デジタル時代に紙の本は、いわばインテリア

職業柄、本はたくさん必要になる。以前、読書は趣味だったが、今となっては仕事の質を上げるための義務になっていると言えるし、全て図書館に頼るのは限界がって、ある程度は買わざるを得ない。というか、本を買う金があるとかないとか言っている場合ではなく、やむを得ず買う本もたくさんある。過去に買ってきた本の代金だけで家が一軒建つのではないかとふと考えて恐ろしくなるほどだ。

最近、本を捨てようと決心し、かなり本の量を減らした。仕事や論文に関係がある本、自分が気に入っている本、感銘を受けた本、お手本にしたい本などは残し、そうでない本は捨てて捨てて捨て抜いた。今まで何千冊も読んできた(途中で何冊読んだか分からなくなった)が、二度読む本はほとんどない。本と私は大抵の場合は一期一会だ。従って、今本棚に残っている本は、思い出のようなものに近いのかも知れない。ましてや現代は大抵の本は電子情報で読める。物理的な紙の本は相当部分不要であり、断捨離が流行している今、部屋を少しでもすっきりさせるために本の量も極限まで減らした。

ただ、断捨離のつもりで本を捨てまくった結果、ふと思ったのは室内に本があるというのは値打ちがあることだということだった。好きな本が並んでいる姿を見ると、なんとも言えないいい気分になる。kindleで本が買える時代に紙の本を敢えて持つというのは、ぬいぐるみが好きな人がぬいぐるみに囲まれたり、洋服が好きな人が洋服に囲まれたり、音楽が好きな人が楽器を置いたりして幸福な気分になるのと同じような感覚なのではないかと思った。要するに今の時代、紙の本を持つのは趣味や嗜好であり、紙の本は室内照明や楽器やソファと同じようなインテリアの一部なのだと言うことができるのではないだろうか。

今、厳選して本棚に残してある本を眺めて、とても気分がいい。私は自分がインテリアに興味がないし、インテリアの才能もないと思っていたが、仮に自分の好きなものに囲まれていい気分になることが、インテリアの出発点だとすれば、私は何十年も自分の気に入るようにインテリアしていたと言える気がする。本を読むことは素敵なことだし、本が読める環境があることも素晴らしいことだ。ただ、今は「あれも読まなくては、これも読まなくては…」で、読書に追われる日々を送らざるを得ない。大人になって読書に追われるというのは、幸福なことだと思うことにしたい。





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