていることがわかるほか、3の時局認識の性格徹底というところを見ると、「日本が正義でしかも日本は戦争に勝ちつつあるのだ」ということを教え込みたいという強い願望が込められていることがわかります。同時に、6、非国民的言動の徹底排斥という文言からは、植民地の人々がそれでも帝国への忠誠心を持たないのではないかという不安も併せ持っていたことも読み取れるのではないかと思います。そのための訓練、具体的にはいろいろと講座を持って「教育」するということですから、そこまでやらなくてはいけなかったあたりに、やはり当時の不安と焦りを感じずにはいられません。「訓練」の内容には軍歌を歌わせるというのもあったようです。

今回の号で南京攻略戦を派手に書き立てるのかと想像していましたが、南京陥落はもうちょっと後になるようです。次号、そこに触れることになるかも知れません。

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アメリカ企業がフィリピンにアウトソーシングしている件

今、アメリカ企業からフィリピンの企業へのアウトソーシングがちょっとしたブームになっているとフィナンシャルタイムスが報じています。アメリカの消費者がコールセンターに電話するとフィリピンのスタッフにつながり、説明を受けるというサービスなどがあるらしいのですが、経済の法則に則ったと言える良い面と、それ故にか或いは政治的な意味での悪い面の両方があるようです。

良い面というのはもちろん、フィリピンの人件費はアメリカのそれよりも遥かに低いはずですから、アメリカの消費者はより安い値段でサービスを受けることができるということがあります。ですが一方で、それだけアメリカ人の雇用を奪っているということが、いわば悪い面で、ドナルドトランプさんが大統領になったことで、アメリカという巨大消費地の企業が第三世界の人件費の安い国や地域にアウトソーシングするというビジネスモデルに地殻変動が起きるかも知れないというようなことらしいです。

物価が安くて雇用のない国と、物価が高くて雇用のある国だったら、私は個人的には後者の方がよりよいのではないかと思いますので、アメリカの企業に強引にでもフィリピンから引き揚げさせてアメリカ国内にコールセンターなりなんなりを置いてアメリカ人の雇用を増やすというのは、ある一面に於いては理に適っているようにも思えます。より高付加価値なものをより安価に提供できる企業が生き延びるという経済の法則から考えてみれば、そのような強引なやり方をすると結局はいわゆる国際競争力の衰えを招く可能性もないとは言えず、これについては今までのモデルではない、これからの話になりますので、すぐに答えが出るわけではないですが、今後、どうなっていくものか注目したい点ではあるように思えます。

フリードマンが『フラット化する世界』という本を書いて話題になったことがありますが、今は中国でもどこでも人件費が上がっていて、かつてほどいわゆる主要国との賃金差が大きいわけではなく、対して差がないのなら、或いはアメリカ国内にサービス拠点を置いた方が何かと便利ということは充分にあり得るようにも思えます。その場合、世界は再びフラット化からブロック化へと移行していくかも知れないのですが、果たしてそれが第一次世界大戦前後の時代に後退していくものなのか、それとも全く私たちの知らなかった新しいモデルへと移行していくものなのかも注意深く見守りたいと思います。

フィリピンの企業がアメリカ企業のコールセンターを引き受けることができる背景には、フィリピン人の英語力の高さということが挙げられると思います。20年ほど前はインドにコールセンターが移っていることが話題になったこともありますが、これもインド人の英語力の高さが背景にあると思えます。しかしながら、アメリカ人の知り合いの経験談によると、コールセンターの人が何を言っているか分からなかったので、コールセンターとしての役割を果たしていないという面もあるらしいので、「英語力」だけでは片付けることのできない面もあるのかも知れません。

アメリカという巨大な内需国の主要な言語が英語だということは、確かにフィリピンやインドのように英語の話せる人の多い国や地域にとってはビジネスチャンスになり得ます。では「日本人も世界を相手にビジネスだ!英語力が低いからアメリカ企業のアウトソーシングをフィリピンやインドに獲られるのだ!」という結論に至るかと言えば、私個人の意見ですが、そういうわけではないように思えます。

日本はアメリカに次ぐ豊かな内需国家です。英語圏から受注して経済を回すわけではないので、ぶっちゃけ英語は必要ないとすら言ってもいいかも知れません。私も英語はよく勉強しましたが、結局のところ役立っているのは英語圏のニュースを聴いて「ふーん、そうなのか」と思う程度のことしか具体的に利するところはありません。

トランプさんの今後の出方がよく分からないということや、就任演説があまり良くなかったということで、今日は円高株安に振れたようなのですが、外国のことはそこまで気にする必要はなく、日本は日本でやっていけるよう、内需を充実させていく道を選ぶのがいいのではないかという気がします。江戸時代は国内の需要だけで経済発展したわけですし、戦争が終わって70年以上過ぎ、今さら輸出で外貨を稼がないと困るというような時代でもありません。

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