李安監督『ウエディングバンケット』の「父」とアメリカ

アメリカには言うまでもないことですが、中国人も台湾人も韓国人も日本人もごまんと暮らしています。アメリカという土地柄ですから、様々なところから人が集まっているのは当たり前と言えば当たり前ですが、そこからどういうドラマが生まれるかということになると、たとえば李安監督の『ウエディングバンケット』は実によく分かるというか、よく捉えているというか、アメリカとは何かみたいなことを考えるのに適しているように思えます。また、素直におもしろいと思える映画です。さすが『少年パイ』の監督です。

主人公のウェイトンはニューヨークで暮らす台湾人で、第二次世界大戦後に台湾にわたった外省人の系統の人です。第二次世界大戦後、まず台湾に渡って来た人たちはあんまり性質の良くない半分ごろつきみたいな人たちだったらしいのですが、1949年に蒋介石と一緒にわたった人たちは、国民党の主流、近代の中国の本体そのもの、モダンチャイナのエスタブリッシュメントの人たちです。お金持ちで、教養があり、「本物の中国人」を良くも悪くも背負っています。最近は外省人と本省人の混血も進んで、あんまりそこまで思っていない人も多いと思いますが、この映画が公開された1993年では、まだまだ抗日戦争と国共内戦を経験して台湾にわたった世代が元気な時代です。

主人公のウェイトンの両親もそういう国民党のエスタブリッシュメントの一端にいる人です。中国人にとって子孫繁栄は第一ですので、ウェイトンにもしかるべき人と結婚して孫を作ってほしいと願っています。

しかしウェイトンは同性愛でニューヨークに白人の男性の恋人がいます。ウェイトンは不動産事業で成功しており、恋人はカイロプラクティックの仕事をしています。

ウェイトンの運営する物件の一つに上海人の女性が暮らしていますが、仕事を失い、グリーンカードがないので、もう帰ろうかとも考えています。

そこで一計が案じられます。ウェイトンと上海人の女性がニセの結婚をし、ウェイトンはとりあえず両親を安心させることができ、上海人の女性はグリーンカードが得られ、しかも夫婦になったら税制面でもメリットがあるという「うまい」話が考え出され、ウェイトンの両親がニューヨークに来て、みんなで公証人役場に行って簡便な書類上の婚姻関係を成立させるのですが、その日の夜に食事に行った中華レストランのオーナーがなんとお父さんの元部下で、「ぜひ、うちで盛大に結婚式をおやりになってください」という展開になっていきます。

中華圏の結婚式ですから、それは豪華というか、騒々しいというか、冠婚葬祭で大騒ぎするのが中華圏の文化ですから、見ているだけでお腹いっぱいになるくらいの盛大な披露宴が行われます。ゴッドファーザーの冒頭の結婚式が連想させられます。ゴッドファーザーとこの映画の違いはビトーコルレオーネがマフィアのドンだというだけで、後は同じ構図と言っていいかも知れません。ウソの結婚式なのに、女性の方はだんだん感動してきて、涙までこぼしそうになります。

しかし、その披露宴があまりに盛り上がったために、白人の恋人がだんだん受け入れがたいという心境になっていきます。私は異性愛者なので、同性愛の人の心境を完全に理解することはできませんが、「恋人を独占したい」という欲求は同性愛と異性愛に違いはないのだろうと思います。

ウェイトンと結婚した女性はおそらくある程度無理をして妊娠に至ります。白人の恋人としては更に精神が持ちません。しかも歴戦のお父さんは倒れて病院へ送られて、てんやわんやになります。病院の廊下でウェイトンはお母さんに真相を話します。お母さんは「それでも孫だけは…」と泣きます。しかし、女性は「私には私の将来がある」と中絶を考えています。

ぐっと引き付けるドラマ性があります。終盤で、歩行がうまくできなくなったお父さんと白人の恋人が背中を並べてニューヨークの海を眺める姿が秀逸です。そこでお父さんは白人の恋人に「あなたは私の息子だ」と言ってお金を私ます。まとまったお金を渡すのは中華圏の流儀です。白人の男性が「知ってたんですか?」と言うと「見ていれば分かる」とお父さんは答えます。そりゃそうです。少しでも観察力のある人なら、しばらく見ていれば気づくはずです。全てに気づいた上で、黙って受け入れるという「父」の姿が描かれます。私は父親とほとんど暮らしたことがありませんので、そういう「父」についてよく分からないのですが、この映画では、言うなれば、アメリカという新世界と歴史を背負った中国的家父長制が如何にしてバランスが保たれるかを試しているところがあるように思えます。

中絶のために病院へ行く途中ウェイトンが「これから手術でつらい思いをするから何か食べた方がいい」と車を降りてハンバーガーを買ってきます。食べている途中で女性の気が変わり、ウェイトンと白人の恋人と女性と新しく生まれてくる赤ちゃんとの四人で新生活をするのはどうかと提案します。白人の恋人も同意して、八方丸く収まります。ウェイトンは恋人を失わずにすみ、女性は永住権を手にし、お父さんお母さんは孫が約束され、赤ちゃんの命も保たれます。

最後、台湾へ帰る飛行機に乗るために空港で歩くお父さんお母さんの背中がいろいろな語ります。背中はかくも多くのことを物語るのかとあらためて気づかされ、すごいものだ、面白かったと感動の吐息をつきました。音楽にも凝っていて、文句なしにとてもいい映画です。おもしろいです。

コーエン兄弟の『ディボースショー』という映画を思い出し、次の展開は離婚で財産分与で…ともよぎりましたが、それは考え過ぎかも知れません。



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