小沢一郎の自由党

小沢一郎さんが党名を「自由党」に変更したらしいです。山本太郎さんは独自の政治団体を作るというらしいので、実際問題としては袂を分かったと言ってもいいのかも知れません。

過去、20世紀の終わりから21世紀の初め頃、小沢一郎さんは自由党を組織して選挙がある度に議席を倍増させるという驚異的な野党の党首でした。小沢さんは自民党打倒を目指していたようですが主に食っていたのは民主党の票でしたので、民主党から三顧の礼で小沢さんを迎えるというのはよく理解できることです。

小沢さんは小渕総理大臣の時に自民党と自由党の合流を目指しましたが、小沢さんは自分たちで作った選挙の枠組みに縛られてしまい、比例代表制度がある以上、合流にするためには自民と自由の双方が一旦解党してから合流するというある意味では手続きの壁に阻まれて、公明党の市川さんも小沢さんに対して厳しい意見を持っていたようなので、そこからの多分横やりも入って話は流れてしまいました。その直後に小渕さんが倒れてしまっています。

宮澤内閣不信任決議案が小沢さんグループの賛成によって可決した時、小沢さんはパフォーマンスが過ぎて自民党を離党しました。絶対にご本人が公言することはないと思いますが、小沢さんはまさかそのまま自民党に帰還できなくなるとは考えていなかったと思いますし、正直な本音を覗き見ることができるとすれば、離党したことには後悔が残っていると思います。

いきさつから言って自民党に膝を屈して帰還を請うということはできない、自民党サイドにも小沢さんだけは絶対にイヤという人が多いので、請うたところでうまくいかないことは分かっている。

小沢さんは「自民党の側から膝を屈して請うてくる」状態を目指すと決心したのだと私は思います。そして実際に自自公政権が出来上がった時は野中さんが「膝を屈してでも小沢さんに協力請う」と発言したように、小沢さんにとって復帰の好機であり、まさしくあと一歩まで来た感はありました。

ですが、その好機を逃した後、小沢さんは民主党と合流し、もともとは自由主義的保守だった思想信条も曲げて、あるいはそれを忘れたふりをして民主党の政治家として生き、仲間割れがあり、山本太郎と仲間たちへと変遷していきます。まるで京都にいるときは忍と呼ばれ神戸じゃ渚と呼ばれるような流転の人生です。

小沢さんが自民党を離党した時、世間は喝采しました。既存の勢力、既得権益を持つ人々へ挑戦する若きヒーローとして描かれました。本人もまんざらでもなかったに違いありません。悦に入るとまでは言いませんが、小沢さんの自己イメージは巨大な既得権者に挑戦する若きリーダーであったように思えます。

ですので、民主党政権後期あたりから「闇将軍」などと呼ばれたことには戸惑いがあったのではないかと想像します。気づくと随分と歳をとったし、まるで既得権者みたいな言われようで、そんなことではこれまで自民党に対抗して苦労してきたのに浮かばれないという心境に至ったのではないかと思います。

山本太郎さんは正しく、大人世代に反抗する若者イメージで政治の世界に登場してきましたので、小沢さんはその対立軸的にとらえられるという不本意なこともあったのではないかとも想像します。

小沢さんが以前に自由党の議席をどんどん増やしたり、民主党と合流したりというのは全て自民党に降参させ、請われて復帰するというシナリオを描いていたからだと私は思っています。太平洋戦争が始まる前、国際連盟から脱退してしまった日本が外交的に右往左往してアメリカに対抗できる勢力を築くことでアメリカと和解するというシナリオを描いて失敗したことと小沢さんの人生が重なって私には見えてしまいます。

小沢さんは年齢的にもラストチャンスと言えますが、もう一回「自由党」という党名にしたというのも、ラストチャンスを自覚していて、これを最後に極端に言えば討ち死にする覚悟なのだろうと思えてきます。

戦略的には民主党からこぼれ出てくる議員の人たちを糾合し、憲法改正に乗るか乗らないかについても機を見て使い分けて行くのかも知れません。年内に旧民主党の人を一人でも多く糾合すれば、それだけ政党助成金も入ってくるという目算も立てていることでしょう。ただ、本当に人が集まるかと言えば、ちょっと厳しいかも知れません。

私は特定の政治家を応援したりするつもりはありませんが、小沢さんのローンウルフな生き様というか、そういう風にしか生きられないことに同情はしていて、やはりその行く末、最後の決着を見届けたいという想いがあります。今の段階で党名変更したというのは、場合によってはプーチン来日北方領土一部返還で年明け解散を意識してのことだと思います。今後は党の綱領(綱領なしで行く可能性もありますが)、スローガン、公約などが出てくることで、小沢さんがどういう政治家人生のゴールを描いているのが見えて来るとは思います。

小沢さんはいろんな人を巻き込んで糾合しては無駄を省いて純化するを繰り返してきた人ですが、とうとうほとんど一人になって無駄を省こうにも無駄がないくらいになった今、どんなことを発していくのか、もう、政界への影響力はないと言ってもいいでしょうけれど、小沢ウオッチャーとしては遺言は聴いておきたいと思うのです。

追記ですが、私は小沢さんを政治家として応援するつもりは全くありません。しかしながら小沢さんにかくも情愛の籠ったことをわざわざブログに書く人も、まあ、いないだろうとも思います。

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