台湾近現代史39‐台湾総督府臨時情報部部報

日本時代の台湾に関する資料を読み進めるうちに「台湾総督府臨時情報部部報」というものに出会いました。検索をかけてみたところ、当該の部報はゆまに書房からふっこくばんが出ており、たぶん、普通に図書館とかにいけばいろいろ読めるようになっていると思います。先日、台湾総督府情報課についての資料に出会いましたが、ゆまに書房の解説によると、まず臨時情報部というものが設置され、情報課に部局の名称が変更されたようです。

私が出会った資料は昭和15年3月1日付のもので、高校生に書かせた映画の感想文が掲載されています。どの映画の感想なのかは分からないのですが、どうも戦意高揚のための映画を高校生にみせて感想文を書かせたもののようです。感想文を書いている人の名前は個人のプライバシーの問題もありますから、ここでは控えますが、私が手に入れたものはみな台湾人の名前でした。たとえば

あぁ我らの英霊の御魂の鎮まり居ります靖國の社

という文言があったり、

国民的思考力国民的感動力は何によって起こるか、日本精神によって起こるのである。

という文言もあり、さらには

実に大君の御楯となりて身を捧げる日本男子の母なればこそ
君国の銃後国民の心といふものが分かった

といったことも書かれてありました。想像するに息子さんが戦死して、それでも挫けずにお国のためにご奉公を決意する一家みたいな感じの内容の映画と思われます。戦死した息子さんの名前が「忠一」らしいので、それにひっかかりそうなものを検索してみても、南雲忠一提督の話ばかりで、映画の題名を特定することはできませんでした。

ただ、当該の記事を読むことで、台湾総督府臨時情報部なるものが存在したことがわかり、その仕事には映画を利用した宣伝が含まれていたということがわかったのは収穫でした。

時局としては日中戦争が泥沼化し、アメリカとの戦争はまだですが、既に英米が仮想敵になっている時代です。当該記事の欄外に海外こぼれ話みたいな記事があり、「イギリスの軍艦がアメリカに停泊しているが、停泊しているだけで金がかかる」のように揶揄する記事が書かれていました。その後の太平洋戦争の展開を知っている現代人としては、開戦前夜の緊迫感を感じ取ることもできるかも知れません。
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