李香蘭と戦争(日中戦争10)

李香蘭は本名は山口淑子さんといい、戦争中は日本語が上手な中国人女優として知られていましたが、戦後になって日本人だということをカミングアウトし、その後は日本で、本名で活躍し、参議院議員にまでなるという、かなり数奇な人生を歩んだ人だと言えると思います。

で、どうして戦後になって日本人だとカミングアウトすることになったのかというと、これは日本の敗戦とばっちりつながっている話なんですよね。戦争中、李香蘭は満州映画協会というプロパガンダ映画会社の専属女優だったわけですが、日本の戦争協力をするための映画作品に出まくってます。たとえば日本人男性に殴られることによって、恋心に目覚める中国人女性とか、現代では考えられないようなプロットですが、当時はそれが日本国内では大いに受けたわけです。一方で、中国で上映された際には、不評だったとも言われていますが、現代に比べればまだまだ娯楽の少ない時代ですし、見目麗しい李香蘭に心を奪われた中国人男性もいたかも知れません。他にも皇民化をしっかり受け入れている台湾先住民の役とかもあって、李香蘭は日本大好きイエーイな中国人の役で映画に出まくっていたたわけですから、戦争が終わった後、中国で戦争犯罪人に指名されます。上海から日本へ逃れる船に乗る直前、「あ、お前李香蘭じゃないか」と職員が気づいて、中国人を裏切った中国人(漢奸)という扱いになって、裁判にかけられてしまったんですね。

で、どうやってこの危機を乗り越えたのかというと、日本の戸籍抄本を取り寄せて、はい、私は本当は日本人なんです。戸籍がありますから、ということになったんです。中国人を裏切った中国人ではないということが証明されて日本に帰ることができたというわけです。
終戦直後、中国大陸で命を落とした日本人はたくさんいるはずですから、李香蘭は運が良かったと言えるかも知れません。李香蘭と同時代人に川島芳子という人物がいますが、彼女は清朝皇族の娘さんとして生まれ、日本に養子に出され、戸籍上は日本人のはずなのですが、処刑されています。酷い話のようにも思いますが、川島芳子生存説もありますから、いずれまた詳しくそれについても考えてみたいと思います。李香蘭と川島芳子の運命を分けたものは何かというようなことを思うと、本当に紙一重だったようにも思えますから、当時の関係者は薄氷を踏む思いだったに相違ありません。溥儀の弟の溥傑さんと結婚した嵯峨侯爵家の浩さんも、戦争が終わってから日本に帰るまでの二年ほどの間、辛酸をなめつくしたことを自伝に書いています。

この手の本を読めば読むほど、日本人ですから、ついついびびりあがってしまいます。もう70年も前のことですしが、やっぱり自分その立場だったらどうしようというようなことを考えて、ぶるってしまいます。
田村志津江先生という高名な研究者の方が『李香蘭の恋人』という著作で、李香蘭の恋人だった説のある台湾人の男性のことを取り上げ、この男性は気の毒にも上海で映画の仕事をしているときに対日協力者という理由で銃で撃たれて殺されてしまうのですが、山口淑子さんが、「あの日、私は殺されたあの人と待ち合わせていたんですけど、現れなかったんです」という趣旨の発言をしたことや、墓参もしているので、李香蘭と劉さんというこの台湾人の男性とが交際していたのではないかという説がけっこう真面目にささやかれた時期もあったようなのですが、田村先生はこの著作で李香蘭は忙しすぎて、満州と東京を行ったり来たりしていて、新しい作品のクランクインが目前で、上海へ行っている場合ではなかったのではないかと疑問を呈しています。この著作では他にもいろいろ李香蘭批判が鋭く行われていて、何もそこまで…と思わなくもなかったのですが、戦争中は優遇されて、戦争協力も熱心にやっていて、戦後は戦後で反省もなく国会議員になって、あんた、映画芸術の関係者なのに、ちょっと権力に近すぎるんじゃないんですかと田村さんは言いたいのだと思います。

権力から近いことが=悪いかといえば、別にそこまで思いませんが、権力に抱き込まれてしまうのは確かに問題ですから、難しいところだなあとも思います。



【うる星やつらオンリーユー】と【カリオストロの城】の相似関係

ふと気づいたので、備忘のためにここに書いて残しておきたいと思います。

『うる星やつら』の第一回劇場公開映画【オンリーユー】は、作品全体がルパン三世の【カリオストロの城】へのオマージュになっているのではないか、オンリーユーとカリオストロはアダプテーションの関係にあるのではないかということに最近気づいたのです。

『うる星やつらオンリーユー』の冒頭の方で、面堂終太郎の屋敷にあたるとエルなる女性の結婚式の招待状が届く場面がありますが、この際、招待状を持ってきた人物に対し、終太郎が「読め」と命じ、「しかし…」とたじろいだところで終太郎が「構わん」と続けます。

何回もみたことがある人ならすぐに気づくと思いますが、これはカリオストロの城でルパン襲撃に失敗した後のジョドーの背中に貼られていたメッセージカードを読む場面の台詞と全く同じです。伯爵が「読め」と言い、ジョドー「しかし…」とたじろいで、伯爵が「構わん」と続くわけで、作り手は完全に意識して、分かる人はばっちり分かるように、この作品はカリオストロのオマージュだと最初の方で宣言しているのだと言うことができます。

全体の構図としても、男と女の立場が入れ替わっただけで、一人の男性または女性を奪い合う女たちまたは男たちが存在する構造になっています。

以下に簡単に表みたいにしてみます。

あたる⇔クラリス
ラム⇔ルパン三世
エル⇔カリオストロ伯爵

オンリーユーでは誠実で情熱的なラムが、権力で欲望を達成しようとするエルという女性とあたるという一人の男を取り合います。一方で、カリオストロでは、誠実で優しいルパンが、権力で欲望を達成しようとするカリオストロ伯爵とクラリスという一人の女性を取り合うわけで、冒頭の「読め」「構わん」のやり取りも含めると、意識して作り手が相似関係に持ち込んでいるとしか考えられないわけです。シェイクスピアのリア王と黒澤明の乱の関係みたいなものです。

結婚式の場面でも、元ネタであるカリオストロではクラリスが薬物でしゃべれない状態になっており、沈黙をもって結婚に同意するというスタイルに伯爵が持ち込もうとしますが、オンリーユーでは聖職者があたるに対し「以下略」という台詞によってあたるを沈黙させ、結婚の成立に持ち込もうとしています。いよいよ婚姻関係が成立するという直前に、カリオストロではルパンが、オンリーユーではラムが登場するわけです。やや違うのは、オンリーユーではダスティンホフマンの『卒業』をパクっているというところだと言えるでしょう。

このように考えると、伯爵に仕えるジョドーに対してエルにつかえるおばば様がいるし、ルパンの親友の次元に対応しているのは弁天ということになります。峰不二子と対応する人物は存在しませんが、カリオストロでも峰不二子は物語の構造上、存在する必然性は低く、うる星やつらでは尚のこと、対応する人物みたいなものは不要です。敢えて言えば牛丼の大将ですが、牛丼の大将も存在の必然性は低いです。

以上、気づいたことをまとめておきました。



『純粋芸術としての映画』の近代

いろいろな巡り合わせが重なり、珍しい本を手にすることになった。正確にはある人からある人へと私が本を届けに行く役目を負うことになり、役得としてその本を読むことができたのだ。本のタイトルは『純粋芸術としての映画』で、著者はフィヨドル・スチェパン。翻訳者は佐々木能理男となっている。この佐々木さんという人についてぐぐってみたところ、敗戦の前まではナチスに関連する文章を数多く翻訳した人ということらしいので、ドイツ語に堪能な人だったのだろう。また、戦後は不遇をかこつ日々を送ったようなのだが、それもやはりナチスに肩入れしてしまったのが仇になったのだろう。で、本の奥付を見ると昭和10年発行とあり、ナンバリングもされていた。私にこの本を渡した人によると、三百冊限定で印刷されたものだということだったので、ナンバーは三百のうち何番目に印刷したのかを示すのだろうと思う。シルクスクリーンにナンバリングしてあるのと同じような感じと言っていいかも知れない。

で、この本の内容なのだが、忘れないうちにここに書いてしまっておきたい。要点としては映画と演劇は似て非なるものであり、映画と現実も似て非なるものだ(要するに写実的とかそんなものはない)ということらしい。特に映画と演劇の違いについては念入りに議論されていて、演劇の場合は生きている人間が舞台で演じるため、そこには観客と演者が共有する空間が生まれる。そして観客は演者の動きや台詞によって喜怒哀楽を疑似体験するのだが、映画はそういうものではない。映画を演劇の延長線上のように考え、演劇が物語を見せるように、映画で演劇のような物語を見せると思って映画を理解することはできない。と主張されていた。なぜなら、映画の本質はモンタージュだからだ。

一応、モンタージュとは何かを簡単に定義しておきたいが、分かりやすく簡潔に言うとすれば切ったり貼ったりする編集のことだ。編集と言えば話しは早いがカタカナにしなくては気が済まない人はいるものだ。

で、本に戻るが映画はモンタージュするのが醍醐味なので何かを物語るということとは本質的に合致しないということらしい。これは映画と演劇の闘争であるとすら述べられていて、そこまで違った性質を持つ芸術行為なのなら闘争する必要はないとも思えるが、とにかく闘争らしい。トーキー映画が生まれる前、映画は動く写真で全てを表現していた。いい作品はモンタージュの勝利なのであり、代表的な勝利者がチャップリンということにされている。一応、私は反論したくなってしまったので、ここでちょっと反論するが、チャップリンも『独裁者』からトーキーを始めていて、その後の作品もトーキーだ。トーキーじゃない有名な作品としてふと頭に思い浮かぶのはドイツ表現主義の『カリガリ博士』だが、ところどころに台詞を書いたカットが入っているのでやっぱりトーキーの方が便利なのではないかと思えてしまった。ついでに言うともう少し後のドイツ表現主義映画で『M』という有名な作品があるが、これはトーキーのはしりみたいな作品なので、やっぱりみんな動く写真というより喋る映画の方が好きなのではないかともふと思えてしまったのである。とはいえ、この本では動く写真なので、リズムだけが問題なのであり、なぜここまでリズムを問題にするのかと言うと、近代人の生活は仕事も余暇も機会とともにリズミカルにこなせるように仕組みができあがっているので、映画という新しい芸術が物語という文脈を無視してリズムのみに注力するのも言うなれば必然、くらいの勢いで書かれてあった。

で、人間の現実とも映画は全く関係ないのだと同書は主張する。人間が人間らしく動くのを写すのはちっとも映画という芸術の主旨にあっておらず、その先を行く何かをモンタージュするのが映画だということになるらしい。

私は映画理論については単位はとったが専門ではないし、そういうことに関する論文も書いたことはない。ただ、この本の内容を以前にどこかで触れたことがあるような気がして、よくよく考えてみると、その単位をとった授業でドゥルーズの映画論を読まされて似たようなことが書かれてあったのを思い出した。めちゃめちゃ省略すると、彼もまた映画の本質をモンタージュとリズムに見出していたからこそ、映画について運動と時間の観点から延々と議論していたのだ。ついでに言うと最近見た上演芸術でも物語・文脈を無視し、脱人文主義みたいなものを目指していた内容だったので、こういう流れは100年前からあったのだとこの本を読んで改めて納得したところがあった。私はまだまだ浅学で分かっていないところも多いが、この本がドゥルーズのネタ本なのだなくらいに思えば、勉強になるわけです。



映画『非常時日本』の荒木貞夫

大阪毎日新聞社1933年に作った『非常時日本』という映画がある。youtubeで断片的なものを見ることができたので、ここにそれについての備忘を残しておきたい。この映画については『日本映画とナショナリズム』という研究論文集で詳しく触れられているので、それも参照しつつ述べたい。

で、この映画の内容なのだが、荒木貞夫が今の日本人は西洋的資本主義の享楽に溺れて堕落していてなっとらんと叱咤しており、続いて日本精神や皇国精神、皇軍がどうのこうのと延々と演説するもので、画面には荒木の演説の声とともに都市生活を楽しむ当時の日本の人々の姿が映し出されている。要するに荒木の批判する人々の姿とともに荒木のやや高めの声が流れ続けるという代物なのである。おもしろいかと問われれば、ちっともおもしろくない。全くおもしろくないと言ってもいいほどおもしろくない。荒木の演説そのものが空疎で何を言っているのかよく分からないからだ。

『日本映画とナショナリズム』という論文集では、日本のことを「皇国」と呼び、日本軍のことを「皇軍」と呼ぶのを定着させたのが荒木貞夫その人であり、その定着手段が今回取り上げているこの『非常時日本』という映画を通じてだということらしかった。当時の日本は既に大正デモクラシーも経験しているため、リベラリズムを受け入れて生きている人は多かった。この映画に映し出されている声なき都市生活者だ。そして既に世界恐慌・昭和恐慌も経験しているため、やや資本主義への疑念がもたれている時代でもあったが、実は30年代に入ると関東大震災からの傷も癒えはじめ、高橋是清の財政もばっちり決まって日本は世界恐慌からいち早く立ち直り、また大正デモクラシーの時代よろしく明るく楽しい資本主義の世界は始まりかけていた時代であったとも言える。

だが、満州事変後の日本は、結局は自ら新しい繁栄を放棄するかのようにしてひたすらに滅亡へと走って行ってしまい、残念ではあるが戦争にも負けてしまった。もし日本が満州事変とかやらずに明るく楽しい消費社会に突入していたら、世界の歴史は全く違ったものになっていたかも知れない。で、荒木貞夫は明るく楽しい消費社会を批判する演説をしていたわけだが、当然のごとくこの映画はヒットしなかったらしい。そりゃそうだ。当時の日本人は今の私たち日本人よりも遥かに娯楽を求めていた。私たちはある意味では娯楽に飽き飽きしている。ミニマリストを目指したり、プチ断食をしてみたりというのが流行るのは、娯楽と消費が限界に達して、ちょっと違ったことをやってみたいという風に世の中が変わってきたからだ。

一方で当時の日本人は洋服や洋楽を今よりももっと強く求めていたし、荒木貞夫の演説が心に届いたとも思えない。私は当時の帝国当局者の東南アジア向けのプロパガンダ放送に関する資料を読み込んだ時期があるが、東南アジア在住の邦人には時局に関するニュースや国威発揚の演説よりも西洋音楽の放送の方が需要があって、プロパガンダを流しても効果がないと担当者がこぼしていたのを読んだことがある。かように30年代の人々は戦争よりも消費と西洋を求めていた。

以上述べたことをざっくりと要約して結論するとすれば、1930年代、一般の日本人は西洋化、資本主義的消費社会、明るく楽しい資本主義みたいな方向に進みたがっていたが、満州事変以降、しっかり戦争をやって勝ちたい当局としては、たとえば荒木貞夫のようなおしゃべり好きをメディアに登場させて宣伝し、人々の戦意高揚をはからねばならなかった。従っていわゆる戦前的全体主義は1930年代以降に急速に盛り上がったもので、それ以前、そんなものは存在しなかった。ということができるだろう。無駄な戦争をやって敗けて滅亡したのだから、残念なことは残念だが、荒木貞夫みたいな人たちが権力の中枢にいることを許容する権力構造が存在した以上、いずれは破綻するしかなかったのかも知れない。



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白山眞理著『報道写真と戦争』で学ぶ日本帝国の宣伝活動

白山眞理著『報道写真と戦争』で学ぶ日本帝国の宣伝活動

日本帝国政府内閣に「情報部」なるものが設置されたのが昭和1937年9月だ。日中戦争と歩を同一にしており、日本帝国政府が当初から日中戦争を総力戦と位置付けていたことを根拠づける展開の一つだと言うことができる。情報部は一方に於いて内務省警保局から引き継いだ検閲の仕事をし、一方に於いては宣伝・プロパガンダの仕事をした。ナチスの宣伝省をモデルにしていたであろうことは論を待たない。

で、今回は検閲の方の話ではなく宣伝の方の話なのだが、当時の帝国の宣伝対象は大きく3種類に分類することができる。一つは帝国内地の臣民、もう一つは外地・植民地の人々、もう一つが諸外国だ。内閣情報部は帝国臣民に読ませるために『週報』を発行し、やがて『写真週報』を発行するようになるが、他に対外宣伝の目的で『FRONT』『NIPPON』などの雑誌を発行する。英語を含む複数の言語で発行されていたらしい。アメリカの『ライフ』誌をモデルにして発行したもので、これらの雑誌の発行を通じて「報道写真」という分野が対外宣伝のために確立されていく。

内閣情報部の対外宣伝写真がほしいという要請を受けて名取洋之助、木村伊平、土門拳などの著名な写真家たちが日本工房なる会社を銀座に設立し、実際に大陸に渡って写真を撮影して帰って来るようになるのである。白山眞理先生の『報道写真と戦争』は、彼ら写真家たちの戦争中の足跡を戦後に至るまで丹念に情報収集した画期的な研究書だ。

この著作を読んで見えて来ることは、「報道写真」とはそもそもヤラセだということだ。報道写真は記録写真とは全く違うものだ。記録写真は証拠として残すために撮影するものだが、報道写真は情報の受け手が感動する演出を施して、「これが真実だ」と伝達する役割を負っている。演出はするが芸術写真とも異なるというところが微妙で難しく、醍醐味のあるところだとも言える。私は以前新聞記者をしていたことがあって、この手の報道写真を撮影して歩く日々を送っていた。ヤラセなければデスクが納得する写真は撮影できないので、新聞の写真は大抵がヤラセだと思っていい。私は新聞記者がヤラセを日常的に行うことに疑問を感じたが、ヤラセが普通だったので私もそうするしかなかった。白山眞理先生の著作を読んで、この報道写真のルーツをようやく知ることができたと思い、私は長年の謎が一つ解けたような感動を覚えた。

もう一つ興味深いのは、戦争は確かに日本に於ける報道写真というヤラセ撮影の文化を生み出したが、それがアメリカの雑誌をモデルにしているということだ。日本兵の骸骨を机の上に於いてほほ笑んでいる少女の写真とか、硫黄島で星条旗を掲げるアメリカ兵の写真とか、ヤラセなければ撮影できるわけがない。マッカーサーも自己演出のために自発的にヤラセ写真をプレスに撮影させた。フィリピン奪還上陸の写真は自分がかっこよく見えるように撮り直しをさせたと言われているし、昭和天皇と並んで映った写真も、写真がもつ効果を熟知した上でやっていることだ。写真の技術が発達して報道に使用できるようになった時、ヤラセになることは明白な運命だったのだとすら言えるかも知れない。

もともと写真は高価な趣味で、明治時代は徳川慶喜のような元将軍クラスの人物でないと遊べなかった。昭和の初めごろになると誰でも記念写真を撮れる程度には写真は気軽な技術になったが、それでもフィルムと現像の費用を考えれば慎重を要する技術で、見るものを感激させる報道写真を撮影するためにはヤラセるしかなかったのだとも言えるだろう。しかし現代はスマートフォンの普及に伴い、誰でも無限に撮影と録音ができる時代が来た。プロのカメラマンが撮るよりも、現場に居合わせた素人が本物を撮影して報道機関に持ち込んだり、ネットに直接アップロードするのが普通な時代になった。過去、報道写真は時代を作るほどの影響力を持ち得たが、今後は通用しなくなりすたれていくのではないだろうか。



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村上春樹作品の読み方‐不誠実な語り手

村上春樹作品は評価が大きく分かれる。好きな人は徹底的に好きだし、嫌いな人はまた徹底的に嫌っている。私個人は村上春樹作品は嫌いじゃないけど、腑に落ちないところもあって、ちょっと考えるのに疲れてしまって最近は読まなくなった。

村上作品が好きな人はアダルティでアーバンでモダンな雰囲気、洋楽と洋酒と気の利いた言い回し、ちょっとファンタジーが入っているところや文体あたりが好きなのだと思う。私も文体が好きだ。

村上作品が嫌いな人は、主人公の男性がやたらと簡単に異性と関係を持ってしまうことに嫌悪感を持ってしまったり、リアリティのなさを感じてしまったりするのではないかと思う。自然主義小説なら、男と女のすれ違いで泣く話になるし、ロマン主義小説なら大切なただ一人の人と添い遂げるという話になる。どちらにしても男女のことは難しい…というのが近代小説のテーマになるはずなのだが、村上小説はどちらでもない。自然主義小説にしてはイージー過ぎてリアリティを感じることができないし、ロマン主義小説にしてはロマンチックではない。村上小説の主人公は「やれやれ」と疲れ切った様子、飽き飽きした様子でそういうことをするのである。そして村上ファンはその部分について議論することを避ける。だが、あんなに簡単に次々とそうなるのだから、それについて議論しない限り、ファンとアンチが理解し合えることはないかも知れない。

村上小説に於ける男女関係のイージーさについてどう考えればいいのか。ということは私にとって長年の疑問であり、なぜ村上春樹は熱心にイージーな男女関係を書き続けるのか理解に苦しむところではあった。

しかし、よーく考えてみると、おそらく村上春樹氏は潔癖症で本当はそういうことが嫌いなのである。そして、潔癖の真逆でイージーに相手をつかまえる最低な男を書き続けているのではないかということにようやく考えた辿り着いた。

たとえば『ノルウェイの森』の主人公を考えてみた場合、主人公の語りでは直子をどれほど愛しているかということが強調されているが、実際には直子を救うことはできていないし、直子が病気で療養している間も語り手の主人公は次々と相手を見つけている。そして直子が死んでしまった後、さんざん自己憐憫をした後で、性的なことに関するトラウマを抱えていると思しき女性と関係を持って、最後はショートヘアーの女の子から「で、あなたはどこにいるの?」と突き放したように言われてしまい、世界の中心で自分はどこにいるのか分からないという締めくくりになっている。要するに女性を愛しているように見えて実は浅はかで自己憐憫する最低な男、最低な男性モデルを自覚的に、こいつは最低なんだよと作者は言っているのではないだろうか。

男女が恋愛関係に発展するには、通常、それなりの手続きが必要になる。話し合い、語り合い、心境を確認し合い、互いに大切に思っているかどうか、今後も思い続けることができるかどうかを確認し合って、そういう関係になる。普通そうだと思う。真面目な恋愛とはそういうもののはずだ。

村上作品には、普通なら小説の重要なモチーフになり得る男女関係が成立するまでの手続きが省かれている。しかし、作者も現代に生きる自然人である以上、男女関係の手続きを知らないはずがない。他の作品でも主人公の男性は次々と相手を見つけて行くが、その手続きは全て省かれている。手続きがなくそういう関係になったのではなく、手続きを省いて書いていないのである。次々と相手を見つけて行く以上、そのような男は欲望の虜になっているに相違ない。その心の中を察すれば、醜いものがたち現れて来るように思える。醜い部分が存在しないのではない。書いていないのだ。村上作品の主人公の「僕」は、そういう醜い部分を読み手に知らせない不誠実な語り手であり、作者は自覚的にそうしているのである。そして読者に対し、こいつ最低なんだよ。気づいてくれるかな?こいつ、惨めだろ?

と言い続けて来たのではなかろうか。ではなぜ最低な男を書き続けたいのだろうかという疑問が湧いてくるが、村上春樹氏は父親との関係が良くなかったらしい。もしかすると最低な男のモデルは氏の父親であるかも知れない。或いは自分自身のことかも知れない。多分、両方なのではないだろうか。

一応、ファンの人に申し訳ないので、村上春樹氏が最低だと言っているわけではないことは念を押しておきたい。村上春樹氏がなぜか分からないが最低な男を書き続けていて、その理由には自己嫌悪があるのかも知れないという一応、ある程度論理的に考えた上での推論でしかない。

そのように考えると過去に読んだ村上作品のことが少し深く理解できるというか、謎が解けるのではないかという気がする。源氏物語に於ける紫式部の男に対する深い失望と、村上作品に於ける男性的なものに対する深い失望は通底するものがあるのかも知れない。



アニメ『生きのびるために』でイスラム世界を一歩深く理解できるか

ヨーロッパ資本で制作された現代のアフガニスタンを舞台にしたアニメ『生きのびるために』は、ある程度イスラム世界がどうなっているのかを理解することに資するように思える。だが一方で、この映画と現実がどれくらい近いのか、或いは遠いのかを判断する材料が私にはない。

私がこの映画を観て最も関心したのは人の動き方が近代人のそれではないということだ。歩き方、走り方、座り方が近代人としての訓練や躾のようなものを受けた人ではないということに注意深く見ることで気づくことができる。近代人の動きというのは感嘆に言うとマラソンできる走り方やそれに準じた動き方みたいなものを私は指していて、いわゆる体育の授業とかきっちりやらされているとそういう動きになるという類のものだ。作り手が意識して近代人ではない動きをキャラクターに与えたことには当然に意味がある。

この映画では女性が一人で外に出歩いただけで人間扱いされないという、西洋近代の洗礼を受けている我々には理解できない受け入れ難い現象が描かれている。しかも主人公の少女の父親が全く理由もないのに監獄に放り込まれるという文化大革命みたいなことが起きてしまう。これが果たして本当にアフガニスタンの日常なのか私には判断できないが、もし本当にそういう日常が繰り返されているのであれば、現代人として容認できない。状況は改善されなければならないし、そのためにできることがあればやるべきだ。

この映画で気づかなくてはいけないことは、主人公の少女が男装をして女性蔑視の社会で生き延び、無意味に監獄に入れられている父親を助けるという物語の展開が、我々近代人の価値観に基づいている一方で、同時に主人公は西洋化された生活を望んでいるわけではないということではないだろうか。繰り返しになるが少女の身のこなしは学校の体育の授業を受けたそれではなく、またそのような立ち居振る舞いを自然なこととして彼女は考えている。ムスリム世界にはムスリム世界のお行儀があり、彼女のその意味ではおそらくきちんと躾されているのだが、我々のそれとは違うということ、そしてそれはそれで正しいということを映画は伝えようとしている。

そのようなことを総合すると、1女性蔑視は容認できない。2しかしムスリムの生活を否定するわけではない。3普遍的な家族愛の3つの要件によってこの作品が成立しているということに気づくことができる。

さて、私はもう一つ、日本アニメをヨーロッパが追い抜いたという感想も得た。日本アニメと言えばジブリである。ジブリと言えば駿である。駿は確かに世界を驚愕させる高い品質のアニメーションを連発した。特にナウシカ、トトロ、もののけ、千と千尋が世界に与えた影響は大きい。ファンタジーであり、登場人物に感情移入しやすく、描きれいで、壮大だ。日本のアニメは世界一だと誰もが認めたに相違ない。しかし駿が『風立ちぬ』のような作品を作ったということは、もはや世界にアピールしたいという考えを捨てており、好きなことを好きなように描きたいということしか考えていないことがわかる。そして駿の次に駿に匹敵する人物は現れないだろう。100年に一人の天才が駿だからだ。とすれば、日本アニメ映画はそのピークを既に過ぎてしまっていることになる。

一方で、駿的壮大なファンタジーに対抗すべく欧米で作られた素朴なアニメはかえって観客の心を打ちやすいのではないかと思える。たとえばこの『生きのびるために』のような作品がそうだ。アニメは派手ならいいというものではないし、画面が凄ければいいというものでもない。凄い画面はCG技術でいくらでも作ることができる。むしろ、一つ一つの絵が素朴かつ真摯に作られることが大切なのではないかと私には思えた。



クラシック音楽の聴き方

今年の夏休みはショッキングなことが幾つか続いたので、映画をじっくり観たり、本をゆっくり読んだりということに時間を使うことができず、やむを得ず心境が回復するまでクラシック音楽を聴くことにした。随分時間がかかったが、現状は大体立ち直っている。

で、なぜクラシック音楽ばかりを聴いたのかと言えば、J-POPもK-POPも聴きたいような心境になれず、ロックはおろかジャズですら明るすぎて聴く気になれずに、自分の心境に合うものが聴きたいと思うと、クラシックの静かなやつを選んで聴くようになってしまった。言うまでもなくショパンである。ショパンのピアノばかり何週間も聴いていた。クラシックでショパンのピアノに浸るというのは随分ときざったい気もするが、私はピアノはもちろん弾けないし、音符も何となくしか分からない、俄かクラシックリスナーである。

で、とにかくクラシックしか聴きたくなかったのだが、心境の変化とともに、聴きたいものに変化が現れ、結果としてクラシック音楽に対してちょっとだけ理解が深まった気がするので、ここで書いておきたいと思う。

まず、繰り返しになるが、心境が思いっきり落ち込んでいる時はショパンのソフトなピアノ以外は受け入れることができない。で、少し回復して私がよく選ぶようになったのがショスタコービッチである。なんとなく暗いのだがなんとなく明るいという、どんな心境で聴いていいのか分からないのがショスタコービッチの良さである。回復期にあって、ちょっと回復したかも知れないけど、まだ自信ないという私の心境にぴったりと合った。それからしばらくして、私はラフマニノフに手を出した。ラフマニノフのピアノはわりとシンプルだが迫力がある。迫力のあるものに私が耐えられるようになったということに私は気づくことができた。

さて、クラシック音楽と言えば、普通、ベートーベンとかモーツアルトあたりが一般的且つ定番ではなかろうか。小林秀雄がモーツアルトを絶賛しているので、モーツアルトは最高に決まっているという先入観が私にあったが、モーツアルトは明るすぎることに気づいた。『アマデウス』という映画でも明るく無邪気で天才のモーツアルトが登場するが、テンションが上がっている時か、無理にでも上げたい時でないととても聴いていられない。そして、ドンジョバンニとか聴いたらなんとなく「音楽ってこんな風にデザインできるんだぜ」と彼が言っているような気がしてしまい、久石譲さんが音楽に才能は必要ないという言葉を読んだことがあるのを思い出し、「あー、音楽って基本のデザインのパターンを知っているかどうかで違って捉えられるんだろうな」という素朴だが私にとっては新しく、芸術とは才能ではなくパターンであるという個人的には革命的な格言を思いついてしまったのである。

今は充分に元気なので、ベートーベンの第九をちょうど聴きながらこれを書いている。ベートーベンは映画でモーツアルトみたいになれと教育されて、そこまで辿り着けない悩みみたいな描かれ方をしていたのだが、突き詰めるとパターン+ちょっとだけ個性なのだとすれば、別に迷ったり悩んだりする必要はないのではないかという気がした。芸術はパターンなのである。第九だって、「な、お前ら、こういうの好きなんだろ」のパターンに従っているように私には思える。

以上、素人の音楽談義でございました。



ソフィア・コッポラ監督『ロスト・イン・トランスレーション』の、わりと共感してしまう恋

ビル・マーレイがアメリカ人俳優として日本のテレビcmに出演するために招待され、新宿あたりの超高級ホテルで中期的に滞在した時、同じホテルに若いアメリカ人の夫婦も滞在しており、ビル・マーレイと若い夫婦の奥さんとが微妙な関係になっていくという、一瞬、なにそれ…と思いそうだが実はわりと共感できる爽やかな内容になっている映画だと私には思えた。

若い夫婦の旦那は優秀なカメラマンで仕事のために日本の来たのだが、忙しくて奥さんはわりと放っておかれている。しかも旦那の知り合いのモデルみたいな女の人も同じホテルに宿泊していて、仲良くバーで飲んだりするけれど、奥さんとしてはちょっとおもしろくない。

一方、ビル・マーレイは大スターで、年齢的にもいい中年のおっさんなのだが、日本滞在がそんなに忙しいというわけでもなく、結果、若奥さんとビル・マーレイが一緒にあちこちででかけたりして、だんだん怪しい関係を予想させる展開になるのだが、両者は怪しい関係になることを選ばないというところが、好印象なのである。酔っぱらった若奥さんをベッドで寝かせた時、よっぽどいろいろ考えたけど、やっぱりやめておこうというビル・マーレイの態度に好感を持たない人はいないだろう。

で、ビル・マーレイがいよいよ日本を離れるという時になって、二人はホテルのロビーで握手をして別れる。空港までのハイヤーに乗っている途中、彼は若奥さんが都内を一人でぶらぶら歩いているのを見かけてしまい、車を一旦止めさせて、後ろから声をかける。二人は強く抱きしめ合い、キスをする。キス以上の関係にはならないのだが、両者はキス以上の愛情関係があることを確認し合い、満たされた心境で本当に別れるという流れになる。既婚者が配偶者以外とキスするのは本当だったらダメなのだが、それまでのギリギリ、もう一歩踏み出しそうで踏み出さないのをジリジリと見せられている観客としては、おー、そうか。そういう形で成就したのかと祝福したい心境になってしまい、ついつい共感してしまったのである。そういう恋は、ある。

東京が舞台で、日本人もいっぱい出てくるが、全てはこの二人のすれすれの恋のだしみたいな感じに使われており、別に日本を舞台にしなくてもいい内容なのだが、おそらくソフィア・コッポラが日本で遊んだ時によほど楽しかったのだろう。「東京ライフをパリピでリア充イエーイ」感があふれている。多分、ソフィア・コッポラが同じような感じで遊んだのがいい思い出になったに違いない。

私は東京が大好きだし、東京は楽しい場所だともちろん思うが、一点のみ、ソフィア・コッポラと私の間に東京の楽しみ方に関する認識の相違がある。私と彼女の間で認識の相違があるからと言って、誰にも問題はないのだが、一応、私が個人的に所有しているブログなので、認識の違いについて述べておきたい。ソフィア・コッポラの描いたパリピでリア充でセレブな東京生活は確かに楽しいに違いない。だが、私は言いたい。東京のいいところは、金がなくても楽しいという点だ。かつて世界一物価の高かった東京は、今や先進国では最も物価の安い都市であり、にもかかわらず、最も品質の良いものが手に入る都市であり、手に入らないものはない。つまり、東京は世界一コスパの良い国なのであって、安くておいしいもの、安くていいものが溢れている。そして日本人の所得水準は世界最高ではないが、今でも世界最高級だ。こんなに素晴らしいことはない。繰り返すが、東京は金がなくても楽しいところが魅力なのである。

さて、最後にもう一つ、ビル・マーレイについて少しだけ考えたい。中年男の鑑である。ゴーストバスターズで女子大生を誘惑しようと目論む科学者の役をしていたが、以前、テレビ局スタッフを口説き落とそうとやっきになるお天気レポーターの役をしている映画を観たことがある。そして、今回は若奥様とギリギリな恋をする。要するに恋愛が似合う中年男なのだ。恋が似合う中年男はこの世で最も魅力的な存在のように私には思える。見習いたい。