スピルバーグ監督『キャッチミーイフユーキャン』で思う、払うべきものはちゃんと払おう

スピルバーグ監督の映画は大体外さない。大体面白い。エンタテインメントと人間性へのメッセージが両方入っているので評価が極端に分かれることもないし、観れば必ず楽しめたと感じることができる。

で、『キャッチミーイフユーキャン』も面白かったのだが、私が考えたのは、デカプリオが演じている天才的な詐欺師とその父親の関係のことだった。映画の始まりの場面では、父親はロータリーのメンバーに選ばれて誇らしげにスピーチをする。「私はミルクをバターに変えた」と譬え、彼はミルクの中におぼれそうなほど絶望的な状態でもがき続け、その結果、よくかき混ぜられたミルクは固形のバターへと変化し、自分はおぼれずに立つことができたというわけだ。相当な苦労と努力をし、困難を克服した結果、彼はロータリーのメンバーという名誉を手に入れた。

しかし、妻は他の男のところへ行ってしまい、デカプリオの父親は失意に打ちのめされているにも関わらず税金を払わなくてはいけないことに頭に来て、税金を払うくらいなら逃げてやると決心し、逃げ続ける。デカプリオの父親は税務署から逃れるために職も居場所も転々とするが、実は税金さえ払ってしまえば人生をやり直すことができるかも知れないのに、彼は「税金だけは払ってやるものか」という執着心があるために人生をやり直す機会を自ら遠ざけているのだと私には感じられた。しかも税金は法律に従って払うべき市民としての義務であり、義務を果たすことが人生をやり直すための絶対的な条件なのだとこの映画では示唆されているように思える。

さて、デカプリオも喪失感は大きい。母親が別の男のもとへ去ったのである。そりゃ、喪失感は大きいだろう。しかも父親は税金逃れで逃走しているのだ。世の中に恨みや反発を感じる心情は理解できなくもない。で、たまたま彼はめちゃめちゃ頭が良かったので少しずつ詐欺の手法を覚え、偽の小切手を本物同様にゴート札みたいに量産し、口もうまけりゃ顔もいいので金も女も好きなだけ手に入れることに成功する。しかし彼の人生が真実に満たされるということはない。なぜなら彼が真実に求めていることは家庭的な愛情であり、そこが母親の出奔によって破壊されているので、どれだけ金を集めて女を集めても決定的な部分が癒えていかないし、それでもその虚しさから逃げるために彼はもっともっと派手に詐欺を続けていく。詐欺で得たお金はどれだけやってもあぶく銭であり、充実には近づかない。彼もまた、払うべきものを払わずに生きてやろうと決心した点では父親と共通していると言える。

ぐっと来るのは彼が捕まった後、偽造に精通した彼がFBIに協力することで市民生活を送ることを赦され、後には偽造防止の手法の知的財産を得てかなり高額な収入と自分の家庭を持つことができるようになったという結末である。彼はFBIに協力することを条件に懲役刑から逃れることができたが、少なくともFBIに協力するという代償を支払うことで詐欺を続ける必要がなくなり、逃げ回って虚しい贅沢をする代わりに家庭という彼が真実に求めていた愛情生活を得ることができたのだと言うことができるだろう。

これは私たちの人生にとっても教訓になる。税金に限らず、払うべきものを払ってこそ信用が得られる。そしてほしい物が手に入るように世界はできている。単に等価交換ということを言いたいのではなく、正当な努力と代償によって、自分の人生を得ることができるということをスピルバーグは言っているのではないかと私には思えた。

彼の父親がその後どうなったかについては映画では描かれていないので分からないが、多分、息子がいろいろなんとかしたのではないかと想像することはできる。父親も税金さえ払えば人生をきちんとやり直すことができるだろう。なぜそう言えるかというと、私自身が転職や病気などで人生を何度かやり直し、それでもこのような半端者が今、大学の非常勤でとにかく飯が食えるという程度にまではやってこれたので、人生は何度かはやり直しがきくものだし、実際に本気で取り組んでみれば実現可能なことはたくさんあるとしみじみと思うからだ(一度社会人になった者が大学院に戻って勉強し直して非常勤でもそういう方面の職に就けるのは奇跡的だし、非常勤だけでどうにか飯が食えるのはかなりの奇跡なのだ)。




映画『ゲッベルスと私』を観て愕然とした件

岩波ホールで『ゲッベルスと私』というドキュメンタリーを観た私は愕然とした。ゲッベルスの「元秘書」とされる女性は、敢えて言えば平凡な人だという印象を受けたので、そのことでは愕然とすることはなかった。ただ、映画の作り手は証言と交互して様々な史料映像を挿入しており、それらの映像の凄惨さに私は愕然としてしまったのだ。

特に私が恐怖を感じたのは、アメリカ軍によるナチスが作った収容所内のガス室の検証映像だった。ガス室の壁には人の手の跡やひっかいたような跡が無数に残されていた。それらはそこで殺された人たちが最後の瞬間にもがき苦しんだか、なんとか脱出生き延びようとしたか、或いはその両方が起きたことを、しかも繰り返し繰り返し起きたことを示していた。

私は以前、アウシュビッツの所長だったルドルフ・ヘス(ヒトラーの副総統でイギリスにパラシュート降下した人物とは別人)が書き残した手記を読んだことがある。ルドルフ・ヘスはもちろん戦後に処刑されたが、人の歴史で最もたくさん人を殺した男であり、今後も、少なくとも私が生きている間に同じことをする人は現れないだろうと思う、というか思いたいのだが、私がガス室について具体的に知っていることは限られていて、ルドルフ・ヘスの手記に拠れば、シャワーを浴びるという理由で閉じ込めた人々を彼は見下ろすことができる位置に立っており、人々は彼を見た瞬間、やはり騙されて殺されるのだと知り、憎悪と怨みの叫びを上げたということらしかった。彼は何度となくそこに立ち、怨みながら死んでいく人たちを見たことになる。私のガス室に関する知識はこの程度のものでしかなかった。

今回、この映画を観て、壁に残された無数の手の跡は、当時の状況をより具体的に私に教えてくれるものになった。恐ろし過ぎて愕然としてしまったのである。

一方で、ゲッベルスの元秘書とされる女性は、ナチス政権誕生から敗戦の少し前の時期に至るまで、それなりに生活をエンジョイしていたことを話している。恋人がいて、ゲッベルスの演説にしびれ、宣伝省の給料の良さに満足していた。そしてホロコーストが行われていたことを「知らなかった」と彼女は言い切り、「私に罪はない。ドイツ全国民に罪があると言うのなら別だけれど、自分たちが選んだ政権なのだから」と述べる。民主主義の手続きを踏んでナチス政権は誕生したため、有権者全員にそれなりの責任はあると言えるが、選んだ政権が悪いことをした場合の有権者の責任は限定的で観念的なものだ。日本の首相が失政をやらかした場合に、有権者の責任を問うのは限界があるのと同じだ。

だが、この映画では、彼女のそのような証言と交互に凄惨な映像が挿入されるため、「知らなかったで済むのか?」という疑問を抱くように構成されている。知らなかったから悪くないと言うには、事態はあまりに重大すぎるからだ。アメリカ軍がドイツ市民向けに作ったフィルムも挿入されており、そこでは「知っていたのに止めなかった責任」を問うていた。私個人の想像になるが、あれほど大規模に熱心に継続的に行われていたのだから、多かれ少なかれ、憚れるようなことが行われていたことには気づくのではないだろうかと思う。現代でも自分の属する組織がどういう状況なのかということは私のような下っ端でも何となくわかることもあるし、噂も流れてくる。そのため、彼女が「知らなかった」と言い切ったとしても簡単に信じることができない。尤も、彼女の証言を嘘だと言い切るだけの証拠を私が知っているわけでもなんでもないのだが。

以下は全て私の想像になるが、彼女は何十年もの間、何度となく記憶を整理し、反芻し、自分の受け入れやすい物語を作り上げたに違いないという気がする。人は誰でもそうするので、彼女もそうせざるを得なかったに違いない。彼女は戦争が終わってから5年間抑留されていたと述べていた。その5年間は屈辱的な経験、人に話せないような酷い目に遭わされたであろうことも想像はつく。そのため、戦争が終わる前の記憶がより美化され、それなりにエンジョイできたという物語が形成されたのではないだろうか。彼女の本音は、ホロコーストに直接かかわったわけでもないし、戦争の意思決定に加わったわけでもないのに、5年も抑留されて酷い目に遭わされた。充分に責任は取った。というところにあるのではないだろうか。これはとても難しい問題で、責任がどこまで及ぶのか線引きができる人はいないだろう。そのことについては、今後、私も反芻して考えることになると思う。この映画を観てしまったら、考えないわけにはいかない。



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三島由紀夫と石原慎太郎

三田文学で石原慎太郎が文壇生活五十年を振り返るという趣旨の対談をしているのを読み、やはり三島由紀夫に関する回想が最も興味深いものだった。三島由紀夫はその是非は別としてあまりに特殊な存在であり過ぎる。

作品と文章の完成度の高さは入念であり、彼らしい完璧主義的であり、美しく、繊細且つ逞しい。三島由紀夫に関わることで『宴の後』事件というものがあるが、プライバシーの侵害で訴えられたのに対して、人間を科学的に描くという純粋な文芸表現であると彼は反論した。文芸とは人間を科学的に描く行動であるとする、彼の小説に対する信念が披歴された、ある意味貴重な事件である。

人間を科学的に描くという信念はヨーロッパの自然主義小説に由来するはずだが、果たして人間を科学的に描くということが真実に可能なのかどうか、私には分からない。フランス自然主義を模倣しようとした明治小説の自然主義スタイルについて、江藤淳は「(自然主義文芸を)やりおおせたと思っている」人々の作品だと鋭い指摘をしている。柄谷行人は田山花袋は小説に書いたことよりもっと他人に言えないことをしているはずだとこちらもかなり鋭いところを突いている。他人に言えないことは隠し抜きつつ人間の真実を描こうとすること自体に論理矛盾があり、人は誰でも他人に言えないことはあるはずだから、結局のところ、科学的に人間を描く文芸というものは存在し得ないのではないかと私には思える。

それはさておき、当該の対談では、川端康成が三島由紀夫に対して強い拒否感を持っていたと石原慎太郎は話していた。三島由紀夫の晩年の生き方は確かに常人には受け入れ難いものがある。私的軍隊なるものを組織し、自衛隊の施設に入り込み、幕僚を縛り付けて演説し、果てるという彼の動きには理解し難いものがある。もし共感する人がいるとすれば、それはその人の自由なので、私は否定しない。いずれにせよ、石原慎太郎の対談している内容に拠れば、三島由紀夫が自決する直前のころ、そういう彼に川端康成が拒否感を持っていたというのは初めて読んだ。どちらかと言えば両者の絆が強いという物語の方が流布していると私は理解していたから、意外だと言えば意外だったが、考えてみれば確かに私的軍隊を持つ小説家を受け入れ難い存在だと思ったとしても不思議ではない。大岡昇平も三島由紀夫の新宅に呼ばれた際、悪趣味だと思ったが言えずにいたという趣旨のことを話しているのを読んだことがあるので、三島由紀夫は周囲との人間的距離感に苦しんだに違いない。苦しむが故により言動が過激になったのではないだろうか。

三島由紀夫が自決して果てた後、川端康成は現場を見たという。石原慎太郎も現場まで行ったが、現場そのものは見ずに立ち去ったそうだ。以後、川端康成は三島由紀夫の亡霊を見るようになり、後を追うかのようにして自ら命を絶っている。石原慎太郎は対談で見なくてよかったという感想を述べていた。私ももし、現場に立ち入る権利を持つ人間だったとしても見たくない。私は小説について作者の人生や背景というものをあまり考えず、作品そのものと対話することをより重視するのがいいと思っているが、今回の石原慎太郎の対談を読むことで、私は三島由紀夫という人の心の中を少しは想像することができるようになったし、過去に読んだ三島作品を思い出し、彼がどういう心境でそういうものを書いたのかについて想像することもできた。やはり作品理解には作者の人生と背景を知ることの重要性は否定できない。

三島由紀夫はその過激な人生と精緻な文章力によって、常人には測りがたい内面を持つ人という印象がどうしても強い。そのため、私は三島由紀夫理解は自分には一生できないだろうと思って諦めているところがあったのだが、今回のことで多少は相対的に見ることができるようになったと思えるし、その点は有益だった。



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イタリア詩人、ジャコモ・レオパルディの近代

19世紀イタリアにジャコモ・レオパルディなる詩人が存在したことについて、東洋人の我々の中で知っている人はほとんど居ないだろう。私も最近になって知ったのである。イタリア語、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語に通じていた彼はそれら古典の教養を存分に生かしながら、新しい時代のための詩を書いた人物であるらしい。その作風は悲観的だが、ある程度無視論的な響きを持ち、それだけある程度自由主義的な響きを持っていたそうだ。当然、ナポレオン戦争と関係があるし、長い目で見れば社会主義とも関係があると言えるだろう。

ナポレオン戦争に影響を受けた芸術家として個人的にぱっと思い当たるのはベートーベンだ。第九交響曲の『歓喜の歌』は王侯貴族のためではなく一般のドイツ人のために書かれたもので歌詞もイタリア語ではなくドイツ語で書かれている。ちょっと前の世代のモーツアルトがドイツ語で戯曲を書くことについては相当揉めたらしいのだが、ベートーベンがドイツ語の楽曲を作るということで揉めた話というのは聞いたことがない。もしかするとちょっとはあったのかも知れないが、ベートーベンのドイツ語歌曲はわりとすんなりと受け入れられた。

モーツアルトとベートーベンの違いは生まれた時代の違いに拠る。モーツアルトはフランス革命とナポレオン戦争の最中に活躍したが、ベートーベンの時代にはナポレオン戦争は一応だいたい終わっていて、タレーランが戦争に敗けても外交で勝つという巧みな政治活動を行った時期と大体重なる。

さて、ベートーベンはともかく、レオパルディである。レオパルディは神なき時代の救いなき悲観主義を描いたらしいのだが、もう一つ重要な点として国民を描こうとしたという点は見落とされるべきではない。ナポレオン戦争は各地で国民意識を覚醒させるという効果をもたらした。フランス軍はもちろん自由平等博愛の普遍的理念で押しまくったわけだが、たとえばドイツのフィヒテが『ドイツ国民に告ぐ』という演説で民族主義を説いて歩いたように、ナポレオンに対する反作用としてヨーロッパ各地で民族と国家というものが強く認識された時代でもある。

ここで注意しなければいけないのは王侯による支配と国民国家は全く別のものであるということだ。たとえばドイツ語圏で乱立した王侯国家は国王の私有物であり、軍は国王の私有財産によって傭兵が雇われて機能した。それに対して国民国家では、国民はその国の人間だというだけで国家の戦争に対して責任を負う。21世紀の現代人の我々にとって、それは必ずしも正しいこととは言えなくなっているが、当時は王侯貴族の支配から脱却し、国民または市民による共和政治の理想がヨーロッパ社会に広がり、その旗頭がナポレオンだった。

レオパルディはそのような時代の空気を思いっきり感じて生きたイタリア人詩人であったため、国民という言葉にロマンを与えたと言われている。レオパルディ流の国民国家という近代との接点であると言えるだろう。私はイタリア語もラテン語もギリシャ語もできないので、一般的な解説に+して私の個人的な見解を述べることしかできないのだが、ナポレオン戦争を境にロマン主義的国家主義がヨーロッパに広がったことは事実であり、レオパルディはその新しい思潮を胸いっぱいに吸い込んだに違いないことは想像できる。彼は古典的なローマカトリックや王侯支配に対するアンチテーゼとして「国民」を重視し、国民を中心とした社会づくりを夢見た。残念なことに30代半ばで病死してしまったため、彼は国民という概念の行くつく先に普仏戦争が起きたことを見ることはできなかったし、それがエスカレートした結果としての第一次世界大戦を見ることもなかった。古典的な支配体制を崩すために国民という概念を創造することに彼は役立ったかも知れないが、その結果を見ることはなかったことが良かったのか悪かったのか。

ただ、彼個人は潔癖で真面目で勤勉で生き方ば不器用だったらしい。ちょっと私に似ている。どこが似ているのかというと、勤勉であるにもかかわらず、それがすぐにお金に直結しないところである。お金に関するセンスさえあれば、レオパルディも私も勤勉にお金を儲けていたのではないかと思わなくもない。フランスのロートレックみたいに…一応付け足すが、ゴーギャンは遊びたいだけなので、勤勉でもなければお金のセンスも持ち合わせていない。ただの付言になってしまいましたが….あ、ゴッホもか…



ウッディ・アレン『マンハッタン殺人ミステリー』のニューヨークの中間層よりちょっと上の人々

大学生のころ、ウッディ・アレンが大好きだという女子が何人かいた。私は何作か試し見てみたことがあるが、別におもしろいとも何とも思わなかったし、なぜ、ああまで女子がウッディ・アレンの作品に心を奪われるのかよく分からなかった。なんでさえない中年おじさんが主役を演じる映画が楽しいのか、長年の謎だったと言える。

最近になってウッディ・アレンの『マンハッタン殺人ミステリー』をみて。ああ、なるほど。そういうことかと私は理解することができた。彼女たちはウッディ・アレンのニューヨーカーな生活に憧れを感じていたのだ。正確に言うと、ニューヨークの中間層よりちょっと上の生活をしている人々のアーバンでアダルティでライトだけど知的生活という感じのものだ。

この映画のストーリーそのものは別に大したことはない。火曜サスペンス劇場と大差ない程度のミステリーで、日本の洗練された『このミス大賞』ほどに験算されたものからはほど遠い(従ってストーリーのあらすじは割愛する)。

しかし、この作品の重点はストーリーの展開にあるのではなく、登場人物の知的で洗練されていてユーモアのセンスもちょっとはあるという生活を表現することにあると言える。というかウッディ・アレンの映画は大体全部そうだと言ってもいい。それが悪いというわけではなくて、そうだったのか。それが女子を惹きつけていたのかということに気づき、驚いているのである。

主人公のウッディ・アレンは出版社の編集者で、従って作家たちと仲がいい。夜はオペラに映画にミュージカルとお洒落で知的な生活を送っている。「殺人ミステリー」なので、一応、本当に殺人事件は起きるのだが、それは言わばそのようなニューヨーカーの様々な生活の一局面に於けるちょっとしたアクシデントや思い出話みたいなものだと言っていいのかも知れない。

そういう意味では村上春樹作品とよく似ている。ハルキストは作品のストーリー展開に期待しているのでもなければ、エンディングに感動するわけでもない。ハルキ作品を読んでいる間、その洒脱な雰囲気に耽溺できることを楽しんでいるのであり、できれば自分もそんな風な生活を送りたいと夢想して楽しんでいる。ハルキ作品をよく読めば、父親との葛藤が通底していることが分かるが、読者にとってそれはあまり重要ではなく、洒脱に適度な努力で最大の効果を得る主人公たちの人生をみて楽しんでいるのだから(例えば『ねじ巻き鳥クロニクル』では、主人公は念力で敵を倒すと。なんとお手軽なことか)。

ウッディ・アレンも同じである。彼の作品は雰囲気だけを提供していると言っていいが、その雰囲気に浸り切ることを楽しむ人は一定の割合でこの世に存在するのである。ウッディ・アレンの何がいいのか理解できたという意味で、今回この作品を観たことは価値があったと思う。

繰り返しになるが中間よりちょっと上の生活がミソである。あんまりいい生活をしていると、ドナルドトランプと同じような人種だと思われてしまう。かと言ってニューヨークでミドルクラス以下の生活は多分、あまり絵にならないので観客を魅了することはできない。『レオン』のような例外はあるが、あの作品はナタリーポートマンで引っ張っている作品なので参考にはならないように思う。後は『ミーンストリート』や『ゴッドファーザー』のようなパターンもあるので、映画に於けるニューヨークの描かれ方は一つの研究的視点にはなり得るかも知れない。

私は一度だけニューヨークを旅行したことがあるが、確かに「これが世界で一番有名な都市か…」というため息のようなものはあった。ただ、怖かったので夜間は外出せず、食事は主としてやたらと高いホットドッグだったので、そんなにいい想いはしなかった。個人的にはロンドンに行った時の方が印象はいい。

まあ、それはともかく、ウッディ・アレンは中年男の生き方としていい見本になる。ウッディ・アレン方式であれば、中年男は存在価値を認めてもらえる可能性は残されている。私もウッディ・アレンを見習おうと思う。



ギリシャ神話のカロンとイシグロカズオ

ギリシャ神話にカロンという神様と人間の間みたいな男がいる。彼はコイン1枚であの世への渡し舟を出すことを請け負っており、ある人物のあの世に行って帰って来るためにコイン2枚を口に含んで塔から飛び降り自ら命を絶ち、しかも帰って来るためのもう1枚のコインも持っていたので見事生還するというエピソードもある。生きている者は追い払われあの世への舟を出してもらえない一方、古代ギリシャではカロンにきちんとあの世へ送ってもらうために死者を弔う際に船賃としてコイン1枚を副葬する習慣もあったそうだ。どうしてもあの世へ行かせろという強情者も出てくるため、そういった時はカロンはかなり難しい立場に追い込まれることもあるという。

さて、三田文学でイシグロカズオに関する特集が組まれているのを読んだのだが、そこでニール・アディスンという人のイシグロカズオ研究の論文が掲載されており、このカロンについても触れられていた。イシグロカズオの作品にカロンが出てくるというわけである。イシグロカズオの『忘れられた巨人』では、愛し合う老夫婦が共にあの世(と思しき場所)へ渡る舟に乗りたいと船頭に頼み込む。仮にこの船頭がカロンだとすれば、通常人間は同時に死なない(夫婦でも先にどちらかが死ぬのが通常だ)ため、一度の船出には1人しか乗り込むことができない。しかし、夫婦の愛情が強く結ばれていると船頭が確信を得た場合にのみ、2人で一緒に舟に乗ることができるのである。船頭は夫婦を別々に「面接」し、彼は当該の夫婦が確かに真実の愛によって結ばれていると確信し、2人同時の乗船を認めるのである。

さて、私は『忘れられた巨人』での船頭があの世へのおくりびとだということについては理解していたが、カロンだとは気づかなかった。単にギリシャ神話に対する知識が浅かったので、知らなかったにすぎないのだが、ニール・アディスンという人の論文を読んで、よくよく考えてみた結果、愛し合う夫婦が一緒にあの世へ向かう死者の旅路を進むとすれば、それは心中しか考えられない。イシグロカズオは『忘れられた巨人』で、老夫婦が心中の決心をする心の動きを描いたのだと言うことができるだろう。

だが、様々な解釈があり得るとは思うが、妻が舟に乗り込みいざいよいよ出発という段になって夫は舟に乗り込まず、そのままどこへともなく立ち去ってしまう。仮に2人が心中を決意し合った仲だとすればぎりぎりのところで相手でだけを死に追い込み、夫は生き延びるという裏切り行為をしたと理解することもできるだろう。或いは無理心中をして、自分だけ死にきれないというパターンなのかも知れない。妻は何十年も前に不義を行ったことがほんの短期間あり、中世以前イギリスというまだアングロサクソン民族が成立する前の独特な神話的な作用が効果を持つという設定になっているから、彼らはその苦しい記憶を忘れていることができたのだが、その効果が失われた途端に夫はそれを思い出し、妻との心中という選択肢を放棄したとも言えるかも知れない。この場合、人それぞれの価値観にもよるが、不義に対する不寛容な夫を責めることもできるかも知れないし、不義に対する最終局面での復讐も尤もだと考えることもできるかも知れない。愛する人が不義をするというのは人生に絶望したくなるほどの苦しみに違いないので他人がどうこう言うことではないが、小説や文芸を読むのは「自分がその立場だったとすれば」と考える材料にすることが醍醐味だとも言えるため、自分だったらどうだろうと考えてみるのも自己理解につながり人生をより豊かにすることができるかも知れない。尤も、現代人の考えから行けば、不義は赦しがたいが心中しようと言って騙して相手だけ死なせるというのもかなりの大である。離婚するのが正解だということになるかも知れない。



【漢文】孔子の大同と小康と空想的社会主義的ユートピア

春秋戦国時代の春秋と戦国の一線を画す、後の東洋世界に巨大な影響力を与えた孔子は、魯国にとどまり、世を嘆いたそうだ。どのように嘆いたかというと、過去、それもうんとうんと過去の五皇の時代は麗しい理想的な世界だった。どれくらい理想的だったかというと、能力のある者は選ばれて指導者になるが、専制などとは全く違う無視無欲の指導者であり、人々は平和に幸福に暮らしている。どれくらい幸福かというと病気の人や社会不適合な人もみんな救済されていて、困っている人がそもそも存在しない。困っている人がいたら理想的なリーダーがきちんと処理してくれるので安心してみんなが暮らすことができる。失業者はもちろんいないし、他人の家に泥棒に入るようなけしからん者もいないので、家の入口に鍵をかける必要もないというくらいに平和で理想的な世界である。これを大同というらしい。

検証不可能なくらいに昔のことを取り上げて理想的な世界だったといいきってしまうあたりに復古趣味的な孔子個人の傾向を見ることもできなくもないのだが、トマスモアの空想的社会主義を連想させる、かつてあったはずのユートピアのイメージが孔子の念頭にあったに違いない。

大同と小康というものは有名な子曰くで始まる問答のある一節で、『礼記』に書かれてあるのだが、ちょっと話が飛び飛びな感じになっていて、孔子はまず大同について述べた後、現代(当時)について語りだす。その現代というのは信賞必罰で人は私利私欲で動いているが、まあそれなりに秩序は保たれているということになっていて、辛辣に魯国の王を批判するような内容ではないものの、大同にははるかに及ばないので、孔子の舌禍みたいな部分とも理解されている。孔子は一言多い、言わなくてもいいことを、敢えて不用意に言ってしまう性格だったようだ。

で、現代を軽く憂いた後で周の時代は良かったと、今よりは良かったが大同よりは劣るということで、その状態を小康と呼んだ。話が神話的古代ぐらい昔から入って現代に入って中間について話すという流れなので、ちょっと飛び飛びになっており、よく読めば「めっちゃ昔は空想的社会主義的なユートピア」で、「ある程度昔は、そこそこ良くて」「今は普通」ということを言いたいのだということが分かった。なぜ時間軸的に沿って言わないのか、しかも時代が下るにつれてだんだん世も末感が強くなっていると言いたいわけだから、時間軸に沿って話した方が分かりやすいのではないか、なぜそうしないのか、本当に孔子は頭がいいのだろうか。というような疑問を持ちつつ読んだ。

今、漢文を教えてくていれる人がきっちり頭の中で体系化されているので、この漢文も難しいことは難しいのだが、よく理解できた。教えてくれる人も孔子は時々ちょっと問題あると言っていたので、私の疑問も的外れというわけでもないのかも知れない。現代人の我々の価値観から言えば、この一節では理想的な世界では全ての男の仕事があるので、女は家から出なくていいということが書かれてあるため、男尊女卑が孔子の根底にあったということになり、批判されることもあるそうだ。

いずれにせよ、興味深いのはトマスモアの空想的社会主義と孔子の大同の世界がかなり似通っているという部分で、孔子がある種のコスモポリタン的な発想を持っている人だということが分かったのは収穫だった。漢文の世界は奥深いぜ。



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縄田雄二『一八二七年の幻燈文学』と映画

縄田雄二氏の『一八二七年の幻燈文学‐申緯、ゲーテ、馬琴』という論文が三田文学に掲載されているのを読んで、とてもおもしろかったので、ここで紹介したい。当該の論文ではまず朝鮮半島の文人申緯が一八二七年に書いたとされる漢文の詩を取り上げ、走馬燈を見るような、燈光に関する言及があることを指摘し、続いてゲーテの『ファウスト』の第二部第三幕を独立させて『ヘレネ 古典的ロマン的幻燈劇』としてやはり一八二七年に出版された作品に目をつけている。論文では鴎外による日本語訳を使用し、「夜の生んだ醜い物を洞穴へ入れる」という表現があることに着目している。このような表現は舞台上でメフィストフェレスが幻影的にたち現れたり、或いはいずこへかと消え去ったりする際に光学機会を用いた影絵のようなものが舞台上の壁なりスクリーンなりに映し出されることが念頭にあるのではないかとの当たりをつけている。続いて同時代の馬琴の『南総里見八犬伝』が幻惑的、または幻術的な表現がなされているのも、実はゲーテのように光学機会を使った幻影装置を見たからではないかとの見立てがなされている。即ち19世紀前半に少なくとも世界の三人の表現者が光学機会を用いた幻燈装置を知っていた可能性を指摘している。

縄田氏は文化史家フリードリッヒ・キットラーに言及し

(キットラーは)ヨーロッパにおいて幻燈の地位をロマン派文学が襲い、幻燈が見せたような連続映像を文字により見せるようになったっ経緯を叙しているいる。キットラーは、映画が登場したときにヨーロッパと北アメリカにおいて観客がすみやかに動画の文法をのみこんだのは、こうした文学が先に行われていたからと推測し、他文化圏との違いを述べる。補正したい。東アジアも同様であった、と

としている(『三田文学』2018年夏季号194‐195ページ)。

とてもおもしろいと思った。馬琴が映画の原型になる幻燈装置を見たことがあったとすれば、それはとてもおもしろいことだし、ヨーロッパで可能であったことなら、日本でも充分に可能なことであったはずだということを思い出させてくれる。江戸時代の社会ががヨーロッパの事情に全く疎かったという解釈は古い物になっていて、長崎でのオランダ貿易を通じて世界中のものが日本に流入していたことはよく指摘されていることだ。江戸時代は総じて貿易赤字の傾向があったということだから、当時の人々は輸入品を生活の中に取り入れていろいろ楽しんでいたはずだ。馬琴と同時代人の葛飾北斎がヨーロッパから輸入された絵具を試しに使った形跡があることが指摘されているものを以前読んだことがあるし、娘のお栄の描いた夜の街の陰影がヨーロッパの絵画に似ているという指摘もある。というか、浮世絵の美術館に行って実物を見れば素人の私でも一発で分かる。ゴッホは日本の浮世絵に強く影響され激しい憧れを抱いたが、日本とヨーロッパは19世紀の前半、既に互いに影響し合う関係にあったのだと捉えれば、とてもおもしろい新しい歴史と世界のイメージが頭の中で結ばれてくるように感じられる。江戸にヨーロッパ最新の光学幻燈装置が持ち込まれ、それを馬琴が見たとして、または朝鮮の文化人が見たとして全く不思議でも不都合でもない。

武田鉄也が坂本龍馬の役をやっていた『Ronin』という映画の冒頭では、長崎で竜馬が初期的な映画を観て驚く場面がある。で、何かの解説でみたのだが、一般にリュミエール兄弟の作品が1895年に試写会をしたのが映画の始まりとされているので、1860年代が舞台の『Ronin』では、まだ映画は存在せず、竜馬が映画を観ることはあり得ないが、製作者の映画を愛する思いのようなものがそこには込められているのではないかと説明されていた。

しかし、幻燈装置が竜馬よりもっと早い時代、馬琴の時代に輸入されていて、それを観た人々が存在したとすれば、竜馬が幻燈装置という映画の萌芽に触れる機会があったことは充分に考えられる。『Ronin』という映画は図らずも充分にあり得た可能性に触れていたのだ。



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桜井晴也『くだけちるかも知れないと思った音』の美しさ

桜井晴也氏の『くだけちるかも知れない音』を三田文学で読んだ。とても美しい言葉の羅列に私は感動し、感嘆し、作者を称賛したいという願望が生まれ、今これを書いている。

この作品のいいところは美しいだけの作品でしかないところにあると私には思える。内容はないと言ってもいいかも知れないほど抽象的で曖昧で一文が故意にやたらと長く書かれている。もちろんそれでオーケーで、私はこういう作品に以前から出会いたいと思っていたし、過去にたまたま出会った時はむさぼるようにして繰り返し読んだ。多分、私は美しいだけの小説が好きで、落ちとか展開とか事件とかに興味がないのだ。

この作品が美しいと思えるのも単に作者のイリュージョンに釣られただけなのかも知れない。戦争、死体、処刑台、墓地、監獄などの不吉な文言と星、月、動物、農場、銀の婚約指輪、蝋燭などの詩的な美しい言葉が交互に羅列されているため、美しい言葉がやたらと美しく感じられ、不吉な文言も必要以上に不吉に感じられただけなのかも知れない。深く心を傷つけるという趣旨の言葉が何度か出てくるが、誰がいつどこで何故、どのように傷つけるかなどについては描かれない。しかし、だからこの作品は素敵なのだ。深く心を傷つけるという言葉そのものが読み手の心に突き刺さり、果たして私は過去にどれくらいの人の心を傷つけただろうか、そして私はどれほど傷つけられただろうかと反芻せざるを得なくなり、その先は個々の読み手に委ねられる。

小説の主人公の「わたし」は理由が分からないまま監獄に拘束され、農場で働かされ、看守に監視され、物語の終盤で刑の執行を宣告される。意味不明に刑の執行を言い渡されるというあたりはカフカの『城』に似ているが、『城』の主人公が周囲と激しい軋轢を起こし、最後に死を受け入れて行くのに対し、「わたし」は一切の軋轢を起こさない。しずしずと言われるがままに運命に従っていく。しかも農場主は親切で、看守は愛情深い紳士であるため読者は誰かを呪ったり憎んだりすることができない。読み手には登場する全ての人を愛する以外の手段が残されておらず、いい意味で作品に降伏するしかない。私は降伏した。なぜ「わたし」は起訴もされず裁判も受けていないにもかかわらず心優しい看守から翌日の執行を言い渡されなければならないのか、刑の執行を待つ者が強制労働させられることは妥当なのかという法理法論を考えることはあらゆる観点から意味がない。或いは誰かの心を深く傷つけたという罪が刑の執行の理由になるかも知れず、もしそうだとすればこの世を生きる我々は全て明白な罪びとだとも言えるのかも知れない。

戦争の描写は銃の撃ちあいについて描かれ、広大な農場は東ヨーロッパの平原を連想させる。私はまず第一次世界大戦をイメージしたが、途中から戦闘機が登場し、私は第二次世界大戦に頭を切り替えた。そして最後は継続的なミサイルの発射が描かれ、私はギリギリ第二次世界大戦のイメージに踏みとどまったが、作者はその辺りのイメージはそれぞれの読者の好きにしてくれと考えたのだと思う。

村上春樹氏の作風に似ていると言えば似ているかも知れない。ハルキ作品も美しい言葉の長い長い羅列でしかないと言えるし、ハルキストはそれが好きで読んでいるのだ。池澤夏樹氏の作品の雰囲気にも似ているかも知れない。私は今、頭に思い浮かぶ作家を深く考えずに述べているだけなので、多分、本当に似ているのだろう。

私はこの作品を一読して愛してしまったので、この後何度も再読するだろうし、多分自宅で朗読もするだろう。教材に使うかも知れないが、それはまだ決めていない。


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目取真俊『神うなぎ』の沖縄戦に関する相克するロジック

目取真俊氏の『神うなぎ』という小説が三田文学に掲載されているのを読んだ。沖縄戦を主題にし、戦火の中、沖縄住民の生活を守ろうとした人物と日本軍との相克が描かれている。沖縄出身の主人公の父親は沖縄戦の最中、アメリカ軍の投降の呼びかけに対して、仲間の住民たちを説得して集団で投降する。主人公の父親はハワイに働きに行っていたことがあるため、アメリカの国柄をそれなりに知っており、本土から沖縄へやってきた日本軍将校からは「アメリカ軍に捕まると男は殺され女は犯される」と教えられてはいたものの、アメリカ軍はそのようなことはしないと判断し、投降することに決めたのである。

アメリカ軍に投降した後、住民は一時的にこれからどうなるのだろうと不安を感じるが、意外なことに「家に帰れ」と言われるので、あっけにとられた風に人々は帰宅し以前と同じ生活を営もうとする。しかし、昼間はアメリカ軍がいるので普通に暮らせるのだが、夜になると日本軍がやってくる。戦局的に不利な日本軍将兵は森の中に隠れており、夜になると食料を求めて住民の家屋へやってくるのだ。沖縄県民を守るために派遣されてきたはずの日本軍が、逆に沖縄県民に食料を事実上略奪するという矛盾とアイロニーが描かれている。

主人公の父親は住民の生活を守るためにアメリカ軍に協力し、アメリカ軍に対する住民側の窓口のような役割を果たすのだが、日本軍将校の目からは利敵行為に映り、ある時、日本軍に捉えられて殺害されてしまう。主人公はその後成長し、季節労働者として東京に働きに行くのだが、たまたま行った居酒屋で父を殺害したと思しき元日本軍将校を見かける。剣術の腕前があり、剣道を教えているというその老人は元日本軍将校らしく精悍な雰囲気を持ち、客や店の人とのやりとりの様子から信頼されていることも窺い知ることができる。主人公は父の死についてその老人に問い質したいと考え、「今さら…」とも思うのだが、やはり抑えきれずある夜、老人の帰宅の時を狙い、声をかける。驚いたことに老人は自分が殺害した主人公の父親のことを明確に記憶しており「君のお父さんは敵のスパイだったんだよ」と言い切る。スパイを野放しにすることは部下の生死にかかわる、従ってスパイを殺したことは適切な判断であったと的確なロジックで主人公を圧倒する。

もちろん主人公にもロジックはある。まず第一に自分の父親が殺害されているのである。問い質す権利があるのは当然だ。それに日本軍が沖縄県民を守ることができなかったから、住民はアメリカ軍に投降したのである。スパイの処断など、戦争に敗けた軍人の言い訳に過ぎない。沖縄県民は多いに苦しんだし、その主たる理由は日本軍が無力であった上に沖縄県民を道連れにしようとしたからだ。私は沖縄の人からいろいろと話を聞くことに努力をした時期があったが、沖縄県の人の心情は沖縄戦に対して深い複雑な感情を持っていることはよく分かった。また、この作品で示されるロジックも明快だ。日本軍が住民を守れないのであれば、住民は自らを守るためにアメリカ軍に投降する以外の選択肢はあり得ない。軍が国民を守るためにあるとすれば、その職責を全うできない軍人はそれを恥じなければならない。

私が感じたのは主人公の父親を殺害した元日本軍将校のロジックと、日本軍将校に父が殺害された主人公のロジックがどちらも完璧だということにこの問題の複雑さが潜んでいるということであり、目取真俊氏はそこを読者に問いかけたのではないかということだった。主人公の父がアメリカ軍に協力する姿は日本軍から見ればまごうことなき利敵行為であり、それは戦時下であれば死に値するとして矛盾はない。将校が部下に対して責任を負うことは正しいことで、部下の命を守るために利敵行為を行うスパイを殺すことは、ロジックとして一貫している。一方で、住民を守るためにアメリカ軍に協力することは、これもまた全く正しい行為だと言える。日本軍が守れないのなら、そうするしかないではないか。住民の命と生活を守るためにはそうするしかないではないか。一貫していて矛盾がない。

太平洋戦争についての議論を考えるとき、我々が袋小路に入り込んでしまうのは、それぞれがそれぞれの立場で一貫して完成したロジックを持っているからではないかと私には思えるときがある。しかも戦後70年以上を経て、それぞれのロジックには磨きがかけられ隙のないものに進化している。互いに相手の立論を崩そうとあの手この手を繰り出すが、双方の立論があまりに立派にできあがってしまっているために互いに崩し切れず、議論は平行線を辿るのだ。

立論がいかに立派なものであろうと、戦争は人が死ぬ。悲劇がある。戦禍で犠牲になった人にとってロジックは関係ない。どれほど素晴らしい立論を示されても、現実に苦しんだ人にとってそれは関係がない。戦争は言うまでもないがしない方がいいに決まっている。

さて、太平洋戦争を直接経験した人は少ない。ましてや戦争中に将校なり政治家なり当事者の立場だった人はほとんど生きていない。この『神うなぎ』という小説でも、戦争が終わってから40年後ぐらいに老人と主人公が対決するような設定になっている。もう少し前までは戦争は現代人の物語だったが、今はもうそういうわけにもいかないくらい戦争は遠い記憶になろうとしている。ただ、目取真俊氏がそれでも今、この時代に『神うなぎ』を書いたのには、沖縄にとって戦争は風化させるわけにはいかない現代人の問題だということを問いかけたかったのではないだろうか。


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