第一次世界大戦と日本

第一次世界大戦は、勃発した当時、世界大戦とは認識されず、日本では欧州大戦と呼ばれていました。また、この戦争はロシア、ドイツ、オーストリア、イギリスのロイヤルファミリーが血縁同士でもあったため、いとこ同士の戦争というような表現がされることもあるようです。

当初日本は当事者ではありませんでしたが、日英同盟の関係からイギリスから援助の要請があり、海軍はその要請にこたえて護衛艦を地中海に派遣したことが知られていますが、陸軍は「日本兵はお米を食べるが、ヨーロッパではパンしか手に入らない」という、耳を疑うような理由で断っています。本音を言えば、ヨーロッパに兵隊をおくっても特に利益があるとは思えず、単に危険なだけなので断ったというわけですね。

この構図は欧米諸国からは奇怪なもののように見えたのではないかと私には思えます。というのも、通常、軍の派遣については内閣が意思決定するはずで、陸海軍も協調路線をとるのが自然なはずです。しかし日本の場合は内閣ではなく、海軍、陸軍という単位で意思決定しており、しかも協調していない。こんなことってあるのだろうかと謎に思えるのが自然ではないかと思います。あまりに複雑怪奇なため、この現象については日本でもよほどの専門書でない限り、適切な説明がなされていないように私には思えます。

要するに陸海軍には独立指揮権、いわゆる統帥権が存在し、それが憲法上天皇に直属しているため、内閣が陸海軍に指揮命令を行うことができない、そして天皇は実務的には何もしないため、陸海軍は自営業者みたいに自由に行動できる。こんな複雑な構造は現代人の我々にとっては複雑怪奇ですし、もはや過去のことですから、あまり真剣に説明される場面も多くないのかも知れません。

さて、私はイギリスが日英同盟を理由に日本への協力要請を陸軍が断ったことが、後々の日本の運命に暗い影を落としていったように思えます。というのも、陸軍はヨーロッパ派兵を断っている一方で、中国と太平洋のドイツ利権はしっかり奪い取っており、火事場泥棒的な利益を得ています。国家に真の友人はいないという表現がないわけではありませんけれど、同盟国の目から見れば、困っている味方のことは忘れて自己中心的な利益の追求が露骨過ぎて、同盟維持のモチベーションを失う理由になったのではないかと思えてならないのです。

更に日本はヨーロッパ諸国が戦争で疲れ果て、東アジアでの利権追求をする余裕がない間隙を縫うようにして袁世凱政府に対し、対華21か条の要求というものを行っています。主たる内容は日露戦争でロシアから得た利権の継続の確認、今回の戦争で日本が得たドイツの利権の継承の確認などでしたが、中国政府内部に日本人顧問を送り込むことを要求した点には世界はドン引きです。現代人の私が、当時のことに関する書物を読んでもやっぱりドン引きです。世界が不安定な状態になっていることに付け込んで、中国を属国化してしまおうという魂胆が露骨過ぎて、やり過ぎ感がとことんあるわけですね。

戦争が終わった後、戦争の傷跡があまりに深かったことの反省から、パリ不戦条約が結ばれたり、国際連盟が創設されたりして、二度と戦争のない世界を作ろうとする努力が行われるようになります。この際、日本は常任理事国として迎え入れられたわけですが、ヨーロッパの列強が深い傷に苦しむ中で国際連盟を創設したのに対し、日本はほとんど代償らしいものを払うことなく、果実だけを手に入れていますので、第一次世界大戦後の世界の変化についていけなかったのではないかと私は思います。言い方はよくありませんが、世界から甘やかされて、日本は我がままの度が過ぎたまま敗戦まで走り切ったのではないかと説明できるような気がするのです。

第一次世界大戦が終わった後の世界は、不戦の誓いが常識になろうとしていたにも関わらず、大国の中で日本だけが、露骨な弱肉強食の19世紀的な世界が続いていると誤認してしまい、際限のない拡大主義を選び続けました。表現は悪いのですが、当時の日本について、私にはビギナーズラックでロトに当たった人がその後もロトを買い続けて破産してしまう人と同じような印象を抱いてしまいます。例えば満州国の創設や、汪精衛国民政府の創設について、日本帝国は民族自決の精神にのっとったものだと強弁しましたが、民族自決の理念をレトリックとして利用することしか考えることができなかったことなどに、当時の日本人の近視眼的な発想法を見出すことができるように思います。

今回は以上になります。次回以降、日中戦争を詳しくやっていきたいと考えていますが、体力と精神力の兼ね合いがありますので、無理のない範囲でこつこつ積み重ねていきたいと思います。




イギリスがやっぱりBrexitしなさそうな件【英語メディアウォッチ】

さっきBBCのyoutubeのチャンネルで見たんですが、イギリスの下院で一票差でno deal brexitは認めないとの意思決定がされたそうです。ブルームバーグの解説を見て、上院でBrexit延期に関する議論を少し見たのですが、これ以上イギリス人の考えていることに付き合う義理もないなあと思って、今、一応、ブログに書いています。

一連のプロセスを見て思うのは、イギリスってやっぱりすごいなあ、深謀遠慮みたいなのが働く国なんだなあということです。国民投票で僅差でBrexitが決まった時は、やっちまった感が半端なかったわけですが、時間をかけてよく練って、今のイギリスは国民投票の結果を盾にいつでもBrexitできるし、議会の意思決定を根拠にいつまでも議論して場合によってはBrexitの無期延期もできるという、かなりのフリーハンドを手にしていることになります。どっちに転んでも大丈夫なようにしてあるんですね。

日本が太平洋戦争を始める前は統帥権干犯問題とか、内閣一致の原則とか、御前会議の決定とか、そういった建前にがんじがらめになって、アメリカと戦争したら敗けると全員が思いながら、泣く泣く戦争に踏み切ったことを思うと、イギリスにはあの手この手でなんとか切り抜ける、徹底したリアリズムがあると言うか、さすが功利主義の国と言っていいのか、凄い人たちだと感心してしまいました。




Brexit話がなかなかまとまらない理由について、やや深読み【英語メディアウォッチ】

3月29日、イギリス下院でのメイ首相のEUブレグジット案が否決されました。関連の議決で三度目の否決であり、議会は明らかに拒否反応を示しています。では、なぜ、メイ首相は引き下がらないのでしょうか?

メイ首相はEUとの間に合意があるソフトブレグジットが実現できなければ、合意なき離脱であるハードブレグジットになってしまうが、それでもいいのか?と議会に脅しをかけています。ですが、実に巧妙な言葉の罠が仕組まれており、メイさんはハードブレグジットとソフトブレグジットのどちらがいいか?と議会に問うているのに対し、議会はハードブレグジット派、ソフトブレグジット派、そしてブレグジットしない派に分かれているために、票が割れてしまい、メイさんの案が通らないという事態になっているように見えます。

メイさんは民主主義の精神を尊重するためには、いかなることがあってもEU離脱賛成派が若干上回った国民投票の結果を実現することをこれからも追求すると議会で明言しています。メイさんはもともとEU残留派だったはずですが、民主主義という大義名分のもとに、Brexitだけは必ず実現するという立場を貫いています。しかし、国民投票が民主主義なら、議会の投票も民主主義です。国民投票が一回こっきりなのに対して、議会投票は既に三度目。メイさんの行動には矛盾があります。議会の投票を三回もやるのなら、国民投票をもう一回やってもいいわけですし、伝家の宝刀解散総選挙という手法もあります。しかし、メイさんはそういった手段を選ぼうとはしません。たった一度の、僅差の国民投票の結果だけを金科玉条にBrexitを推し進めています。ここでメイさんの真意をもう少し深く読んでみたいと思います。

ブレグジットが決まり、イギリス人の多くが怖気づいてしまったことは明らかなように思えます。もし、もう一度、国民投票が行われるようなことがあれば、EU残留派が勝利するのではないかと私には思えます。また、解散総選挙した場合も、EU残留を訴えての戦いということになれば、野党は与党を攻撃する好材料を失うことになり、与党有利とも思えます。

しかし、メイさんはそうはしないわけです。私は思うのですが、メイ首相はいずれかの段階で、Brexitした方がイギリスのためになると考えを変えたのではないかという気がします。Brexitすることになってしまったのはボリス・ジョンソンが悪いんだということにしてしまい、本心では、この千載一遇の好機をしっかりと掴まえて、沈みつつあるヨーロッパとさよならし、主権を半端に制限してくるEUから抜けて、完全な主権国家としてイギリスは振舞うことができるようにしよう。と思ったのではないかという気がします。だとすれば、メイさんが国民投票をもう一回やろうとしないのも、解散総選挙をしようとしないのも頷けます。実はかなり腹をくくっていて、議会の賛成が得られないとしても、このままハードブレグジットに持ち込んでもやむなしくらいまで思っているかも知れません。




【英語メディアウォッチ】英語メディアで中国はどう報道されているのか

今日、chinaというキーワードを軸に英語メディアで中国について英語圏でどんな報道がなされているのかをざっと見てみました。いわゆる中国脅威論は想像していた以上に強く打ち出されており、やや驚きでした。スリランカの港の租借がいろいろな意味で注意を集めたらしく、ネオ・インペリアリズムと表現しているものにも出会いました。一帯一路についても、その延長線上で語られているものが多く、全体的に「気をつけろっ」的なものが多いような印象です。

中国オワコン説みたいなものもあまり多くはありませんでしたが、論じられているものを見つけることができました。中国の経済成長の鈍化について異論のある人はいないとは思います。

で、米中対立は結局どうなるのよ?というところに議論が行くわけですけれど、ここは何とも言えないお互いこれから剣が峰、みたいな雰囲気のものが多かったです。数年前なら「アメリカ余裕。中国はまだまだ」が普通の見方だったと思いますから、中国の存在感は相当に大きくなったと見ることもできると思います。ドナルド・トランプ氏が2020年には再選できるかどうか、国内で奮闘しなければならないのに対し、習近平氏は終身国家主席なので、国内の権力基盤では習氏有利。従って米中対決は中国に利があるとする内容のものもありましたが、アリババがアメリカで成功しなかったことを取り上げて「やっぱダメじゃん」という意見もみられました。どうも米中対決の行く末を占うにはまだ早いようですが、米中乖離はある程度進行しているようです。しかし、しかしです。中国には現在、3億人の中間層と、富裕層が少なく見積もって1億人くらいいるわけで、中国は今や世界一の内需国に成長しています。アリババはアメリカで商売できなくても、別に中国で商売できればいいじゃんと割り切ることもできるわけです。

個人的に中国脅威論を無用に煽るようなことには興味はありませんが、英語メディアで中国脅威論がかなり広がっているということは驚きでした。また、中国有理論も強く、複合させて考えるとすれば、米中は乖離していて、中国有利、これはとんでもないことになっている、うかうかしていられない、という風になっているわけですね。で、関税戦争ではむしろアメリカが返り血を浴びているという風に脅威を煽っているという印象でした。どっちが勝つのか、或いは穏やかに収まるのかはもうしばらく様子を見ないと分かりません。ソフトバンクの孫さんが両張りしていたのはさすがと言うべきとも思えます。

私事ですが、今日は体調不良でやむを得ず自宅で英語メディアをチェックして過ごしましたが、これはこれでブログやyoutubeで発信できる分野だなあと思いましたので、これからも時々やってみたいと思います。英語メディアウォッチをした日は体調不良で寝込んでいた日です。もう少し、youtubeの配信にも慣れて来たら、中国語メディアウォッチも合わせ技でやってみようと思います。一応、歴史中心の教養系のつもりなので、元気な時は歴史の方もがんばります。




モラー特別検察官のロシアゲート捜査が終了した件

モラー特別捜査官のロシアゲート関連の捜査が終了し、最終報告書が司法長官に提出された件で英語メディアはもちきりです。これまで、たとえばロジャー・ストーンさんのような人物がモラー氏の捜査で逮捕されたりしてきたわけなのですが、司法長官はこの度の最終報告書の内容について「新しい逮捕者が出る内容ではない」という、やや曖昧な表現をしています。トランプ氏が白だから、これ以上逮捕者は出ないと言っているとも受け取ることができますし、或いは大統領には不逮捕特権があるので、それを利用して言葉を濁していると捉えることもできないわけではありません。トランプ氏を追い落としたいグループとしては報告書の公開を飽くまでも迫り、内容を精査して弾劾に持ち込みたいところでしょう。下院は民主党が押さえていますから、意気軒高、報告書の内容公開を強く求めていくものと見られます。上げモードです。

一方で、トランプ氏を擁護する立場の人たちからすれば、ロシアゲート疑惑は大統領を弾劾する決定打に欠けているとして、これでロシアゲートは終了だという雰囲気ですね。主戦場は次期大統領選挙という下げモードといった様子が見られます。現職の司法長官は共和党の奥の院のメンバーの一人みたいな人らしいので、共和党の大統領を守り切る方向で走り切る、或いは逃げ切るつもりかも知れません。しかしながら、ロジャー・ストーンさんも共和党の奥の院のメンバーの一人みたいな人ですから、共和党の大統領を守るためにロジャー・ストーンさんをトカゲのしっぽきりしたと見ることができるのか、それとももうちょっと裏の裏みたいなのがあるのかは、報告書の中身が分からない以上、見えてこないかも知れません。今日は日曜日ですから、週明け以降、報告書の公開をする、しないを巡ってアメリカの政局は揺れ動くことになりそうです。




明治憲法と元老

明治憲法は表面的に読んだだけでは、実際のことがよく分からないように書かれています。まず、間違いないと思いますが、伊藤博文が故意に、分かりにくく書いたのではないかと私は思っております。以下にその理由を述べたいと思います。

まず第一に、天皇は神聖にして犯すべからずとなっており、天皇が国政を総攬するとも書かれてあります。もしこの部分だけを切り取って読めば、天皇親政、天皇が個人の意思で独裁的な政治を行うかのように読むことができます。たとえばロシアのツアーリや中国の皇帝のようなイメージですね。しかし、同時に憲法には天皇は憲法の規定に従うとされており、更に内閣が天皇を輔弼するとも書かれています。つまり、天皇は内閣と一緒に政治をするとも読めますが、ここで意味しているところは、内閣が天皇の代わりに政治をするので、天皇は何もしないと書かれているわけです。国政を総攬するはずの天皇が何もせず、実は内閣が政治をするというわけなのですから、これは分かりにくいに違いありません。

もう一点、和戦の大権、つまり戦争を始めたりやめたりする権利、即ち軍隊に対して指揮命令をする権利は天皇に属しているとされています。軍隊に対する指揮命令権、即ち統帥権を内閣が持っていないことになるわけですが、戦争という手段は当時であれば外交の最終手段です。それを持たない内閣に内政も外交もさせるので、はっきり言えば内閣の権限がそれだけ曖昧になり、議会によって追求される一番いいネタにされてしまいました。講和も軍縮も、議会による政府糾弾のネタになりますし、新聞もおもしろがって騒ぎ立てます。和戦の権利は天皇の大権なのに、政治家が勝手に戦争を辞めようとしている、みたいなレトリックになっていくわけです。日露戦争が終わった後の日比谷焼き討ち事件なんかもそういう種類の話に入ります。

とはいえ、明治日本はなかなかに成功した国家であったということは否定できないと思います。19世紀は弱肉強食の帝国主義、植民地主義が世界の流れでしたが、その中で欧米に植民地化されることもなく、産業化、工業化にも成功し、戦争もまさか勝てるとは思えない相手と始めて勝っています。つまり、うまく機能していたわけですね。憲法は政治家には戦争に関して意思決定できないと書いてあるのに、政治家がきちんと判断して戦争を始めるタイミングを見計らい、終わりのタイミングも見計らって、ちょうどいいところを狙って無理のない講和を結んで行きます。なぜこのようなことができたのかというと、元老という憲法に記載されていない集団が存在し、彼らが実質上の日本の支配者、日本帝国のオーナーだったからです。

元老は伊藤博文や山形有朋、西郷従道のような明治維新の功労者に与えられる称号で、一番多い時には11人ぐらいいたはずです。最後の元老はお公家さんのご出身の西園寺公望でした。西園寺はお公家さんですが、基本的には薩長藩閥で構成されており、明治日本の支配者が薩長藩閥だということが実によく分かります。この元老たちが首相の指名も行い、いろいろなことを話し合いで合意して、日清戦争や日露戦争も進めて行きます。内閣総理大臣は軍隊に対する指揮命令権を持っていないわけですが、元老には指揮命令の権利があると暗黙裡に了解されており、全ては元老たちが決めていたわけですね。で、憲法の縛りもないので、良くも悪くも自由に動くことができ、良く言えば現実的で臨機応変に、悪く言えば寡頭政治で黒幕的な存在として日本を動かしていたということができます。結果として、彼らが元気だった間は彼ら自身がアメリカと戦争しても勝てないことを知っているので、そういう無理なことは最初から考えもしませんし、薩長ともに幕末には英米と戦って彼らの強さをよく知っていますから、英米協調路線でうまく世界と渡り合って行ったと言えると思いますす。

最後の元老の西園寺公望は、長くフランスで生活し、議会制民主主義の価値感を充分に学んで帰って来ます。西園寺が帰ってきたころ、日本はまだ建前上は議会政治でしたが、実質上は元老政治が続いていましたので、西園寺が最後の元老になった時、彼は独自の判断で、議会選挙で民意を得た政党の党首を首相に選ぶという「憲政の常道」を確立しようとします。しかし、当時は暗殺が横行していて、首相になったら即暗殺対象みたいな時代でしたので、西園寺本人が議会主義者であったにも関わらず、軍人出身者を首相に指名せざるを得なくなっていきます。このような世相の中、世間からもプリンスとしてもてはやされた近衛文麿を最後の民主主義のカードとして西園寺が切り出したのですが、近衛文麿は多分、社会主義的なことをやろうとしたんだと思いますけれど、大政翼賛会を作って「幕府復活かよ」みたいに揶揄され、日中戦争も深みにはまっていってしまったという悲しい流れになってしまったわけです。西園寺は太平洋戦争が始まる少し前に亡くなっていますが、最後の言葉は「近衛は日本をどこへ連れて行くつもりや」だったそうです。

このように見て行くと、立憲主義は大切ですし、私も立憲主義を支持していますが、条文そのものだけでなく、いかにして運用されるかがより重要なのなのではないかと思えてきます。明治憲法であっても、元老という非法規的集団が政治家と軍人を操って国策を進めていたことで物事を仕切っていました。逆に、教条主義的に憲法を捉えると、統帥権干犯などと言われて現実的な政治ができなくなり、おかしな深みへとはまりこんでしまったと言うことができそうな気がします。これは現代にも通じる教訓になるのではないでしょうか。




北方領土は帰って来ないと思うので、穏やかに返してもらう方法を考えてみた

北方領土を「Ghost in the shell方式」で穏やかに返してもらえないだろうか、と考えた動画です。




ジュリアン・アサンジ氏は今、どうしているのか

共和党の黒幕的人物であるロジャー・ストーン氏が逮捕されたことで、ロシアゲートがあるいは大きく動く可能性が出てきており、俄然、注目したくなるのがジュリアン・アサンジ氏だ。ロジャー・ストーン氏とは面識があるのではないかとの憶測は以前からあり、実際、ロジャー・ストーン氏は「アサンジ氏と食事したことがある」と発言した後、「あれはジョークだ」と訂正している。

アサンジ氏は近年、全く姿を見せておらず、現在もロンドンのエクアドル大使館に引きこもって生活しているはずだが、極端に言うと果たして生きているのかどうかということにすら疑問を抱かざるを得ないほど、全く何かをしている形跡を見せていない。今でもいるかどうかは分からないが、エクアドル大使館の周囲には支持者やファンがアサンジ氏が顔を出すのではないかと見守り続けて来たはずだし、英国の警察は24時間の監視を続けている。エクアドル大使館からもし一歩でも外へ出れば逮捕する構えを崩してはいない。

アサンジ氏は以前はインターネットを利用してエクアドル大使館の一室から動画の配信をしたり、ツイッターでつぶやいたりしており、ネット時代には引きこもっていても情報発信できるという彼らしい対抗策を続けていたが、そういう活動も行われなくなって久しい。エクアドル大使館の窓から顔を出すこともない。そのため、既に生きていないのではないかとの憶測も流れており、簡単に判断することはできないが、確かに生きていないとしても不思議ではないような気がしてこないわけではない。

さて、ロジャー・ストーン氏に対する逮捕事実は、大統領選挙の時にアサンジ氏がロシアが民主党にハッキングをかけて入手した情報を受け取っていることを知っていたのに議会で偽証したというものなのだが、FBIもそれなりに裏を取って満を持して逮捕に臨んだのだろうからアサンジ氏をどうするかも視野に入れていると考えていいはずだ。取引してアサンジ氏に証言させようと考える可能性もある。だとすれば、アサンジ氏が生きている可能性はやや上がったのではないかという気がする。生きているか死んでいるかくらいのことは、シークレットサービスは知っているだろう。トルコのサウジアラビアの領事館の中で何が起きたかもCIAは知っているのだから、アサンジがどうしているかも分かっているはずだ。