【禁煙四か月】体調と心境

禁煙してからストレスに弱くなってしまいましたが、それも人生修行の一環みたいなものだと思ってやってます。それから、喫煙による社会的評価への影響を気にしなくてよくなったのはメリットとして大きいと思うということを語っております。




【禁煙】三カ月後の心境と体調

タバコを辞めてから、次第に元気になってきたのは分かります。なるほどタバコは体を痛めていたのだなと実感しています。また、タバコが嫌いな人から嫌われる心配はなくなりましたから、その点は心境的にはとても楽になりました。また、便秘や不眠などの離脱症状にはかなりまいっていましたが、便秘の方はだいたい大丈夫で、不眠は一番ひどい局面は過ぎたのではないかと思います。ですが、やはりいわゆる禁煙うつ的な症状に波があって、ぐったりとしてしまう時と、まあまあ元気な時に分かれます。時間が経てば、だんだんよくなっていくと信じたいです。

精神科医の樺沢紫苑さんがyoutubeでタバコとお酒は長い目で見て抑うつの要因になると言っていたので、きっとそうなのでしょう。タバコを吸うとその瞬間、気持ちが充実して気分転換にもなるのですが、その分、脳が自然に分泌するセロトニンなどが分泌されにくくなるので、長い目で見るとよくないそうです。もうちょっと続けたら、おー、こんな利点があるのか!と気づく時が来るかもしれません。

タバコは楽しみのためにする嗜好品ですが、嗜好品に頼り過ぎずに生きること、嗜好品をなるべく減らすことは禅やお茶の精神にもつながる自分を正しく制御するための方法論とも思えますので、禁煙は今後も続けたいと思います。禁煙を第一歩にして、自分が楽しむことよりも他人に奉仕する価値観が確立できるところへと進んでいければ理想的だなと思います。




禁煙と禅

禁煙して二カ月余りになりますが、禁煙は禅の思想と通じるところがあるような気がしてきましたので、ちょっとそのことについて述べてみたいと思います。

禁煙が推奨される理由は健康に良いからだと私は理解していますが、禁煙を成功させるためには、よほどの覚悟が必要というか、生き方に対する考え方を変えるくらいの気合が必要だと私は思うようになりました。

で、どれくらい生き方を変える覚悟が必要かというと、多分、禅寺に行くくらいの強い覚悟が求められるような気がします。

私は以前、禅寺の和尚様といろいろなことを突っ込んで話し合ったことがあるのですが、和尚様に教えていただいたことを自分なりに突き詰めて要約すると、禅とはよりよく生きるための実践的な方法論だというものだと言う結論に至りました。

例えば、精進料理は体に良いわけですよね。井戸の水を頭から被ったりするのも、あれをやると血行が良くなって健康に良いですし、禅寺では特にお掃除を大切にしますが、掃除することは生活環境が良くなるし、運動になるし、でとても良いわけです。礼儀作法のようなものも禅では重視しますが、礼儀作法はできるかできないかでは生活の質、QOLが違ってきます。そういったことを禅寺では修行として実践しているわけです。自分の欲望のままに生きたり、だらしなく生きたりするよりも、ストイックにきびきびと生きる方が、よりよく生きている感じがしますよね。そういうのが禅の基本みたいなものなのだなと私は理解しました。

で、タバコに戻りますが、タバコを吸うか吸わないか、という問題も、ストイックにきびきびと生きることに価値を感じるかどうかということと関連するように思います。タバコを吸わない方がストイックなことは、多分、議論の余地はありません。ストイックを追求することが楽しくなってくると、禁煙せざるを得なくなるし、それが楽しいことだ、それがより良い生き方なのだと思えることが、禅の考え方にも通じて来る。そんな風に最近は思います。



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禁煙して二カ月。人生に対する考え方の変化。

禁煙して二カ月くらいになります。便通の問題や禁煙うつの問題などいろいろ乗り越えて、今はやや安定、小康の状態を得ています。禁煙うつは波があるので調子のいい日とそうでない日がありますが、だんだん調子のいい日が増えて来たので、この調子で少しづつ良くなっていければいいなと思っています。コーヒーは今もたくさん飲みますが、少しづつ量が減ってきました。自然に、前ほどほしくないという感じで、食事も量も増やさずに来れており、体重は禁煙前まで戻りました。

さて、禁煙してから、自分はなぜ、以前タバコを吸っていたのだろうということを考えてみたのですが、要するにタバコを吸うといい気分になるので、人生を楽しみたいというある種の甘えた感情からタバコを吸っていたのだと考えるようになりました。タバコと一緒にコーヒーとか、タバコと一緒にお酒とか、そういう風に嗜好品を楽しんでいたのですが、もう、タバコを吸わないのでお酒が前ほど楽しくありません。

以前はおそらく、酒もたばこもない人生は味気ないくらいに考えていた面があるのですが、今は考え方が変わって来て、酒もタバコもなくても人生は楽しい、そういったものに頼らなくても人生を楽しめることが人生の達人への道。くらいのことを考えるようになりました。パラダイム変換が起きている感じで、人生に対する考え方、人生観ががらりと変化しています。自分でも考え方の変化に驚いていますが、むしろ変わっていくからこそ人生はおもしろいのだし、自分は今、変わっていくプロセスにあると思うと、そのプロセスを楽しもうと思えます。このようにして変わっていくことを楽しんだ時に、人生はよりよくなっていくのではないかというような気もするのです。




デジタル時代に紙の本は、いわばインテリア

職業柄、本はたくさん必要になる。以前、読書は趣味だったが、今となっては仕事の質を上げるための義務になっていると言えるし、全て図書館に頼るのは限界がって、ある程度は買わざるを得ない。というか、本を買う金があるとかないとか言っている場合ではなく、やむを得ず買う本もたくさんある。過去に買ってきた本の代金だけで家が一軒建つのではないかとふと考えて恐ろしくなるほどだ。

最近、本を捨てようと決心し、かなり本の量を減らした。仕事や論文に関係がある本、自分が気に入っている本、感銘を受けた本、お手本にしたい本などは残し、そうでない本は捨てて捨てて捨て抜いた。今まで何千冊も読んできた(途中で何冊読んだか分からなくなった)が、二度読む本はほとんどない。本と私は大抵の場合は一期一会だ。従って、今本棚に残っている本は、思い出のようなものに近いのかも知れない。ましてや現代は大抵の本は電子情報で読める。物理的な紙の本は相当部分不要であり、断捨離が流行している今、部屋を少しでもすっきりさせるために本の量も極限まで減らした。

ただ、断捨離のつもりで本を捨てまくった結果、ふと思ったのは室内に本があるというのは値打ちがあることだということだった。好きな本が並んでいる姿を見ると、なんとも言えないいい気分になる。kindleで本が買える時代に紙の本を敢えて持つというのは、ぬいぐるみが好きな人がぬいぐるみに囲まれたり、洋服が好きな人が洋服に囲まれたり、音楽が好きな人が楽器を置いたりして幸福な気分になるのと同じような感覚なのではないかと思った。要するに今の時代、紙の本を持つのは趣味や嗜好であり、紙の本は室内照明や楽器やソファと同じようなインテリアの一部なのだと言うことができるのではないだろうか。

今、厳選して本棚に残してある本を眺めて、とても気分がいい。私は自分がインテリアに興味がないし、インテリアの才能もないと思っていたが、仮に自分の好きなものに囲まれていい気分になることが、インテリアの出発点だとすれば、私は何十年も自分の気に入るようにインテリアしていたと言える気がする。本を読むことは素敵なことだし、本が読める環境があることも素晴らしいことだ。ただ、今は「あれも読まなくては、これも読まなくては…」で、読書に追われる日々を送らざるを得ない。大人になって読書に追われるというのは、幸福なことだと思うことにしたい。





【禁煙】ついにタバコの夢を見た

最近は喫煙衝動もなく、当初ひどかった便通の悩みも消えて順調かなあと思っていたのですが、ついに夢の中でタバコが登場しました。職場の人や古い友人が次々とあらわれてタバコをぷかぷか吸うという謎な夢でした。夢の中では「なんだ、みんな吸ってるんだ、僕だけじゃないんだ」と思いましたが、目が覚めて「やっぱりな…知ってたよ。そんなことは現実には起きないって、夢だってことをさ」というような感想を得ました。

禁煙に関することをインターネットでいろいろ情報を集めてから禁煙の決心をしたわけですが、時々タバコの夢を見るというのを見かけたので、自分も同じ経験をするのだろうか…と思いつつ、でも今まで夢に見なかったので、このままタバコを忘れることができるかなとも思ったのですが、ついに夢に出て来たというわけです。夢に見るということは、心理的な整理がついていく過程だと捉えることもできると思いますから、いよいよ本格的に卒煙できるということなのかも知れません。

禁煙うつの波があるので、後は禁煙うつがなくなればいいのですが、もう少し時間がかかるかも知れません。アレン・カー先生の『禁煙セラピー』では、禁煙して三週間以上経ったある時、ぱーっと明るい別世界に出会えるみたいなことが書かれているわけですが、私はまだそういった境地には辿り着いていません。一応、禁煙セラピーでは、タバコを我慢している間はそういう経験をすることはなく、本当にタバコがほしいと思わない、むしろノンスモーカーになれたことが嬉しいという時にそういう風になるそうです。心境としてはノンスモーカーになれて嬉しいと思っていますので、もう少しかも知れないなあ、だったらいいなと思います。





お茶の効用とは、こういうことだ【結論】(禁煙関連)

禁煙して50日ほど経った中で、私がもっとも酷い思いをしたのは便秘に関することで、最初は薬に頼り、その後は便秘解消に特化したお茶に頼るようになり、最近は普通にお茶、コーヒー豆乳、牛乳をバンバン飲むことでだいたい解消できている。便秘という想定外の体調不良に私は強い困難を感じたが、それを解決する過程でお茶についてある程度調べ、自分合うお茶は何かというようなことを考え、以下のような結論に至った。それは

お茶はだいたいどれでも同じなので、好きなのを選べばいい

ということだった。この世に紅茶、ウーロン茶、緑茶、プーアル茶、ジャスミン茶など様々な種類のお茶があり、ブランドがあり、高級品になれば偽物もあれば本物もある。しかし、要するに全てお茶の葉を使っているという点で同じであり、発酵の具合が少しづつ違っているということに過ぎない。中国のお茶の葉をイギリスに輸入する途中で発酵が進んで紅茶になったことは有名なエピソードだが、後は、よりおいしくするために、とか、より美しい色になるために、とかの嗜好に合うように研究されていろいろと種類が枝分かれしているというわけだ。

従って、茶カテキンはどのお茶にも入ってるし、タンニンだとかポリフェノールだとかビタミンとか抗酸化作用とかはどのお茶にもある程度含まれているのだと考えていい。そうすると、無理に濃いお茶を飲んで苦い思いをしたり、無理に濃いウーロン茶を飲んで苦い思いをしたり、無理にプーアル茶を買って財布に痛い思いをしたりする必要はなく、好きなお茶を紅茶でも抹茶でも粉茶でも自分に合うものを選べばいいという結論に私は至った。一応、はっきりと述べておかないといけないが、私は栄養学の素人なので専門家の意見ではありません(すみません)。

私の場合は最近はジャスミン茶を飲んでいるのだが、それはジャスミン茶がおいしいと今思うからなので、ジャスミン茶に飽きれば紅茶になるかも知れないし、ひたすらコーヒーということもあり得る。いずれにせよ、水分は採らないといけないので、お茶は好きなのをたくさん飲めば良いのだと思って飲むことにしているというわけです。





youtubeでの配信も始めてみました

匿名ゆっくり動画にしようかとも思いましたが、普通に顔出しでやってみました。音声など、改善の点はいろいろありますが、ちょっとがんばって実験的にいろいろやってみようと思っているところです。動画を一応二つ作ってみていて、一つは禁煙に関すること、もう一つは大学の教材に使えるかなと思って録画した【近代を構成する諸要素と日本】です。ちょっと貼り付けてみます。恥ずかしいことは恥ずかしいですが、まあ、せっかく生まれて来たので、おもしろそうなことをやってみたいので、これもその一環です。恥ずかしいですが。




禁煙して40日目くらい。声の調子は良くなった。

私は自分で言うことではないが、わりと声がいい。しゃべるのが仕事だと言ってもいいので、声がいいのは得していると思っている。元々良いままここまで来たので、喫煙者だったころは、タバコを吸うと声がいがらっぽくなるなどの弊害は特に感じていなかった。しかしタバコをやめて40日ぐらいたった今、最近やたらと思うのが、声がさらに良くなり、さらによく出るようになったということだ。声の音域も広がったと思う。高い声を出そうと思えば出せるし、低い声も出そうと思えば出せる。タバコをやめてこのような健康効果があるとは、実際にやめてみるまで想像もしていなかった。声の調子がここまでよくなったということは、体の内側、呼吸器、消化器もきれいになって調子が良くなっている可能性があるということを示唆していると考えることもできるだろう。

この一カ月ほどの間は禁煙に伴う体調不良で苦しんだが、ようやく禁煙のメリットを享受できる段階にまで来たようだ。教務の女の人にタバコをやめた話をしたら、かなり好感度があがったようなことを言ってくれたので、やはり社会の禁煙への流れはとても抵抗できるものではない。

タバコがないとお酒も楽しくないので、結果としてお酒も一切飲まない。以前は時々は飲んでいたのだが、「タバコのないお酒なんてつまらない」と思うようになってきたので、今後も本当にお酒もたばこもない人生ということになる。その分、研究のための本を買うお金に充てられるので、よかったと言えば、よかった。禁煙うつの波がまだあるので、時々はひどくふさぎ込んでしまいそうになるし、ぼんやりして何も手が付かない時がまだある。ただ、そういう心理的な不調も少しずつ改善されているのが分かるので、このまま禁煙を続けたい。一般に禁煙は3という数字と関連しているといわれる。最後の一本を終えてから3時間、3日間、3週間、3ヶ月、3年ということになるらしい。確かにやや長めの映画を映画館で観た後でタバコを吸うために喫煙所を探す場合、3時間後であり、一つの関門にはなっている。3週間経った時、私は体調が絶不調だったが、改善し始めたと実感してきたのはこのころからかも知れない。さて、次は3ヶ月である。心身はタバコを必要としなくなってはいるが、タバコを吸っていた時の充実感や幸福感を過去のものとして振り切ってしまえるのが3ヶ月後のころらしい。別れた恋人のことを思い出すのと同じだと考えるようにすれば、3ヶ月の壁も越えられるかも知れない。ようやく節約効果も少しは感じられるようになってきたので、今後も続けたい。