タレーラン‐戦争で敗けても外交で勝つ

フランス人外交家のタレーランと言えば、ナポレオン戦争でフランスが敗戦国になってにもかかわらず、何も失わずに上手にウイーン会議を乗り切ったことで、つとに有名です。ヨーロッパで外交をした人の中ではとりわけ優れた人として知られています。

もともとは司教の道を歩んでいたというちょっと一味違う出発点を持っている人なのですが、政治に対する関心が強く、フランス革命の後に国民議会の議員に選ばれた後でローマ教皇ピウス2世から破門されています。フランスではユグノー戦争などがあったように、カトリックとプロテスタントのせめぎ合いが激しく、タレーランとしてもローマ教皇に付き従うような人生を歩むことには疑問があったのかも知れません。

ロベスピエールの恐怖政治時代は、言いがかりで断頭台に送られてはたまらないとアメリカに亡命していましたが、後に帰国し、ナポレオンのクーデターを共謀。ナポレオンが政権を取ってからはその腹心としてかいがいしく仕えたらしいものの、ナポレオンにとっては必ずしも「居心地の良い相手」とも言えなかったようです。ナポレオンが皇帝に即位した後はその侍従長まで努めますが、ナポレオンが失脚するとあっさりブルボン家の利益を代表してウイーン会議に参加していますから、腹の中ではナポレオンに対してはタレーランの方でもいろいろ考えるところがあったのかも知れません。ロベスピエールの時代にアメリカに亡命していたことや、ブルボン家の復活に貢献していたことなどを考えると、ナポレオンなどは所詮はフランスの主権の簒奪者、用が済んだらさようなら。という感じがどことなく漂っていたとしても不思議ではないようにも思えます。

ナポレオンが追放された後に行われたウイーン会議は「会議は踊る、されど会議は進まず」と揶揄する言葉が残されていたように、ようするにだらだらとやって細かいことをぐちぐちとやって、タレーランが諸方を懐柔していたようです。「悪いのはナポレオンなわけですから、全部元に戻せばそれでいいじゃありませんか。あ、そうだ、イギリスとは同盟国になりましょう。互いに戦争しないと決めれば安心じゃありませんか。あっはっは」というようなことをおそらくは熱心にかつしつこく言って歩いたのではないかと想像すると、お主やるな、という言葉がついつい頭に浮かびます。

オーストリアのハプスブルク家からすれば、ハプスブルク家のお姫様であるマリーアントワネットは殺された上に、神聖ローマ帝国の消滅という衝撃的なことまでフランスにやらかせてしまったわけですから、この際、フランスを分割してバラバラにしてしまいたいくらいに思っていたはずですが、本気でそれを実行しようとすればまた面倒な戦争を何回かやらなくてはいけなくなるかも知れません。ハプスブルク家の利益を代表するメッテルニヒが現実的な協調路線で話をまとめようとしたことも、タレーランにとっては幸いしたように思えます。イギリスは百年戦争以来、ヨーロッパ大陸に対する領土的野心みたいなものが萎えてしまっていましたから、タレーランのアイデアに乗ってフランスと同盟しておけば、少なくともヨーロッパからちょっかいを出される心配はなくなるというわけで、フランスにとってはイギリスがこっちについてくれたならオーストリア皇帝もロシア皇帝も無理は言うまいという、ちょうどいい感じのバランスオブパワーが成立したという感じでしょうか。敗戦国でありながら、フランスのヨーロッパ政治の主要プレイヤーとしての地位を守り抜いたタレーラン、恐るべし。かも知れません。

タレーランの尽力により、諸国はブルボン王家の復活を認め、ルイ18世が新しい王として君臨することになります。ただし、タレーラン本人はルイ18世のことをあまり好きではなかったようです。ルイ18世はルイ16世夫妻が危機に陥っていた際にはドイツに亡命し、ルイ17世がタンプル塔で死ぬまで虐待された時には安全な場所に居ながら摂政を自称し、ルイ17世が亡くなったという知らせを受けるとルイ18世(つまり、王位継承請求権者)を名乗ったあたり、確かに狡猾でエゴイスティックに思えなくもありません。想像ですがタレーランは古き良きブルボン王朝を理想としつつも、時代は市民社会へと移行する最中であり、せっかく復活させたブルボン王朝もルイ18世のような欲深おじさんに継承させざるを得なかったという点はやむを得ない…納得できないが満足すべし。と思ったのかも知れません。

タレーランとメッテルニヒの共同作業で誕生したとも言えるウイーン体制は、その後にヨーロッパが革命の季節を迎えたり、第一次世界大戦になったりして必ずしも続いたとも言えませんが、ヨーロッパ域内のことだけとは言え、国際協調のモデルがだんだん形作られて行ったという意味で意義深いのではないかとも思えます。


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