昭和史20‐中国共産党とソビエト連邦と排日運動

昭和13年3月21日付の某情報部発行の機関紙では、国民党軍の台湾に対する空襲があったことを受けて、防空に対する心構えや準備、今後は航空母艦による襲来も想定しなければならないという不気味に的中している予想などが書かれていますが、興味深いのは当該情報部が海外の排日運動に対して大変敏感になっていることです。香港では排日運動をしていた人物が逮捕されて国外退去になるという有様で、マニラでは華僑による排日運動は沈静化に向かっている一方、シンガポールでは排日運動が威力妨害の域に達しているなどと記述しています。台湾に巨大なラジオ施設を作り、南方方面に宣伝戦をしかけようという構想が書かれていたことは前にも述べましたが、情報当局が宣伝戦についてかなり神経をすり減らしていることが手に取るようにわかります。非常に不安だったのではないか、だからこそ機関紙で繰り返し、東南アジアでの排日運動に対して敏感になっていたのではないか、それだからこそ宣伝戦にも力を入れようとしていたのではないかという気がします。

もう一つ興味深かったのは、中国共産党と国民党が手を握ったものの、その後は必ずしも両者の関係は緊密なものにはなっていないという情勢分析があったことです。その理由としては、中国共産党と手を結べばソビエト連邦から多量の援助が得られると期待していたのがそれほどでもなく、中国共産党としてはもらいが少ないのに口は出してくるという不満が溜まっているという話になっています。しかもソビエト連邦と手を結べばドイツ・イタリアを敵に回す上に英米の信頼も失うのでかえって藪蛇になっていると結論づけています。

これは半分は正しいが半分は間違った情報分析と言えます。英米がもっとも警戒していたのがアドルフヒトラーであることは間違いありません。英米とソビエト連邦はアドルフヒトラーを倒すということで利害が共通していたわけで、日本がアドルフヒトラーやムッソリーニに近づくことによって、日本の方こそ英米の信頼を失っていくことになるという最も重要な点にこの分析者は気づいていません。しかしながら、ソビエト連邦を手を結んでも介入してくるわりにもらいが援助が少ないのは多分、事実だったでしょうから、そこは合っているのではないかとも思えます。

いずれにせよ、情報分析担当者のインテリジェンスがこの程度であったこと、アドルフヒトラーが世界で最も警戒されている人物だということを見抜けなかったということは、残念ながら戦争に敗けるのも致し方のないことかも知れません。あるいは情報分析者が中央の動向を「忖度」して中央にも受け入れてもらえるような内容の分析結果を出していたという可能性も否定できませんが、そのような忖度ありきのインテリジェンスは値打ちがありません。やはり、敗けるべくして敗けた…と思わざるを得ませんねえ…。

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