溥儀と宦官

最近、どういうわけか、なんとなく宦官に関する書籍を何冊か読んだ。宦官は今となっては過去の時代のもので、ましてや日本には関係がなく、今さら宦官に関する知識を得てもしかたがないといえばしかたがないのだが、清末期の中国の歴史を知りたいと思った際に、宦官について多少の理解を持つことは有効だと言えるだろう。また、20世紀後半くらいまでは2000年続いた宦官の最終世代がまだ生きていて、インタビューも複数残っている。彼らは光緒帝とか溥儀とか西太后に仕えた経験があるので、生き証人としても貴重なため、インタビューもまた興味深い。インタビューを参照した論考も多い。

で、いろいろ読み進めるうちに分かってきたことは、宦官に対する考え方によって、その記述が大きく異なってくることだ。宦官は男性器を失っているがために、欲望の向かう先が富と権力へと先鋭化していき、そのため貪欲で、しかも権力者の近くにいるため影響力を発揮しやすく、国家の意思決定にも関わるが視野が狭いため最終的に国家を滅ぼす。ホルモンバランスも崩れているので外見や声なども異様。異形の者に操られる末期清王朝。みたいなイメージで描かれていく。

一方で、宦官には宦官の美があると考える書き手もいる。そもそも宮廷内部で勤務する宦官は眉目秀麗であり、おっさんくさくなることは絶対にない。ホルモンバランスが未知の領域なので、美しさもまた絶世の感あり。従ってモテる。最上級の王宮で仕事をしているため、マナーに詳しく気品に溢れている。教養もある。見た目よく、中身よく、マナーもできるのだから、結構完璧な存在だとすら言えるだろう。たとえば浅田次郎さんの蒼穹の昴で登場する宦官は、そういうタイプだ。宦官に憧れる人すら出てきそうな勢いだ。

私が読んだ宦官関連の本から得た感想としては、宦官が清朝の運命を左右するような決定的な意思決定にか関わった痕跡はどうもないらしいということだ。たとえば義和団事件の際に、清朝が列強に宣戦布告をするというような場面で宦官がああするべきだ、こうするべきだなどと述べていたなどの話はない。辛亥革命の際、もっとも影響力を発揮したのは袁世凱だが、袁世凱は宦官ではない。

宦官が宮廷内部でアヘンを売って儲けていたというエピソードはあるが、資本家になったというエピソードはないから大きな視点から見れば小商いに過ぎないとすら言えるだろう。

溥儀が宦官と遊んでいた話は多いが、宦官は基本的に奴隷みたいな存在なので、ひたすら溥儀の意思に合わせて行動するのが宦官だ。皇帝にとって宦官は奴隷であると同時に友達だ。しかし政治の相手ではない。

「最後の宦官」という呼ばれ方をした宦官は何人かいて、本当に本当の最後の人が誰なのかはちょっと悩ましい問題ではあるが、その中の一人に李連英という人物がいて、映画になっている。西太后に仕えた彼は、映画の中でどこまでも優しく西太后を包み込むような存在であり、西太后は体調不良の中、李連英におんぶされて最期を迎える。自分が一番弱っている時に体を預けることができるのが宦官というわけだ。中国映画なので、宦官がどういうものかというイメージはより我々よりも実感がともなった感じになっているとは思うのだが、宦官は優しく穏やかで、滅私奉公の精神を貫いている。ここまで徹してくれるのであれば、ちょっとくらいお金持ちになって余生を暮らしてもいいんじゃね?と思えるレベルだ。

『覇王別姫』という梅蘭芳を題材にしたで登場する宦官は、清朝が滅亡したことへのやり場のない怒りを抱え、男性器を失っているためにやはりやり場のない欲望の処理に困り、不正蓄財は思いっきりしているので、それで美少年を買い続けたりしてやがて破産する。この映画での宦官のイメージは悪いというか、かなり気の毒なものだ。但し、中国映画の場合、辛亥革命以前の権威は原則否定されなければいけないので、溥儀のことも西太后のことも大抵は思いっきり批判的な視線で描かれている。中国映画を観ると、清朝関係者は全員最低な人間ばかりみたいな錯覚すら起こしそうになる。実際はどうかは知らないが、全員最低ということはさすがにないだろう。ということは上にあげた李連英の映画の方がやや異色なのかも知れない。史上最悪のイメージの西太后と李連英の心温まる日常というのは、案外と新鮮かつチャレンジングな内容なのだろう。

エドワード・ベアは溥儀の伝記を書くために宦官に取材して思いっきりキレまくられてしまい、インタビューそのものが破綻してしまっている。エドワード・ベア自身の東洋人蔑視も酷いので、宦官の方が心を開いてくれなかったのだろう。エドワード・ベアは田中上奏文が本物だと信じていたような人物なので、あんまり相手にしても仕方がなさそうな気もする。

中国人の賈英華が溥儀に仕えた宦官の孫耀庭にインタビューした時は、結構なんでも赤裸々に親しい感じで話ができているようなので、やはりインタビューはインタビュアー次第なところもありそうだ。このインタビューを読むことで宦官に対する理解はかなり進むのではないかと思える。宦官について知りたい人がどれだけいるかはわからないが、中国近現代史の理解にもつながるので読んで損はない。溥儀の私生活についてかなり突っ込んだことを話しており、私は政治上のアクターとしての溥儀には関心はあるが、彼の私生活には関心がないため、あんまり詳しく述べられても食傷してしまうのだが、溥儀の人物像を知る上では確かに有効だ。

最後の宦官で有名な人でもう一人、小徳張という人がいるのだが、その人に関連する本はまだ読んでいない。読んでみて、新たな知見が得られたらブログに備忘として書き残したい。



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