赤坂憲雄『ゴジラとナウシカ』の戦後

ゴジラは怖い存在ですが、切なく、悲しい存在でもあります。自分のネイチャーに従い、ただ上陸したいから上陸しただけなのに忌みものとして憎まれ、攻撃され、映画を終わらせなければならない関係上、撃退されます。ネイチャーに従っているだけなのに排除されるという意味では『リロ・アンド・スティッチ』と同じであり、一応、首都を狙ってやってくるという意味ではエヴァンゲリオンの使徒とも共通していると言えるかも知れません。実相寺昭雄監督のウルトラマンの怪獣たちが、ただ存在するというそれだけの理由で排除されるのと同様の哀しみを帯びた存在です。

『ゴジラとナウシカ』では、著者はゴジラは太平洋戦争で戦死した兵隊たちの化身だと指摘しています。死んだ兵隊たちのことを忘れ、復興に忙しい日本人に何かを訴えたくてゴジラとなり、敢えて東京を狙ってくるのです。それゆえにゴジラの鳴き声はかくも切実なのだとも言えるかも知れません。また、ゴジラは原子力を象徴しています。これはもはや言うまでもないことです。「原子力の平和利用」が説かれる中、過去を忘れるなかれとゴジラは訴えてきているとも言えそうな気がします。

著者はアメリカ版のゴジラのことも取り上げますが、決して日本人にとってのゴジラとは相いれないと指摘します。何故なら日本人には空襲の記憶があり、日本人にとってそれは東日本大震災と同じく無力に立ち尽くし言葉を失くす他ない体験と同じものであるのに対し、アメリカ人にとってのゴジラものは単なるSFや娯楽の類にすぎず、決してゴジラの秘めたメッセージを受け取る、または再現することはできないとの指摘です。

風の谷のナウシカに登場する巨神兵もまた原子力を象徴しています。漫画版のナウシカでは巨神兵はナウシカを母親だと信じて慕い、ナウシカは巨神兵に命じて新しいけがれなき人類の卵を破壊させます。けがれを背負って生きる。或いはけがれを持つからこそ命と言える、そういうメッセージがナウシカにはあると思いますが、もう一歩進めて言うならば、新しい人類の卵を破壊したナウシカはある種の原罪を抱えることになり、人という存在そのものを代表しています。

ゴジラと巨神兵はともに人の原罪を背負う哀しみと切なさを全身に刻まれた存在だということで共通していると言うこともできるかも知れません。

著者の赤坂憲雄さんの文章は透徹していて無駄がなく、それでいて情感に充ちていて美しいです。読みやすいのですらすらと読んでしまいますが、敗戦と東日本大震災を経験した日本人にとって軽々には片づけられない思いテーマを扱っていますので、読む側が意識して立ち止まり、考え、また読み進めるということをしなくてはいけません。こんな文章が書ける著者を素直に尊敬します。


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下高井戸で甘美なひと時を過ごした件

下高井戸がとても好きです。庶民的かつ交通至便。私にとって理想のエリアです。映画を観るなら下高井戸シネマがあります。一度経営的に破綻しましたが、今また復活しています。下高井戸シネマには心から感謝しています。他では観れない映画をいろいろ上映してくれます。本当に目利きの方が映画を選んでくれています。

お酒を飲むなら紅とんがあります。安くてとてもおいしいです。モツ煮が名物です。焼酎も出してくれます。お店で働いている人の元気がいいです。孤独に黙々と飲食するのに適した場所と思います。

個人的に特に愛しているのは京王線下高井戸駅改札前のパン屋さんのフロマンドールです。パンとコーヒーを買って座席でぼんやり過ごしたり、本を読んだりするときが至福です。パンもおいしいですが、冬にはスープも頼みます。お店の人の感じがいいです。座席で幸せそうにおしゃべりしている人を見かけると私も幸せな気持ちになります。

京王線下高井戸駅改札前のパン屋さんフロマンドール買ったコーヒーとパン。今回は甘いものがほしかったのでアンパンです。
京王線下高井戸駅改札前のパン屋さんで買ったコーヒーとパン。今回は甘いものがほしかったのでアンパンです。

世田谷線の終点の駅です。以前は文字通りのチンチン電車で、本当に味わいがありました。大正の終わりごろに開通した路線で、当時は東京の地下鉄建設がいよいよ本格的になってくるという時期ですから、まさしくモダン東京の名残りをとどめてくれています。今は車輌がデラックスになっていますが、それはそれでかわいくていいと思います。よく下高井戸から豪徳寺まで歩いてそれから三軒茶屋まで世田谷線に乗ったりします。そういう時はとても楽しいです。

世田谷線下高井戸駅近くで撮影した空の写真。個人的には電柱と電線がいい味を出してくれていると思います。
世田谷線下高井戸駅近くで撮影した空の写真。個人的には電柱と電線がいい味を出してくれていると思います。

駅を降りて北へ向かってちょっと歩けばすぐに甲州街道です。自転車で新宿まで行くことも可能です。二子玉川江ノ島と同様にとても好きなエリアです。



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台北の故宮博物院に行った話

台北の故宮博物院には蒋介石が台湾に脱出した際に、北京の紫禁城から多くの美術品を台北に移動させたため、中国美術について知りたい人にとっては欠かすことのできない、マストなスポットだということは周知のことだと思います。

全部見るにはとてつもない時間がかかることでも知られていますが、大体有名なのは白菜の形や肉の形をヒスイや玉のコレクションあたりではないかと思います。嘉義の方に南館ができて、有名なものの一部はそっちへ移動しており、そちらの方への観光客を誘導したいのかなあとも思いますが、それでも台北の故宮博物院が欠かせないスポットだということは変わりないことだと思います。

夏、殷、周、春秋戦国あたりの古い時代から、中華民国の時代までの幅の広いコレクションがあり、私は個人的には清末民初期の中国近代に関心があるので、そういう時代のものも見られるのがいいなあと思います。

以前行った時は袁世凱が溥儀に宛てて書いた「私に皇帝の座を譲ってくださってありがとうございます」というトリッキーな手紙があっておもしろかったのですが、今回はそれを見つけることはできませんでした。ただ、清末期はヨーロッパの影響を受けたこじゃれた感じのベルサイユ風な陶器が作られたり、西洋からの輸入品もあったりで、個人的にはそういうのも面白いです。

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恭親王奕訢(えききん)の居室が再現されているのは、初めて行った時から同じで、ある意味では懐かしいようないい感じの展示です。
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博物院まで行くのがちょっと遠くて、士林駅からバスに乗り換えなくてはいけないのですが、もともとそのエリアは国民党の偉い人やお金持ちが集まって暮らすような感じの地域なので、作られた当初の人にとってはこれでいいのかも知れません。また、山に囲まれたエリアなため、わりと深山幽谷な雰囲気が漂っており、中国古来の山の景色を愛する美意識に合っている場所だと考えることもできるかも知れません。

近くには原住民博物館があるので、文化人類学や民俗学みたいなことに関心のある人にとっては一回足を運んだだけで両方見れるのでお得感があるようにも思います。別館では企画展で西洋絵画の展覧会をやっていたりするので、もし、そういう企画が開かれている時期に行くことができると更にお得です。

青磁とか白磁とか書画骨董とかいろいろあって、目を肥やすにはいいはずなのですが、私は何度見ても骨董については見識があがりません。もっとがんばりたいと思います。
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藤原えみり『西洋絵画のひみつ』が素晴らしい件

西洋絵画を観るのが好きな人は多いと思います。私も大好きです。何度もヨーロッパに行って、ルーブル美術館とかオルセー美術館とかに行ってたくさん絵を見ました。しかし、絵というものはその描かれた背景が分からないと、「ふーん、きれいだなあ」で終わってしまいます。「僕はこの絵が好きだなあ」とか「あんまり好きじゃないなあ」で止まってしまいます。何百点、何千点見ても、「あの絵よりこっちの絵の方が好きだなあ」から先に進めません。私は美術に関してはど素人と言ってもいいので、そのあたりを堂々巡りするだけです。美術史とか難しすぎて範囲も広すぎるし、どこから手をつけていいのかもよくわかりません。

その堂々巡りから脱出できるのが、藤原えみりさんという人が書いた『西洋絵画のひみつ』です。分かりやすいです。キリスト教との関係や西洋社会の変化に伴う主題や画風の移り変わりをざっくりと、要点だけに絞り、分かりやすく書いてあります。「要点だけ」というのは人によっては乱暴に見えるかも知れません。しかし、その要点を知らなければ話は前に進みません。警察捜査は現場百回、人文研究は現物テクストにくらいつけと言いますが、要点を知らなければ膨大な情報量に押しつぶされるだけで、人に語れることは特にありません。現場に行って「今日は空が青かった」では困るのです。

この本で特に勉強になるのはアトリビュートです。アトリビュートとは宗教画に出てくる人と一緒に描かれるアイテムのことで、そのアイテムを見ることで、見る人は「あ、この人は〇〇さんだ」と分かります。昔は聖書はラテン語版しかありません。旧約聖書もラテン語かギリシャ語しかありません。なので昔の人、聖書を自分で読むことができません。ラテン語やギリシャ語を勉強した偉い司教様にお話ししてもらう以外に知ることができません。それがカトリックの権威を高めることになったのはまた別の機会に譲りますが、聖書を読めない人たちに分かりやすく内容を伝えるのが、西洋の宗教画の役割で、人物とアトリビュートというアイテムが一緒になることでなるほどと思うのです。日本で言えば義経に弁慶がくっついているようなものです。

イエスやマリア様が描かれていた時代やその描き方から、だんだん世の中の主役が平民に移って行って市井の人が描かれるようになるまでの流れ、裸体画を描く際にギリシャ神話や旧約聖書のエピソードを描いているから問題ないものと言い張れること、オリエンタリズム的な要素、絵画産業のことまで、なるほどそういうことかと膝を打つしかありません。素人にも分かりやすい、大変素晴らしい本です。こんな本があることに感謝です。

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アメリカ映画『シンレッドライン』とナウシカとキリスト

ガダルカナル島の戦いを描いたアメリカ映画である『シンレッドライン』は戦場のヒロイズムを完全に拒否する内容の映画です。そのうえで、人間が殺し合う中で、人は如何にあるべきかを問いかける内容になっています。

主人公の男性はガダルカナルと言う南の島に来て、その自然に魅せられ、自然を愛し、土地の人々をも愛しています。また、部隊の仲間を愛し、敵(日本兵)を憎むと言うことがありません。基本的には自然や子どもと戯れることを好みますが、戦場に立てば率先して危険な任務を引き受けます。嫌味を言う上官にも反感を持ちません。

戦場では人間性が失われていくことが常だと思います。私は戦場に行った経験がありませんから、想像するしかないですが、普通の感覚、善良で良識を持つ市民の意識はバランスを失い崩れて行くとしても、不思議ではないだろうと思います。

ガダルカナル島に上陸し、見えない日本軍からの攻撃に怯えて前進するアメリカ兵の姿はまるでベトナム戦争の映画を観ているのではないかと思うほど、恐怖と苛立ちに満ちています。オリバーストーンの『プラトーン』は私には多少悪趣味なところがあると感じられるのですが、『シンレッドライン』ではそういう印象は受けませんでした。

多くの戦友が死に、死闘を超えてようやく日本軍のトーチカを陥落させた時、投降する日本兵を殺害するという明らかな国際戦時法違反の場面もありましたが、これもヒロイズムを拒否する制作者の姿勢を示すものだと思います。日本兵がバラバラと出てくるところはちょっとカッコ悪いと言うかどんくさい感じがして、『グレムリン』が日本兵をイメージして作られたという話を思い出したりもしましたが、後半ではわりとちゃんとしていて、喜怒哀楽を持つ普通の人間として、または感情的にならずに降伏を勧告するまともな軍人として日本兵が描かれており、憎むべき敵を倒してやっぱりアメリカ最高だぜ、映画を観るなら『インディペンデンスデイ』か『トップガン』だぜ的なものとは完全に一線を画しています。

主人公の男性は戦友が死に行く時に微かな笑顔をみせます。優しい表情で看取る、寄り添うという感じです。捕虜になって落胆する日本兵に対しても同様の優しい表情を向けます。憎むということがありません。

斥候として3人1組で前進した時に日本軍に発見されます。1人が撃たれて倒れたとき「自分がここで食い止めるから、急いで部隊に帰って知らせるように」と残りの一人に促します。そして今にも死にそうな戦友に寄り添います。

私はここまで観て、ああ、ナウシカと同じなのだと感じました。勇敢であり、自己犠牲的であり、死に行く者や弱い者に限りない優しい眼差しを向ける。男女の性別の違いがあるだけで、その理想とするところ、制作者が描こうとしているものは同じなのだと感じることができました。

最後は一人で日本軍に取り囲まれます。降伏を勧告されますが、彼は銃を取り、その当然の結果として撃ち殺されます。これはイエスキリストを象徴していると考えるのが妥当ではないかと思います。諸々の人間の罪と弱さを全身で引き受けて、死んで行きます。自分の命で贖います。

しかしながら、主人公の彼は福音書に書かれているようなイエスキリストとは違い、奇跡を起こすことはありません。無力で、ただ目の前に存在する自然と人を愛し、人間の罪を命で贖う姿は遠藤周作さんのイエスキリストイメージとも一致するように思えます。

最後の方で、上官役のショーンペンが、「自分の目で見ることによって創造している」という主旨のことを言います。「見えるものは全て自分が創造しているもの」と言い換えてもいいかも知れません。ユーミンの「目に見える全てのことはメッセージ」にも近いものだと思います。「天国はあなたの心の中にある」という聖書の言葉にも通じる考え方であり、もうちょっと敷衍するとすれば、ある意味では形而上学的であり、さらに踏み込んで言えば宗教というボーダーを超えた人間学的な要素があり、心理学的な要素もあると言えると思いま

大変に深い映画です。戦場で燃えさかる火がとても美しく映し出されます。人の死んで行く姿と南国の美しい自然の対比があります。また、主人公の男性の深い優しい表情は、演技であれができるのはほとんど詐欺師に近いのではないかと思えるほど美しく、普段でもあんな感じだとすれば、本物の神様なのではないかと思ってしまいそうなほどに神々しいです。繰り返して見るべきとてもいい映画だと思います。『わが青春のマリアンヌ』の主人公の男の子も鹿とか犬とか寄ってくる神様キャラですが、どっちがより神様キャラかと問えば、『シンレッドライン』の勝ちと思います。

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古川隆久『昭和天皇「理性の君主の孤独」』の昭和天皇の晩年

著者の古川隆久という先生は、本の奥付によると、この本が書かれた段階では日本大学で教鞭をとっていらっしゃる方です。この本は昭和天皇の出生から亡くなるまでを丹念に記述した伝記になると思います。有名なエピソードから、私が全然知らなかったことまで書かれてある、大変情報量の多い本です。

私が特に印象深かったのは、晩年の部分で「厭世的になる」という小見出しがつけられているところでした。高松宮が亡くなり、孤独をかみしめるようになり、侍従に対して「弟を見送り、戦争責任論が未だ尾を引き、そして負担軽減云々で長生きしすぎたか」(382ページ)と述べたとのことなのですが、昭和天皇はその後半生で戦争責任のことをたいへん重圧に感じていていたことが分かります。戦争については当然、言いたいことはたくさんあったと思いますが、ある意味では飲み込んで、象徴天皇に徹する覚悟で生きていらしたと思いますので、いつまでも批判が続くことに疲れたというのがあったかも知れません。首相がころころ変わる中、アメリカと戦争するようになる経緯を全部知っているのはこの人ですが、同時に立憲君主という建前と、事実上、発言したらいろいろ反応があるという板挟みで、苦労な思いをしたに相違ないと思います。

「理性の君主の孤独」という副題がついていますが、陸軍が勝手に戦争を始める、もっと部隊を送ると言う、「やめろ」と言うと「友軍を見捨てるんですか」と詰め寄られる、反論される、しつこく説得される、立憲君主なので意見の対立があったら自分の方が折れなくてはいけない。というあたり、実際その立場になったら結構、しんどいと思います。頭が良いので、立憲君主がどういう立場ということは充分に理解しているけれど、やっぱり頭がいいので、つい口も出したくなる、口を出しちゃいけないと思うけど、出したくなる。利用しようと思う輩はいくらでも湧いて出てくる。というのも苦しかったのではないでしょうか。一般人としての自由もないですから、溥儀の孤独に近いようなものも、もしかするとあったかも知れません。

明治憲法下では主権者の立場ですから本人は戦争責任に対する自覚はきっとあったと思います。しかし、天皇制度を維持するためには、責任を引き受けるわけにもいかない(あの時、退位していたら、皇太子の践祚が行われず、そのまま天皇家終了ということもあり得たでしょう)。結果、自分は生き延びた。重臣たちは自分の代わりに死刑になった。もしずるいと言われたら、確かにそれはあたってると思う。というような個人的な心境があったのではないかなあといろいろなエピソードから私は想像します。想像ですよ。想像。

重臣たちに愛情も感じていたようですし、戦後になっても国会の開会とか楽しみにしていたそうですし、北方領土について御進講があったときは「潜水艦は通れるのか」のような質問があったとのことですから、結構、政治と軍事は好きだったんじゃないかなあと思います。

徳川慶喜は政治も軍事も得意な人で、もうちょっと言うと、結構そういうのが好きだったと私はにらんでいますが、維新後は一切表舞台に出ないことに徹しましたが、それに近いものが昭和天皇にもあったのかなあなどという想像も働いたりします。

この本が出たときは昭和天皇研究の決定版みたいな感じでしたが、最近は昭和天皇実録が出てますから、昭和天皇実録に関する研究と合わせて読むと、いろいろ立体的に理解できるかも知れません。

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映画『台湾人生』の日本語世代と向き合えるか

酒井充子監督が何度も台湾を訪れ、台湾の日本語世代に何度なくインタビューを重ねて制作されたドキュメンタリー映画です。太平洋戦争が終わる前に「日本帝国」の一部だった台湾で生まれ、日本語を学び、戦争が終わって日本から置き去りにされ、中国人になるつもりもない、そういう時代のエアポケットに入ってしまった人たちと言っていいかも知れません。

もちろん今の若い台湾の人たちは日本人に置き去りにされたという感覚は持っていません。ただ、『海角7号』が観客に訴えかけるのは、そういう日本語世代の風景であり、若い人はそこに自分のおじいちゃん、おばあちゃんの物語を見出すことができ、記録的なヒットになったのではないかなあと思います。通常、おじいちゃん、おばあちゃんというのは優しい存在です。それが「台湾人の温もり」的な価値観と合うために、台湾で共感する人が多いのだという気がするのです。

さて、それはそうとして、この『台湾人生』という映画に登場する人物の中で、一人、大変激怒されるご老人がいらっしゃいます。日本が戦争に負けて引き揚げて行った後、国民党がやってきますが、現地人と国民党との紛糾が激化した228事件が起こります(『非情城市』という有名な映画がありますが、あの映画も228事件を知らないと何のことか分かりません)。当時、そのご老人は新聞記者で、取材に行った話をされていましたが、その後の白色テロにより弟さんが銃殺されたという重い過去を背負っています。インタビューの最初の方では普通に、おだやかに話しておられたご老人ですが、後半ではいきなりかっとなり、「なぜ、日本人は私たちを見捨てたのか!」と詰め寄るようにカメラを見つめて言葉を荒げるのです。

私たちは戦後、太平洋戦争で日本が負けることで、多くの周辺の地域や国々が日本からの圧迫から解放されたと学習していますので、このご老人の「何故、日本人は私たちを見捨てたのか」という詰問を一瞬、うまく飲み込むことができません。そんなことを言われるのは想定外です。ただ、司馬遼太郎さんが台湾を訪問した時に同様の質問をご婦人から受けて返答に窮したということを書き残していますし、邱永漢氏が亡命生活のことを短い小説形式にし、居場所のない私たちを日本政府は見捨てるのか?と投げかけています。

そしてついに、私たち日本人は、彼らの問いに対してまともに答えることができないまま、今日を迎えています。李登輝さんはまだお元気ですが、日本語世代と呼ばれる人たちは李登輝さんより少し若い世代くらいまでなので、若くても80歳を過ぎてます。最近は人間は長生きするようになってきたので、この世代が簡単にいなくなるとも思いませんが、そういう人たちに対して、どう応答するべきかについては、もしかすると私たち日本人はそれなりの責任を負っているのかも知れません。ただ、それについては全く考えてこなかった歴史があるので、私はああするべきだ、とか、こうするべきだ、と簡単に言うことができません。そういう人たちが存在していて、私たちと同時代を共有しているこを知ること、知ろうとすることが大切かも知れません。向き合うことができるかと言い換えてもいいかも知れません。この映画を観れば、その第一歩になりそうに思います。

私、酒井監督に二度お会いしたことがあります。先方は覚えてくれてないかなぁ…。

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新藤兼人監督『北斎漫画』の情熱の人生

緒方拳さんが主人公の葛飾北斎をやっています。まだ若くて力強くて男臭い緒方拳です。元々は名のある富裕な職人の養子でしたが絵をやりたいという一心で家を飛び出し、貧乏暮らしです。娘のお栄(田中裕子)と二人で暮らしていて、とんがらし売りなどをやって歩いたりするものの、生活はよくなりません。葛飾北斎みたいなタイプは絵を描く以外に何もできないので、それを貫くしかないのです。

そのうち評判があがり、極端に大きな絵を描いたり、逆に米粒に絵を描いてみせたりして派手なこともやりますが、気の強い性格が災いし、友人の十返舎一九も鶴屋南北も北斎から離れて行きます。

前半は若いころの情熱的で引っ込みのつかない、走り出したら止まらない様子が描かれますが、後半では老境に入った北斎の姿が描かれます。緒方拳もとんでもなく老けた役をしています。地方から口利き屋を通してアシスタントを雇ったりしますが、もう、そのアシスタントの女性を口説くエネルギーもありません。ただ、女性の裸体画をたくさん書いた北斎はこの女性をモデルに絵を描くことを思いつき、女性も描かれることによって内面の何かが芽生えるという、人間の深淵に迫ろうとする場面もあります。

個人的には老境に達した北斎もお栄も一緒に童謡を歌う場面が好きで、人間愛に満ちていて、みんな幸せそうで、あの場面のことだけは何度となく思い出します。忘れることができません。人の幸せはそういう一瞬に現れ出てくるものかも知れません。

時代は既に幕末直前、ほぼ幕末で、江戸後期は江戸文化が爛熟を迎える時期ですから、もしあの当時、江戸に生まれていたら結構、おもしろかったかも知れません。金持ちに生まれるか貧乏に生まれるかで違いが出そうですが、とても興味深い時代のように思います。

お栄の作とされる絵が原宿の太田記念美術館に保存されていて、明暗を意識した洋画みたいなおもしろい絵なのですが、ゴッホとの関連性を指摘する人もいます。日本は日本で西洋の影響を受けるようになり、ヨーロッパはヨーロッパでジャポニズムの波が始まろうとしている時代だと思うと、更に好奇心が刺激され、ああ、あの時代にちょっと行ってみたいと思ってみることもあります。

葛飾北斎の絵は世界で高く評価され、ハワイの美術館にも神奈川沖波裏が展示されているのを見たことがあります。当時の日本人にとって浮世絵は珍しくもなんともない、今で言えばカレンダーかチラシくらいの扱いだったみたいな感じで、輸出する漆器の包み紙に使われていたところ、西洋人は漆器よりも包み紙に興味を持ち、今となっては海外の美術館で展示されるのですから、時代が変わればいろいろなことが変わるものです。

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細見良行『琳派』でちょっとほっとする時間を過ごせる件

琳派は江戸期を中心に盛り上がった日本絵画の流派の一つです。ただ、通常、師匠から弟子へと技術や精神が受け継がれていくのに対し、琳派の場合はそのような子弟関係がありません。琳派の絵を見て「ああ、素晴らしい俺もこんな風な画を描きたい」と思って過去の琳派の絵を独自に研究し、創作をした人たちに与えられている称号で、極端に言えば自称さえすれば自分も琳派の一人だと名乗ることも不可能ではないですが、世間がそれを認めるかどうかという、かなり高いハードルを超えなくてはいけません。

細見良行さんという方は京都に細見美術館というものを開設しておられ、そこには細見家三代にわたるコレクションが展示されており、わけても琳派の絵は沢山保管しているということで、この『琳派』という本は、細見家の所蔵品を中心に掲載し、目にも楽しく琳派の概要も分かると言う一冊です。

琳派には師弟関係がありませんから、その画風から誰が最初の一人かということを世間の方で認定しなくてはいけませんが、1615年に本阿弥光悦が京都郊外に土地を与えられ、そこで創作活動に没頭したのが始まりということになっているらしいです。ちなみに「琳派」という名称が定着したのは1960年代ということなので、明治以降に岡倉天心みたいな人が日本画の研究に打ち込み、いろいろな喧々諤々を経て、誰が琳派で誰がそうでないかみたいなことの議論がだいたい落ち着いたのがその時期なのだということかも知れません。ついでに言うと、琳派という言葉の由来になっている尾形光琳は江戸中期の人で、本阿弥光悦はもっと前の人物ですが、それでもこの画風の人たちは多分、リスペクトも込めて、尾形光琳が一番すごい、みたいなことで琳派ということになったのかも知れません。

この本ではいろいろな作品が掲載されていますが、やっぱり豪華なのは金箔をたくさん使ったものではないかと思います。尾形光琳の紅梅図屏風は「おー雅だなあ」と見ていい気分になることができます。琳派と言えば風神雷神図屏風ですが、それは俵屋宗達の作ということで、尾形光琳が影響を受けた人、ということになるようです。

一口に琳派と言っても描いた人や時代によっても随分違う感じなので、よくよく研究すればこの人は〇〇系統、あの人は〇〇風などと区分けしていくこともできると思います。というか日本画研究の人にとってはそういうのは常識の範疇なのかも知れません。時代によって変化するのが芸術ですし、芸術に取り組む人はどうしてもそれぞれに個性が出てきますので人物や時代によって違ってくるのは自然なことだと言っていいかも知れません。

近代以降の琳派の人物として神坂雪佳が紹介されています。アールヌーボーを学び、ジャポニズムに影響されたとのことなので、ヨーロッパの日本趣味の逆輸入みたいな感じになると思いますが、やはり、作風にはなんとなくモダンが漂う感じがします。金魚玉図の写実的なところとか、或いは立波の軽く抽象的な感じなんかも、なんとなくヨーロッパの香りがします。葛飾北斎の神奈川沖波裏がヨーロッパでオマージュされてデフォルメされて、それが神坂雪佳によってもう一回作り直されたような印象です。

絵を見るのは楽しいです。美術はど素人ですが、絵を見るのが好きですし、この手の画集があれば時々ぱらぱらっと開いてちょっとほっとする時間を持つことができます。画集ってありがたいです。この本は表紙もきれいで素敵だなあと思います。

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リュックベッソン監督『ジャンヌダルク』の思い込みのパワー

英仏百年戦争の終わりの方、結構、イギリスにダメージを与え、フランス国民から称賛と尊敬を得たのがジャンヌダルクです。イギリスにつかまって「魔女だ」と言われて火刑にされたことから、その悲劇性とともに伝説が強まり、20世紀初頭ごろには愛国主義が高まった中国で著述家の梁啓超が「中国にもジャンヌダルクが必要だ」みたいなことを書いています。

私の個人的な印象(多分、私の偏見ですが)では、中世のヨーロッパは酷いところで、魔女狩りでなんか気に入らない女の人を火あぶりにする、戦争で殺しまくる、経済発展しない、芸術も進歩しない、というさんざんなものですが、遠藤周作さんがどこかで「ルネッサンス以前のヨーロッパの芸術作品は全然良くない」みたいなことを書いていたのが心のどこかに残っていて、その後、ヨーロッパを旅行したり、『ジャンヌダルク』のような映画を観たりしてその印象が強化されたのかも知れません。映画に登場する場所や人々も全体的に貧しく、後でフランス国王に即位するシャルル7世の生活もそんなに大したことはありません。住まいも薄暗くてそんなに趣味のいいものではないです。『エリザベス』とは随分違います。『カリオストロの城』ともかけ離れています。日本の戦国時代もなんだかんだ言って似たようなものかも知れません。

いずれにせよ、その印象どおり、この映画ではのっけから、ならず者に村が襲撃されます。『七人の侍』みたいな感じです。ジャンヌダルクは「神の声を聴いた」と思い込み、神の加護があるという信念で突っ走り、見事戦争に勝利します。後で敵のイギリスに捕まってしまい、異端審問で魔女認定され、一度は「悔い改めた」ということで死罪は免れます(生涯、塀の中で暮らすことになります。これはこれでいやですね…)。しかし、再び男装をするようになったので、魔女だということになり、火刑に処されます。ミラジョコビッチがジャンヌダルクの役をしていますが、最後は燃えている場面で、燃えているのは人形だということが分かっていても、「見たくないっ」と思います。

イギリスに捕まっている間、ジャンヌダルクの前にダスティンホフマンが現れて「神の声聴いたって嘘でしょ?自分の頭の中で生み出した偽の体験でしょ?」と理詰めできます。そのダスティンホフマンもジャンヌダルクが頭の中で生み出したものに違いないですが、ここまで来ると単なる脳内現象なのか、本当に何らかの神秘体験なのか見分けがつかなくなってきます。現代でも神や仏の概念はあるし、祈りや信仰がありますし、時には「恩寵だ、天祐だ」と騒がれる時もあります。現代を生きる我々も、強い思い込みと神秘体験とは区別がつかなくなるような状況は経験することがあると思います。強い思い込みは時には強いパワーを生み出します。本人だけではなくて、周囲も一緒になって信じると、時々、予想を超えるような不思議な力強さが生まれたり、驚くような実績を生み出すことは決して珍しくないことです。そして「おお、天祐だ、恩寵だ」と感じます。信じようとするのではなく、そもそも信じているという状態の時にそうなるような気がします。とはいえ、彼女も最後は火刑にされてしまうように諸刃の剣とも言えそうです。

ただ、この映画の主目的はそのような人生の深淵に迫ることよりも、ミラジョボビッチが叫んだり眠ったり逆上したり泣いたり唖然としたりする表情を撮ることなので、そういう視点から観た方が楽しいかも知れません。

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