日本古代においていつ頃から太陽神信仰が中心になったのでしょうか?高松塚古墳とかキトラ古墳とかの壁画を見る限り、中国影響下なのか北極星信仰が優勢だったのかと素人的には思ってしまうのですが。

道教では北極星のことを天皇星と呼びますので天皇という呼称はまず間違いなく道教に由来していると考えて良いと思いますし、天皇という称号を最初に使用した天武天皇は天皇星が星空を支配するが如くに自身がヤマトを支配するようなイメージを持っていたものと思います。とはいえ太陽神であるアマテラスを祀る伊勢神宮を天皇家の氏神みたいな位置づけにしたのもやはり天武天皇なわけですね。

彼は仏教僧としての一面も持っており陰陽道にも通じていました。また聖徳太子を神がかった伝説的な人物として記述されることになったのも彼の意思であり聖徳太子が馬小屋で生まれたとかみたいな話になっている辺りはまず間違いなくイエスのイメージからヒントを得ていると思いますので天武天皇はキリスト教に関する知識も持っていたと私は思います。

つらつら考えるに、天武天皇がそれ以前の素朴なアニミズムを淘汰し北極星信仰と太陽信仰+聖徳太子のような超人信仰の合わせ技を使ったということではないかと思います。

非常にプロパガンダに長けた人物であったに違いありません。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください