国際法で最も大事な概念は何ですか?

ルールを守って戦争するということだと思います。以上結論で、以下解説です。

17世紀のウエストファリア条約以来、国際法は戦争が起きることを前提になるべく人間らしい戦争になるように残虐行為には至らなくてもすむようにとの方向性で発展したと言えると思います。初めのうちはカトリックとプロテスタントが宗旨が違うからといって残酷な手法で殺さなくてもいいですよね。というようなところから始まり、やがてハーグ陸戦規定やパリ不戦条約で侵略戦争は原則禁止というところまで発展していったわけですね。第二次世界大戦後もあんまり酷いと国連安保理が経済制裁などの形で介入できるというようになってきたわけですが、常任理事国が酷かったりして機能しない場合もあるわけですけど、それくらいの曖昧な部分を残しておいたので国連は今日まで続いてきたわけですね。で、この数十年は流れがいろいろ変わってきて、遂にPKO活動などによって平和を強制するという新しい流れにはなりましたが、今のウクライナでの戦争を見ると、大国が戦争当事者になった場合にPKOできないということがはっきりわかったということが言えると思います。



米連邦準備理事会(FRB)が22年ぶりに0.5%の利上げを決めました。正直たった0.5%では預貯金の利子には全然意味がないように思いますが、企業や景気などの経済には大きな影響を与えるでしょうか?

マネーゲームは基本的に大量に投入してちょっと設けるというモデルです。個々人の生活にとってはどうってことないですが、投資家にとっては、米ドル買いの好機ということになりますので、結果として経済にはドル高円安効果をもたらすということになろうかと思います。円安は本来、日本の輸出産業にとって有利ですが、最近は輸出できるものがなくなってきたので、輸入品の価格が無駄に上がるダメージの方が大きいのが悲しいところです。



日本は国民国家 (nation-state) としての条件を満たしていますか?

ベネディクト・アンダーソンは『想像の共同体』で無名戦士の墓について論じています。たとえばアメリカにはアーリントン墓地があり、そこには会ったことのない同胞が眠っていることをアメリカ人ならだれでも知っているわけですね。そしてその同胞はアメリカのために命をかけて戦った英雄なのだということもみんな知っている。その英雄のことを、顔も知らないのに戦っているところを想像し、命を落としたところを想像し、感動し、アメリカ人に生まれて良かったと思い、英雄への敬意と感謝の心を新たにするわけです。会ったこともない同胞のことを想像して感動して胸が熱くなる、自分に関わる物語だと確信して消費することができる。なぜ会ったこともない人のことを自分に関係する英雄だと確信できるのかと言うと、そういう風に新聞とか書籍に書かれているのを読んだからで、アメリカであれば、誰もが話せる前提になっている英語で書かれていると。これこそが国民国家が持つ必須の構造である、決定的な要素であるとすら言えることはよく知られていることと思います。

言うまでもなく日本の場合、アメリカのアーリントン墓地が九段下の靖国神社に相当するわけですね。私は祖父が戦死してますので、個人的に全く無関係とも言い難く感じますが、でも、祖父に会ったこともないし、何も祖父のことを考えるために、祖父以外の数百万柱の英霊も一緒に祀られている靖国神社に行く必要もないのですが、やはりそこには物語があって、多くの人が、同じ日本語を話す無名戦士が日本のために死んで行った英霊であると確信して胸が熱くなるわけです。やはり千鳥ヶ淵の雰囲気は靖国神社と隣接していて皇居のすぐ近くであるということの物語性・ドラマ性をつい私が頭の中で作り上げてしまって、やはりぐっと来るわけです。頭ではそれは所詮、フィクションであると分かっていても、やっぱりぐっと来てしまうのです。そして多くの人がおそらくそうなのです。それが良い事なのか悪い事なのかは論じていません。

そういうわけですので、靖国神社という無名戦士を思い出すための施設が存在し機能しているわけですから、日本が国民国家と言えるかと言えば、間違いなくその必須要件は満たしていると思います。



「機動戦士ガンダム (主に1st) 」で現実世界の歴史や、戦争、政治がモデルになっている事やモノはありますか?

Quoraにて「「機動戦士ガンダム (主に1st) 」で現実世界の歴史や、戦争、政治がモデルになっている事やモノはありますか?」との質問を受けました。以下が私の回答になります。

第二次世界大戦と冷戦が下敷きになっていると私は考えています。以下に理由を述べます。

ジオンがナチスをモデルにしていることは間違いないとおもいますし、戦争の前半で圧倒的勝利を収めながら最後には国力の差を露呈して敗けるのも枢軸をイメージして描いたものだと思います。地球連邦はアメリカ合衆国連邦政府をイメージしているであろうことも見ていて分かります。たとえばジオンの軍服は色が濃いのでナチスの軍服を連想しますが、連邦の軍服は色が薄いのでマッカーサーなんかが来ていたライトなカーキ色を連想します。

で、その上で、なのですが、実はあの作品は地球連邦を批判する政治色を秘めた作品であると私は考えています。要するに反米アニメなのです。特にテレビシリーズを見ていると、地球連邦組織上層部のエゴイズムの凄さ、平然と弱者を見捨てる冷徹さ、などのようなものが要所要所に差し込まれて描かれていることに気づきます。

で、日本人向けのアニメですから、日本も当然描かれていて、それはサイド7なわけですね。サイド7は宇宙植民地なわけですけれど、地球連邦の都合で戦場にされてしまい、ホワイトベースのみんなは命からがら生き延びるのですが、ジャブローの地球連邦軍の上層部は左うちわでいつでも見捨てる気まんまんであるというような描き方になっています。

もうここまで言えばわかっていただけると思いますけれど、冷戦構造を皮肉っているわけですね。地球連邦の事情でサイド7が戦争に巻き込まれるというのは、アメリカに基地を提供し半分植民地みたいになっている日本にソ連が攻めてくるかも知れず、その時アメリカは海の向こうで涼しい顔をしているんじゃないかと言いたいわけです。地球連邦の官僚の腐敗を糾弾するのはアメリカが腐敗していると指摘したいからです。

赤い彗星のシャアは言うまでもなく共産主義を背負っていて、ルウム戦役などでは地球連邦軍を完膚なきまでに叩き潰す英雄であり、最後はザビ家もぶっ潰して新時代を切り開くというようなイメージを作者は抱いていたはずです。

とはいえ、シャアは本物のニュータイプであるアムロに敗北していくキャラでもありますから、共産主義も超えた新時代も見据えていたのかも知れないとも思います。



台湾は人口2400万人位、GDP70兆円位の中でTSMCの投資額が3.3兆円とのこと。凄まじいですね。鴻海もあるし、この30年で、もはや日本とは師弟関係逆転ですね?

「台湾は人口2400万人位、GDP70兆円位の中でTSMCの投資額が3.3兆円とのこと。凄まじいですね。鴻海もあるし、この30年で、もはや日本とは師弟関係逆転ですね?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

台湾の経済発展が凄まじいのは事実と思います。特に最近の5年から10年での発展ぶりには目を見張るものがあり、生活水準も飛躍的に伸びています。おそらく台北の中心部の有名企業で働く人や起業して成功しているタイプの人であれば、一般の日本人よりも豊かな生活を享受しているのではないかと感じます。特に日本の生活水準が下がっていて、銀座や祇園のような旦那さんが集う贅沢なエリアは全盛期と比較すれば壊滅状態に近く、要するにお金に余裕のある人がいなくて、若い就職したばかりの人に話を聞くとその薄給ぶりには涙を誘うものがあります。私が新聞社に入った時は額面の初任給20万に対して諸手当がたくさんついて手取りは倍近くあるというようなも感覚だったのですが、今は初任給20万から保険や年金などが引かれて手取り3分の2くらいになるそうです。斜陽の国と日の出の国くらいの勢いの違いがあって、もはや日本がアジアで抜きんでて豊かという時代ははっきりと終わったと思います。「師弟関係逆転」と表現するためには、師弟関係が存在していることが前提になりますが、少なくとも日本人の実感としては師匠であったという感覚はないのではないでしょうか。師匠は弟子の幸福や生活に気を配ってやらなくてはいけませんが、日本人はそういうことはしてきませんでした。下請けとしてあごで使ってきただけです。台湾の方としてはいよいよ日本越えが見えてきたというところだと思います。シャープが買収された時、私は台湾にいましたけれど、国を挙げての祝祭ムードは非常に印象的でした。今日本の様々な資産はお買い得ですから、台湾人の不動産購入は拍車がかかると思います。台北の不動産は上がりすぎていて利回りが悪く、日本の不動産の方が儲かるという話がよく出ているようです。日本人は今さら不動産なんか…と手を出しませんから、これからは本格的に買われていくのではないでしょうか。たとえばパリやロンドンの不動産はムスリムの人々に買われまくっているそうですが、同じことが東京でも起きるでしょう。帝国ホテルの最大株主が台湾企業というような時代もすぐそこに来るような気がします。私は以前はもうちょっと日本にがんばってほしいと思っていましたが、最近は諦めました。買われるがままに買われるしかなさそうに思います。



常識的に考えたら、日本が武力攻撃されるなんてことはないと思いますが、自衛隊に年間5兆円近く使ってるのは有効な税金の使い方と言えるのですか?

「常識的に考えたら、日本が武力攻撃されるなんてことはないと思いますが、自衛隊に年間5兆円近く使ってるのは有効な税金の使い方と言えるのですか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

常識的に考えればアメリカが日本を守っているのですから日本が武力攻撃されるなんてことはないと私も思います。ですから自衛隊に年間5兆円も使うのであれば、それを生活保護とかベーシックインカムとかに使う方が遥かに日本人の幸福に貢献するのではないかと思います。しかしながらベトナム戦争以後、本当にアメリカに日本を守り切れるかどうかは、わりと疑問が残ります。過去50年で周辺諸国の経済力・技術力が上がってますから、ますますアメリカががんばってくれるかどうか微妙になってます。仮にアメリカが日本を本気で守らないということがばれれば、これはもうやりたい放題やられますので念のために自衛隊を持っておくのは一つの方法です。更に入念に徴兵制を導入しておけば予備役がごろごろいることになりますので、敵に日本を占領されてもゲリラ戦ができるようになると思いますが、さすがに徴兵制は明白な憲法違反なのでそういうわけにはいきませんね。



社会主義のいい点は?

「社会主義のいい点は?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

出発点が善意だということは信じてもいいと思います。ですが、いい点はそこだけです。社会主義は平等な分配を目指すものの、何を以て平等とするのかという哲学的な議論で必ず破綻する運命にあると思います。

たとえばサンクトペテルブルクに暮らす人と、オデッサに暮らす人に同じ分量の冬用の化石燃料を分配することはナンセンスです。社会主義であれば、役所が誰に何をどの程度分配するかを決めなくてはいけませんが、常にあらゆる分野で役所が最適解を導き出すことは不可能であるため、残念ながら社会主義は本質的に不平等を生み出す仕組みであると言わざるを得ません。地域や個々人の需要は千差万別であり、はっきり言えば市場に任せてしまった方がより適切な分配が可能になると私は思います。

おそらく、富めるものは永遠に富めるとするピケティの議論を用いて私に反論する人はいると思います。ですが、仮に世界の金融資産の90パーセントを個人が持っているからどうだというのでしょうか?その人は一人で世界の食糧を買い込み、みんなに分け与えないなどという無駄なことをするのでしょうか?結局のところ、市場に任せて人々に食糧が供給されていかざるを得なくなるのです。土地にしても同じことです。結局のところ大地主は適正価格で人々に住居を提供せざるを得ないのです。

では必需品が滞った場合はどうでしょうか?それは分配に問題があるのではなく、生産と流通に問題があります。生産と流通を一刻も早く改善するには、やはり市場に任せることで最適解を得られると私は思います。



ハイパーインフレの悲惨さがピンとこないので、教えてもらえませんか?

「ハイパーインフレの悲惨さがピンとこないので、教えてもらえませんか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

ハイパーインフレが起きたところで給与も同じようにインフレすれば、別にそこまで悲惨ではありません。敢えて言えば先に物価が上がってから給与があがるとすれば、ほんの数週間、生活が厳しくなるだけです。しかしながら、コツコツと貯金していた人は人生最悪の思いをすることになります。何年も、何十年も貯金した一億円が明日の夕食代と同じになるからです。お金の価値がなくなるので、もしそういう事態が起きそうになった時に、事前に察知して金とかに変えちゃうのがいいでしょうね。



株は投資ですか?ギャンブルですか?アメリカでは投資と考える人が多いですか?

「株は投資ですか?ギャンブルですか?アメリカでは投資と考える人が多いですか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

考え方次第、取り組み方次第とは思います。確かにアメリカでは多くの人が資産形成のために株を買いますし、私もアメリカの高校で株投資に関する授業を受けた経験があります。アメリカの場合、株は持っておけば勝手に上がっていきますから、10年、20年とホールドすることで老後の資産になるという感じで買われることが多いと思います。このような株の所有の仕方は投資であってギャンブルとは言わないと思います。日本株はリーマンショック以降、基本的には上昇し続けてきたとも言えますが、官製相場・日銀頼みですので、実体経済の裏付けに乏しく、日銀が「経済は充分に回復したので、今後は株価は自由放任で行く」と言い出せばどうなるか分かったものではありません。黒田総裁がいる間は多分大丈夫でしょうけれど、その後はさっぱり読めない面があります。で、そうなるとギャンブル性は高くなるとは思います。

以上述べたのは長期ホールドの場合ですけれど、短期の場合はどうか、スイング・デイトレの場合はどうかということになりますけれど、多少はギャンブル性は上がりますけれど、投機であって、ギャンブルとは思いません。ギャンブルは客が突っ込んだ資金のうち一定量が胴元に入るように設計されています。投機はそういうわけではりませんし、きちんと考えて経験を積み、自分でルールを確立することで資産を増やしていくことができます。



『戦後日本』の転換点を三つあげるとすれば、何ですか?

「『戦後日本』の転換点を三つあげるとすれば、何ですか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

一度目はサンフランシスコ条約と日米安保の同時発効

二度目はプラザ合意

三度目は堀江貴文さんの逮捕

と思います。一度目ですが、日本が主権を回復したわけですから、あの時からが実際に戦後が始まったと言えると思います。で、二度目なんですけど、それまでは高度成長も含んで戦後の復興が続いたとも言えるんですけれど、世界が、主としてアメリカから「日本は既に復興期を過ぎている。世界で一番金持ってる。これからはアメリカが日本を甘やかすことはしない」と宣言され、加えて「アメリカはベトナム戦争で疲弊し、もう世界の警察もおりたい。というわけで、日本よ、後はよろしく。ガクっ」となり、日本は張り切って「はい。私たちは永遠にアメリカ様の下請けです」と応じたのがプラザ合意だったと理解しています。以後、日本はアメリカから容赦なく追い詰められ、円高になり、産業は失い、規格は英語圏に準ずるという、世界で最も豊かな敗戦国の姿を世界に晒すことになりました。とはいえ、日本にはまだまだ世界的な存在感を発揮するチャンスはありました。90年代から2000年代にかけてIT分野に於いてアジアで先進的な地位を確立していましたし、アジア全体の発展ぶりから見て、ITでアジアを制することができれば世界の覇者になれるという空気は確かに当時ありました。しかし、当時のIT分野で最も急進的な立場だったと言える堀江貴文さんが逮捕されたことで、日本でITをやることはハイリスクであるとの認識が世界に広がり、誰も日本でITをやりたがらない、日本のITには投資が集まらない、優秀な人材はシリコンバレーへと流れていく、失敗して帰ってきた人材は見捨てるという風潮が普通になってしまい、現代日本はIT発展途上国に堕してしまったと私は考えています。5年くらい前まではそれでも何とか日本に勝機はあると私は信じる努力をしていたのですが最近は諦めました。