カール・マルクスの思想はどういった点が現実的に不可能なのでしょうか?

「カール・マルクスの思想はどういった点が現実的に不可能なのでしょうか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

不可能ではないと思います。お金の再分配だけで全てを説明しようというわけですから、強制的に、不都合な人間は銃殺しまくってでも、一人一人の持ち分を名目上の金銭で平等にすることは可能です。問題なのは、経済のパイを広げることについてあまり深く考えていないため、成長戦略を立てるのに向かないこと、資産だけで人間の幸福を計測するため、その他の格差、心の豊かさみたいなことや、個性などを無視してかえって人間を不幸にするという副作用があると私は考えています。私個人の価値観では、たかが名目上の資産の分配のために私の個性が殺されかねないそのような仕組みには恐怖を感じます。しかし、そのような副作用があってもいいから、そのために少々の粛清が行われてもいいから、場合によっては徹底的な粛清を行ってでも名目上の資産を平等にしてほしいと願う人が多数派なら、マルクス主義を原理原則とした社会は実現可能と思います。私は嫌ですけど。



資本主義国にとって不平等は自然か?

「資本主義国にとって不平等は自然か?」というquoraでの質問に対する私の回答です。

社会主義の国が平等だとする前提を私は信じていませんので、人間は不平等が自然であると言えるのではないでしょうか。ルソーは自然に帰れと言いましたが、彼は原始共産制を信じていました。仮に本当に我々が原始共産制の時代をこの目で見ることができたとすれば、そこで発見できるのは、原始共産制もやはり不平等であったという普遍的な事実ではないかと思います。


個人保有のタンス預金は100兆円、現預金は1000兆円前後とニュースで見ました。これが全て株式投資に向かったらどうなりますか?

「個人保有のタンス預金は100兆円、現預金は1000兆円前後とニュースで見ました。これが全て株式投資に向かったらどうなりますか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

株式市場は活況を呈するはずです。日本の株式市場の全体の総額が700兆円くらいですから、それが一機に1700兆円になるわけですから、企業はそれだけ資金調達しやすくなるので、最終的には実体経済にもいい影響を与えると思います。外国人投資家も活発にお金を入れてくることでしょう。

残念なのはライブドア事件以来、日本のIT系企業にはあまり資金が流れ込まないことです。保守的な日本の商習慣の世界では、ITという新分野は育たないとの認識が一般的になってしまい、日本の株式市場を支えている外国人の資金がその分野へは入っていきません(全く入らないとは述べていませんので、例外はあるとの反論はご勘弁を)。財閥系がIT系でいい仕事をしてくれるのを待つしかないですが、そのためにもバフェットならぬ我々も財閥系の株をちょっとくらいは保有してもいいかも知れません。



玉音放送は敗戦の手続きの前に放送されてますが、講和の日時が決まる前にしたんですか?

「玉音放送は敗戦の手続きの前に放送されてますが、講和の日時が決まる前にしたんですか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

その通りです。講和が成立するのはサンフランシスコ条約の締結を待たなくてはいけませんから、調印が1951年で、発効が1952年です。

との回答だけですとちょっと意地悪なので、補足します。昭和天皇の終戦放送が8月15日に行われましたが、この段階でアメリカの占領をどのようにして行うか、どんな手続きが踏まれるべきかについては何も決まっていませんでした。19日になって日本軍の代表者が飛行機でフィリピンに飛び、具体的なことが話し合われました。その後、米軍は続々と日本への上陸を開始し、8月30日にマッカーサーが厚木基地に降り立ちます。そして9月2日にミズーリ号艦上で降伏文書への署名という運びになりました。



米国は日本に二度と戦争をさせないために憲法9条を押し付けたというのは俗説で、日本から進んで「戦争放棄」をしたのでしょうか?米国への忖度、米国の糸引きなどはなかったのでしょうか。

「米国は日本に二度と戦争をさせないために憲法9条を押し付けたというのは俗説で、日本から進んで「戦争放棄」をしたのでしょうか?米国への忖度、米国の糸引きなどはなかったのでしょうか。」というquoraでの質問に対する私の回答です。

マッカーサー三原則の一つが平和主義なわけですけど、これから憲法を書くぞ、という時期に幣原喜重郎がマッカーサーにこっそりと頼んで平和主義を盛り込んでもらったと言われています。そのため、憲法9条はアメリカの押し付けではなく、日本人の発案によると考えることもできるとも言われます。

しかしながら、幣原喜重郎がこっそり頼んだということは、要するに密室で決めたということですから、そのことについては慎重でなくてはならないとも思います。自分の政治理念を実現するために、堂々と議会で戦うのではなく、アメリカの外圧だという体裁で突破したからです。現代でも国際機関の日本への要求は財務官僚が裏でシナリオを書いてるなどと揶揄されることがありますが、それと同じということになってしまうわけですね。

そうは言っても、当時のマッカーサーが幣原喜重郎に頼まれたというだけで、平和主義を盛り込んだとはちょっと考えにくいと思います。マッカーサーの占領政策は基本的には昭和天皇との合意で進められていたと私は考えていますし、そのように考えている人はそれなりにいると思います。

というのも、マッカーサーはアメリカ大統領選挙に共和党代表として臨む準備を進めていて、日本の占領政策の成功を政治的な資産にしようと考えていました。占領を最も確実に成功させる手段は昭和天皇と手を組むことだと彼は考えていたようなのです。

根拠としては、有名なマッカーサーと昭和天皇の初面談の美談(昭和天皇が「私はどうなってもいいので、国民を助けてください」と発言したとされるもの)が、マッカーサーの回顧録だけに残っているということに求めることができると思います。というのも、マッカーサーは昭和天皇の人柄が最高なので、この人なしに日本占領は成功しないと思ったという趣旨のことを述べているのですが、これってちょっと斜めに読むと、天皇とマッカーサーを手を結ぶ儀式をしたと読み解くことはそんなに難しいことではないように思うんですね。

昭和天皇は当時の会見の内容は絶対秘密で死ぬまで誰にも言いませんでしたから、マッカーサーの言うところの昭和天皇の人間性が素晴らしい云々は、やっぱりちょっと眉唾だなと思わざるを得ないのです。

控え目に表現するとしても、この時になんらかの取引が行われたと見られてもおかしくはない状況だったと言えるでしょう。

では、仮に取引があったとして、それが何であったかと言えば、ソビエト連邦を意識したアメリカ軍による日本の長期占領、基地の提供、安全保障条約の締結などであったのではないでしょうか。昭和天皇は天皇制度の維持を条件にそれらの条件を受け入れ、win-winな関係を築いたのではないかと思うのです。

ですから、平和憲法は昭和天皇とマッカーサーの合意の結果、作られたものだと私はとらえています。

じゃ、幣原喜重郎が出る幕ってなんだったんでしょうか?一つは昭和天皇のメッセンジャーとしてマッカーサーに会いに行ったのを、彼は政治家ですから上手の自分の手柄のように吹聴した可能性があります。もう一つはマッカーサーと昭和天皇の合意を知らずに、考えすぎて頼みに行ったということもあるかも知れません。私は前者を採ります。当時の政治の中枢にいるものであれば、マッカーサーと天皇の蜜月に気づかないとは考えられません。幣原は空気を読み流れに乗ったのではないでしょうか。



給付金などのモノサシにされる「低所得」ですが「頑張っているのに低所得」なのと「働く気が無くて低所得」など個々の状況は異なります。本当に困っている人を支える為にはどのようにするべきでしょうか?

給付金などのモノサシにされる「低所得」ですが「頑張っているのに低所得」なのと「働く気が無くて低所得」など個々の状況は異なります。本当に困っている人を支える為にはどのようにするべきでしょうか?

というquoraでの質問に対する私の回答です。

本当に困っている人を特定する方法はないと思います。同じ低所得の人でも、資産のある人、親が金を持って居る人、顔がいいのでモテる人、そういったものが何もない人では幸福度も将来への展望も全く異なります。そしてそれらの諸条件の違いを公平に測定することは人間には不可能です。従いまして、所得などで公的支援の範囲を区切るのではなく、ベーシックインカムのようなものを導入することにより自分がどんなに恵まれていなくても生活できなくなることはないんだと誰もが確信できる仕組みを作るべきと思います。現状では役所が支援すべき人とそうでない人を選別していますが、実は支援が必要なのに受け取れない人がいる一方、本当は余裕があるのに知恵が働いてお得な思いができる不公平が生まれてしまいやすくなっていると思います。



民主化運動はたくさんありますが、反民主化運動は人類の歴史であるのでしょうか?

「民主化運動はたくさんありますが、反民主化運動は人類の歴史であるのでしょうか?」というquoraでの質問に対する私の回答です。

たとえばファシズムは民主とは逆の概念であると思いますので、ファシズム運動をした人、ファシストを自称した人、ファシズムに近い体制を確立するための努力をした人は反民主化運動家たちであり、彼らの運動は反民主化運動と言えるのではないかと思います。例としては、たとえばアドルフヒトラー、国家総動員法を成立させた近衛文麿、クメール・ルージュのポルポト、スペインのフランコ、イタリアのムッソリーニなど、多くの自覚的ファシストまたは事実上のファシストが歴史に名を残しています。おそらく、フロリダのキューバ移民はフィデロ・カストロをファシストを呼び非難することでしょう。毛沢東やスターリンのような有名な共産圏の指導者をそのようにカテゴライズするべきかどうかについても、議論する人の立場によって違ってくるように思います。




第三次世界大戦では何を奪い合うと予想していますか?エネルギー?食料?水?レアアース?それとも?

「第三次世界大戦では何を奪い合うと予想していますか?エネルギー?食料?水?レアアース?それとも?」との質問に対する、Quoraでの私の回答です。

思考実験を交えて述べたいと思います。第一次世界大戦は領土の奪い合いでした。第二次世界大戦は市場の奪い合いでした。どちらも富の奪い合いという点では共通していますが、一度目よりも二度目の方がやや抽象度は高いです。第三次世界大戦はもう少し抽象度が高く、且つ現実的に富に直結するものを奪い合うことになる可能性があると思います。従いまして第三次世界大戦で奪い合うのはフォロワーです。