国家というのは結局のところ国籍を持つ国民のためのシステムであって、税金を対価に様々なサービスを得られるという程度のものでしかないように思えるのですが、どうお考えになりますか?

近代国家は憲法に基づいて運営されるわけですが、その憲法には理念や価値観が書き込まれているわけですね。それはフランスの自由平等博愛であったり、アメリカの王権に対する抵抗であったり、中華民国の民族主義であったり、明治日本の天皇であったり、現代日本の平和主義であったり、いろいろあるわけですけど、国民はその理念を共有し、国家が理念通りに仕事をしているかどうかを監視していくことになるという体裁になっているわけです。そのように考えると、公共サービスを評価する際も、憲法の理念に適っているのかどうかが重要であるため、たとえば日本であれば、とある公共サービスは基本的人権の保障に適うのかどうかが議論されなくてはならないみたいなことになってきますし、そういう理念・価値観がなければいかなる公共サービスも、それがいいサービスなのかどうなのかについて評価する基準を失ってしまいます。また、公共サービスを維持するためには税金払うどころか兵隊にもならなくてはいけないような国もあるわけですね。

以上のようなわけですので、国家は税金を対価として公共サービスを提供する程度のシステムなのではなく、何が良い公共サービスなのかを決める、理念・価値観を統制するシステムであり、システムの維持のためには時には流血を求めることもあるほどに厳格なシステムであるということが言えるかなと思います。

尚、最近はGAFAMのように国家をも凌駕する企業が登場してきましたから、今後、しばらくの間は、価値観を決めるのは誰なのか、それは国家なのかgoogle様なのか、のようなせめぎ合いが続くのではないかと思います。



英会話を短時間でマスターしたいです。時間はたくさんあります。出来る限り家で可能な方法が良いです。おすすめはなんですか?

朗読してください。可能な限り徹底的に朗読します。朗読の材料は街で売っている問題集、TOEICやTOEFLなどに対応した英文集のようなもので充分です。単語も覚えなくてはいけませんので、単語集を買ってきて朗読しましょう。単語の場合、完全に覚えきったものは本に直接斜線を引くなどして除外しても構いません。その覚えたはずの単語はまた忘れてしまうこともありますが、単語集を3,4冊こなすと、そのようなもれおちもだいぶなくなります。どういうわけかリスニング力も向上してきますので、朗読しない時はyoutubeでCNNなどのニュースを見るのが良いでしょう。英語コンテンツを見ていると、英語ネイティブの作ったオタク動画、政治評論動画、おバカ動画などがあなたへのお薦めに出てくるようになります。AIがあなたを英語ネイティブなのかな?と認識し始めているということになりますから、そのままそのように認識してもらい、私たちが日本語のゆっくり動画を見たりするのと同じような感覚で英語の「犬が好きな人にしかしないことトップ10」とか、「モテる仕草5選」みたいな動画を見て普通に楽しむような段階まで行ければ大丈夫と思います。半年から一年そのような生活を送ると、かなり良くなると思います。以前はTOEICやTOEFL、英検などを目標に置くのがいいと思っていましたので、そのように目標を持つと、わりとスパルタ風に勉強することになるんですけど、1年もそんなスパルタ生活を送るのはちょっと大変ですので、楽しむということに重点を置くのがいいのではないかなと最近は思うようになっています。



経済学的に有利な旅行先といったらどこでしょうか?

貧しい国です。以下に理由を述べます。

マルクス経済学の観点に立てば、貧しい国に行き寄付をするなどして貧しい人に分配しなくてはいけませんから、貧しい国に行くことは正しいと言えます。但し、消費して楽しむことは悪徳になりますのでお勧めできませんし、革命で打倒される可能性もありますから、用心が必要です。とはいえ、経済学的には打倒されることが正しいということになります。打倒されるために貧しい国に行ってください。

一方で、自由主義的な経済論理で考えるとすれば、やはり貧しい国が正しいと言えます。貧しい国に行き、贅沢をして楽しみ、トリクルダウンを起こして地域の人たちの生活を豊かにするのです。革命で打倒される恐れはありませんが、ぼったくられる恐れはありますけれども、この考え方で行けば、金持ちがぼったくられることはトリクルダウンの果実をより大きくする現象だということができますので、是非、ぼったくられてください。フリードマンが世界はフラットになると言いましたけど、それは上に述べたような現象により貧しい地域が豊かになって産業発展するからなのです。

さて、もう一つ、カレンシーから考えてた場合、貧しい国は大体カレンシーも弱いですから、世界でも特に信用力の大きい日本円をばらまいて贅沢してください。それは正しいことです。

最後に、ご質問者様のご質問内容はかなり意味がよく分からない感じのものだと思わざるを得ないのですが、真剣にお答えしている私は、一円の得にもならないので、経済学的には間違っていますが道徳的だなあと思い自画自賛でございます。しかしながら、このような行為もまたギフトエコノミーの概念で説明できるかも知れないので、もしかすると私は今、ギフトエコノミー経済学の観点から言って正しい行為をしているのかも知れません。お後がよろしいようで。



歴史上、主君を裏切って相手方についた人の忠誠は信用されましたか?

裏切り者が信用されるわけないというのがお答えになると思います。蘇我馬子を裏切った蘇我石川麻呂は後に中大兄に難癖をつけられて自害。義経を裏切って殺しその首を頼朝に差し出した奥州藤原氏は、義経をかくまっていた罪があるとして滅ぼされました。室町幕府六代将軍足利義教を殺害した赤松氏は周囲から見捨てられて滅亡。応仁の乱はオセロゲームみたいに裏切りまくってますけど、結果として室町幕府の実体が失われていく勝者なき戦いで、もちろん誰も誰のことも信用しないカオス状態になり、十三代将軍義輝を殺した三好三人衆も早々に滅亡していますが、これも周囲に見捨てられた結果と思います。武田勝頼を裏切った穴山信君は家康と一緒に近畿地方を回り、その最中に本能寺の変のしらせを聞いて三河への脱出を図りますが、どういうわけか家康と別行動をとって殺されたか自害しており明らかに家康から信用されていません。明智光秀も本能寺の変の後、味方を得られず孤立したのもやはり誰からも信用されていなかったからで、関ケ原の戦いで西軍を裏切った諸大名たちはことごとく家を潰されていますが、これも家康が彼らを一切信用せず、重用もしなかった結果と思います。特に小早川秀秋に至っては暗殺の可能性が濃厚です。大坂夏の陣の直前、織田有楽斎が豊臣を見限って徳川についていますが、彼は信長の弟であって、そもそも主筋の人なので別格ですからお咎めなし。というより秀吉が織田氏を裏切った結果天下を獲ったと言えなくもないので、織田有楽斎には豊臣に対して実は使える義理がないのです。

という感じですから、やはり裏切ってはいけないのです。



博士進学するか就職するか迷っています。指導教員と仲が良く研究をしたいですが私自身、実家にもお金がありません。進学しても給料が少なくやっていけるか心配です。博士課程のメリットデメリットは何ですか?

メリットはやりたい研究ができることです。また、博士号を取得すれば、日本ではあまり優遇されるとは言えないものの、それでも所持者として敬意を払ってもらえることもあるし、研究者として認められたり、大学の先生になるという道も見えてきます。

デメリットは一般企業に総合職として新卒で入ることができないということですね。

両者が両立することはまずないと思いますから、ご自分がどちらの人生を選びたいのかということになると思います。

お金のことですが、博士まで行けば、奨学金をもらったり、アルバイトをしたりすることで、ご自分一人だけならなんとかやっていける程度にはなると思いますから、そこまで心配する必要はないと思います。



博士課程学生です。指導教員とのミーティングが月1程度しか行なえません。ミーティング頻度を増やしたいのですがどのようにお願いするのが良いでしょうか?

本当に必要なら、そのように説明して回数を増やしてもらうしかないと思いますが、おそらく、それはあまり意味のあることではないと思います。博士論文は指導教員に言われた通りに作るというよりも、自分で問題意識や方法論から何から考えて、調べて、素材を発見し、草稿を作り、指導教員に見せて納得させるというのが王道ではないかと思います。ですので、指導教員に会う暇があったら、教授を納得させるためにいろいろと調べる、研究を進めることの方が遥かに重要であるとすら思います。指導教員も博士の学生に細々としたことを言うつもりがそもそもないという場合も多く、「いいものが作れたら持ってこい」くらいな感じで構てますし、実際に教授を納得させるレベルのものができれば、ちゃんと必要な署名をしてくれるものです。

以上は文系の話でして、もしご質問者様が理系の方でしたら全く違うかも知れませんので、もしそうでしたらすみません。



最近株式投資を始めた者です。財務諸表 (賃借対照、損益計算、キャッシュフロー) を読んで理解できるようになりたいのですが、オススメの本はありますか?

財務諸表に関しては、私もぜんぜんわかっていないのですが、仕事でそれについて議論する必要があった時に、電子版の無料の入門書をダウンロードして前日にばっーと読んでなんとかしました。それでも知っているのとそうでないのでは大違いだと実感しましたから、あまり難しく考えず入門書を読み、もっと興味が出たらもうちょっと専門的なものを読むというような段階を経るのでいいのではないかなと思います。



隠している情報をひょんなことから誰かに知られてしまった場合、それを直接確かめるための質問文は「…知ったか?」ですか?

その情報を知っていなければわからないことを何らかの手段を用いてしゃべらせるのが正しいやり方です。

例としてぱっと思い浮かぶのはミッドウェー海戦の時のアメリカ側のやり方です。彼らは故意に「ミッドウェーは真水が足りない」との無線通話を発信し、それを傍受した日本側が「AFは真水が足りない」との通信をしていることを傍受することで、日本側の暗号ではミッドウェーをAFと呼んでいることをキャッチしたわけですね。

ついでになりますが、イギリスがナチスの暗号に解読した直後、ナチスの次の空爆目標が分かったのですが、迎撃は見送られました。もし迎撃していたら暗号の解読に成功したことをナチスに知られてしまい、暗号が変更されてしまう恐れがあったからです。

以上のことを実生活に生かすことができれば、まさしく賢者は歴史に学ぶということになるのではないかなと思います。



2年後の30の歳にワーホリへ行く決断をしました。2年間で準備することを教えてくださいませんか?

ワーホリのいいところは新しい経験ができることですが、デメリットとしてはキャリアの中断があると思います。会社での社歴の中断はやむを得ないことですから、デメリットとして受け入れるしかないでしょうけれど、今後の社会復帰の手段を考えておくべきですから、私は意外と資格でもとっておくのがいいんじゃないかなと思います。行政書士みたいなお堅いのでしたら帰国後に食いはぶれる不安がないと思いますし、何があっても大丈夫と思えることでワーホリをより真剣に楽しめるんじゃないかなと思います。



昔名作と評判だった映画「戦場のメリークリスマス」をアマプラで見ました。わたしには作品の素晴らしさが全く理解できなかったのですが、勉強不足な点があればご教示くださいませんでしょうか?

私は戦場のメリークリスマスが好きなんですけど、考えてみるとなぜ好きなのか説明できないなあと思いました。で、ちょっと考えてみたんですね。主題は確かにどうということはなさそうな気もします。じゃ、何がいいのかなと。

1つには、坂本龍一さんの音楽が良すぎるので、実際以上にドラマチックに感動的に感じられるという仕掛けになっているということはあると思います。ですが、音楽も映画の一部ですから、それはそれで演出の勝利ではないかなとも思います。

次にカメラワークもあるかなと。たとえば最初の方でたけしさんがローレンスを呼び出してジャングルの中を歩く場面がありますけど、ロングショットの長回しで彼らの歩いている姿を撮影しているんですが、背景はジャングルですから、ずいぶんと遠いところなんだなとも思うのですが、同時に、こんな遠いところでも人間の考えることや感じることは同じなんだなというような不思議な心境にさせられるんですね。で、それだけだと大したことは表現してないんですけど、坂本龍一さんの音楽が流れてますから、凄い場面みたいに思えてしまうんじゃないかなと。

それから、たけしさん(原軍曹)の演技ですよね。実直そうな表情で、この人はきっと心がきれいなのに違いないという印象を与えます。ローレンスに対して時々見せる人間愛。ローレンスは敵の将校で捕虜なのに、原軍曹は昔から親しい友人であったかのように時に本音を語るんですね。

次に簡単に触れますけど、デビッドボウイのかっこよさもあるでしょう。

それから、物語の良さとして登場人物たちの成長というのがあるんじゃないかなと思います。一番わかりやすいのは原軍曹です。彼は死刑の執行を待つ身でありながら英語を学ぶんですね。それだけでも心境の変化を想像すると感動できるというか、原軍曹は死ぬ前に敵のことをよく理解しようと思ったんだなと思うと、ちょっと泣けてくる気がするんです。で、ローレンスが会いに来るわけですが、原軍曹は非常に礼儀正しいわけです。あの捕虜を殴りまくっていた下士官と同じとはとても思えないような穏やかな表情と洗練された身のこなしを観客は見せられることになるわけですけど、当然、果たしてこの人は本当に死刑にされなければならないのだろうか?との疑問も抱かせる演出になっていると思います。ローレンスは「もし私に決められるのなら、あなた方を今すぐ解放し、家族のもとへ帰す」と言うのですが、これもまた、捕虜収容所で殺されたかけて経験を持つローレンスが、敵に赦しを与えるいい場面ではないかなと思います。赦しは人間的成長の一つの証であると私は思います。で、坂本龍一さんのヨノイ大尉ですけど、彼は地中に顔だけ出して埋められて死を待つジャック・セリアズに敬礼し彼の髪を切り取ることで、愛を表現します。それまで捕虜収容所長としての威厳を用いて恫喝する形でしか愛を表現できなかった人が、ようやく穏やかに自分らしいやり方で愛を表現できるようになったという場面なわけですね。

最後に、日本人と白人が対等に渡り合うという点で、世界史・国際社会という観点から重要な作品ではないかなとも思います。この作品は間違いなく『戦場にかける橋』に影響されていますが、あの映画では男同士がぶつかり合い、意地を張り合い、認め合うということを日本人と白人がやり合うわけですね。これは人種差別の克服という観点から言っても我々が気に留めておくべき主題ではあると思うんですね。大島渚さんは更に同性愛という要素を入れて『戦場のメリークリスマス』を作ったとことで、もうちょっとウエットな作品になったと言えると思います。

ウエットが良いのか悪いのかという論点はあり得ますが、より深く観客に刻印される映画になったのではないかと思います。私は同性愛者ではないですが、恋愛感情を抱いてしまった時にどう振る舞うかというのは人類共通のテーマなんだなというようなことも思います。

というわけで長くなりましたが、気づくとあの映画がどんなにいい映画なのかを語るご回答になってしまいましたが、多少なりともご納得いただければご回答したかいがあったかなと思います。