未決拘留者の人権

一般論かも知れないのですが、通常、犯罪を犯して有罪判決を受けた人が刑務所の中で人権上の制約を受けるというのは理解できます。一定期間、人権上の制約を受けることそのものが罪を償うことになっていると思えるからです。

しかしながら、未決拘留されている人の場合はどうなのでしょうか。有罪判決を受ける前の段階の人に対しては、仮に逮捕されていたとしても推定無罪の原則が適用されていなくてはいけません。そのため、未決拘留される人は逃走または証拠隠滅のおそれがある場合に限って拘留されるのが筋というものではないかと思います。もうちょっと言うと、拘留さえされていれば逃走も証拠隠滅もできませんから、その中で何をしてどのように過ごすかはその人の自由とも言えるようにも思えます。

過去に、日本赤軍のメンバーだった学生の人が公務執行妨害などで逮捕され、未決拘留されていた時、その人は私費で読売新聞を購読していたのですが、拘置所長の判断でよど号ハイジャック事件に関する記事が黒塗りにされてから、その人の手に渡ったということが問題になったことがありました。未決拘留されている人の場合、飽くまでも逃亡または証拠隠滅を防止するために拘留されているだけなので、その中でどんなことをして過ごそうともその人の自由は保障されていなければいけないはずです。特に新聞を読んでいるだけでは逃亡にも証拠隠滅にもなりませんから、自由に読むことができてしかるべきです。また、私費で購読している以上、その新聞はその人の私的な財産であるとも言え、一部を黒塗りにすることは私的財産の侵害だということもできなくはありません。

このことは裁判になり、結論から言えば裁判所は拘置所長が黒塗りにしたことが憲法違反ではないという判断を示しました。拘置所長がそのような行為をすることは最小限度に限られ、かつ他に手段がない場合に限定されるものの、そういう条件が満たされているのであれば、現場の裁量に任せることが妥当だというわけです。読売新聞の記事を黒塗りにしたことが「最小限度」かつ「他に手段がない」のかどうかは意見の分かれるところかとも思えますが、まあ、裁判所としてはそういう結論に至ったということのようです。

さて、かつていわゆるロス疑惑事件で三浦和義さんが長期間拘留されていたことがありました。その間、三浦和義さんは宮沢りえの写真を見ることもできたそうです。確かにロス疑惑事件と宮沢りえの写真集には関連性があるとは思えませんから、妥当と言えば妥当と言えます。しかしながら、実はごく個人的なことなのですが、私の父が逮捕されたことがあり、父は谷崎潤一郎の本を差し入れてほしいというリクエストをしたため、母が留置されているところ(要するに代用監獄)まで谷崎の本を持って行ったことがあります。確か全集のうちの一冊で、谷崎の作品には官能的なものが多いですから、帯には女性の裸の絵が描かれていました。警察の人が「その帯はだめ」と判断し、帯だけ外して母に還されました。多分、「女性の裸の絵」が世俗的な楽しみのうちに入るという判断になったのだと思います。しかしながら、三浦和義さんが宮沢りえの写真集を見ることができて、父が谷崎の本の帯を見ることができないことにはなんだか違和感というか、ちょっと疑問に感じないわけではありません。

三浦和義さんは『弁護士いらず』という本を書いたほど、自力で戦った人ですから、宮沢りえの写真集を見る権利も戦って勝ち取ったのかも知れません。一方で、私の両親にはそのように戦う知恵や力がなかったということだけなのかも知れません。私個人は父が谷崎の本の帯を見れなかったということについて別に悔しいとも自分の権利が侵害されたとも思いませんから、どうでもいいと言えばどうでもいいのですが、ふと、そういったことが念頭に浮かんだのでブログに書いてみることにしました。

スポンサーリンク


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください