昭和史15‐中華民国臨時政府と台湾の中国人

昭和13年1月近衛文麿内閣は「蒋介石を相手とせず」とする声明を発表します。蒋介石の国民党は重慶に追いやられてしまったので、もはや正統な中国政府ではないから、日本人の傀儡政権を樹立させて、それを正統政権として承認するのだというわけです。汪兆銘が南京政府を樹立するのは昭和15年のことでもう少し後になるのですが、昭和13年1月に北京に中華民国臨時政府が樹立されています(後に汪兆銘政権に吸収されます)。

とある情報機関の発行していた機関紙の昭和13年2月1日付の号によると、台湾在住の中国籍の人たちによる「臨時政府支持在台華僑大会の状況」が報告されています。この大会では日の丸への敬礼の後に五色旗(中華民国成立当初デザインされた国旗)への敬礼も行われたということになっており、しかも台湾各地で同様の催しが行われたとしています。

実際にそのような式典が行われたのは事実なのでしょうけれど、当時の在台中国人の人たちの心境はなかなか察するに余りあるものがあるかも知れません。日本の傀儡政権ができて喜ばなければならないというのはなかなかにストレスフルなことであったに違いありません。それとも当時の人たちも今後どうなるか分からないという中で、場合によったら日本が東洋を支配する最強国になるかも知れないから、その場合は勝ち馬に乗っておいた方がお得だと考えた人も中にはいたかも知れません。こればっかりは分かりません。

確かに当時としては勝ち戦が続いていたわけですから、表面的には日本有利、このまま東洋の覇者へというコースが見えないわけではありません。しかし、物資の不足、資金の不足は逐次報告されており、日本帝国の内情がそんなに生易しいものではなかったということも言えるように思います。ましてや満州事変と国際連盟脱退以降は英米との戦争も想定するようになっていくわけですから、長い目で見れば、これは先がない…とその後の展開を知っている現代人の目には見えてしまいます。そう思いながら資料を読むと、威勢のいい言葉が並べば並ぶほど読み手としては緊迫感を感じずにはいられません。



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