人々がボランティアをはじめるためには、どのようなきっかけが必要なのでしょうか?

「人々がボランティアをはじめるためには、どのようなきっかけが必要なのでしょうか?」とのquoraでの質問に対する私の回答です。

なんらかの意味でお得がなければいけません。たとえば、人と出会えるというのはボランティア活動の大きな魅力の一つです。或いは、進学の際にボランティア経験を書類に書けることが有利な場合もあれば、それもきっかけになります。更に言えば「僕は今日はいいことしたなあ」と思いたいからやるというのもインセンティブになると思います。

但し、ボランティアは自由であるべきと私は思いますので、あまり組織化されすぎたボランティア活動には私はあまり魅力を感じませんから、時々、お上主導のボランティア活動がありますけど、ああいうのは、ちょっとなあと思う時もあります。役所が主導するのなら、ボランティアにも人件費出してやれよとか思っちゃうんです。

私以前、渋谷で路上生活者の方々にご飯を配るボランティアを手伝ったことがあるんですけど、お上とはどちらかと言えば対立姿勢の集団で、私は特にお上と戦いたいわけではなかったんですが、お上のコントロールの外でやってるボランティアですから、自由だし、やってる人の情熱もなみなみならぬものがありましたから、そういうエネルギーに触れることもできて、今でも貴重な思い出なんですね。路上生活の人たちと意見交換したり、談笑したりしたのも、とても大きな経験でした。

そういう、わりと破壊力の大きいボランティアにかかわった経験があったおかげで、生ぬるいボランティアはできなくなっちゃいましたね。あ、ボランティアは娯楽ではありませんでした…すみません…。



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