侯孝賢監督『風櫃の少年』の「都会」の物語

台湾の澎湖諸島の風櫃の悪ガキどもの物語です。「悪ガキ」と言ってもそろそろ二十歳前後で分別も付き始める年齢です。それでもぶらぶらとあちこちを歩いて喧嘩をしたり、女の子に声をかけたりするだけで、無為に過ごしているというか、あまりにアホな感じなので、むしろ愛すべきアホに見えてきます(褒めています)。

悪ガキの三人が台湾南部の大都会である高雄へと出て行きます。それなりに何かを成し遂げたくて、うまく説明できないけれど、何か夢が見たくて三人は都会へと行きます。

映画に映し出される高雄の街は雑然としていてきたないです。ちょっと昔の日本みたいです。その騒然とした都会で工場で働く仕事を見つけ、三人はとりあえず、何かになろうとしていて、その何かが分からない、そういうもどかしい感じです。

都会とは何か。を語ろうとしているように見えなくもありません。都会とはそういう「何か」を掴みたくて、夢がほしくて人が集まる場所、だけれどそれは本当に漠然としたもので、高の知れた給料で、「しょせん、そんなもの」と現実を知る場所なのかも知れないと言いたい映画のように私は思います。

それはたとえば「エッチな映画が観られる」と騙されて工事中のビルの部屋へと入って行き、金は払ったものの何もない、ぽっかりと開いた壁から都会の景色が見える。確かに騙されたけれど、そこから見える都会の景色に何かを感じる、そしてそれにはちょっとくらいお金を払ってでも見る価値はあったと感じる。くらいの漠然としたものです。

日本語の勉強に取り組む場面もあります。外国語は現状を変える、違う将来を手に入れる、という意味ではとても分かりやすい記号として機能します。しかし、外国語の習得はそんなに甘いものではありません(個人的な経験です)。それでも外国語に取り組む姿は、やはり、何かを掴みたいと思うからです。

淡い恋心を抱きます。その相手は台北へと去って行きます。台北は更に大きな都会です。上には上があるというか、高雄まで来たけれど、更にその先には台北があり、淡い恋心はそのもっと大きくて遠い所へと去って行きます。

都会に来て、現実を知り、喪失を味わい、これからどうするか分からないけど叫び出したいような衝動だけは心の内で激しくエネルギーを発散している。そういう若い時期の説明できないもやもやしたものをこの映画は捉えようとしています。

ロングショット、窓越し、道路越しなどのカメラワークが多用されています。少し前の日本映画でよく見られるそういった撮影技法はやはり日本映画の影響を受けているのかも知れません。

画面はフィルムの質感がよく出ていて、デジタルもきれいでいいのですが、フィルムでしか出せない雰囲気がかえって新鮮に思えます。繊細なバイオリンの音楽が随所随所で挿入されます。一見、ただの悪たれですが、心の中にバイオリンの旋律のような繊細なものを秘めていることが分かります。侯孝賢監督の出世作です。



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