高御座

上野で高御座を拝観してきた

今、上野で見学できる高御座は、今上天皇陛下がご即位されるために京都御所の紫宸殿から運ばれてきたもので、前の天皇陛下、即ち上皇陛下が即位された時と同じものを解体して東京まで運び、今回の即位に用いたとのことだそうだ。で、前の天皇陛下の即位の時は、自衛隊がヘリコプターで運んできたらしいのだが、穏やかではないとのことで今回は民間が陸路運んだらしい。別に自衛隊で運ぼうと民間に委託しようと私にとってはどうでもいいが、儀式に必要な設備を移動させるだけでも政治が絡んでくるのだから、天皇陛下というお立場はいろいろ大変である。

今使われている高御座は大正時代に作られたものだそうで、大きな特徴は天皇陛下と皇后陛下がお座りになるところが、ちゃんと椅子になっていて西洋風を取り入れているということなのだそうだ。要するに和洋折衷である。どこにも踏み込んだことが書かれていなかったので、私がここでもう一歩踏み込んで議論しておこうと思うのだが、天皇と皇后が一対になって公の場に登場するというスタイルそのものが西洋近代を受け入れてからのことで、天皇陛下がご使用になる、写真手前の高御座と、皇后陛下がご使用になる奥の御帳台をワンセットにするという発想そのものが繰り返すが近代西洋的なやり方だ。以前であれば天皇家であろうと武家であろうと、即位だの元服だの家督相続だのといった表向きのことは全て男の手で行われ、奥向きのことは女性の手で行われ、基本は相互不干渉だった。もちろん夫婦や家族ということになれば全くの不干渉・無関心はあり得ないが、それでも他人から見える部分は男女不干渉である。

それとも、私が不勉強なだけで、日本国中、天皇家だけが西洋風一夫一妻的即位の儀式を平安時代から続けていたのだろうか?まさかとは思うが…(シャア風)。

高御座にお上りになって天皇陛下がご即位されるというのは平安時代から続く古式ゆかしき儀式であることには異論をさしはさめるほど私には知識がないので、きっとその通りに違いないと思うのだが、大正時代にリニューアルされた時、明治天皇から始まった天皇家の西洋化が更に一歩進められた証左であるように私には思える。昨年皇居に行った時、皇居の内側の様子から近代官僚制によって形成された近代天皇像のようなものを感じ取ることができ、今回の高御座を拝観してその感触については確信を深めることができるようになったと思える。一応、断っておくが、私は近代天皇制度を支持しているので、上に述べていることは批判ではない。日本の国を説明する上で重要な要素である天皇と天皇家に対する洞察を深める努力をしているだけなので、ご理解いただきたい。このような男女一対スタイルで高御座が作られたのは、実は昭和天皇の発案なのではなかろうかという想像も湧いてくる。明治天皇が一夫多妻を享受したおそらく最後の天皇で、大正天皇は健康上の理由からとても複数の女性を身の回りに置いている場合ではなかったらしいのだが、健康で頭脳明晰な昭和天皇は、明朗に一夫一妻を支持し、実践した。若いころにヨーロッパを歩き回って、キリスト教圏の一夫一妻的家庭像が理想的に見えたのだろう。

昭和天皇が即位する時は京都に出向いて高御座に上ったとのことだが、実際に高御座を見れば納得できる。美術的価値が高い上にあまりにも巨大な高御座を運び出すより、人間が出向いた方が話がはやい。とても移動させるわけにはいかなかったのだろう。平成と令和になるにあたっては、高御座が警備上の事情から東京へと運ばれたということらしい。確かにあの皇居の中であれば、ちっとやそっとで手が出せるものではない。安全に相違あるまい。京都御苑は建物のガードがそこまで固そうではないので、実務担当者から見れば不安に思うだろうとも思えたので、今のやり方は合理性を追求し、積み重ねた帰結なのかも知れない。

天皇家の代替わりがあったおかげで、普段見ることのできないものが色々見ることができ、収穫は大きい。大嘗祭のお宮もまさか自分が生で見る機会を得られるなど、想像もしていなかった。生きていると面白いことがいろいろある。



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