侯孝賢監督『童年往事 時の流れ』-外省人の家族物語

侯孝賢監督個人の生育環境を強く反映した作品です。蒋介石の国民党が台湾にわたってきた時に、家族全員で台湾にわたってきたとある家族の物語で、主人公の少年は広東生まれの台湾育ちです。

おばあちゃんは故郷の中国の話ばかりを孫たちに聴かせます。おばあちゃんもお父さんもいずれは中国に帰還するという前提で台湾での生活を送ります。このような人たちが数百万単位で一挙に出現したというのは、世界的にも稀有なことかも知れませんし、東アジアの近現代史を理解する上で知っておくべきことの一つのように個人的には思います。また、そういう外省人の背負っているものを知識としてでも知っておかないと台湾映画を観ても何のことかわからないことが多いので、台湾の作品を観たり、語ったりする上でも押さえておくべきことのように思います。

家族は終戦後に日本人から接収した畳の家で暮らしています。お父さんは肺を悪くしていて、映画の中盤に入るまでに亡くなってしまいます。お母さんは喉に腫瘍が出来てしまい、台北の病院へ行きますが、舌を切除する手術をしなくてはいけないと告げられ、手術を拒否し、家に帰ってきます。

主人公の息子はどうしているのかというと、仲間の少年たちと徒党を組み、不良生活を送っています。喧嘩ばかりしています。台湾の映画を観ると、少年期を描くには岸和田愚連隊みたいな要素をどうしても入れないと気が済まないのかと突っ込みたくなることもあるのですが、いずれにせよ、祖母や父の世代が一言では語り尽くせないものを背負っていて、中国への夢を抱えたまま時間が止まってしまっているのに対し、主人子の少年やその兄弟姉妹たち、子どもたちは台湾で成長し、台湾の風景を自分の自分の故郷として受け入れ、台湾人になっていくということが、地元で岸和田少年愚連隊風の生活を送る少年の姿から感じ取ることができるように思います。

侯孝賢監督のバイオグラフィーを日本語に翻訳する仕事を請けたことがありますが、そこでも監督は、もはや大陸に還れることはないということがはっきりしているのに、それを受け入れることができない大人たちと、台湾人として成長する子どもたちの対比みたいなことを言っていました。

やがてお母さんが病で亡くなってしまい、しばらくしておばあちゃんが老衰で亡くなります。おばあちゃんは畳の上で寝ていて、安らかに眠るようにして死んで行きます。ただ、気づくと亡くなっていたという感じで、息を引き取ってからどれくらい時間がたったか子どもたちにもよく分かりません。ご遺体を扱う業者の人来たときに、畳がいろいろな分泌物で濡れているのを見つけ、「おばあちゃんを放っておいた不孝者」という目で子どもたちを見ます。そこが言わばこの映画の最もジーンと来るところというか、ぐっとくるところというか、見せ場みたいなものになっています。静かな見せ場です。

侯孝賢監督の初期の作品で、この作品では外省人の物語を表現し、その後、本省人の目から台湾の風景を捉えなおそうとして有名な『非情城市』を作ることになります。『童年往事』と『非情城市』の両方を観ると、監督の作品世界をよりぐっと理解することができると思います。

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