昭和史17‐海南島事情

現在、とある情報機関の機関紙を追いかけているわけですが、昭和13年2月21日付の号では、海南島の事情が紹介されています。曰く、海南島では早くから排日教育が浸透しているため、児童学徒に至るまでみな排日思想を持っており、日本人は極めて生活がしづらく、少数いた日本人は既に立ち退いている。ただし、日中戦争(当時の文言でいえば支那事変)が起きてから、日本軍が海南島を攻略・制圧し、抵抗するものがあればそれを討ち、服するものがあれば平和的精神で手を握った。今は日本の制圧下にあるのでとりあえず大丈夫。という趣旨のことが書かれています。これまでにオランダ領インドネシアフランス領インドシナなどの事情について書かれていることを紹介して来ましたが、各地に調査員を送りに雑感が主であるとはいえまさしく南進論に則り、将来的に広大な地域を占領すべく情報を収集していたことがわかります。
しかしながら、抵抗するものはこれを討ち、服するものは平和精神で手を握るとしてあるものの、服するものとは中国側から見ればいわゆる対日協力者であって、まごうことなき侵略と判断せざるを得ないのではないかと個人的には思います。残念なことではあります。

今回取り上げた号では、植民地に於ける宣伝教育についても触れていますので簡単に紹介しておきたいと思います。曰く、愛国献身報国のための指導教育訓練を行うとのことで、その実施要項のようなものが書かれてありました。「訓練」には、精神講話、時局講話、国体訓練、国語指導及国民作法訓練が行われるとしてあります。想像ですが、精神講話なるものはいわゆる大和魂が云々というような感じで、時局講話は日中戦争は日本が正しいという話を多分したのだろうと思います。国体訓練については…ちょっと何をしたのか分かりません。もし国体講話であれば、天皇の紀元2600年の歴史が云々となるのでしょうけれど、「訓練」とは果たして何をしていたのかは永遠の謎のように思えます。また、地域によっては「紙芝居講話」というものも行われていたようです。紙芝居で時局を分かりやすく説明するという感じのものだったようで、紙芝居そのもののJPEGなりPDFなりを見つけることはまだできてはいませんが、まあ、多分、立派な日本の兵隊さんが活躍し、「正義は勝つ」的な内容のものなのだろうということは想像がつきます。まだしばらくはこの機関紙を追いかける予定です。

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