不況時の人員整理はどうするのが正解なのでしょうか?日本は新卒採用を絞ってリストラを減らしましたがそれは完全に間違いですよね?

「不況時の人員整理はどうするのが正解なのでしょうか?日本は新卒採用を絞ってリストラを減らしましたがそれは完全に間違いですよね?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

やっぱり「首切り」って残酷ですし、イジメて辞めさせるのもあんまりだと思いますから、採用を絞る自然減がまっとうなのではないでしょうか。たとえば非正規の方々の契約を更新しないとか、新人の枠を狭めるとかの方がまだましなんじゃないかなと思います。

もちろん、非正規の方々が守られないというのは問題あると思いますけど、辞めさせるためにイジメたりするような残酷さを考えると、契約を更新しませんんの方がまだ傷が浅いんじゃないかと思うんです。

新卒の人の場合、職業経験を積んでもらうためにはやっぱり企業が積極的に採用することも社会貢献にはなるはずなんですが、やっぱりこれも、イジメて辞めさせるよりはましなんじゃないかと思います。もちろん、私も就職活動で苦しみましたから、新卒の人たち、とくにこれから数年の若い人はそれはもう大変だと思うんです。でも、社会全体が「新卒で大企業に入れなければ、負け組」のような残酷な思想を捨てて、人それぞれ、その人に合った働き方をすればそれでいいじゃないという雰囲気になれば、大企業に入れなくても、アルバイトとか非正規の人でも、実家暮らしなら衣食住に困ることもないでしょうし、日本は土地余りまっしぐらですから、中年期に入っても適当に安価な住宅を見つけて入り、食事は自炊で衣服もファーストファッションで、全然それでもいいという雰囲気の社会になれば、いいんじゃないかなと思うんです。結果としてみんなプレッシャーから解放されて、もうちょと楽に生きることができるんじゃないでしょうか。



ノンフィクション映画の最高傑作はどの作品だと思いますか?

「ノンフィクション映画の最高傑作はどの作品だと思いますか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

フランス人の映画監督が日本の広域団体の組長に密着した『young yakuza』を推したいと思います。とあるお母さんが、息子がニートなので鍛えてやってほしいと熊谷組の組長さんに頼みます。で、息子は組の見習いみたいになるんですけど、息子が成長するのかというと全然しないんですね。息子は最終的には自分の時間がないという理由でバックレるわけなんですが、息子と一緒に行動しつつ、熊谷組長にもいろいろ話を聞くことで、広域団体の人達の日常とか、考え方とか、価値観とか、そういったものが分かる内容になっています。そういった人達の本音とかって確かに私たちは知りませんし、そもそも会話をすることすら普通はないと思います。私が子供のころは父親が半グレだったのでそういう人も家に来ましたけど、家が特殊なのであって、普通はやっぱり出会わないと思うんです。私も新聞記者を辞めてからはそういう人とは一切出会わなくなりました。そういうわけですから、どういう声のトーンで話すのかというようなところから始まって、組の存在意義とか、組長さんに生きがいみたいなものとかがだんだん分かってくるのは大変に興味深いです。表の顔と裏の顔があって、表の顔は気前良く撮影に応じるんですけど、裏の顔は決して見せないし、カメラの前で「これ以上は見せない」と言い切っている場面がありますから「あ、やっぱり裏はあるんだなあ」ということも想像できるわけです。熊谷組長が長身でハンサムなフォトジェニックな人なものですから、その世界がもしかしたら実はとても魅力的な世界なのではないかと、錯覚を起こしそうになります。話す内容も、街の人たちの治安を守るためとか、組員は家族同然、行き場のない人を救う場所、のような良いこと言うんですよね。

で、バックレた息子さんですけど、組の人には足取りが分からないままでしたから、多分、お母さんのところにも帰ってないんですけど、最後にカメラの前に現れます。で「自分の時間がなかったから」というようなことを言います。この一言からも、組の人たちの日常生活が想像できます。本当にいつも一緒にいて助け合って、何かが起きれば団結するイメージが喚起されます。たけしさんの映画でも組の人達が仲間同士ほんとうに仲良しですけど、あんな感じなんだろうなと言うのが伝わってくるんですね。私のように孤独を愛するタイプには無理かも知れない、とかいろいろ考えたりしました。時々、あの映画のことは思い出すんですけど、そもそもニートの息子さんを鍛えてもらおうと思って組に入れてしまうお母さんってどうなんだろうなと言う何とも言えないものがいつももやっと残るのですが…。

この映画はカンヌにも特別招待されて、組長さんもカンヌに招待されたことで話題になりました。



全人類が突然あと一年で死滅するとわかったら、人類はどのような行動に出ると思いますか?

「全人類が突然あと一年で死滅するとわかったら、人類はどのような行動に出ると思いますか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

『渚にて』というSF小説では、放射能汚染により人類が次第に死に絶える中、最後に残ったオーストラリアの人々が静かに滅びの日を待ちます。もちろん、そうではない、不心得な人がいることも示唆されますが、主たる登場人物が最後の瞬間まで文明人として自律的・倫理的な振る舞いを保ちます。私もそうありたいと思いますし、本当に死滅すると分かると何に手を付けていいのかもわからなくなってしまいますから、多くの人もそんな感じになるのではないでしょうか。



何故いまだに新聞(デジタル版ではなく家に届けられる紙の新聞)は生き残っているのでしょう?朝刊を読んでいる時点で、すでにアップデートされた最新情報をインターネットで見られるというのに。

「何故いまだに新聞(デジタル版ではなく家に届けられる紙の新聞)は生き残っているのでしょう?朝刊を読んでいる時点で、すでにアップデートされた最新情報をインターネットで見られるというのに。」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

敢えて言うとですね、新聞には資料的価値があります。インターネットで読めるニュースはサイトの運営者の独自の判断で一方的に削除することが可能です。しかし、新聞紙の場合、何十万部、何百万部と印刷されて各地に送られるわけですから、削除すればいいやというわけにいかない。誰が必ず保存していて、論争になるようなことがあれば、証拠として持ち出してくるかも知れない。縮刷版が発行されれるのも資料的価値があると判断しているからですね。新聞記者もネットで如何に速報が出せると言っても、はやり紙に記事が掲載されることの重みみたいなのを感じているはずなんですよね。新聞の印刷は新聞法によって規定された、公的業務みたいな感じになりますから。



転職活動は自力でするか、エージェントを使ってするかどちらの方が良いですか?年収にも差が出てきますか?

「転職活動は自力でするか、エージェントを使ってするかどちらの方が良いですか?年収にも差が出てきますか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

エージェントを使って転職した人から聞いたのですが、どうもエージェントの質によって随分と違うようです。エージェントの多くがあまり条件の良くない、将来性のようなものもあまり見えない職種・職場に送り込んでいっちょあがりになるので、自分で探しが方がいいみたいなことらしいです。ただし、時々、目利きみたいなエージェントがいて、そういう人とコネクションがあると、普通では出会えないようなおもしろい経験ができる職場・職種を紹介してもらえることもあるということでした。その人は後者のケースで、シンクタンクに入っています。結局のところ、そういったコネクションは自分に価値がないと作れないでしょうから、転職するにせよ、しないにせよ、エージェントを使うにせよ、使わないにせよ、自分の市場価値を高める努力をしていれば、いずれ報われるのではないでしょうか。



ハイパーインフレの悲惨さがピンとこないので、教えてもらえませんか?

「ハイパーインフレの悲惨さがピンとこないので、教えてもらえませんか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

ハイパーインフレが起きたところで給与も同じようにインフレすれば、別にそこまで悲惨ではありません。敢えて言えば先に物価が上がってから給与があがるとすれば、ほんの数週間、生活が厳しくなるだけです。しかしながら、コツコツと貯金していた人は人生最悪の思いをすることになります。何年も、何十年も貯金した一億円が明日の夕食代と同じになるからです。お金の価値がなくなるので、もしそういう事態が起きそうになった時に、事前に察知して金とかに変えちゃうのがいいでしょうね。



経験が無い又は少ないのに、あたかもそれの上級専門家のように振る舞えるメンタリティてどんな感じなんですか?経営学者や経営コンサルとか、証券販売他、素人の自覚もあるものですか?

「経験が無い又は少ないのに、あたかもそれの上級専門家のように振る舞えるメンタリティてどんな感じなんですか?経営学者や経営コンサルとか、証券販売他、素人の自覚もあるものですか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

私もそういう人、知ってますけど、そう人でも、コンサルとしての経験を積んでいきますので、お客の満足度を上げていけるようにはなるんだなあという印象です。逆に専門家・経験者でも、お客の満足度を上げられない人もいます。私も一応、コンサルをお引き受けする時があって、経験者・専門家として自信を持てる分野でやってるんですが、コンサルとしてのお客の満足度を上げるスキルは別に必要なものなのだなと、その都度、痛感します。



歴史を学ぶのが苦手な子供が歴史好きになる良い方法はありますか?

「歴史を学ぶのが苦手な子供が歴史好きになる良い方法はありますか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

私が姪と話し合った経験からすると、歴史が苦手な子は年号を覚えるのが辛いようなのです。で、年号って一番後回しでいいので、もったいなあと感じました。ストーリーを覚えるとわかりやすいし、おもしろいと思うんですね。たとえば「信長は性格が悪かったので明智光秀は殺したいほど憎んだから、本能寺の変が起きた」であれば、普通に人間関係のストーリーとして覚えられます。他にも「頼朝は父親があれな人だったので島流しにされたが、現地でナンパした女の子の実家が助けてくれたので平家に勝てた」でもストーリーとして覚えるのであれば、勉強でもなんでもない、映画の断片みたいなものですから、理解しやすいと思うんですね。そういう感じのとっかかりをたくさん与えてあげれば、歴史を好きになるんじゃないでしょうか。ぶっちゃけ年号なんて覚えなくても大丈夫で、ストーリーが頭の中に入っていれば、穴埋め問題でも文の前後関係から答えを導き出すことは充分可能です。



日本人の男は生涯賃金の1/3を家と保険に費やし、イタリア人の男は女性と洋服に費やすそうです。もちろん誇張ですが納得感があります。その他の国は、国民性として何にお金を使っているか、教えてくれませんか?

「日本人の男は生涯賃金の1/3を家と保険に費やし、イタリア人の男は女性と洋服に費やすそうです。もちろん誇張ですが納得感があります。その他の国は、国民性として何にお金を使っているか、教えてくれませんか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

しばらく考えましたが、アメリカですと教育費です。大学の学費がやたらと高いということもありますが、大学に入るまでの準備に非常にお金がかかります。日本ですと大学入試は筆記試験で高得点であればそれでよいので、ぶっちゃけがり勉すればそれでよく、私もがり勉しましたけれど、机にかじりついて問題集を解くだけですから安上がりです。しかしアメリカの場合は小中高での成績や課外活動、内申の総合点で決まります。要するに全員AO入試なのです。小中高とコンスタントによい成績を維持するためには子供のメンタルと身体の健康に注意を払い続けなければならないのはもちろんのこと、課外活動でいい結果を出してもらうために熱心にスポーツの練習をさせたり、芸術を学ばせたりしなくてはいけませんし、ボランティアにも参加する必要があって、そうすると親はボランティア団体に寄付を求められるという副作用も覚悟しなくてはいけません。リーダーにふさわしい人材に育ってもらわなければいけませんから、サマーキャンプとかボーイスカウトとか、次々とお金がかかるというわけです。そのため、アメリカではお父さんの生命保険は非常に重要視されています。お父さんは子供が生まれれば、もはや子供の教育費を稼ぐマシーンでしかありませんので「もし、あなたが死んだら、子供の教育費はどうなるのだ?」は日本以上にシビアな問題なのです。

あと、中華圏ですと投資に金融資産を注ぎ込みます。日本ではすっかり不動産神話が失われましたが、中華圏ではそれは健在であり、誰もが不動産オーナーになって左うちわの教養人生活を夢見ます。都会に親からもらった物件を持っている人は有利ですが、そうでない人はローンを組み、自分の住まない住宅を購入して家賃収入を得ようとします。しかし、ローンが高すぎることや、住宅はそもそも維持費がかかること、スカ物件が少なくなく、思い切って億の住宅を買ったのに違法建築がバレて物件の価値がなくなるというのもわりとよくあります。非常に恐ろしい魑魅魍魎が行き交う不動産の世界というわけですが、もうちょっと少額で投資したいという人は株をやることになります。ただし、株はよほど充分な資金を持っていなければ利益率は必ずしもよくないですし、ちゃんと勝ち続けるためには日々、相場の動向をチェックし、タイミングを逃さないトレードが必要です。しかし、どうしても「片手間で儲けるのが財テク」と思っている人が多く、そういう人はあまりうまく行きません。もちろん、日本と中華圏の人では投資をやっている人口が全然違いますので、投資でいい結果を出している人はぼろぼろいます。



効果的な告白に関する考察‐恋愛成就‐

私は就職面接に受かるための研究を随分とやってきた経験があるので、面接では何をどのように話せばいいかというある程度の公式のようなものは頭の中にあるつもりだし、更に臨機応変に面接者に対応していくだけの胆力みたいなものも、経験を積むことによって養うことができたと思っている。もうちょっと言うと、いつ、どのタイミングで殺し文句の〇〇を言う。この人にとっての殺し文句はこれなんだな。みたいなことまで頭の中で、臨機応変に組み立てていくこともできる。かなり自信がある。そういうわけで、これまで何人もの後輩や教え子に面接の手ほどきをし、多くの後続たちの願いを叶えて来た。就職相談のコンサル業でも始めようかと思うほどだ。

だが、しかしである。私は前々から悩んでいたのだが、恋愛でも、このような公式は存在するのではないだろうか。それが知りたい、どこにそれは書いてあるのか?との疑問が前々からあったのだが、果たしてその答えはいつになってもたどり着くことができず、悶々としていた。就職と恋愛の双方での成功についてソリューションを手にすることができれば、鬼に金棒、フランスパンにチーズ、浅草寺の背景にスカイツリー、梅干しにかつおぶしである。

で、最近になって、とある女性の教え子に、そのあたりのことを質問してみた。彼女はもう大学を卒業して就職もしているのだが、それゆえにお互いもはや立場を気にせず、開け広げに意見交換できる間柄になっており、私は楽な心境で、彼女に次のように質問することができたのだ。

「私はあなたが就職活動をするとき、徹底的にテクニックを伝授した。今度は君の番だ。私が就職テクニックを伝授したように、恋愛テクニックを教えてくれないか?」

すると、25歳某一流企業総合職の彼女は、次のように即答したのである。「一回きりのプロポーズだと思うのです」と。ふむ、それでは、分からぬ。一回きりのプロポーズはどのようにすれば良いのか?すると、彼女はこう言った。

「私がなぜ、あなたを好きになったのか、どうして交際したいと思うようになったのかを順序立てて説明するのです。そしてそれは時間軸の流れに沿うのが良いでしょう。たとえば、私は〇〇という場所であなたと出会いましたけれど、当初はあまり印象に残りませんでした。しかし、〇〇というできごとを一緒に経験したり、あなたが〇〇をしている姿を見かけたりしたとき、あなたには〇〇のような特徴があることに気づき、そのことに強い魅力を感じました。もし交際を受け入れていただけるのなら、大切にしますし、2人でいい思い出をたくさん作れるようにしていきましょう」

のように言うのである。とのことなのだ。〇〇はケースバイケースで必要な語彙を入れればよいだろう。これぞ最強の告白テンプレートである。長年学生の進路相談を受けてきたかいがあったというもので、私が長年謎に思っていたことが解消された一瞬であった。