細川護熙内閣‐脆弱な小沢劇場

小沢一郎・羽田孜一派が内閣不信任決議案に賛成したことで、宮澤喜一首相は衆議院を解散します。結果、自民党は離党組を除けば議席一つ増で逆風の中善戦したとも言えるのですが、小沢・羽田の新生党、細川護熙の日本新党、武村正義や鳩山邦夫の新党さきがけが社会党の議席を奪って大きく躍進します。

小沢一郎は非自民政党を糾合して細川護熙首班の内閣を作り上げますが、「憲政の常道」に照らせば、直近の選挙の比較第一党の党首が首相に任じられるとする不文律に反しているとの批判もされました。もうちょっと言うと、憲政の常道では比較第一党の党首が失政により退陣した場合は第二党の党首が首相になるので、選挙で惨敗した社会党の党首が選ばれるのも筋かも知れないですが、小沢・羽田の離反による不信任決議なので、陰謀による倒閣とも受け取れますから、或いは宮澤さんが少数与党で続投でも良かったかも知れません。

小沢一郎さんにすれば、「数は力だ」の田中竹下流をまねているだけだということなのかも知れません。

細川護熙さんはお血筋も良く、ルックスも良く、支持率は70パーセント超えという上々な内閣の出だしに見えましたが、消費税を7パーセントに増税するとする福祉目的税構想を打ち出したあたりから暗雲が垂れ込めます。深夜、新聞の朝刊の降版時間を過ぎる時間帯を狙って発表されたもので、細川さんは朝日新聞の元記者ですから、朝刊に間に合わない時間に発表すれば、夕刊の時間帯には他のニュースも飛び込んでぼんやりとした報道になるという読みがあったものの、この作戦は裏目に出てしまい、新聞記者たちは翌日の夕刊でこれでもかと派手に増税の記事を書くという事態に至ってしまいます。

細川政権は非自民以外に特筆すべき理念があったわけでもなく、ふんわりとした文字通りファジーな政権で、それでも国民は心情的に細川さんを応援する人が多かったと思いますが、大蔵省の官僚のブリーフィングを信じて増税しようということで、多くの人ががっかりしたのではないかと思います。

官房長官の武村正義は細川首相を庇うわけでもなく「私とは意見が違う」と平気で発言することもあり、なんつう官房長官だと思っているうちに細川さんが佐川急便からお金を借りていたという疑惑が生まれ、素朴に嫌になった細川さんは突然首相を辞めてしまいます。小沢さんが細川さんを積極的に擁護しなかったことも悪いという意見も出たようですが、攻めに強く守りに弱いのが小沢一郎ですから、首相が佐川問題で論難されている様子を見ても「なんとかしろ」くらいのことしか言えなかったのかも知れません。

細川政権が崩壊した後、小沢と心中するつもりで自民党を離党した羽田孜首班の内閣が登場します。小沢劇場の破綻です。


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