ゴーン氏の逮捕後、勾留期限の延長と再逮捕の繰り返しみたいなことになっている。ゴーン氏からの保釈請求は今のところ認められていない。で、最初の逮捕の時に「50億の所得隠し」という派手な見出しで報道されたが、だんだん具体的なことが分かって来ると、引退後に受け取る予定として日産とゴーン氏との間で合意されたもので、今はまだ受け取っていないし、ゴーン氏がこっそり隠れてやっていたとかそういうことでもないということが分かってきた。
で、意見が分かれて来るところが、ゴーン氏は何を根拠に今も勾留されているのか、そもそもの逮捕事実が曖昧過ぎはしないのかという批判もあるようだ。ここは思案のしどころのように思える。
日本の刑事捜査ではまず身柄をとって自白させ、犯人しか知り得ない事実をつかみ、有罪に持ち込むという手法はよくとられる。被疑者を外界から遮断することで心理的に追い込み、言葉で追い詰め、場合によっては「認めたら帰れる」などの甘言や「かつ丼食うか?」などの利益誘導によって被疑者は落ちるという流れになる。完全に落ちれば完落ちで、横山秀夫さんの小説では【半落ち】という言葉が使われた。被疑者が部分的に嘘を残している時は半落ちというらしいのだが、捜査陣が有罪に持ち込むための自白以外は曖昧にされたり、創作される場合もあり得るので、多くの場合が実は半落ちなのではないかとも思える。この捜査手法の有効なところは、悪いことをしてしまった人間を精神的に追い詰めて法の正義を実現できるところだが、たとえば被疑者の腹が据わっていて自白するようなタイプではない場合とか、本当に悪いことをしていない場合のデメリットも大きい。
外界から遮断された状態だと、無実の人でも捜査員から繰り返し、「君はこのようにして、あーやって、こーして、犯罪を犯したんだろ?」と言われ続けると、だんだんわけがわからなくなってきて自白してしまう例は時々あると言われている。そのため、取り敢えず身柄をとって自白に持ち込むという手法は被疑者の心理状態や人間性、性格によって結果が左右されてしまう可能性があり、通常、問題視される。特に最近は捜査の可視化と関わって問題視されることが多い。自白以外の証拠によって有罪に持ち込むことがより推奨され、理想的だと考えられている。自白以外の証拠が薄弱な状態で自白を得るために身柄を拘束することは人権にも関わる。
で、ゴーン氏に戻るが、ゴーン氏逮捕の場合、最初の逮捕の事実が曖昧なことを考えると、やや人権の問題に抵触するのではないかという気がしなくもないし、敏感な人なら抵触していると判断してもおかしくないように思える。このような内容で本当に有罪に持ち込めるのだろうかと首をかしげる人もいるのではないだろうか。リーク合戦による情報の混雑もあり、今はなんだか見通しが立たないように思える。
もっとも、ゴーン氏は「フランスで暮らしたい。裁判が始まったら日本に戻って来る」と言っていたらしいので、逃走の恐れありとみなされても仕方のないところではある。ゴーン氏の本音が「東洋の非文明的な刑事訴訟手続きに潰されるくらいならフランスに逃げよう」だとしても不思議ではない。日本で暮らすことを前提に保釈されるかどうかが今後の焦点になるが、しばらくは様子を見るしかないわけですが。