エリザベス1世‐私には子孫は要らない

英国教会を設立し、ローマ教皇と袂を分かったイングランド王ヘンリー8世が亡くなった後、ヘンリー8世が唯一授かった男子であるエドワード6世が王位を継承しますが、彼は成人する前に早世してしまいます。ここで、イングランドでは適切な王位継承権を持つ男子がいないという状況が生まれました。非嫡出、または元嫡出の女性の子供たちはいましたので、果たしてこの中の誰が適切なのか…と当時の人も頭を抱えたようなのですが、ヘンリー8世がローマ教皇から独立して日が浅く、血統的に最も良さそうなのはメアリ1世でしたが、彼女がカトリックであったことで話がややこしなり、なんとヘンリー8世の子供ではなく、ヘンリー8世の妹の孫に当たるジェーン・グレイという若い女性が選ばれます。しかし、メアリ1世派の反撃でジェーン・グレイは反逆の罪で死刑が執行されるという悲劇的な運命を辿ります。まだ20歳にも達していない若い女性でしたから、本人の政治に対する意思というよりも、周囲の大人たちに翻弄されて人生を終えたとも思え、どうしても気の毒だ…という印象を拭い去ることができません。

メアリ1世の統治の時代、カトリック回帰政策がとられますが、それに反発するワイアットの乱が起き、エリザベス1世もその反乱に加担したのではないかとの疑惑が持たれ、彼女はロンドン塔に幽閉されます。殺されるかどうか紙一重の相当に厳しい精神状態に追い込まれたものと想像できます。

メアリ1世は神聖ローマ皇帝の従弟でスペイン国王のフェリペ2世と結婚し、スペインは思いっきりぶっちきりで真剣なカトリックの国ですから、スペイン王との結婚ともなれば、イングランドのカトリック回帰、更に、場合によってはフェリペ2世によるイングランドのスペイン化すら予想され得る展開になったわけですが、フェリペ2世の英国滞在期間がそれなりにあったにも関わらず、メアリ1世は子どもを得ることができませんでした。後継者を産まなくてはならないという焦りや追い詰められた感情が強かったらしく、想像妊娠という症状が出、彼女心身が衰弱していきます。しかしながら、他に適切な人物がいないという理由で、カトリックを否定し、英国教会を信仰するエリザベスが後継者に指名され、メアリ1世の死後、エリザベスが英国王に即位します。

ロンドン塔で死ぬか生きるかを経験した後に国王即位ですから、文字通りジェットコースターの人生のようにも思えてきますが、即位後の彼女も全く安泰ではありません。エリザベス1世が成立間もないテューダー朝の国王であったのに対し、伝統あるスチュアート朝の血統を引くフランス王妃メアリ・スチュアートがイングランド王の継承権を主張します。フランス側としては百年戦争の恨みが強いでしょうから、ここは引っ掻き回せるだけ引っ掻き回してやろうという考えがあったのかも知れません。メアリ・スチュアートは帰国後もスコットランド王でありながら英国王の継承権を主張し続けます。メアリは軟禁状態に置かれますが、エリザベス1世の本心ではメアリを処刑することに躊躇があったようなのですが、カトリック信徒であるメアリの自筆のスペイン王へ宛てた手紙(エリザベスを倒すのに協力してほしい)が見つかるなどして、無罪放免にするにもやりようがない状況となり、メアリは処刑されるという運命を迎えます。

更にその後、メアリを処刑したことの残虐性を口実に、スペイン王フェリペ2世が有名な無敵艦隊をイングランドに送り、イングランドそのものを征服しようと襲い掛かってきましたが、焼き討ちによって木造艦隊を全滅に瀕する状況に陥らせて勝利します。危機と勝利を繰り返すエリザベス1世の人生には波乱万丈極まれりの感があります。なかなかここまで激しい人生を送る人も少ないのではないでしょうか。

エリザベス1世は生涯結婚せず、愛人は何人もいたと言われていますが、誰かの子供を産むということもなく、天寿を全うします。69歳で亡くなったということですから、現代人の感覚から言えばまだまだ早いですが、当時としては天寿を全うしたと表現してもいいのではと思います。エリザベス1世の死により、テューダー朝は後継者が全くいなかったために終焉を迎え、処刑されたメアリの息子でスコットランド王に即位していたジェームスがイングランド王としても即位することになり、その血統は今日の英王室にも引き継がれています。この時からイングランドとスコットランドは同君連合国家となり、今日に至るまでのイギリスの複雑な諸問題の一つになっていきます。

以上のようなことを思うと、スコットランド王がイングランド王を兼ねるという形での吸収合併は、スコットランドがイングランドを吸収したように見えなくもなく、しかし実質的にはイングランドがスコットランドを吸収したというちょっと分かりにくい感じになっているということが言え、なるほど400年を経た今日でも揉めるわけだと納得できなくもありません。スコットランドにはちゃんと首相もいて、スコットランド首相はスコットランド風の英語で発言をしますから、そこにも根深さを感じさせます。

話をエリザベス1世に戻しますが、もし、エリザベスが真実にテューダー朝の継続を望んだとすれば、何らかの方法はあったかも知れません。従妹とか更にその先の従妹まで探し出してきて後継者に指名することは完全に不可能であったとも思えません。ただ、彼女はそうはしませんでした。また自分の子孫も残しませんでした。そこには彼女の「血塗られた血統を残したいとは思わない」または「子孫を残しても殺し合うだけ」という深い諦めか悟りのようなものがあったのではないかと思えます。彼女の死後、メアリの息子がイングランド王を継承する可能性は当然、彼女も十分に予見していたに違いないと思いますが、むしろメアリに対する贖罪の気持ちでそうなるように、自然とそうなっていくように仕向けていたのではなかろうかとすら思えてきます。激しい人生を送った人であるだけに、そこから滲み出る人間的な心のようなものも、エリザベス1世について考える時に感じ取ることができるように思えてきます。


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