礼儀正しく振る舞うことは、人生の基本とも言えますが、実は礼儀正しいといろいろ楽です。会う人会う人に礼儀正しくしていると、1パターンで済むので、考えなくてもいいわけです。生きていれば距離の近い人と距離の遠い人ができます。距離の遠い人に対して礼儀正しくしていれば、取り敢えず評判を落とすことはありません。距離の近い人に対しては、更に礼儀正しくしておくことが必要です。なぜなら自分にとって距離がとても近いから馴れ馴れしくしていいと思っていても、相手がそういう距離だと思っているとは限りません。あうんの呼吸というものはもちろんありますが、そういう関係の方がむしろ稀であって、特に社会人になれば、親しき中にも礼儀ありで、礼儀正しく接することが相手は自分を尊重してくれていると感じてるくれる可能性は高いと思えます。
目上の人に対して礼儀正しくすることは普通ですが、目下の人に対しても礼儀正しくすることは、人格者へと成長するための自己訓練とも思います。たとえば部下、またはお店の人、そういう人に対して礼儀正しくすることこそ、本当にマナーが良い、エチケットのある人と言えるはずです。上司に対して礼儀正しく接すれば、お得なことがあるかも知れない反面、部下に礼儀正しくしたからと言ってお得なことがあるとは限りません。だからこその自己訓練です。まわりまわってかえってきます。お店の人に対しても同じです。まわりまわって自分にかえってくると私は考えています。
このブログは合理性をモットーにしていますから、スピリチュアルに走りすぎないことを意識していますから、神様が見ていてどうこうというようなことを書くつもりはないのですが、合理性の観点から考えたとしても、せっかく生きている人間なのですから、人間的な成長を目指し、より人格者になっていくことはそのこと自体が人生の実りのようなものだと思いますので、その実践として礼儀正しく生きるということは大切なことと思います。
しかも、礼儀正しさにそんなにバリエーションがあるわけではないですから、人間関係をこなすのがより楽になることは請け合いと言ってもいいです。この人とはこれくらいかなあ、などと余計なことを考えると自分が疲弊してしまいます。礼儀正しくすることは人間的にも成長する上に楽であるという大変お得なことですから、私も日々、自己訓練と思って実践しています。もちろん、まだまだなのですが。
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