国際法で最も大事な概念は何ですか?

ルールを守って戦争するということだと思います。以上結論で、以下解説です。

17世紀のウエストファリア条約以来、国際法は戦争が起きることを前提になるべく人間らしい戦争になるように残虐行為には至らなくてもすむようにとの方向性で発展したと言えると思います。初めのうちはカトリックとプロテスタントが宗旨が違うからといって残酷な手法で殺さなくてもいいですよね。というようなところから始まり、やがてハーグ陸戦規定やパリ不戦条約で侵略戦争は原則禁止というところまで発展していったわけですね。第二次世界大戦後もあんまり酷いと国連安保理が経済制裁などの形で介入できるというようになってきたわけですが、常任理事国が酷かったりして機能しない場合もあるわけですけど、それくらいの曖昧な部分を残しておいたので国連は今日まで続いてきたわけですね。で、この数十年は流れがいろいろ変わってきて、遂にPKO活動などによって平和を強制するという新しい流れにはなりましたが、今のウクライナでの戦争を見ると、大国が戦争当事者になった場合にPKOできないということがはっきりわかったということが言えると思います。



鎌倉、室町幕府はドロドロの権力争いが目につきますが、江戸幕府の権力闘争はどんなものがありましたか?

2つ挙げたいと思います。少し長くなるかも知れませんが、なるべく手短になるよう努力しますね。

まず1つは8代将軍吉宗の将軍就任までの道のりが誠に怪しいということです。徳川吉宗は御三家で2番目の格である紀州徳川家の四番目の息子であり、お母さんは身分の低い方でしたから、彼よりも将軍後継順位の高い人が大勢いて、とても将軍になれるはずはないというか、そんなこと絶対にあるわけないじゃないくらいの位置にいた人なのですね。ところがですね、お兄さんたちが次々と病死していき、まさかの吉宗の紀州家相続が実現しました。これだけでもちょっと怪しいんですけど、当時、五代将軍綱吉に息子さんが生まれなかったものですから、徳川宗家は断絶がほぼ決定みたいな状態になっていて、では次の将軍は誰になるのかということが、徳川の分家関係者たちの間で具体的な政治闘争の要因になっていったわけです。普通に考えれば尾張家なんですけど、どういうわけか尾張家のちょうどいい男子がバタバタと死んで行きます。また、幕閣たちは今さら尾張とか紀州のような外側の人材に来られるのも嫌なものですから、なるべく宗家の影響下にある人を次の将軍に選びたいという思惑を持っていたというわけで、結局、幕閣たちの意向が通り、徳川家光の孫で甲府徳川家藩主の徳川家宣が次の将軍に擁立されていくわけですね。この時は入念に甲府藩を廃止し甲府藩が裏で幕府を操る可能性を潰しています。順調に行けばその後は家宣の子孫が代々徳川宗家を継いでいくことになるはずなんですけど、まず家宣が2年ほどで病死し、息子の家継も3年ほどで病死して、尾張・紀州にもう一回チャンスが来るわけです。で、吉宗は幕閣たちや大奥にいろいろ密約して本来なら尾張に行くはずの将軍のポストをもぎ取ったとされています。それらの密約は大体全部破られたと考えて良いと思います。
(① 幕閣には政治は今まで通りあなたたちに任せます←嘘。紀州関係者たちが大挙して江戸城に入った。②大奥にはもっと贅沢してもらいます←嘘。大奥のリストラを断行した)

というわけで、以上が吉宗が将軍になるまでに一体、何人死んだのか?それって全員自然死なのか?という恐ろしいお話しでございました。

で、もう一つなんですが、それは14代将軍相続問題なんですね。13代将軍家定が病弱であったため、子孫を設けることのないまま早世するであろうことはわりと早い段階から分かっていたわけです。ハリスが家定と会見した時のスケッチを見たことがありますけど、その絵の家定は華奢な貴公子な雰囲気で元気そうでは確かにないんですね。ですから、次の将軍はどうするのかということでもめるわけですが、12代将軍家慶は、水戸家の7番目の息子さんを徳川三卿の一つである一橋家の養子に入れます。後の慶喜です。当時は徳川三卿から将軍が選ばれることになっていたわけですが、この三卿には紀州系の徳川の人物を当主に充てることにし、当然の帰結として紀州系の人物だけが将軍職を独占できるようにしていたのですが、にもかかわらず家慶が掟破りにも水戸家の人物を迎えてしまったというわけで、番狂わせにも程がある、将軍による上からのクーデターくらいのインパクトがあったわけです。で、幕閣たちは嫌がります。吉宗以降、幕府は紀州色が強まっていましたから、ここにきて水戸人脈に入って来られても困るわけです。仮に本当に慶喜が将軍になったら、それ以降の将軍は慶喜の子孫が就任することになりますので、幕府は水戸系人脈に則られる可能性が非常に高いということになります。幕閣たちは紀州家当主の徳川慶福を擁立することで慶喜に対抗しようとうするのですが、そもそも三卿が将軍を継承するという建付けになっていましたから、理論上、慶喜有利なわけです。この時、慶喜を擁立しようとしていた人々を一橋派と呼び、当時は薩摩藩も慶喜推しでした。しかしながら、慶喜の父親の徳川斉昭が大奥から嫌われていましたから、大老井伊直弼と大奥がアライアンスを組み、慶福を14代将軍に就任させることに成功します。慶福は家茂と名乗り、公武合体ということで公明天皇の妹の和宮を奥さんに迎えるというドラマチックな展開になるわけですけれど、わずか二十歳で病死してしまいます。普通に考えて二十歳なんて元気はつらつですから病死なんて考えにくいとも思いますが、家茂の将軍就任以降、井伊直弼は安政の大獄と呼ばれる一橋派に対する徹底的な弾圧をやりましたから、そりゃ恨まれるだろうし暗殺説も出て当然だとも思うんですね。ここで遂に慶喜が将軍に就任し、慶喜のアクロバティックな政治手腕により大政奉還へと歴史はなだれ込んで行くことになります。

で、ここで思うのは、もし慶喜が14代将軍に就任していた場合、当時はまだ幕府の弱体化はそこまで酷くなかったですし、慶喜本人は極めて優秀な人物だったことは間違いありませんから、もしかしたら徳川幕府は存続したのではないかという気がしなくもありません。その場合は徳川中心の近代化がなされていたことでしょう。その場合、日本はどうなっただろうかという好奇心は時々私の心中に頭をもたげます。ですが、ここまで述べましたように、14代将軍の跡目争いがあまりにも過酷なものでしたから、どっちが勝っても遺恨が残り、水戸系の人材は幕府の中で白眼視されていましたから、慶喜が14代将軍に就任したとしても、やっぱりいろいろな足の引っ張り合いで潰れていたんじゃないかなとも思えますねえ。

長くなりましたが終わりです~。



米連邦準備理事会(FRB)が22年ぶりに0.5%の利上げを決めました。正直たった0.5%では預貯金の利子には全然意味がないように思いますが、企業や景気などの経済には大きな影響を与えるでしょうか?

マネーゲームは基本的に大量に投入してちょっと設けるというモデルです。個々人の生活にとってはどうってことないですが、投資家にとっては、米ドル買いの好機ということになりますので、結果として経済にはドル高円安効果をもたらすということになろうかと思います。円安は本来、日本の輸出産業にとって有利ですが、最近は輸出できるものがなくなってきたので、輸入品の価格が無駄に上がるダメージの方が大きいのが悲しいところです。



第二次世界大戦について。 独英間での講和が成立していた場合、日本はその後どうなっていたと思いますか? (独ソ戦開戦前とする)

ドイツは独力でソビエト連邦を倒すでしょうから日本と同盟を維持する理由がなくなります。一方でアメリカはドイツの実力を認め英米独を中心とした世界新秩序の構築を進めることになります。東洋では日本が中国大陸に軍隊を送り込んで泥沼の戦争を続けているはずですが、仮に蒋介石と宋美齢の天才夫婦コンビが史実通りに健在であった場合、宋美齢がルーズベルトに頼み込んで日本を潰す方向へと持っていくことになりますので、結論としては、英米独を中心とした世界新秩序グループによって日本は滅ぼされることになったと思います。



「悲運の人」と言えば誰を思い浮かべますか?

ルイ17世ですかね。父親のルイ16世と母親のマリーアントワネットの場合、人生で華やかだった時期もあり、それなりに充実していたんじゃないかなとも思うんです。ルイ17世の姉のマリー・テレーズは一かの中でただ一人、ちゃんと長く生きることができたと。

ですが、本来なら次の王様になる予定だったルイ17世は物心ついたときにはフランス革命が起きて幽閉される身分であり、質の悪い監視人たちから両親を罵るように教え込まれ、まだ幼いのに売春婦との性行為を強要されて性病に感染し、夜毎拷問されて苦痛で叫び声をあげ、衰弱死しました。

マリーテレーズは王政が復活した後、家族をなぶり殺しにした者たちを決して許さず、復讐のことばかり考えているとの批判を受けたこともあるそうですが、家族が上に述べたような経緯で殺されたら、それはもちろん一生ゆるさなくて当然だと思います。



歴代幕府が開国するまで領土を拡張しようとしてこなかったのはなぜですか?又は、しようとしていたなら成功しなかったのはなぜですか?東北地方を平定するのが限界だったのでしょうか

まず鎌倉幕府ですけれど、鎌倉幕府のレゾンデートルは何かというと、京の朝廷の支配から独立した権力構造を関東地方に確立し、関東で土地の開墾とかやってる武士たちの権利を守るというのがあったわけですよね。そもそもが守りに入った組織であるため、拡張思考は最初からなかったんじゃないかなと思います。

で、室町幕府なんですが、この時代は足利義満なんかは明との貿易に積極的だったりしたわけですし、応仁の乱の要因の一つには細川氏と山名氏の間で海外との貿易の利権争いという面もあったわけですから、仮に戦国時代にならなかった場合、室町幕府が海外へ出て行った可能性はなくもないと思います。世界史で言えば大航海時代に入って行くわけですから、日本の艦隊がスペインの艦隊とフィリピンで出会うというようなことがあっても全くおかしくはなかったと思います。

で、徳川幕府ですけれど、この幕府は成立の経緯から言って豊臣政権を否定せざるを得ませんから、秀吉が構想したアジア征服計画のようなことに対しても否定的だったというのはあると思います。家康が教養人で、当時の教養人は漢籍をよく読むということになりますから、本家の明王朝や先輩格の李朝へ攻めて行くというのは日本の知識人には本来あまり馴染まない発想法であるということもあったと思います。それに加えて、徳川幕府は安定志向・ことなかれ主義ですから、海外との交渉(戦争でも貿易でも布教でも)は不安定要因を呼び込むことになりかねませんので、わざわざ外国へ攻めて行ってスペインなりオランダなりが首を突っ込んでくるのは嫌だというのもあったんじゃないですかね。



西郷隆盛さんの敬天愛人という思考の境地になぜなれたのでしょうか?自殺未遂、2度の島流しなどを経験してなれた境地なのでしょうか?どんな人間も汚い事をしてくる人間も平等に愛せる境地になぜなれたのですか

西郷隆盛は徳川慶喜を本気で殺すつもりでしたから、おっしゃっているような博愛の人物とはちょっと違うかなと思います。明らかにサイコパス傾向があり、目的のために手段を択ばない人物ですから、倒幕を目標にすると本当に実現してしまうという底知れぬ恐ろしさがありますけれど、この目的達成思考で「利他」を目標にした場合、普通では考えられないような大きな愛を発揮するのではないかというように私は西郷のことを捉えています。島流しにされている最中、漢籍を読むなどして、利他の概念・理想を知り、サイコパス的に徹底して実践したんじゃないかなと思います。



日本は国民国家 (nation-state) としての条件を満たしていますか?

ベネディクト・アンダーソンは『想像の共同体』で無名戦士の墓について論じています。たとえばアメリカにはアーリントン墓地があり、そこには会ったことのない同胞が眠っていることをアメリカ人ならだれでも知っているわけですね。そしてその同胞はアメリカのために命をかけて戦った英雄なのだということもみんな知っている。その英雄のことを、顔も知らないのに戦っているところを想像し、命を落としたところを想像し、感動し、アメリカ人に生まれて良かったと思い、英雄への敬意と感謝の心を新たにするわけです。会ったこともない同胞のことを想像して感動して胸が熱くなる、自分に関わる物語だと確信して消費することができる。なぜ会ったこともない人のことを自分に関係する英雄だと確信できるのかと言うと、そういう風に新聞とか書籍に書かれているのを読んだからで、アメリカであれば、誰もが話せる前提になっている英語で書かれていると。これこそが国民国家が持つ必須の構造である、決定的な要素であるとすら言えることはよく知られていることと思います。

言うまでもなく日本の場合、アメリカのアーリントン墓地が九段下の靖国神社に相当するわけですね。私は祖父が戦死してますので、個人的に全く無関係とも言い難く感じますが、でも、祖父に会ったこともないし、何も祖父のことを考えるために、祖父以外の数百万柱の英霊も一緒に祀られている靖国神社に行く必要もないのですが、やはりそこには物語があって、多くの人が、同じ日本語を話す無名戦士が日本のために死んで行った英霊であると確信して胸が熱くなるわけです。やはり千鳥ヶ淵の雰囲気は靖国神社と隣接していて皇居のすぐ近くであるということの物語性・ドラマ性をつい私が頭の中で作り上げてしまって、やはりぐっと来るわけです。頭ではそれは所詮、フィクションであると分かっていても、やっぱりぐっと来てしまうのです。そして多くの人がおそらくそうなのです。それが良い事なのか悪い事なのかは論じていません。

そういうわけですので、靖国神社という無名戦士を思い出すための施設が存在し機能しているわけですから、日本が国民国家と言えるかと言えば、間違いなくその必須要件は満たしていると思います。



アトランティス大陸は実在したのでしょうか?

地学・地質学的な意味でのアトランティス大陸は多分なかったと思います。今の時代にそのような大陸の痕跡が見つからないなど考えにくいと思います。とはいえプラトンが語ったアトランティス伝説が無根拠とするのも考えにくく、モデルとなった地域・社会・王国があったんじゃないかなという気はします。そしておそらくは戦争とか飢えとかで滅びたのでしょう。孔子が周王朝の時代を理想としましたが本当に周王朝が理想的だったかどうかはあまり問題ではなく、そこに理想を投影して語ったということが重要なのであって、プラトンにとってのアトランティスもそんな感じなんじゃないかなと思います。



メイデイでの労組のテーマは「命と暮らしを守る」でした。今はコロナ禍が続き、長い不況、少子高齢社会、円安に起因する物価高、ウクライナ戦争と問題山積です。あなたが思う「命と暮らしを守る」は何でしょうか?

私は自由を大切にしていますが、仮に経済活動・社会活動で自由を謳歌するとしても、失敗した人が生活できなくなるという事態が生じることには強い懸念を感じています。自由で何度でも挑戦できる社会を作るためには、失敗した人が生活できなくなって自殺してしまったりというようなことがないように目指していかなくてはいけないと思います。たとえば生活保護受給者に対する差別があってはならないことは当然のことですが、生活保護は誰でも気軽に受給できる制度にしてゆくべきで、理想はベーシックインカムだと思うのです。

というのも、生活保護を審査するのは役所の担当者なわけですが、どうしても偏見や思い込み、判断ミス、情報不足、受給希望者の言葉足らずなどによって、完全に公平な給付ということは考えにくく、実際、生活保護がなくても生活できるであろう人が受給に成功する一方で、明日の食事にもこと欠いた結果、路上生活を選ばざるを得なくなる人もいるわけですね。担当者が審査するという制度そのものが不完全なものであると私は思っていますから、誰でも希望者は受給できる、何なら希望しなくても勝手に振り込まれるくらいでちょうどいいのではないかと思うのです。

必ず生活できるという前提があった上での自由競争が結局はいい果実を人類にもたらし、より多くの人の命と暮らしを守ることにつながると私は思います。