フィンランドで小林聡美さんが経営している食堂を手伝うことになった片桐はいりが、妙に空回り気味なやる気を出してしまい、お店のメインメニューのおにぎりにトナカイ、ザリガニ、ニシンの具を入れたらフィンランド人の客にウケるのではないかと提案し、小林聡美さんが渋々受け入れる場面があります。
試しに作ってみたものの、明らかな失敗作で、しかも片桐はいりさんは小林聡美さんのお店のコンセプトに挑戦したとも言える場面で、人間関係的に微妙な空気が漂います。その日の夜、小林聡美さんが就寝儀礼のように毎日行っている合気道の膝行の練習中に片桐はいりさんがお邪魔して「私にも膝行を教えてください」と言ってきます。小林聡美さんは快諾し、二人で膝行の練習をしますが、片桐はいりさんには膝行の経験なく、全く様になりません。そこで小林聡美さんが「明日、シナモンロールを作りましょうか」と提案します。小林聡美さんの心中を想像してみると、「そうかあ、私との人間関係を良くしたいと思って膝行を習いに来たのかあ、しおらしいなあ、客が店に全然来ないというのは確かだし、何か新しい手をうたないといけないという片桐はいりさんの意見も決して間違っていたわけでもないしなあ、なんかやった方がいいというのも確かだしなあ、あ、シナモンロール」という心の動きがあったと拝察できます。
片桐はいりさんの目的は膝行を習うことではなくて、小林聡美さんとの関係修復なのですが、その気持ちが嬉しいなあと思わせて、小林聡美さんのどこかにあったかたまりがほぐれて、シナモンロールというアイデアが化学反応的に生まれる場面です。
シナモンロールを作ってみたら、それまで外で見ていただけのフィンランド人のおばさま三人組がお店に入ってきてコーヒーとシナモンロールを注文します。客が入り始めた、お店が機能し始めた感動的な瞬間です。
そのように思うと、人間万事塞翁が馬みたいな感じの展開で、最初、片桐はいりさんの新しいおにぎりの具のアイデアは小林さとみさんにとってははっきり言えばちょっとうっとおしいというか、「こんな人に店を手伝ってもらうことは本当に良かったのか、やっぱりせっかく自分の店を出したんだから、自分の好きなようにしたいのに、もしかして、この人、無駄におせっかいの多い人かも」と思ったものの、結果としてはシナモンロールというアイデアが誕生して、お客を呼び込むことになったわけで、その最初の一歩である片桐はいりさんのちょっと空回り気味なやる気は全然無駄ではなく、有効だった、二人で新しいものを作りだすための感動的な展開だったということが分かります。
やっぱり評価されている映画は何回見ても気づくものがあります。『ゴッドファーザー』を何回も繰り返してみるとモーグリーンに関心を持つようになったりするのと同じことかも知れません。