昭和史8‐高砂族の従軍志願者

日本帝国時代、とある情報機関が発行していた12月1日付の号によると、高砂族(現代で言うところの台湾原住民)の従軍志願者が続出しているとの記事が掲載されています。曰く、それぞれの地域からの志願者を合計すると659名にのぼるとのこと。これが果たして多いのか少ないのかは議論の別れるところかも知れません。当時、原住民の人口はおおよそのところ15万人で、男性が半分の7万5000人とした場合、そのうち従軍に耐えうる年齢に達している人(若すぎたり老いすぎたりしていない)がごくごく単純に半分くらいいたとして3万2500人だとして、659人は全体の2パーセント程度に過ぎません。

当時はまだ台湾では徴兵制は行われていなかったこと、高砂族の人たちがわざわざ日本帝国のために戦地へ赴く義理があると考えていたとはちょっと思えないことを考慮した場合、あまりに多数の応募があるとはちょっと思えないわけですが、同時に日本軍の美化、戦場の美談、英雄譚をばんばん流していた時代でもあったことを考えれば、そういったプロパガンダが奏功したのかしなかったのか、どうにも判断に迷う数字ですが、やはりすなおに2パーセントと聞いたら、普通は低いと思うでしょうから、やっぱり奏功していなかったと思うことの方が普通の受け取り方かも知れません。

当該の号では食料・物資の不足を訴える内容の記事も出ており、昭和12年の末頃といえば、南京攻略戦のあった時期のことで、この号が出されたころにはまだ南京攻略戦は行われていない時期ではありますから、それについては触れられてはいないものの、いけいけどんどんの時期ではあったわけで、この段階で既に食料・物資の不足が心配されているというのは、読んでいる現代人の私としては、大丈夫かな…と余計な心配をしてしまいます。次の号を読んでみないと分からないことですが、次の号では大々的に南京攻略戦のことが書かれているでしょうから、現代に至る大論争のテーマである南京攻略戦がどのようなものであったのか、情報機関による美化されたプロパガンダが書かれていることはまず間違いないと思えるものの、その端々からどのようなものが行間から滲み出てきているのか、見ていきたいと思います。

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