難しい本です。文春文庫版は読みやすく改訂されているらしいのですが、それでも充分に難しいです。文章がきれいで、小説風で柔らかい雰囲気の文体にはなっていると思うのですが、それでもやっぱり難しいです。
何が難しいのかというと、貨幣交換の比率のごちゃごちゃとした計算が意外に厄介です。丁寧に説明してくれているのですが、それでも途中で何度も訳が分からなくなりそうになります。何度も繰り返し説明してくれているのでどうにか内容についていった「つもり」にはなっていますが、本当に理解できたかどうか自分でもちょっと怪しい気がします。
幕末、幕府が発行していた銀貨はどんどん質が落ちていて、それでも国内での金との交換比率を変化させなかったため、幕府は銀貨を出せば出すほど儲かるのですが、アメリカのハリスやらイギリスのオールコックやらがやってきて、アメリカの銀を日本の銀で計量し、それに相当する金貨を得ようとし、そうすると海外の金と銀の交換比率に比べて日本の金は不当に安くなってきているので、それを香港なり上海なりに持ち出して再び銀に換えれば濡れ手に粟の大儲けということになっていたという内容です。私の理解が正しければ。
それが要因で幕府は財政難を極め、国内は狂乱インフレに陥り、小室直樹先生風に言えば急性アノミー(無規範)が生じて幕府は潰れて新政府ができたという流れです。ついでにいえば、荒れに荒れたドルとの交換レートを何とかするために貨幣制度を見直して円を作ったということも言えるかも知れません。
通常なら、幕府の高官の無知蒙昧による失政として説明されるべきところを、この本ではハリスやオールコックの側が不十分な情報に基づいて誤解し、幕府に詰め寄り、ある意味ではつけこんで大いに儲け、その結果幕府が潰れたという視点で書かれています。
オールコックが書いた『大君の通貨』やハリスの『日本滞在記』などに書かれていることと同時に書かれていないことをよく吟味し、むしろ書かれていないことに注目し、行間を読み、裏を見透かし、新しい幕末史を描いているため、はっきり言って傑出しておもしろく、寸暇を惜しんで読みたくなる本です。いい本に出合えたという実感で、読後感は素晴らしいものです。素直に著者に敬意を持つことができます。