シャア・アズナブルについて考える上で決して忘れてはいけないのは、妹のセイラさんとのことである。シャアの本名はキャスバルで、セイラさんの本名はアルテイシアであり、この二人はともにデギン・ザビに暗殺されたジオン・ズム・ダイクンの子供である。ジオンが暗殺された後、この兄と妹はザビ家から逃れるために地球に降りた。そしてある程度成長した後で、キャスバルはアルテイシアを残してジオン公国へと入り込み、シャア・アズナブルという偽名で士官学校に入学し、遂にはジオン軍の士官になるのである。ちょっと違うがショーン・ケンなみに素性を隠しての大出世であると言える。シャアは顔も運動神経も頭も良いので、それぐらいの人物でなければやり通すことはできなかっただろうけれども、シャアは極端に優れた普通の人なので、ニュータイプではあり得ず、周囲からニュータイプかもと期待されることが却って彼を苦しめるようになっていく。ちなみにアムロがニュータイプかどうかもかなり怪しいと言える。物語の終盤ではアムロのニュータイプの開花は見られるが、それまではどちらかと言えばアムロの才能よりもひたすらガンダムの性能頼みである。ガンダムにはディープラーニングAIが搭載されているので、戦闘をすればするほどコンピューターに経験値がたまっていく。要するにガンダムはアムロがあんまり努力しなくても自動的に強くなっていくようにできているのである。
さて、シャアとセイラの関係に話題を戻すが、シャアがニュータイプではなく普通の人だということを物語るのが、妹に対する考え方の甘さではなかろうかと私には思える。
サイド7への潜入に成功したシャアは、警戒中のセイラに発見され、銃を突きつけられる。シャアはヘルメットを脱いで素顔を見せるのだが、セイラはそれが兄だと知って慌ててしまい動けなくなってしまう。シャアはとっさにセイラの構えた銃を足でけり落とし、さっと現場から脱出するのである。
その後ホワイトベースはルナ2に逃げ込み、シャアはドズルから命じられた通りに最低でもホワイトベースの破壊、できれば奪取する目的で部下たちとともにルナ2に潜入する。そこでシャアはじっくりと考える。もし安易にホワイトベースを破壊した場合、妹のセイラを死なせてしまうことになりかねない。それはできない。さて…どうしよう…考えた結果、シャアは銃を突き付けてきた時、セイラは強かった。俺の妹があんなに強いわけがない。従って、あの女は俺の妹に似ているけれど、多分、別人だ。きっと別人だ。別人に違いない。と自分を説得し、作戦を遂行するのである。結果、実は本物の妹だったのだ。シャアが作戦に失敗したので妹は死なずに済んだが、それは結果論である。
二人の次の邂逅はジャブローでのことだ。シャアはやはりホワイトベースだけを狙い少数精鋭でジャブローに潜入し、目的を果たすことはできなかったのだが、その作戦遂行中にセイラとばったり出会ってしまう。シャアは妹に「軍から身を引いてくれないか」と頼み、急ぎその場を去る。そして宇宙へとホワイトベースが出発し、シャアがザンジバルでそのあとを追う段階になって、もしホワイトベースを撃沈したとしても妹が乗っていたら大変だとじっと考え、争いごとをあんなに嫌っていた俺の妹が再び乗るはずがない。俺からも乗らないでくれと頼んだし。と一人合点でno problemと判断してホワイトベース撃沈に執念を燃やす。シャアが失敗したのでセイラは生き延びることができたが、成功していればシャアは妹を殺したことになってしまうところだった。
二人の三度目の出会いは人間から見捨てられたテキサス・コロニーでのことで、シャアは妹がまだホワイトベースに乗っていることに衝撃を受け、金塊をあげるから頼むから地球に帰ってくれと頼み込む。今までは言葉だけでの妹への命令またはお願いだったが、やはり実利による誘導がなければと思ったのかも知れない。そしてシャアはきっと妹は地球に降りたに違いないと思い込んでホワイトベース撃沈に精力的に取り組み、その目論見はことごとく失敗するのだが、それは結果論である。
二人の四度目の出会いがある。シャアとララアがアムロと敵対しているとき、セイラがコアブースターで突っ込んでくる。ゲルググに乗ったシャアは「あーめんどくせえ、こっちは新型モビルスーツなので、こんなやつ叩き落してやれ」と思って攻撃するのだが、きわめて優れたニュータイプであるララアが「大佐いけません!」ということで、よく見てみると、コアブースターの窓には妹の顔があるではないか。シャアはララアに知らせてもらうことができなければ、妹をその手で殺すところだったのである。シャアはたじろぎ、その隙をアムロにつかれて死にかけるが、ララアが身代わりになってシャアは助かるという流れになる。
セイラは「刺し違えて」でも兄を止めようと思っているが、繰り返し殺されかけた立場としては当然だと言えるだろう。或いはホワイトベースを攻撃する度にアムロに撃退されるシャアを不憫にすら思ったかも知れない。小説版でセイラはアムロに対してシャアを殺すことと引き換えに自分の身体を与える。兄が何度も殺しに来るのだから、そのように思えばセイラの心情は実によく理解できるのである。鈍感すぎるぞ…シャア…。俺の妹だからきっとこうに違いないが多く、シャアのセイラに対する考え方は総じて詰めが甘い。
とはいえ、ア・バオア・クーではセイラが炎に飲まれそうになったところをシャアが助けるというようやく兄らしい行動をとる姿を見ることができる。この兄と妹はそのまま今生の別れみたいになってしまうのだが、やはり多くのファンが心を痛めたのだろう。『シャアの日常』では、シャアとセイラの仲睦まじい兄妹愛を見ることができる。アニメ作品が悲劇的なだけにその様子はホッとさせられるものがあって和むのだ。