中原中也‐小林秀雄小論

中原中也はさすが大詩人ですから、今回の文章は何を述べているのか細かいところについては、実のところ、ちょっとよく意味が分かりません。他の戦前の文章も時にその意図が測りがたいことはありますが、今回はより深刻です。ただ、分かるのは、小林秀雄のことを深く憎んでいること、しかし、小林秀雄の巨大さも認めていて、秀雄を憎む自分自身を強く嫌悪していること、そういったことがひしひしと伝わってきます。青空文庫に収録されているものを朗読しました。

小林秀雄と中原中也は、長谷川泰子という女性を巡り、命を削るような激しい恋の三角関係に立ち至ったことはつとに有名なことです。純粋でまだまだ世間知らずのところもあり、おそらくは生まれつきあまりにも打算というものを知らなさ過ぎた中原中也は、恋でも文芸でも友人関係でも小林秀雄に敗れていくことになります。中原中也は早世してしまいますが、小林秀雄に敗れたことが命を縮めてしまったのかも知れません。中原中也と小林秀雄の間にいて、双方と人間関係を保ったのが大岡昇平でしたが、中原中也が朝に午後に夜にと一日に何度も遊びに来るのに相当参ってしまったそうです。波状訪問と表現している評論を読んで、そりゃ訪問される側は大変だと思いました。ですが、そうでもしなければならないくらい、中也は依存傾向が強く、すぐに「汚れちまった悲しみに」状態になったでしょうから、周囲はさぞかし大変だったでしょう。ですが、多分、そのぶんお人よしで、繰り返しになりますが純粋で、愛すべき、憎めない人だったのではないかと思えてなりません。




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