蘇我入鹿が中大兄によって殺害された翌日、入鹿の父親の蝦夷が自害し、蘇我氏本宗家は滅亡します。蝦夷が死んだ翌日に中大兄の母親の皇極天皇は、彼女の弟の軽皇子に皇位を譲り、軽皇子は孝徳天皇になるわけです。で、入鹿が殺されてから孝徳天皇が即位するまで僅かに二日ですから、おそらくは綿密な打ち合わせが事前になされていたのだろうという気がしますね。で、中大兄は母親が元天皇で、おじさんが今の天皇で、それを自分が糸を引くという感じになるわけですから、蘇我氏を排除してから、中大兄サイドでいろいろなことが固められたと言っていいと思います。孝徳天皇は都を飛鳥から難波宮へうつしますが、これも中大兄の意思によるものと見て問題ないと思います。蘇我氏を倒したことにより、新しい政治が始まって、勝利者としての中大兄や孝徳天皇の景気のいい、明るい団結した感じをですね、当時の彼らの心境を少し想像すれば、すぐに理解できると思います。ポスト蘇我氏をエンジョイしているという感じでしょうか。入鹿が謀殺される際に、蘇我氏の人物でありながら中大兄に協力した蘇我倉山田石川麻呂という人物がいるんですが、彼は孝徳天皇の時代に謀反を計画したっていう、証拠とか全然見つからないような罪で追い詰められて自害させられているんですが、要するに中大兄と孝徳天皇にはめられたわけで、用済みだから殺されたと見るのが正しいと思います。まあ、そのような謀殺も協力してやるわけですから、中大兄と孝徳天皇は仲が良かったことは絶対に確かだと思うんですね。
ところが、そのようなハネムーン期はあまり時を経ずして終了してしまいます。仲間割れってやつですね。中大兄は難波宮から飛鳥へと都を戻すことを主張するんですが、孝徳天皇は受け入れず、結果、中大兄は飛鳥へ帰り、孝徳天皇は難波宮にとどまるという形になります。興味深いのは孝徳天皇の皇后である間人皇女(はしひとのひめみこ)という女性がいたんですが、この人は中大兄の妹なんですけど、彼女も中大兄について一緒に飛鳥に帰るんです。ですから、朝廷が分裂したというよりは、孝徳天皇が中大兄に見捨てられて、孤立しちゃって難波宮に取り残されちゃった、みたいな感じだと思った方が実情に近いと思います。このような分裂劇があった翌年、孝徳天皇は亡くなっているんですけれど、ちょっと想像力を膨らませれば、中大兄が人を送って命を奪ったんじゃないかというのはすぐに気づきますよね。この時代は不思議なタイミングで病死する人が多いんですけど、亡くなった方の立場や事情、タイミングとかを考えて、どうも殺されたんじゃないのかな…と思える人ってたくさんいるんですね。今の感覚だとかなり恐ろしいんですが、飛鳥・奈良時代の天皇家ってすさまじいんですよ。孝徳天皇の亡くなり方を見ると、中大兄がいらなくなった人物は捨てて殺すというスタンスで政局に臨んでいたことがよく見える気がします。
孝徳天皇の死後、皇極天皇だった中大兄の母親がもう一回天皇に即位するという、異例のできごとがあるんですが、この天皇が斉明天皇ということになりますね。この斉明天皇の時代になっても、中大兄は孝徳天皇と仲たがいになったことを忘れたわけじゃなくて、孝徳天皇の息子の有間皇子に対して謀反の疑いをかけ、有罪の決定をして処刑してしまっています。有間皇子が生きていた場合、天皇の息子ですから、皇位継承を主張することができるわけで、孝徳天皇の影響を完全に排除したいと思った中大兄は有間皇子を操るんじゃなくて、殺すことにしたと考えていいわけですから、邪魔者は躊躇なく排除する中大兄の冷徹さのようなものを見出すことができると思います。有馬皇子の訴因みたいなことをちょっと考えてみたいんですが、蘇我赤兄という人物が皇子に近づいてですね、「あなたのお気持ちは分かりますよ。中大兄にお父上を排除されちゃって、そりゃ、お悔しいですよね。みなまで言わなくてもとてもよく分かります。だって、私たち蘇我氏も、中大兄にやられちゃったんですから」みたいなことを言われて、あー理解者がいてくれるんだと有馬皇子は思っちゃって、二人は打倒中大兄で意気投合しちゃったって話らしいんですね。多分、お酒と肴の用意された席で、ほろ酔いで、あんまり本気じゃない会話だったと思うんですよ。で、蘇我赤兄がその時のことを密告して有間皇子が逮捕されたわけですから、ぶっちゃけ思いっきりはめられてますよね。蘇我赤兄にとって中大兄は本家が潰された仇みたいな存在みたいなはずなんですけど、こんな風に密告してご機嫌とるって、全く見るべきところがないというか、さっきの石川麻呂もそうですけど、蘇我氏で生き残ったやつってろくなのがいないのかよって気骨の無さに気の毒なくらいに思えちゃいますよね。
中大兄のサイコパスぶりは、政敵を陥れて潰しにかかるということだけじゃなくて、額田王を弟と取り合ったりすることにも現れていて、知れば知るほど恐ろしいんですが、そういった強権ぶりはいつまでも続いたわけじゃなくて、朝鮮半島での戦争で失敗して彼は一機に追い詰められていくことになります。それはまた次回ということで。ありがとうございました。