台湾近現代史23‐映画評論記事から読みとる仮想敵としてのアメリカ

台湾の映画愛好家のために発行されていた『映画生活』という雑誌に「フィルムトピックス」という欄があり、昭和7年12月29日号で木野荒男という人が映画事情についてあれこれと書いています。木野荒男というのは、おそらくは「私は気の荒い男ですよ」という意味のペンネームであり、自由にぶった切って評論させていただきますという意思表明のようなものと思いますが、さほど荒っぽいことは書いていないものの、なかなか興味深いことも書いています。

フランスの外人部隊に言及した上で「よく英国あたりの芝居でも外人部隊が出るのだがこの戦隊に日本人でジュウジュツの達人が入隊していると言う劇が二三年前にあった」と述べています。私、随分前に観た映画で日本人のスキー選手が「バンザーイ」と言ってジャンプする場面があったのですが、何の映画かもどういう映画かも全然覚えておらず、印象に残っているのは「バンザイ」が全然まともに言えていなかったことだけを覚えていて、最近はアメリカ映画に出てくる東洋人はすっかり中国人ばかりになってしまいましたが、ちょっと前までは『人類SOS』や『インディペンデンスデイ』みたいに日本人とはとても信じられない発音で東洋人が日本語を話すというのが、ほとんど伝統芸能というかある種のマンネリズムの美意識すら感じさせるくらいに「通常」だったのですが、この木野荒男さんが取り上げている柔術の達人とやらもその類であると思われ、些細なことではあるものの、戦前から日本人が調味料として欧米の演劇や娯楽に用いられていたことが分かります。

木野氏は続けて「シルビア・シドニーが『マダム・バターフライ』に出ると言ふニュースは耳よりの話だがその背景にナガサキの四十人とかゲイシャガールが現れるさうだから、さぞかしハリウッドで考える日本であらう」と述べており、なかなこの辺り、アメリカの日本に対するオリエンタリズム構造に木野氏が気づいていることが分かります。もっとも、日本人も『南進台湾』とか『サヨンの鐘』とかで植民地に対するオリエンタリズム構造は持っていたわけですので、この辺りはどっちもどっちみたいなところがなくもないかも知れません。

更に木野氏は「欧州戦争のおかげでハリウッドが世界に君臨してゐたが、近年欧州映画は断然ハリウッドに対して立上った。クレエルやバプストやエイジェンシュタインがハリウッドを震撼した。特に政府の絶大な援助を有するユーエスエスアールの飛躍は注目に値する」としています。

エイジェンシュタインは『戦艦ポチョムキン』や『イワン雷帝』のような新しいソ連映画の潮流を産んだ人であり、モンタージュ理論の実践者として知られる人です。クレエルが誰かはちょっと分からないのですが、バプストはオーストリアの人で、昭和7年と言えば1932年、ナチスがドイツで政権を獲る直前の時期であり、ヒトラーは世界的な注目を集め始めていました。バプストは後にゲッベルスから賞賛されるという人生を辿ります。ユーエスエスアールとはもちろんソビエト連邦のことです。

既に満州事変が起きた後のことであり、松岡洋右が日本の孤立を恐れ、特にアメリカに如何ににして対抗するかで頭を悩ませていた(結果としては失敗したわけですが…)時期になりますから、日本の外交は少しずつ四苦八苦していくわけで、木野荒男氏の原稿から当時の空気がじわっと伝わってきます。即ち、仮想敵であるアメリカのハリウッド映画は所詮、ゲイシャガール程度のものしか作れない。一方で、日本の味方になってくれるかも知れないソビエト連邦では新しい映画の潮流が産まれ、ドイツ語圏にもバプストがいるというわけです。木野氏は欧州の映画を持ち上げていますが、明らかに欧州大陸の方であり、イギリスは「敵」認定していることが分かります。

ソビエト連邦で政府が映画に注力しているというのも、日本もそうしなければならないというある種の督促、焦りが滲んでおり、じわっと危機を感じていることが察せられます。古い雑誌を調査・研究すると、当時の人が実際何を感じていたのかに触れることができるため、なかなか有効なものだと思います。

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