江戸時代後期、前の将軍の息子にして現将軍の弟というやたらと血筋のいい明石藩の松平のお殿様があまりに性格が残虐すぎるために老中幕閣により暗殺が決定され、旗本を中心にした13人の暗殺部隊が動員、今風に言えばkeyresolve的に実行し、見事打ち取るという映画があります。史実とある程度重なる部分があり、ある程度違う部分があるらしいので、実際の歴史はちょっと忘れて物語に集中して考えたいと思います。個人的にはお殿様がおかしな人である場合、わざわざ暗殺部隊を送らなくても幕閣と大名の家臣が結託して殿ご乱心で座敷牢という流れでOkなのではないかとも思いますが、それでは映画になりませんから、まあ、大袈裟に切ったはったになるわけです。しかし、とてもおもしろいです。
2010年の新しいバージョンでは狂気の殿様の役は稲垣吾郎さんがやってます。自分で自分が狂ってるという自覚があって、「世の中が血で血を洗う戦乱になったらいいなあ」という願望を持つような、かなりいってしまっている人です。で、幕府から密命を帯びた13人の男たちが参勤交代の行列を待ち受け、策を用いて既定のルートを通れなくしてしまい、待ち伏せして袋小路に追い込み打ち取るわけですが、稲垣吾郎は最期に「こんなに楽しい日はなかった。礼を言う」と言って死んでいきます。悪い奴もそれなりに絵になるというパターンで仕上がっています。印象に残ったのは、お家のためと命がけでお殿様を守る明石藩士の顔がほとんど画面に映らないことです。旅装をして笠を被っていますから顔が見えにくいというのはあるでしょうけれど、ばたばた殺されていく端役の人たちの個性はあんまり見えないようにしたほうが演出的にいいという判断があったのかも知れません。
新しいバージョンの刺客たちの首領は役所広司さんがやってます。
もう一つ古い1965年のバージョンがあります。時代劇の巨匠、工藤栄一さんが監督しています。この映画では凶器のお殿様は自分の命は普通の人と同様に惜しいけれど、他人の命はそうではない、ただのわがままぼんぼんという感じになってます。で、おもしろいのは13人の暗殺部隊の首領と、明石藩の重役の頭脳戦みたいなところがかなりおもしろく描かれています。まあ、ちょっと忠臣蔵の頭脳戦の描き方に近いような気がしなくもありません。というか、多分、それなりにそういったことも意識していたのかも知れません。で、大勢の明石藩士が死にゆくわけですが、わりと顔がよく映っていて、襲われる側も殿を守るために必死という感じが伝わってきます。襲われる側の気持ちもよく理解できるというか、私はそっちに感情移入してしあい、ああ、気の毒だと思いながら見入ってしまったので、非常にエネルギーを使いましたが、観る側にエネルギーを使わせるのも映画の力量ですから、凄い映画だと私は素直に思いました。日本の時代劇映画は世界を席巻し、多くの才能に影響を与えていますが、時代劇を見れば見るほどそりゃそうだ、おもしろすぎると納得します。
古いバージョンは片岡千恵蔵が首領をやってます。