少女終末旅行とキルミーベイベー

少女終末旅行をアマゾンプライムビデオでみた。この手のアニメをアマゾンプライムビデオでみるとすれば、一機にまとめてみることで次週放送まで待たなくていいのがメリットだと言えるのだが、このアニメに関しては、作画と設定がドラマチックで目が離せないにもかかわらず、展開そのものはスローテンポの日常系で、作品の意義をどこに求めるかについて脳の理解がついていくのに困難を要し、まとめてみるだけのエネルギーを維持することができなかった。全12回分を毎日1回分づつみて、なんとか今日にいたったというわけだ。

人類がだいたい滅亡して誰もいない廃墟だけが延々と広がる世界を2人の少女が食糧となんらかの意味での出口を求めて旅を続ける奇妙な物語は、みているうちに、あ、これってキルミーベイベーに似ている思わせる、ある種の空気や雰囲気のようなものを持ち合わせていることに気づいた。

まず少女終末旅行のopの歌詞は、キルミーベイベーのedの歌詞と酷似している部分があり、とても偶然とは思えず、キルミーベイベーの方が先に放送されていたことを考えると、少女終末旅行の方がキルミーベイベーをかなり意識していたのではないだろうかと思える。

また、百合的な展開も似ている。もっとも、キルミーベイベーの場合は表面的には延々と続くボケと突っ込みのどつき漫才ギャグマンガであるため、ぱっとみた感じ百合っぽくは見えないが、あれ、これってもしかして、百合…?と視聴する側がいろいろと想像力を膨らませて、もしかしたら百合かもというところにたどり着くのだが、少女終末旅行は絶対に百合、明白に百合、これで百合でなければおかしい。というくらいにわかりやすい百合であり、このあたりには違いがあると言えばある。だが、どちらも百合である。キルミーベイベーはサービスショットがさほどないのに対して、少女終末旅行はサービスショットが結構たくさんあることも違いとしては挙げておきたい。少女終末旅行の場合、ギャグ的要素が皆無に近いため、チトとユーリの関係性だけにフォーカスされると言ってよく、それだけに百合っぽさが目立つのかも知れない。百合ではないが、終末の廃墟を少女たちが歩くという意味ではコッペリオンもある程度似ているかも知れない。

キルミーベイベーは少女ものがどうとか、百合がどうとかとは関係なく、ギャグが普通に笑えるため、シーズン2を期待していたが、あぎりさんの声優さんが捕まってしまったので、シーズン2は諦めざるを得ず、がっかりしていたのだが、少女終末旅行というインパクトありまくりのアニメによって補われたことは喜ばしい限りだ。もっとも、その少女終末旅行も終了なわけではあるが。

少女終末旅行の最後についてはネットでも議論が分かれていて、死ぬ説と生き延びる説がせめぎあっている。私は作品をみ続ける中、途中から、この2人は既に死んでいるのではないか。観念の世界で旅を続けているだけなのではないかという不思議な感覚を持つようになった。絵がきれいなドラマチックで、人間愛に溢れており、音楽もきれいなので、アニメが好きな人にとっては歴史的に残る素敵な作品として受け入れることができるのではないだろうか。個人的には少女終末旅行のedは繰り返し見たいとても素敵な動画だと思う。



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