新型コロナウイルスがどうやらアメリカで流行しているらしい件

アメリカで多くの死者を出しているインフルエンザだが、最近まで新型コロナウイルスとアメリカのインフルエンザが別のものと考えられていたのに対し、実はインフルエンザみたいな症状はあるけれど、インフルエンザではないケースが時々あるとの発表がCDCからなされた。CDCというのは、アメリカの保健衛生管理局みたいな感じのところで、保健衛生のFBIみたいに思っておけば多分大丈夫な役所だ。

で、アメリカではコロナウイルスの感染爆発が始まろうとしているように見える日本へは渡航しない方がいいみたいな話も流れていたし、最近の英語圏のニュース番組でも、東アジアで蔓延している変な病気、大丈夫?対岸の火事なんだけど、うちに飛び火しないように注意しよう。というようなトーンのニュースが多かった。

ところがだ、アメリカのインフルエンザの患者の何パーセントかが新型コロナウイルスだとしたら、とてつもない数の感染者が存在することになり、致死率が高いわりには感染しやすい新型コロナウイルスは、とっくにアメリカで猛威をふるっていたということになる。アメリカではこれからインフルエンザの患者に対して、もしかしたらコロナウイルスかもという態度で検査なり再検査なりを進めていくらしいのだが、そんなことをしているうちにどんどん広がるかも知れず、現状で既に収拾不可能なくらいなことになっているかも知れない。私はアメリカをディスりたくないが、ダイアモンドプリンセスでの日本の対応がお粗末すぎると英語圏から冷笑的な視線を向けられたことを思うと、いえいえ、日本を笑ってる場合じゃないじゃないですか。とつい、言いたくなる。

アメリカでは近いうちに新型コロナウイルスが大流行する可能性があるとの発表もあり、皆さま、心して準備してくださいね。みたいな話になってきている。既にコロナウイルスは広がっているのだが、これから広がるということにして、当局の発見が遅れたことのミスを隠蔽しようとしているのではなかろうか…などと勝手な想像も働いてしまった。

ダイアモンドプリンセスに乗っていたアメリカ人の中から複数の感染者が発見されていることには英語圏のメディアの注目も集まっており、どうも、このままいくと、日本がダイアモンドプリンセスのことで頭の悪い対応していたからアメリカ人が感染して、アメリカに感染が広がったじゃないか。日本のせいだ。という言説が形成されていくのが目に浮かぶようだ。

ヨーロッパでも既に感染者が見つかっているし、油断していただろうから、あちらでも燎原の火のようなことにもなりかねない。ロンドンの市長選挙では候補者が、今年の東京オリンピックは無理だから、ロンドンが代替地になりましょうと呼び掛けているそうだが、ロンドンもどうなることやら…である。

このまま世界的パンデミックになってしまったら、世界は12モンキーズというブルース・ウイリスが出ていた映画みたいなことになってしまうのだろうか。それは困るので、なんとか収束してもらいたいものではある。不要不急の外出は控え、注意はしているのだが、いつまでこの緊張状態と戦うのかと思うと、心が折れそうになる。地球にがんばってもらいたい。新型肺炎は一度治ってもまた罹患する可能性があることが指摘されており、それって治ったんじゃなくて単に症状がおさまっただけなんじゃ…とも思えて、得体の知れない不気味さ満点ではあるのだが、がんばれ人類。生き延びよう。きっと生き延びることはできるはず。

ダウンタウンのエキセントリック少年ボーイの歌でも歌おう。

がんばれ地球。がんばれ地球。僕は限界だ♪

って、限界だったらダメじゃん。希望はあると信じて生き延びましょう!





新型コロナウイルスのパンデミックは起きようとしているが、希望は捨てずにがんばろう。

もはや、パンデミックは起きようとしていると考えた方がいいでしょう。

もちろん、マスク、消毒、手袋、手洗い、うがいなどの一般的なインフルエンザ対策と同じ対策はできるわけですし、それである程度は防げると思います。とはいえ、今さら、パンデミックを予防しましょうとか、ナンセンスです。もはやあちこちで経路不明の人が現れ始めていて、飛沫感染で、もう、結構、厳しいことになってきているわけです。

まさか、これで日本終了とかは思いませんし、いずれ収束するとは思いますが、自分が感染する可能性は充分にあるという前提に立ち、感染したとしてもどのように対処するかという腹をくくった姿勢が大切なのではないかと思います。

新型コロナウイルスの辛いところは、潜伏期間がばらばらで、無症状で突然倒れるという人もいるという得体の知れなさです。また、肺炎が治っても抗体ができず、また同じ肺炎を発症する可能性が充分にあるという不気味さです。これは、一度感染すると、症状が治まっても、体調不良を起こせばまた肺炎になるかもしれず、一生続く持病みたいな感じになるわけですから、なんだか飛沫感染するhivみたいで知れば知るほど驚愕してしまいます。

とはいえ、もはや感染拡大は止まらないでしょうから、やむを得ません。この事態を受け入れて、希望の持てる部分もあるわけですから、負けずに対応しなくてはいけません。

希望がもてるところとは、致死率は低いというところです。武漢の場合、医療従事者と感染者のバランスがとれず、ばたばたとお亡くなりになっているとのことですが、武漢で致死率5パーセントとのことですから、日本で健康的に生きている人であれば、致死率は1パーセントくらいまで抑え込めるのではないかと思います。とすれば、感染したからと言って、絶望する必要はないのです。もちろん、コロナウイルスが持病というのはあまりいい気持ちはしません。しかし、hivがコントロール可能な疾病であるのと同様、コロナウイルスもコントローラブルな疾病としてそれを抱えてでも生きていくことができるわけですから、コロナウイルスとともに生きるという覚悟を持ってちょうどいいかも知れません。

サーズもマーズも収まったのです。いずれコロナウイルスも収まるでしょう。希望を持って、がんばりましょう。助け合いましょう。信じましょう。

坂口安吾‐復員

坂口安吾の掌編小説『復員』は、終戦間もないころに朝日新聞に掲載された傑作だ。安吾の最も著名な作品である堕落論とも通底する問題意識を、非常に短い、原稿用紙一枚以内の長さで端的に表現している。

物語の内容は簡単だ。ある男が復員してくる。彼は片手と片足を戦争で失っていた。家族や友人たちは、帰ってきたその時こそ、ちやほやしてくれるが、それ以上、あまりかかわろうとはしてくれない。家族にとって彼のような復員兵は働くこともできないただの厄介者でしかない。彼には恋人がいた。恋人に会いたいと思った。家族に話してみると、その女性は既に結婚しているし、そもそも厄介者のお前がガールフレンドのことを気にかけるなんて、ちょっと立場が分かってないんじゃないのか?というような表情をされる。結婚しているという話にもショックを受けるし、家族も全然同情してくれないことにもどかしさを感じる。そのような消化不良な感情もしばらくすれば少しは落ち着いてきたので、彼は会いに行くことにした。彼の内面では、どのみち彼女も長い目では自分とかかわろうとしてくれないであろうことはわかっている。しかし、会いに行ったその日だけはちやほやしてくれるのではないかというある種の下心がうごめいている。短い時間だけでも昔のガールフレンドにちやほやされれば、少しはいい気分になれそうだという刹那的な下心だ。実際に行ってみると、彼女はもっとそっけなかった。冷たくはされなかったが「よく生きて帰ってkたわね」とあまり感情のこもらない感じで言われた。彼女には赤ちゃんがいた。彼が戦場で死んでいようと生きていようと、子どもは生まれてくるという事実を知った彼は、かえっていろいろなものがふっきれて、むしろこれからの人生を生きるエネルギーが湧いてくる。というような物語だ。

帰ってきた時、彼には甘えがあった。お国のために片手片足を失ったのだから、みんな、俺によくしてくれよという甘い期待があった。それは打ち砕かれた。彼にはそれは理不尽なことのように思えた。彼はある種の自暴自棄の心境になり、過去のガールフレンドに会ってその自暴自棄さを深める、ある種の自傷衝動のようなものに突き動かされて、要するに自己嫌悪を確かめるために彼女に会いに行った。しかし彼女は彼が立ち直るために最も必要なものを提供してくれた。それは、あなたが戦場で手足を失うほどの重傷を負ったとしても、この世は回っているのよという冷然たる事実だった。彼はその事実を受け入れることにより、当初抱いていた甘えをかなぐり捨てて、そのぶん、人間的に成長する。そういう物語だ。わずか400文字程度で、人の成長の一側面を描いたのである。敗戦と重傷と失恋の合わせ技だ。安吾は想像を絶する才能の持ち主だ。私はふと、やはり女は男を成長させるという気になった。過去のガールフレンドではあるが、その男に最も必要なものを、適切に見せてくれたのである。女の人はやっぱりすごい。

安吾は後に堕落論を書くが、これはこの掌編小説と同じ問題意識を持っている。日本は負けた。日本帝国の美学とか、武士道とか日本精神とかそういったものは打ち砕かれた。今やそのような過去の美学にすがろうとするものは、甘えである。もし甘えを捨てることで、美学を失い堕落してしまうと、そのことを怖れるのであれば、それは間違っている。とことん堕落してこそ、再出発は可能になると安吾は日本人につきつけた。これは復員兵の彼が昔のガールフレンドに現実をつきつけられ、ふっきれることで成長することと同じ構造を持っていると言える。youtubeに朗読したものをアップロードしたので、よければ聴いていただきたい。もう何十本も朗読ファイルをアップロードしたが、自分の下手さに泣けてくる。

坂口安吾‐復員の朗読




岡本かの子‐女性崇拝

岡本太郎の母としても知られる文筆家の岡本かの子が、読売新聞紙上において『女性崇拝』という題の論評を発表したのは、1936年の1月20日だ。この年、その一か月後に226事件が起きていることを思えば、日本はいよいよ動乱へと国を挙げて飛び込んでいこうとする不安な時期でもある。かの子の『女性崇拝』にも、その不安はかすかに投影されている。ただ、太宰治の私信ほど、切迫したものではない。満州事変以降、日本は世界の孤児になり、それでも世界の干渉を振り切るだけの体力を持っていた。たとえ国際連盟から脱退していたとしても、日本を押さえつけることができる国などなかった。1936年となれば、まだ盧溝橋事件も起きていない。だからこそ、日本人は迷っていたと言うことができる。果たして以前のように国際秩序へ帰って行くべきだろうか。それとも、日本独自の路線を追求するべきだろうかと。どちらを選ぶかについて、まだ辛うじて時間が残されていた。そういう時期だったのだ。

では、辛うじて日本独自の路線を歩むとして、それはどんな路線なのだろうか。岡本かの子は女性崇拝のありようをイギリス、フランス、日本で比較している。案外と、イギリス人は女性を尊重していそうで、文章などを読めば女性に対する嫌味が強い。フランス人は女房の言いなりになるのでちょうどいいと思っている。さて、日本だが、日本はいわゆる武士道の国だ。だが、たとえば秀吉が淀殿に入れ込んでいるときでも、正妻の北政所の権利が侵害されることはなかった。日本版女性崇拝も捨てたものではない。かの子はそう述べている。当時の世相から考えれば、かの子は秀吉と北政所のことを例に出し、日本が独自路線を進み得ることを暗に示した。

結果、日本帝国は滅亡したわけだが、昭和11年の段階でそれが分かる人などいるはずがない。詩人でフランスから派遣されたクローデルでさえ、日本は賢明な選択をすると本国へも訴えていた。そのような時代背景を考えてかの子の文章を読めば、より深いものも見えてくる。フェミニズムは尊重するべき思想だが、そのフェミニズムも国際政治の影響を強く受けるということを、かの子の文章から見出すことができるだろう。尤も、戦前といえば暗いイメージが強いが、かの子のようなフェミニストの文章が新聞に掲載されるということは、大正デモクラシーの成果は失われていないわけなので、そのあたりは歓迎すべき材料のように思う。




有島武郎‐聖書の権威

有島武郎は人生の初期に於いてキリスト教にひかれ洗礼を受けるのですが、後に社会主義へも傾倒していきます。キリスト教と社会主義は形而上学的な立場は全く違うもので簡単に相容れるものではないのですが、問題意識には共通する部分があり、一人の人間があるときはキリスト教に傾倒し、あるときは社会主義に傾倒するということは充分にあり得ることかも知れません。聖書に登場するイエス・キリストが徹底的に見せる弱いものへの博愛は、社会的弱者の救済を目指す社会主義の問題意識と似ていると思うのです。私個人はキリスト教の洗礼を受けていますが、社会主義をあまり信用してはいません。過去の近現代史で社会主義がいかなるものであったかを見つめてみた時、社会主義の国家では弱者が存在しなくなったのではなく、弱者が見えなくなっただけなのだと私は思うからです。私はやや過激なくらいの自由主義者なのですが、それは困っている人や苦しんでいる人が自力救済できる余地をなるべく大きくするべきだと思っているからです。人それぞれ救済の形は違います。国家や行政が救済の形を決めるのではなく、個々人が自分で救済の形を決めることができるほうが、人類はより幸せになれると私は思うのです。

それはそうと、明治・大正・昭和の近代日本にやってきた西洋の社会主義とキリスト教は、以上述べたような弱者救済の倫理の観点から抗いようのない魅力を知識人に見せつけ、有島武郎のように純粋な心を持つ人は、惹かれつつ迷いました。彼は最期は自ら命を絶ってしまいますが、そこまで自分を追い込んでしまうのも、あまりに純粋に倫理と正義を追求し、誠実すぎたために些細な矛盾を見逃すことができず、解決方法はそれしかないという心境になったのではないかと、つい、想像してしまいます。

有島武郎は『聖書の権威』という短いエッセイで、芸術と聖書が対立関係にあり、時に芸術に惹かれて人間的欲望に関心が向き、時に聖書に惹かれて正義と倫理に関することに関心が向いたと認めています。興味深いのは聖書こそ芸術を超える、いわば芸術のかなたにある究極の芸術であるということを示唆して全文を終えていることです。有島武郎はそこまで言い切ってしまえるほどに聖書を読み込んだに違いありません。





前世の記憶を持つ子供とキリスト教とユング的無意識の世界

アマゾンプライムビデオで、死者の記憶を持つ子供たちというドキュメンタリーを見た。見たのは全六回あるうちの一回だけなのだが、前世があるとしか考えることができない内容だったため、大変に驚いた。前世がアメリカ軍のパイロットで、太平洋戦争の時に父島で撃墜されて戦死したとする男の子の話は大変有名で、このドキュメンタリーでも取り上げられていた。父島を守備していた日本軍は司令官が米軍捕虜を食べたことで起訴され、アメリカ軍の兵士にぼこぼこにされて半死半生で処刑されたと読んだことがあるのだが、米軍の飛行機が攻めてくると、時々飛行機が落ちてくるため、当該の司令官は酒の肴が降ってくると楽しみにしていたという話を思い出し、前世のパイロットは食われなかったのだろうかと余計な心配もしたのだが、この子供の場合、前世の自分の名前、配属された空母の名前、愛機の種類など実際に裏が取れる情報を話し出したため、両親が努力した結果、前世はこの人だったのだと思しき人物も特定でき、その家族にまで会うという驚きの展開に至っている。父親は輪廻転生などないとの立場から、別の原因があるはずだと考えていたが、以上のような情報がいちいち当たっているため、息子は本当に前世を語っていると確信するようになったそうだ。安易にスピリチュアルに走らず、実際に確かめようとする父親の合理精神を私は歓迎するが、それだけに、息子の前世は本当に米軍パイロットとする結論も重みをもつ。

日本では仏教の輪廻転生思想と近代合理主義が同居し、共存共栄しているため、前世の話題が出ても、割り切って受け入れていくことができるように思えるのだが、キリスト教圏に於いてはこれはかなり難しい。イエス・キリストが輪廻転生があるよとか言っていないので、カトリックの公式見解では輪廻転生は存在せず、すべからく人は一度きりの人生を終えた後、最後の審判を待つということになっている。輪廻転生を認めてしまうと、最後の審判の位置づけが難しくなるので、輪廻転生は認めないという感じなのではなかろうかと推察する。

で、前世がアメリカ軍のパイロットでアメリカ生まれのキリスト教徒というパターンの場合、キリスト教徒としては受け入れがたいにもかかわらず、前世があると認めざるを得ないということになると、そもそも神様ってどうなってるの?という疑問にたどり着いてしまうし、ヨーロッパではわりと宗教についてはゆるめの発想法で適当にやっている面があるのだが、アメリカは真剣な清教徒が切り開いた土地であるため、そういうわけにもいかず、生き方、社会の在り方などの結構根本的なことを揺るがしかねないため、前世があるかどうかも真剣な議論の対象になるのである。日本のように占いで楽しめばいいというような感じではなくなってしまう。

遠藤周作先生は最後の長編小説である『深い河』で輪廻転生を扱っているが、遠藤先生がカトリック信徒でありながらも自分で納得する世界観を得たいと願い、敢えて言うとすればカトリックの世界観への挑戦として絶対に彼らが認めないであろう輪廻転生について筆が及んだと見るべきなのだが、遠藤先生のスピリチュアル的な発想法も相まって、面白い内容になっており、前世とかそういったことに関心のある人は一度は読んでみるのをお勧めしたい。いずれにせよ、遠藤先生が輪廻転生について書いたのも、キリスト教圏では真剣な論争になるということを踏まえた上でのことだ。

日本人であれば真剣に突き詰めなくても仏教的死生観には馴染みがあり、私は英国教会の洗礼を受けてはいるが、仏教的輪廻転生を受け入れられないということはない。しかし、だからと言ってすぐにスピリチュアルに走ってしまってバシャールも輪廻転生あるって言ってるよ、とかになっても詰まらないので、もうちょっと近代合理主義的な結論を得られないものかとも思ったのだが、ふと思い出したのはユング先生のことである。ユング先生は人間には集合無意識みたいなのがあって、それがクリエティブなものと結びついていると考えた。芸術家が自分の作品を作るために霊感を得ようとしたとき、その人の発想法を遥かに超えた新しい作品のアイデアを得ることがあるが、これは人類共通の叡智と感性みたいなところ、人類の共有財産みたいなところからアイデアが湧いてくるみたいな感じで考えれば、ユング先生の集合無意識がどのようなものか、イメージしやすいのではないだろうか。ユング先生はかなりスピリチュアルなことに肩入れしたことで有名だが、近代的科学的心理学者として全く疑いのない、不動の評価を得ている先生だ。私は前世の記憶を持つ子供について、ユング的無意識という概念で理解することは可能なのではないかと思い至ったのである。子供が人類の共有財産みたいな深層集合無意識にアクセスし、過去の人物の情報を得ることができたと仮定すれば、キリスト教的世界観を維持したまま、近代合理主義をかなぐり捨てることなく、前世の記憶を持つ子供が存在するという事実も説明可能なものになろうというものだ。

だが、しかしである。もしそうだとすれば、前世があるとかないとかよりももっと大きなスケールで、人はスピリチュアルな存在であり、互いに結びついていて、その結びつきは時間も空間も超えるということになってくるため、キリスト教の世界観であろうと仏教的世界観であろうとぶん投げて、やっぱバシャールすげー。というところにたどり着いてしまいそうな気がする。ま、それでもいいのだが。



ゴーン氏は日本に引き戻せるか?

いろいろな人から何度もこの質問を受けましたので、ここで答えておきたいと思います。

個人的にはゴーンさんを引き戻さなくても別にいいんじゃない?と思わなくもないですし、日本の自白偏重・人質司法は批判の対象にもなっていますから、ゴーンさんの主張にも一理なくもないように思います。そんな内容です。過去のアメリカ軍の犯罪者や三浦和義さんのことも例に挙げて言及しています。




アメリカ映画『ウィンド・リバー』の問題意識

アメリカ映画、『ウインド・リバー』はカンヌ映画祭で「ある視点」賞を獲得している。ある視点ってどういう意味?とちょっと戸惑うのだが、内容と背景を知れば、なるほどそういうことかと理解できる。ネタバレするのでご注意ありたし。

アメリカは世界中のいろいろな民族や人種が暮らしているが、その中でちょっと特殊な立ち位置にいるのがネイティブ・アメリカンと呼ばれる人々だ。何が特殊なのかというと、アメリカ合衆国の法への忠誠心や敬意の持ち方についてちょっと違うことが認められている人々だと言い換えてもいい。普通、大抵のアメリカ人は辿ればヨーロッパなりアジアなりアフリカなりから渡ってきたか連れて来られた人々になるわけだが、彼らが共通して求められることはアメリカ連邦の法への忠誠心を持ち、それに対して敬意を払うことだ。アメリカ合衆国憲法はアメリカそのもの、即ちアメリカの国体みたいなものなので、徹底的に教育されるし、新しい移民にも憲法への理解が要求される。憲法を理解せずにアメリカ人になることはできない。

しかし、例外的な人々も存在する。ネイティブ・アメリカンと呼ばれる人々だ。彼らはイギリスからアングロ・サクソンがやってくる前からアメリカ大陸で暮らしていた。先住権は彼らにあり、従って、移民と同じ扱いを受けてもらうわけにはいかない。もともと、彼らには彼らの法がある。そういうわけでネイティブ・アメリカンの人々は自治区で暮らすことができる。たとえば日本人移民が自治区とか作ったら大正時代の排日移民法みたいな話になって大問題になるに違いないわけで、そのように考えるとネイティブ・アメリカンの特殊な立ち位置が理解できるだろう。アングロ・サクソンやフリーメイソンが持ち込んだ連邦の法に従う義理はないので、自治区内である程度、自分たちらしい生活が送れるようになっている。

だが、はっきり言えば、そうなっているはずだと言う方が正しいかも知れない。

たとえばこの映画のウインド・リバーという土地では、鹿児島県くらいの広さの土地に警察官は6人しかいない。事実上、地元の警察は無力だ。ネイティブ・アメリカンには当然、部族の掟みたいなものがあるはずだが、生活が基本的に西洋化してしまっている現代で、掟なるものがどの程度機能するかは甚だ疑わしい。

従って、ネイティブ・アメリカンの自治区はアメリカの中で見捨てられた、忘れられてしまった土地になってしまっている感がある。連邦の法にも見捨てられ、経済発展の恩恵にも浴さず、広大な原野の中でどうにか死なない程度に日々を送っている。犯罪の温床になりやすい。

この映画では、ドラッグに溺れる若者や、見捨てられた土地で働くモラルを忘れた白人、性的な暴行被害に遭い命を落とすネイティブ・アメリカンの少女などが登場する。問題意識は明らかだ。この見捨てられた人々がいることを、観客は忘れているのではありませんか?ということだ。

ドラッグに溺れる若者は、アメリカン・ビューティの若者みたいにファッション性があるからドラッグをするわけではない。他に自分の魂を救済する手段がないのでドラッグに走る。永遠に報われることのない土地で、彼らには希望がない。ドラッグは悪いことだが、果たしてそれは若者が悪いのか?との問いかけがなされる。

ネイティブ・アメリカンの少女の不審死の報を受けてFBIの女捜査官が派遣されるが、アメリカ文明を代表するはずの彼女はブリザードの吹きすさぶ北アメリカ大陸の原野の真ん中でなすすべを知らない。周囲の助けがなければ何もできないばかりか、捜査で気を抜けば、自分が命を落としかねない。

ネイティブ・アメリカンの少女を死に追い込んだのは、モラルをなくした白人の男どもで、全く正当化できないが、このような原野の中であれば、ばれないから、どうせアメリカ連邦の法律はそこまで効力がないからと思い、やってしまうのかも知れない。

アメリカは自助努力の価値を信じている人々の集まりだ。しかし先に述べたようにネイティブ・アメリカンの自治区はその例外的な立ち位置にあり、自治の美名のっもと、犯罪被害が救済されにくい、犯罪の温床になりかねず、対処が求められる。そういう問題意識を持った映画だった。なかなか大変なテーマを扱っているので、かくあるべしと言うことはできないが、このような問題意識に触れることは大切なことだ。困っている人を助けるためのきっかけになるかも知れないし、自分が他人を傷つけないことへの誓いを新たにすることもできるだろう。

上野で高御座を拝観してきた

今、上野で見学できる高御座は、今上天皇陛下がご即位されるために京都御所の紫宸殿から運ばれてきたもので、前の天皇陛下、即ち上皇陛下が即位された時と同じものを解体して東京まで運び、今回の即位に用いたとのことだそうだ。で、前の天皇陛下の即位の時は、自衛隊がヘリコプターで運んできたらしいのだが、穏やかではないとのことで今回は民間が陸路運んだらしい。別に自衛隊で運ぼうと民間に委託しようと私にとってはどうでもいいが、儀式に必要な設備を移動させるだけでも政治が絡んでくるのだから、天皇陛下というお立場はいろいろ大変である。

今使われている高御座は大正時代に作られたものだそうで、大きな特徴は天皇陛下と皇后陛下がお座りになるところが、ちゃんと椅子になっていて西洋風を取り入れているということなのだそうだ。要するに和洋折衷である。どこにも踏み込んだことが書かれていなかったので、私がここでもう一歩踏み込んで議論しておこうと思うのだが、天皇と皇后が一対になって公の場に登場するというスタイルそのものが西洋近代を受け入れてからのことで、天皇陛下がご使用になる、写真手前の高御座と、皇后陛下がご使用になる奥の御帳台をワンセットにするという発想そのものが繰り返すが近代西洋的なやり方だ。以前であれば天皇家であろうと武家であろうと、即位だの元服だの家督相続だのといった表向きのことは全て男の手で行われ、奥向きのことは女性の手で行われ、基本は相互不干渉だった。もちろん夫婦や家族ということになれば全くの不干渉・無関心はあり得ないが、それでも他人から見える部分は男女不干渉である。

それとも、私が不勉強なだけで、日本国中、天皇家だけが西洋風一夫一妻的即位の儀式を平安時代から続けていたのだろうか?まさかとは思うが…(シャア風)。

高御座にお上りになって天皇陛下がご即位されるというのは平安時代から続く古式ゆかしき儀式であることには異論をさしはさめるほど私には知識がないので、きっとその通りに違いないと思うのだが、大正時代にリニューアルされた時、明治天皇から始まった天皇家の西洋化が更に一歩進められた証左であるように私には思える。昨年皇居に行った時、皇居の内側の様子から近代官僚制によって形成された近代天皇像のようなものを感じ取ることができ、今回の高御座を拝観してその感触については確信を深めることができるようになったと思える。一応、断っておくが、私は近代天皇制度を支持しているので、上に述べていることは批判ではない。日本の国を説明する上で重要な要素である天皇と天皇家に対する洞察を深める努力をしているだけなので、ご理解いただきたい。このような男女一対スタイルで高御座が作られたのは、実は昭和天皇の発案なのではなかろうかという想像も湧いてくる。明治天皇が一夫多妻を享受したおそらく最後の天皇で、大正天皇は健康上の理由からとても複数の女性を身の回りに置いている場合ではなかったらしいのだが、健康で頭脳明晰な昭和天皇は、明朗に一夫一妻を支持し、実践した。若いころにヨーロッパを歩き回って、キリスト教圏の一夫一妻的家庭像が理想的に見えたのだろう。

昭和天皇が即位する時は京都に出向いて高御座に上ったとのことだが、実際に高御座を見れば納得できる。美術的価値が高い上にあまりにも巨大な高御座を運び出すより、人間が出向いた方が話がはやい。とても移動させるわけにはいかなかったのだろう。平成と令和になるにあたっては、高御座が警備上の事情から東京へと運ばれたということらしい。確かにあの皇居の中であれば、ちっとやそっとで手が出せるものではない。安全に相違あるまい。京都御苑は建物のガードがそこまで固そうではないので、実務担当者から見れば不安に思うだろうとも思えたので、今のやり方は合理性を追求し、積み重ねた帰結なのかも知れない。

天皇家の代替わりがあったおかげで、普段見ることのできないものが色々見ることができ、収穫は大きい。大嘗祭のお宮もまさか自分が生で見る機会を得られるなど、想像もしていなかった。生きていると面白いことがいろいろある。



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渋谷の北海道スープカレー

北海道は何を食べてもおいしい奇跡の土地である。日本各地においしいところはある。だが、しかし、北海道のように新天地でおいしいものがどんどん生まれてきたという力強いロマンのあるところは、他にない。北海道こそ日本の近代史の本質を物語る運命を背負ってきた土地であるとすら言えるだろう。

北海道の歴史と言えば、アイヌの人々だ。一万石扱いで北海道全体の管理・開墾・交易を扱ってきた松前藩は、アイヌの人々を奴隷的労働状態に追い込み、縄張りを奪うなどして利権を拡大したとされる。正式な「アイヌ史」のようなものは勉強したことがないので、私の知識ではこの程度のことしか言えないのだが、日本が植民地を拡大していた時代、台湾の原住民に対して、或いは満州地方の漢民族に対して似たようなことはなされてきたと言ってしまってもさほど間違ってはいないだろう。なし崩し的に領有していったという手法に着目すれば、沖縄で行わたこととも通底すると言えるだろう。

台湾では霧社事件のような身の毛もよだつ反乱暴動が起き、その鎮圧も苛烈であったとされているが、北海道でそのようなできごとは聞いたことがない。アイヌと和人の抗争ということになれば、平安時代のアテルイあたりまでさかのぼらなければならないのではないだろうか。そのようなわけで、アイヌの人々の平和を愛する様子は尋常ならざるほど徹底しているのかも知れない。ああ、アイヌの人とお話がしてみたい。アイヌ資料館が八重洲と札幌にあるはずで、いずれは八重洲のアイヌ資料館にも足を運ぶ所存だが、最終的には札幌のアイヌ資料館に日参してようやく見えてくるものがあるのではないかとも思える。二週間くらい時間をとり、最初の一週間は図書室でひたすら資料を読み込み、二週目はできればアイヌ語の基本くらいは勉強してみたい。教えてくれる先生がいるかどうかは分からないので、飽くまでもそういう空想を持っているというだけなのだが。

いずれにせよ、その北海道はとにかく食事がおいしいのである。海の幸も陸の幸も本州のそれとは段違いに味が濃い。かつて北海道のホッケは食用には向かないと言われたが、今では日本人の主たる食材の一つだ。ホッケは実に美味なのだが、そのホッケですら食材の人気ランク外になるほど、北海道の味は充実しているのである。しかもサッポロビール園があって、対抗するようにアサヒビール園がある。私はもうそのようなビール飲み放題的なところへはいかないが、北海道の食のアミューズメントがいかに充実しているかを議論するための材料として言及してみた。

さて、スープカレーだ。北海道はサッポロビールがおいしく、函館・札幌・旭川のラーメンは伝説的なおいしさで、当然魚もうまいのだが、そこに被せるようにスープカレーもうまいのだ。私は函館に一週間ほど旅行したことがあるのでよく知っている。どうして普通の地方都市にこんなにおいしいものが次々と普通に売り出されているのかと、北海道の底力に驚愕したのである。その北海道のスープカレーが渋谷で食べられると知り、私は小躍りした。ヒカリエのすぐ近くにそのスープカレー屋さんはあった。イカスミ風味もあったのだが、まずはプレーンで頼んでみた。十二分に辛い、たっぷりのスパイスが食欲を刺激するし、スープなので、ごくごくいけてしまう。奇跡の味である。北海道へのリスペクトとともに、ここに書き残しておきたい。尚、この時は人におごってもらったので、おごってくれた人に感謝である。

精神科医の樺沢紫苑氏が、北海道のスープカレーを流行させたのは自分であると豪語する音声ファイルを聞いたことがあるが、本当なのだろうか…今も確信を持てずにいる。