折口信夫‐沖縄舞踊にみる三要素

この文章は1936年に発表された。日中戦争の始まる前年のことであり、国際連盟から脱退した後の時代で、日本人は自分たちの方向性に迷っていた。一方に於いて西洋化、モボ、モガのようなライフスタイルへの憧れがあったが、荒木貞夫が非常時日本という映画でアジテーション演説をしたように、日本精神、大和魂が吹聴された時代でもあった。そして現実は、モボ、モガを排除し、荒木貞夫の狙った通りの大和魂を尊しとする民族国家ができあがっていったのだった。しかし、ここで日本と日本人はふと立ち止まらざるを得なくなる。当時の日本は既に多くの植民地を獲得していた。北の樺太にはツングース系住民がいたし、北海道にはアイヌ、沖縄には琉球の人々、台湾の漢民族と様々な少数民族。朝鮮半島と南太平洋の島々にも日本民族ではない人たちが暮らしていて、事実上の植民地の満州国でもっとも流通しているのは北京語だった。満州国も五族協和をうたっているのだから、なかなかの多民族国家であり、当時の日本は、第一次大戦で消滅する前のオーストリア・ハンガリー帝国のような多民族帝国だった。そこへ、大和魂である。言葉は勇ましいが、実際に浸透させるとなると様々な困難があったことは言うまでもないだろう。大和魂という言葉を聞いて何かをイメージできる人は日本人しかいない。これは民族の物語だ。従って、台湾人とか朝鮮人とかといった人々が同じイメージを喚起されなければならないという筋合いのものではない。だが、イメージさせたいという帝国の願望がある。ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』みたいな話になってしまうのである。当時の日本という国家は、想像の共同体帝国を建設することの方に賭けた。植民地の人たちに、自分は日本人だとの意識を持ってもらおうとする努力が始まっていく。

植民地の人々に、実は私たちは日本人と同祖である、と思ってもらうためには、ストーリーを作り出さなくてはならない。1941年の夏休みに、柳田国男は東京帝国大学の農学部の学生たちに向けての集中講義を行い、日本各地の民俗的風習がいかなるストーリーに支えられているかといったことを論じた。その最後の部分で、今は朝鮮半島や台湾の人たちも、自分たちはかつて日本人であったということを思い出そうとしていると述べた。柳田国男本人が本気にしていたかどうかはかなり疑わしいのだが、そういうことにしなければならなかったのだという苦衷を察することはできる。日本は当時、そのような新しい伝統とそれを支えるストーリーを必要としていた。ドズル・ザビが、「俺は軍人だ。ザビ家の伝統を作る軍人だ」と言っていたのと同じである。ザビ家に伝統はなく、これから作っていかなくてはならなかったのと同様に、日本帝国には帝国を束ねる物語はなく、なんとか大和魂を納得してもらおうと新しい説得材料を作り上げようとしていた姿はある意味では涙ぐましい。言うまでもないが、涙ぐましいからと言って、支持しているわけではない。

折口信夫の『沖縄舞踊にみる三要素』では、沖縄の踊りが果たしてどこから影響を受けているのかということを論じた短い文章だ。この文章からは、上に述べたような、沖縄の人たちへの、実はあなたたちは日本人なのだ。大和魂を持ってくれとする日本側からの説得材料を作り出すための過程のようなものを垣間見ることができる。沖縄はちょっとは日本の影響もあるし、ちょっとは中国の影響もあるし、どこから来た人たちなのかよく分からないから日本人とまとめてしまっていいものかどうか悩ましいところではあるけれど、かと言って、大久保利通が力づくで日本の領域内に編入したのだから、沖縄の人は日本人とするストーリーも作りたい。さて、どうしようか…という中で、歴史的経緯から実際に見られる現象までをざっくりと総覧して、なんとか日本の文化の影響下にあると論じている。もちろん、折口は沖縄舞踊には日本の影響はもちろんあるが、南方諸島の影響も強く受けているとして、一方的な沖縄は日本の一部だ論を唱えるような浅はかなことはしていない。ただ、やや穿ってみるとすれば、中国の影響が見られないとしている点で、日清戦争まで続いた沖縄帰属問題は日本の勝ちという枠組みを守り抜いた形になっているし、南方の島々とはサイパン島のような南洋諸島のことで、第一次世界大戦のあとで日本の領域になった地域を連想させるから、それら地域の広い連帯という物語を生み出す前哨戦のような位置づけにこの文章はあるのかも知れない。もちろん、折口は慎重に言葉を選んでいて、安易に日本・琉球同祖論のようなことは述べていない。

僅かに話はずれるが、日本は数年後に大東亜共栄圏の建設を目指して東南アジアを席捲する。これまでの手法が植民地の人々の日本人化だったのだから、東南アジアの人々にも同じ手法が用いられた可能性は高い。だが、どうやって説得できただろうかと考えると、結構、難しい気がする。ビルマやインドネシアの人たちに日本人と君たちは同祖なんだよと言ったところで、あまり信頼性のある話にはならないだろう。そのような話になる前に日本が戦争に敗けて行ったので、神話制作担当者はある意味ではほっとしかも知れない。




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