渋谷の北海道スープカレー

北海道は何を食べてもおいしい奇跡の土地である。日本各地においしいところはある。だが、しかし、北海道のように新天地でおいしいものがどんどん生まれてきたという力強いロマンのあるところは、他にない。北海道こそ日本の近代史の本質を物語る運命を背負ってきた土地であるとすら言えるだろう。

北海道の歴史と言えば、アイヌの人々だ。一万石扱いで北海道全体の管理・開墾・交易を扱ってきた松前藩は、アイヌの人々を奴隷的労働状態に追い込み、縄張りを奪うなどして利権を拡大したとされる。正式な「アイヌ史」のようなものは勉強したことがないので、私の知識ではこの程度のことしか言えないのだが、日本が植民地を拡大していた時代、台湾の原住民に対して、或いは満州地方の漢民族に対して似たようなことはなされてきたと言ってしまってもさほど間違ってはいないだろう。なし崩し的に領有していったという手法に着目すれば、沖縄で行わたこととも通底すると言えるだろう。

台湾では霧社事件のような身の毛もよだつ反乱暴動が起き、その鎮圧も苛烈であったとされているが、北海道でそのようなできごとは聞いたことがない。アイヌと和人の抗争ということになれば、平安時代のアテルイあたりまでさかのぼらなければならないのではないだろうか。そのようなわけで、アイヌの人々の平和を愛する様子は尋常ならざるほど徹底しているのかも知れない。ああ、アイヌの人とお話がしてみたい。アイヌ資料館が八重洲と札幌にあるはずで、いずれは八重洲のアイヌ資料館にも足を運ぶ所存だが、最終的には札幌のアイヌ資料館に日参してようやく見えてくるものがあるのではないかとも思える。二週間くらい時間をとり、最初の一週間は図書室でひたすら資料を読み込み、二週目はできればアイヌ語の基本くらいは勉強してみたい。教えてくれる先生がいるかどうかは分からないので、飽くまでもそういう空想を持っているというだけなのだが。

いずれにせよ、その北海道はとにかく食事がおいしいのである。海の幸も陸の幸も本州のそれとは段違いに味が濃い。かつて北海道のホッケは食用には向かないと言われたが、今では日本人の主たる食材の一つだ。ホッケは実に美味なのだが、そのホッケですら食材の人気ランク外になるほど、北海道の味は充実しているのである。しかもサッポロビール園があって、対抗するようにアサヒビール園がある。私はもうそのようなビール飲み放題的なところへはいかないが、北海道の食のアミューズメントがいかに充実しているかを議論するための材料として言及してみた。

さて、スープカレーだ。北海道はサッポロビールがおいしく、函館・札幌・旭川のラーメンは伝説的なおいしさで、当然魚もうまいのだが、そこに被せるようにスープカレーもうまいのだ。私は函館に一週間ほど旅行したことがあるのでよく知っている。どうして普通の地方都市にこんなにおいしいものが次々と普通に売り出されているのかと、北海道の底力に驚愕したのである。その北海道のスープカレーが渋谷で食べられると知り、私は小躍りした。ヒカリエのすぐ近くにそのスープカレー屋さんはあった。イカスミ風味もあったのだが、まずはプレーンで頼んでみた。十二分に辛い、たっぷりのスパイスが食欲を刺激するし、スープなので、ごくごくいけてしまう。奇跡の味である。北海道へのリスペクトとともに、ここに書き残しておきたい。尚、この時は人におごってもらったので、おごってくれた人に感謝である。

精神科医の樺沢紫苑氏が、北海道のスープカレーを流行させたのは自分であると豪語する音声ファイルを聞いたことがあるが、本当なのだろうか…今も確信を持てずにいる。



ゴーン氏逃走と記者会見について‐ゴーンの正義、検察の正義、日本の正義、国際社会の正義‐正義とはっっっ

2019年末、保釈中のカルロス・ゴーン氏がレバノンに脱出したとするニュースは、多くの日本人に、これまた数多くの???を生み出させた。不可解なことが多すぎるし、突然過ぎもした。まず、ゴーン氏が保釈されているかどうかについてすら、我々は知らなかった。よほど注意してウオッチしない限り、一度逮捕された人物のその後のことなど、分からないままだ。ゴーン氏の保釈はメインストリームメディアによってそれなりに報道され、話題になってしかるべきだが、そのようなことはなかった。我々は知らなかった。従って、私の最初の感想は、あれ、あの人、保釈されてたんだ…というものだった。

次に、当然ながらどうやって国外に出たのかよく分からないということだ。関西空港でプライベートジェットに乗って出て行ったということは分かった。だが、そのプライベートジェットが誰のものかも分からないし、プライベートジェットだからといって、人やモノの出入りが甘くなるというのも、初耳だった。関空の仕事が甘いのか、入管の仕事が甘いのか、日本全体がそうなのか、或いは「関空のプライベートジェットに楽器の箱に入って乗り込んで脱出」という情報が不正確なのか、さっぱり分からない。

ゴーン氏がレバノンで開いた記者会見を途中まで見た。いつまで続く分からないものを延々と見ることはできないし、一応、引っかかるところはあったので、そこでブログの記事にしようと思い立ち、今、こうして書いている。ゴーン氏の発言で私がちょっと驚いたのは、「レバノン政府を攻撃する内容の発言は絶対にしない」と言い切ったことだ。レバノン政府とゴーン氏との間で、日本の司法へゴーン氏を引き渡さないとの合意がなされたことは確実だ。一方で、このような発言をするということは、ゴーン氏がレバノン政府を相当に頼りにしなければならない状況でもあるということを表している。金さえあればなんとかなるというものではなくて、やはり保護の約束が必要だとゴーン氏は考えている。そもそも日本が犯罪人引渡条約を結んでいるのは韓国とアメリカだけなので、ブラジルなりフランスなりに逃げても良さそうなものではあるが、彼は国際指名手配を恐れているのかも知れない。そうなった場合、ゴーン氏を守ることが国策になっているレバノン以外では、逮捕される可能性は否定しきれない。日本の司法に引き渡されずとも、代理処罰が適応される可能性は充分にある。フランスに入国して国際指名手配で逮捕され、フランスで代理処罰の裁判を受けるという可能性もあり得るとみて、ゴーン氏は慎重を期しているのだろう。もしかすると、残り人生をレバノンで過ごす決心もしているのかも知れない。レバノンにいる限り自由だというわけだ。

ゴーン氏の逃走の是非については意見が割れるだろう。ゴーン氏にはいろいろな言い分があるには違いないが、日本の司法が逮捕した以上、司法の手続きに従わないなんてひどい奴だ。という意見もあり得る。一方で、日本の司法は人質司法と呼ばれる面で悪名が高く、罪を認めなければ保釈が認められることは原則としてないという、他国ではみられない現象が存在することも否定できない。今、現在、たとえばロジャー・ストーンは保釈されているが、彼は無罪を勝ち取ろうと努力しているので、日本の司法の慣例から言えば保釈されない。このようなことは重大な人権侵害の可能性があるので、議論されなければならないところだ。ゴーン氏は東京拘置所での生活がいかに酷いものかも訴えていた。シャワーが週に2日しか利用できないと述べていた。私は知らないが、東京拘置所では入浴はどうやら週2日のようだ。これが事実の場合、やはり重大な人権侵害の可能性が高い。普通の懲役刑受刑者でも、或いは毎日入浴する権利がある可能性すらあるのに、未決囚で、まだ犯罪者と決まったわけでもない人が毎日入浴できないというのは、非常に深刻な問題だと私には思える。また、検察の逮捕事実についても、曖昧と言えばいいのか、複雑すぎると言えばいいのか、重箱の隅をつつきすぎていると言えばいいのか、一般的な社会通念では罪かどうかもちょっとはっきりしないような要素、訴因が多いように思える。

ゴーン氏の立場なら、司法によって人権侵害され、言いがかりで何十年も刑務所に入れられようとしていることへの強い抵抗があって当然だし、逃げるチャンスがあれば、逃げるだろうと、つい頷いてしまう。

東京地検特捜部の恣意的な捜査は以前から指摘されている。堀江貴文氏が実刑判決を受けたことに首をかしげる人は多いと思うし、私もその一人なのだが、なんというか、日本の中心に部外者が足を突っ込むと、そういうよく分からない形で失脚することが時々あるように思えてならない。繰り返しにはなるが、それがたとえばゴーン氏であり、堀江氏であり、江副氏であり、村田厚子さんのようなケース(大阪地検の事案ではあるが)も含まれてくるのではないだろうか。

おそらく、ゴーン氏を批判している人の方が多数派なので、こんなことをブログに書き残すと私も批判の対象になるかも知れないのだが、まあ、一応、自分にだけは正直に生きていたいと思い、ここに備忘の意味も含んで書き残しておきます。



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ランドマークプラザの新感覚ラーメン店AFURI

先日、エコールドパリの展覧会を見るために横浜美術館へ行った際、ランドマークプラザで昼食をとろうと思い立ち寄った。横浜でも最もおしゃれで楽しい集客力のあるエリアであるため、いろいろなお店が入っているのだが、以前から気になっていたラーメン店であるAFURIに入ってみることにした。そして、このお店が新感覚のラーメン店であるということに気づいた。

どのように新感覚なのかというと、まずはフレンチカフェバーかと目を疑いたくなるような白を基調とした明るい店内が挙げられる。ラーメン店といえば普通はやや薄暗く、いい意味でぎとぎと感があり、その雰囲気が客を誘うというようなものだが、このAFURIはそれを拒否しているということが私にはよく分かった。新感覚の何かを消費者に提供しようとしているし、お店としては、それが理解できる人にだけ来てほしいという思いもあるのだろうし、今後はそうお客が増えるという確信も持っているに違いないとすら私には思えた。メニューには、ビーガン向けのラーメンもあり、私は食べなかったので、上手に想像することができないのだが、ビーガン向けのラーメンが現実問題として可能なのだろうかという大きな疑問が生まれてくるとともに、自信を持ってメニューに載せている以上、それは実現したのだろうし、そのことについて私は驚嘆した。私もいずれはビーガンになりたいと最近思い始めているので、これは重要な要素なのだ。何年かかけてビーガンになると思う。とてもすぐには無理ではあるが。

厨房には女性のスタッフが目立った。ラーメン店は通常、男の世界だ。体育会系のちょっとこわもてなお兄さんが元気よく声を出してラーメンを作ってくれるのがラーメン店の醍醐味みたいなところがあって、客はお兄さんの指示に全面的に従うという、ややマゾ的要素が強いのがラーメン店である。個人的な信念としては、成功する人間にはある程度マゾ的要素が必要だと思っているので、ここで述べていることは誉め言葉なのだが、AFURIはそこからも脱却しようとしている。カフェレストランみたいな感覚で、ビーガンも安心して入れる新感覚のラーメン店を彼らは目指しているのだ。

さて、おいしいかどうかは重要な問題なのだが、ちょっとぬるかった…そして、やや麺が伸びていた…。ラーメンを食べに入って、ラーメンがぬるくて麺が伸びている時の心理的ショックはかなりのものだ。厨房であたふたしている様子が見て取れたので、もしかするとたまたま私のラーメンだけそうだったのであって、他のお客さんのラーメンはそうではないのかも知れない。ならば偶然なので、仕方がないが、もしいつもそうなのだとすれば、改善できるポイントなのではないかと思う。いずれにせよ、これからの新感覚ラーメン店なのだから、見守りたい。



品川駅構内の和風スープストック

品川駅構内、ecute近く、立ち食いお寿司屋さんのお迎えにある和風スープストックのファンは多いはずだ。あっさりとしていながらダシが濃いという、和風料理の理想の姿がある。しかも、たとえばご飯は雑穀で、さらっと粉チーズがのっているなどという感動的な新しい味の演出もある。いい意味で手ごわく、感動的なまでに尊敬の対象であると言える。

上の写真は博多風のおかゆだが、柑橘系のにこごりを入れることであっさりすっきりとした、今まで知らなかった新しい味を提供してくれている。凄い。おかゆの中のつみれもただものではない。味が濃く、かつ、あっさりしている。凄い。本当にすごい。とにかくすごいのだ。リピしなかったらおかしいと、私はついつい思うのです。店員さんのフレンドリーさも普通ではない。日本の普通の食堂で店員さんは別にフレンドリーでなくても良くなってどれほど経つだろうか。しかし、ここは間違いなく経営の判断による教育なのだと思うけれど、店員さんはトップレベルにフレンドリーだ。フレンドリーかどうかはトリップアドバイザーのような世界的観光口コミサイトでも、ユーザーが重視するポイントの一つで、世界中の人がお店の店員さんがフレンドリーかどうかは気にする。何も日本だけの現象ではないのである。そして日本は店員さんフレンドリー大国だったが、最近は別にそういうこともなくなった。日本企業は今空前の人手不足が続き、誰でもいいから店員やってが身についてしまい、難しい教育をしてアルバイトの人に辞められると困るので、こういうことになったのではないかと思う。が、品川駅の和風スープストックはそうではない。凄いなあと思うのだ。

そうそう、いずれはお迎えの立ち食い寿司屋さんも食レポしたい。




香港理工大学の陥落と香港人権法

香港理工大学に学生たちが立てこもり、それを警察部隊が包囲殲滅したことは記憶に新しい。細部が分からないため、安易な独断は避けたいが、一部報道では実弾が使用されていたとも言われているし、逮捕された学生たちがその後どうなっているのか定かではないということも気がかりでならない。香港理工大学の学生たちからの情報発信が極端に少なく、オンラインで探しても彼らの直接のメッセージが見つからないので、不可解ではあるが情報が限定的になってしまい、もどかしい思いをした。一部では相当数の命が失われたのではないかとの不安をかきたてる内容のものがインターネットで出回ってはいるが、一方で辛くも脱出した学生たちの姿もあったようなので、助かった人がいるということは大変にいいことなのだが、全体像が見えないのでもどかしい。最後まで残った少数の学生たちが降伏する様子はyoutubeでみることができた。一時は千人にも上る学生たちが立てこもっていたにもかかわらず、降伏した学生の数が極端に少ないように見えたが、そこもはっきりとしたことは分からないのである。

香港理工大学が「戦場」になり、事実上の包囲戦が行われたことは世界中に知れ渡り、多くの人が不安や恐怖を感じたはずである。そのような中、アメリカではマルコルビオと確かもう一人の協力者の二人の上院議員が提出した香港人権法が通過した。香港の一国二制度を揺るがせにした場合は相応しいペナルティを与えるとする内容のもので、中国側は激しく反発しているらしい。アメリカの中華圏へのコミットメントを考えてみた場合、台湾に対しては長年、台湾関連法によって武力行使を名言する形で厚い支持を与えていたと言えるが、香港の場合は中英が同意した一国二制度があるため、やや距離をとった傍観のようなところがあり、台湾に対する態度と香港に対する態度には温度差があった。また、香港人権法も、ペナルティを与える程度のことであって、武力行使などは全く選択肢に入っておらず、コミットメントの意思・度合い、ともに台湾に対するそれと比べればやはりやや低いと言えるだろう。ただ、私がオンラインでマルコルビオの演説の動画を見たところ、中国語の熱い感謝のコメントが多くみられ、香港のことで心を痛めている多くの人が、マルコルビオたちの今回の行動に支えられているということが分かったような気がする。

香港の一連の騒動は、双方関ヶ原のつもりで臨んでいることは間違いないのだが、互いに出口戦略らしきものが見当たらず、予断を許さない。このまま旧正月までもつれ込めば、北京政府が最終的な問題解決を選ぶことも決して非現実的な想像ではない(慎重に言葉を選んだつもりです。ご了解いただきたい)。一方、香港経済は明らかな落ち込みを見せており、1パーセントあまりのマイナス成長と言われているが、実際にはそのようなものではすまないだろう。主たる産業である観光は壊滅状態で、回復するのに10年20年かかるだろう。というか、回復しないかもしれない。金融はシンガポールへ脱出しているらしい。一般消費は当然目も当てられないことになっていると推量できる。今後彼らはどうするのだろうか…と心配になるし、同情を禁じ得ない。香港ほどおもしろい土地はそうは存在しないと私は思っている。とても素敵で美しく、食事がおいしい素晴らしい都市なのだ。東洋の真珠は守られなければならない。

香港の騒乱について、私なりの考えがまとまったので、備忘のために書いておきます

11月に入り、香港の事態は予断を許さぬ、はっきり言えば楽観的な結末を想像しにくい事態に陥っている。

香港市民側の死者が出たこと。自殺か他殺か分からない死者が急増していること、香港理工大学では戦争と形容したほうがより適切と思える包囲戦が行われ、果たしてどの程度の犠牲者が出たのか、測りがたい事態に立ち至っており、それでもデモの鎮静化の様子はないことなど、いずれにせよ、市民側がひくことはなさそうに見える。

一方で、北京政府が引くこともなさそうだ。当初、行政長官の辞職や問題の発端になった送中法案の撤回などで、北京政府は妥協して事態を収めることを考えていたことは間違いないように見える。だが、香港市民の要求が更に大きなものになり、特に普通選挙の実施で両者は全く相容れることができなくなってしまい、最近は北京政府側も考えを改め、場合によっては強制的鎮圧を現実的な選択肢として考えているように見えるのだ。なぜそう見えるのかというと、私は新唐人テレビ、アメリカの声中国語版など、西側プロパガンダ系中国語メディアを見て情報収集をしているのだが、その映像を見る限り、警察側の行動に遠慮がなくなっていることが見て取れるし、個々の隊員は香港市民のデモに対して怒りを感じているように見受けられる。つまり、警察側は暴力的に市民を制圧することにためらいはないのである。当然、より上層部からの示唆なり指示があってのことと推察することができる。

香港は東洋の真珠とも呼ばれた世界の憧れの都市である。文明的でおしゃれで民度の高い香港市民が、たとえば第二の天門事件のようなことが発生してその犠牲になることは、想像するだけでも忍び難い。そのようなことは発生してほしくない、なんとか避けてほしい。しかし、事態はどうもそこまで進まなければ収まる様子はないようだし、市民、警察の双方がそこまで行ってもいいと腹をくくっているように見えてならないのだ。

最近、香港の人民解放軍の兵士たちがマスメディアの前に登場することがあった。彼らは路上のバリケードを片付けるというわりとあっさりとした任務を終えて去っていったのだが、世界に与えたインパクトは重大なものがある。北京政府には香港の人民解放軍を動員することもできるのだということを無言で示したのだ。どうなっているかは分からないが、広州、深圳あたりに戦車が集合するようなことにでもなれば、武力による鎮圧が現実的な日程にのぼってきたということができるだろう。もちろん、戦車が集合しているかどうかを確認する術はないので、全ては事が終わってからわかることになるだろう。

複数のメディアが一日に何度も香港からライブ放送しているのは、一つにはアクセスを稼げるということもあるだろうが、ライブ放送することで秘密裏に処分されることを避けようとする意図があるのではないかとも思える。カメラがオンになっている前で、戦車が遠慮なく進むというのはやりにくいに違いない。だが、このようなことまで話として出てくるということは、事態がそれだけ切迫しているということだ。これほど歴史が緊迫することは、あまりない。私個人も最近は情報収集に忙しく、疲労困憊した。

今後、香港はどうなるのだろうか?普通選挙が実施されるようになれば、やがては世論を背景にした独立政府が目指されるだろう。もちろん、北京政府は認めないだろうから、事態は泥沼化する。最悪の場合、香港はシリアのような混乱状態が常態化することも考えられる。東洋の真珠は守られなければならない。

イオンのミスタードーナツで、イオンについて考えた

イオンは全国に500店舗くらいあるらしい。47歳都道府県全てを網羅していると言っても過言ではない。3000市町村を完全カバーというわけにはいかないようだが、銀座のような超都心にはなく、限界集落のような地域にもないので、「中流=生活圏にイオン」という理解でさほど外れてもいないような気がする。イオンは消費者フレンドリーで物価も割安であり、ミスタードーナツやサイゼリヤのようなお店もあって言うことはないはずなのだが、最近、やや雲行きが怪しいらしい。イオンは現在、減益が話題になっている。やや衝撃的だったのは、私が今回、ちょっと休憩のつもりで入店したミスタードーナツがイオンの当該店舗から撤退する旨の張り紙がされていたことだった。もうイオンでは商売にならないということなのだろうか。イオンは割安、リーズナブル戦略を用いているため、客単価は低い。ミスタードーナツですら、やや高額に感じられるほど、イオンの食料品売り場は価格が安く設定されている。ミスタードーナツのような歴史ある市民の味方をも敬遠するほどに、人々の財布が硬くなっているということなのかも知れない。尤も、近隣のマクドナルドは堅調に見えるため、消費増税の影響かどうかは測りがたいとも思えた。まあ、関係ないはずもないのだが。

イオンの発展は自民党が無理押しした大型店舗法の改正と関係がある。大型店舗法はそもそも商店街などの個人商店を守ることを目的とした法律で、アメリカのJCpennyみたいなモールが進出して個人商店を圧迫することを防ぐことを目指していた。ちなみにJCpennyはバックトゥザフューチャーでマーフィーとドクが犬を使ってタイムマシーンの実験をする場所である。どうでもいいと言えばどうでもいいが。

自民党は資本家+農家の支持によって成り立っている政党であるため、個人商店の票を失うのは痛い。しかし一方で、アメリカからの要求は厳しかった。JCpennyみたいな大型店舗が世界一豊かな日本で商売できるように法律改正せよとねじ込み、自民党は応じざるを得なかった。ここは自民党のもろさやぶれを露呈したものだと言えなくもないだろう。一方に於いて個人商店主の利益を守る政党でありながら、一方に於いてはアメリカの利権も守らなくてはならず、常にではないが時として利益が相反し、自民党はそのバランスをとるために苦悩せざるを得なかった。批判というよりは、同情したい。結果、大型店舗法に関しては、自民党は妥協し、改正して大型ショッピングセンターやモールが国内で作れるようになった。

では、JCpennyがあちこちにできたかと言えば、そのようなことは起きなかった。繊細な日本の消費者が喜んで財布のひもを開けるような商品を大味なアメリカの大型店舗が提供できるわけではなかった。フランスカルフールも、日本の市場に於いては同じだった。大型店舗法の改正によって最も大きな利益を得たのは、間違いなく日本資本のイオンである。日本の消費者という手ごわい客層を相手に心の機微をつかむ商売ができ、かつニチイなどの積み重ねて資本力のある企業は限られていた。一時期、大型店舗はイオンの独壇場のようにすら見えたほどだ。

イオンが伸長した結果、各地の商店街がシャッター通りとなり、個人商店は店じまいし、人々は自動車に乗ってイオンへ行き、必要なものをまとめ買いするようになった。消費生活がある程度アメリカ的になったということもできるだろう。だが、これをして日本の商店街をつぶしたのはイオンだとか、法律を改正した自民党の陰謀だとか、或いはアメリカの陰謀だなどと言うのは早計である。確かにJCpennyみたいな店舗が出せるように法律を変えたのは自民党であり、変えさせたのはアメリカであり、漁夫の利を得たのはイオンである。だが、人々がイオンを選ぶにあたって、なんらの強制も働いてはいない。政府や国家、政権政党がプロパガンダをして、或いはイオンで買わなければペナルティなどの暴政を行うことによって消費者をイオンに集中させたわけではない。人々は自発的にイオンを選んだという事実を忘れてはいけないだろう。消費者は自発的にイオンを選び、個人商店を見捨てた。イオンの発展は国民の意思の帰結であるとすら言えるだろう。従って、シャッター通りが生まれた責任をイオンに問いかけるのは間違っている。責任を負うべきなのは、消費者だ。

さて、イオンがあんまり盛り上がっていないことに話を戻したい。或いは人々の生活が脱自動車化したことにより、イオンまで行くのが大変なので、結果としてイオンに人が集まらなくなったのかも知れない。または、日本人の消費のスケールのようなものがいよいよ本格的に縮小し、イオンの創意工夫では対応しきれないところまで来たのかも知れず、案外便利なアマゾンプライムが日本市場のイオンに対する挑戦者として登場したことが大きいのかも知れない。ローソンもネットスーパーをやっているし、ネットでスーパーマーケットということになれば、市民はあらゆる商品の値段を徹底的に比較することができるし、手間をかけずにあちこちに注文できるため、イオンの充実した品揃えはあんまり意味をなさなくなってきたのかも知れない。イオンに行けばなんでも揃う時代が終わりを告げようとしており、今後はスマートフォンさえあればなんでも買えるので、店舗とかいらなくない?という時代に突入することもあり得る。今日はイオンへちょっと足へ向けただけで、いろいろと感じたので、ここに備忘として書き残すことにした。

さっきイオンの株価を検索してみたが、こちらもあまり盛り上がってはいない。イオンの株主になれば、買い物のたびに割引があり、本当かどうかは知らないが毎日ミネラルウオーターがもらえるらしい。お得なのだが、リーマンショックで一度残酷な感じになっていて、アベノミクスの大相場で大いに盛り上がり、今、アベノミクスの終焉が明らかな中、消長気味である。

ネットでの消費が主役になった場合、趣味はショッピングとか、趣味はウインドウショッピングの人はどうすればいいのだろうか。あ、ネットサーフィン…。

令和になったら総選挙。多分。‐令和になる前に

首相、内閣が絶対にこなさなければならないのは予算を通過させることで、これは最も重要な義務だと言えると思います。で、予算が通れば首相は身軽になり、自分のやりたいことの追求について考える余裕がうまれます。それは例えば外交かも知れません、経済かも知れませんし、法律を変えることもかもしれません。或いは総選挙のような政局をやって、政権の延命ができるかどうかの賭けに出たり、勝つ自信がある場合はほくそ笑みながらドヤ顔で選挙で300議席獲ったりする一方、これは勝てないと判断すれば、総辞職でなるべく立つ鳥跡を濁さず的に花道を用意してもらって引退生活へ入って行くという選択もできます。要するに予算が通れば首相は身軽になり、選択肢の幅も広がるというわけですね。

しかし、今年に限って言えば事情が少し違います。予算が通った後、今度は時代が滞りなく、穏やかに、できればお祝いムードとともに令和に始まってもらわなければなりません。令和が始まる前にスキャンダルだの政局だのというのは絶対に避けたいはずです。それまではひたすらことなかれ主義で物事が進められているように見えます。言葉の選び方を間違えた大臣は更迭です。更迭すれば話は早く、その話題は終了ですから、安倍さんの令和を穏やかに迎えるために隠忍自重みたいな感じがよく伝わってくるようにも思えます。

さて、令和になったら首相は自由です。そして、現状では、夏の参議院選挙は自民にやや不利との見方が出ています。安倍首相は憲法改正を究極の政治目標に掲げていますから、残された任期でラストスパートをかけていきたいのなら、夏の参議院選挙でも勝つ必要があります。私は個人的には憲法改正には関心がありません。憲法の内容を現状に合わせましょうというだけのことですから、要するに私たちの生活にも、日本の世界政治の中でのアクターとしての位置も今まで通りというわけです。そのようなことのために口角泡を飛ばして議論することにあまり価値は感じません。憲法はやや曖昧でちょうどいいくらいにも思っています。明治憲法では憲法を細部に至る神学論争が行われ、統帥権の名のもとに首相が陸海軍に命令できないという意味不明な現象が生じてしまい、条文を読んで現実を見ない日本帝国は滅亡していきました。というようなわけで、憲法改正には関心はないんですが、一応、いろいろウオッチしている身としては、令和になったら解散風が吹くかもなあと思って眺めております。




ジュリアン・アサンジ氏は今、どうしているのか

共和党の黒幕的人物であるロジャー・ストーン氏が逮捕されたことで、ロシアゲートがあるいは大きく動く可能性が出てきており、俄然、注目したくなるのがジュリアン・アサンジ氏だ。ロジャー・ストーン氏とは面識があるのではないかとの憶測は以前からあり、実際、ロジャー・ストーン氏は「アサンジ氏と食事したことがある」と発言した後、「あれはジョークだ」と訂正している。

アサンジ氏は近年、全く姿を見せておらず、現在もロンドンのエクアドル大使館に引きこもって生活しているはずだが、極端に言うと果たして生きているのかどうかということにすら疑問を抱かざるを得ないほど、全く何かをしている形跡を見せていない。今でもいるかどうかは分からないが、エクアドル大使館の周囲には支持者やファンがアサンジ氏が顔を出すのではないかと見守り続けて来たはずだし、英国の警察は24時間の監視を続けている。エクアドル大使館からもし一歩でも外へ出れば逮捕する構えを崩してはいない。

アサンジ氏は以前はインターネットを利用してエクアドル大使館の一室から動画の配信をしたり、ツイッターでつぶやいたりしており、ネット時代には引きこもっていても情報発信できるという彼らしい対抗策を続けていたが、そういう活動も行われなくなって久しい。エクアドル大使館の窓から顔を出すこともない。そのため、既に生きていないのではないかとの憶測も流れており、簡単に判断することはできないが、確かに生きていないとしても不思議ではないような気がしてこないわけではない。

さて、ロジャー・ストーン氏に対する逮捕事実は、大統領選挙の時にアサンジ氏がロシアが民主党にハッキングをかけて入手した情報を受け取っていることを知っていたのに議会で偽証したというものなのだが、FBIもそれなりに裏を取って満を持して逮捕に臨んだのだろうからアサンジ氏をどうするかも視野に入れていると考えていいはずだ。取引してアサンジ氏に証言させようと考える可能性もある。だとすれば、アサンジ氏が生きている可能性はやや上がったのではないかという気がする。生きているか死んでいるかくらいのことは、シークレットサービスは知っているだろう。トルコのサウジアラビアの領事館の中で何が起きたかもCIAは知っているのだから、アサンジがどうしているかも分かっているはずだ。